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第四章 目覚めた力の使い道

5.吸血鬼の望み

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「駆け落ちでも、シェリア様一人でも、私は歓迎しますわ。ただ、シェリア様はまだきちんとお話なさった方がいい方がいるようですね」

 そう言ってエレーナは席を立った。
 私の耳にこっそりと「やっぱり駆け落ちなのね? 後でお話聞かせてくださいね」とささやき、キラキラした目でおじぎをして去って行った後、私とギルバートは家へと戻った。

 邸に帰り着いて、自室のソファに力なく座っていると、相変わらずノックもなしに扉が開かれた。
 お盆にティーセットを載せたギルバートは、私の前にカップを置き、自らもその向かいに座った。

「私との契約を果たすのが嫌になったんですね。シェリア様が持つ力を知ったから」

「当たり前よ。そんな力、使いたくない。ギルバートが消えるなんて嫌に決まってるじゃない」

「私自身の命が失われるわけではありませんよ。吸血鬼としての私が消えるだけです」

 ギルバートの言葉に、私は眉を顰めた。

「どういうこと?」

「やはりそこを勘違いしておられたのですね。よかった」

 さらに深く眉間に皺を寄せると、ギルバートは先程までの複雑そうな表情をため息で改め、話してくれた。

「退魔師というのは、影に生きる者と対抗する力を持っています。私が欲しているのは、人として終わりを迎えることです」

 ギルバートは子供の頃に馬車にはねられ、瀕死の重傷を負った。
 それを助けてくれたのが、ユリークの父である吸血鬼、タクスだったのだそうだ。
 その時からギルバートは吸血鬼として生きることになった。
 育った家には帰れなかった。
 吸血欲を抑える術を学ばねばならなかったから。

 しばらく城で暮らしたが、タクスに頼まれ、とある人間の老夫婦を世話することになった。
 隠居しひっそりと暮らしていた夫婦の執事として働いたが、二人は数年で相次いで旅立ってしまった。

 その時ギルバートは、終わりのない吸血鬼の生に絶望してしまった。
 その老夫婦のように、愛した人と共にこの世を去ることができない。
 誰かを愛せば、その死を見届けた後もずっと永遠に生きなければならない。
 それは終わりのない地獄に思えた。

 人に戻りたいと願い、城へと帰ったが、方法はあるものの退魔師の力が必要だと知り、再び城を出た。
 その血は絶えたと言われてはいるが、どこかで末裔が生きているかもしれない。
 国中を捜し歩いたが見つからず、ギルバートは全ての気力をなくし、血を摂取することもやめ、自暴自棄になり通りに座り込んでいた。
 その時、私と出会ったのだ。

「エヴァとユリークは、吸血鬼としての人生を謳歌しています。ですが私が人になりたいという気持ちもまた、理解してくれました。私も命を助けてもらったことは感謝しています。それでも私は、人の死に触れた時、終わりのないことの残酷さに気が付いてしまったのです。そして同時に、やり遂げて自分の人生を終わらせることに、憧れたのです」

「だから、あれほどまでに私をがんじがらめにして契約を果たそうとしていたのね。私はてっきり、ギルバートは死にたがってるんだとばかり思って。置いて行かれるんだとばかり思って」

 ぽろりと涙が零れた。

「私も、シェリア様は私が吸血鬼でなくなることを嫌がっておられるのかと思っていました」

「そんなわけないじゃない!」

「では、何故あの時、私の契約を受け入れたのです。あなたを守るナイトが欲しかったのでしょう」

「一人が寂しかっただけよ」

 この家に居場所がなくて、なんで生きてるのかもわからなくなって。
 そんなときに打ち捨てられたみたいなギルバートを見つけた。
 放っておけなかったのは、私と同じに見えたから。

「契約を受け入れたのは、そんなあなたが生きる希望を見つけたみたいに、私を見たから。私が誰かの力になれるなら、生きている意味もあると思えたから。それだけの、利己的な理由よ。別に誰かに命を狙われる人生でもないもの、ギルバートが私を守るなんて、そんな契約はあってもなくても、あの時の私にとっては同じだったの」

 結局は、ずっと守ってもらっていたけれど。

「私たちはすれ違っていたのですね。人狼なぞに勝手に明かされてしまう前に、きちんとお話しておくべきでした。エヴァに秘密にしすぎだと怒られたことが今更身に沁みます」

「本当そうよ! ギルバートはあれもこれも秘密ばっかりで全然私のこと信用してないんだから」

「最初は確かにそうでした。ですが時が経てば経つほど、今度は明かすのが怖くなったのです。拒絶されることが何よりもこたえますから。今の私には、シェリア様の死を見届けた後も一人永遠に取り残されるなど、耐えられません。どうか、私の願いをかなえてはくれませんか」

「そんなの、私だって同じよ。十八歳になったら私を置いて死んでしまうと思うのが耐えられなかった。ギルバートが好きだから」

 口に出して言ってしまえば、肩の力が抜けた。
 ギルバートの目が驚きに見開かれて、それからやがて笑みを浮かべるのが見えた。

 けれどそれは一瞬のことで、気づいたら私は抱きしめられていた。
 ギルバートの体温の低い体が、すっぽりと私を覆った。

 何故だか零し損ねていたみたいな涙が一粒、ぽろりと零れた。
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