34 / 42
第四章 目覚めた力の使い道
5.吸血鬼の望み
しおりを挟む
「駆け落ちでも、シェリア様一人でも、私は歓迎しますわ。ただ、シェリア様はまだきちんとお話なさった方がいい方がいるようですね」
そう言ってエレーナは席を立った。
私の耳にこっそりと「やっぱり駆け落ちなのね? 後でお話聞かせてくださいね」とささやき、キラキラした目でおじぎをして去って行った後、私とギルバートは家へと戻った。
邸に帰り着いて、自室のソファに力なく座っていると、相変わらずノックもなしに扉が開かれた。
お盆にティーセットを載せたギルバートは、私の前にカップを置き、自らもその向かいに座った。
「私との契約を果たすのが嫌になったんですね。シェリア様が持つ力を知ったから」
「当たり前よ。そんな力、使いたくない。ギルバートが消えるなんて嫌に決まってるじゃない」
「私自身の命が失われるわけではありませんよ。吸血鬼としての私が消えるだけです」
ギルバートの言葉に、私は眉を顰めた。
「どういうこと?」
「やはりそこを勘違いしておられたのですね。よかった」
さらに深く眉間に皺を寄せると、ギルバートは先程までの複雑そうな表情をため息で改め、話してくれた。
「退魔師というのは、影に生きる者と対抗する力を持っています。私が欲しているのは、人として終わりを迎えることです」
ギルバートは子供の頃に馬車にはねられ、瀕死の重傷を負った。
それを助けてくれたのが、ユリークの父である吸血鬼、タクスだったのだそうだ。
その時からギルバートは吸血鬼として生きることになった。
育った家には帰れなかった。
吸血欲を抑える術を学ばねばならなかったから。
しばらく城で暮らしたが、タクスに頼まれ、とある人間の老夫婦を世話することになった。
隠居しひっそりと暮らしていた夫婦の執事として働いたが、二人は数年で相次いで旅立ってしまった。
その時ギルバートは、終わりのない吸血鬼の生に絶望してしまった。
その老夫婦のように、愛した人と共にこの世を去ることができない。
誰かを愛せば、その死を見届けた後もずっと永遠に生きなければならない。
それは終わりのない地獄に思えた。
人に戻りたいと願い、城へと帰ったが、方法はあるものの退魔師の力が必要だと知り、再び城を出た。
その血は絶えたと言われてはいるが、どこかで末裔が生きているかもしれない。
国中を捜し歩いたが見つからず、ギルバートは全ての気力をなくし、血を摂取することもやめ、自暴自棄になり通りに座り込んでいた。
その時、私と出会ったのだ。
「エヴァとユリークは、吸血鬼としての人生を謳歌しています。ですが私が人になりたいという気持ちもまた、理解してくれました。私も命を助けてもらったことは感謝しています。それでも私は、人の死に触れた時、終わりのないことの残酷さに気が付いてしまったのです。そして同時に、やり遂げて自分の人生を終わらせることに、憧れたのです」
「だから、あれほどまでに私をがんじがらめにして契約を果たそうとしていたのね。私はてっきり、ギルバートは死にたがってるんだとばかり思って。置いて行かれるんだとばかり思って」
ぽろりと涙が零れた。
「私も、シェリア様は私が吸血鬼でなくなることを嫌がっておられるのかと思っていました」
「そんなわけないじゃない!」
「では、何故あの時、私の契約を受け入れたのです。あなたを守るナイトが欲しかったのでしょう」
「一人が寂しかっただけよ」
この家に居場所がなくて、なんで生きてるのかもわからなくなって。
そんなときに打ち捨てられたみたいなギルバートを見つけた。
放っておけなかったのは、私と同じに見えたから。
「契約を受け入れたのは、そんなあなたが生きる希望を見つけたみたいに、私を見たから。私が誰かの力になれるなら、生きている意味もあると思えたから。それだけの、利己的な理由よ。別に誰かに命を狙われる人生でもないもの、ギルバートが私を守るなんて、そんな契約はあってもなくても、あの時の私にとっては同じだったの」
結局は、ずっと守ってもらっていたけれど。
「私たちはすれ違っていたのですね。人狼なぞに勝手に明かされてしまう前に、きちんとお話しておくべきでした。エヴァに秘密にしすぎだと怒られたことが今更身に沁みます」
「本当そうよ! ギルバートはあれもこれも秘密ばっかりで全然私のこと信用してないんだから」
「最初は確かにそうでした。ですが時が経てば経つほど、今度は明かすのが怖くなったのです。拒絶されることが何よりもこたえますから。今の私には、シェリア様の死を見届けた後も一人永遠に取り残されるなど、耐えられません。どうか、私の願いをかなえてはくれませんか」
「そんなの、私だって同じよ。十八歳になったら私を置いて死んでしまうと思うのが耐えられなかった。ギルバートが好きだから」
口に出して言ってしまえば、肩の力が抜けた。
ギルバートの目が驚きに見開かれて、それからやがて笑みを浮かべるのが見えた。
けれどそれは一瞬のことで、気づいたら私は抱きしめられていた。
ギルバートの体温の低い体が、すっぽりと私を覆った。
何故だか零し損ねていたみたいな涙が一粒、ぽろりと零れた。
そう言ってエレーナは席を立った。
私の耳にこっそりと「やっぱり駆け落ちなのね? 後でお話聞かせてくださいね」とささやき、キラキラした目でおじぎをして去って行った後、私とギルバートは家へと戻った。
邸に帰り着いて、自室のソファに力なく座っていると、相変わらずノックもなしに扉が開かれた。
お盆にティーセットを載せたギルバートは、私の前にカップを置き、自らもその向かいに座った。
「私との契約を果たすのが嫌になったんですね。シェリア様が持つ力を知ったから」
「当たり前よ。そんな力、使いたくない。ギルバートが消えるなんて嫌に決まってるじゃない」
「私自身の命が失われるわけではありませんよ。吸血鬼としての私が消えるだけです」
ギルバートの言葉に、私は眉を顰めた。
「どういうこと?」
「やはりそこを勘違いしておられたのですね。よかった」
さらに深く眉間に皺を寄せると、ギルバートは先程までの複雑そうな表情をため息で改め、話してくれた。
「退魔師というのは、影に生きる者と対抗する力を持っています。私が欲しているのは、人として終わりを迎えることです」
ギルバートは子供の頃に馬車にはねられ、瀕死の重傷を負った。
それを助けてくれたのが、ユリークの父である吸血鬼、タクスだったのだそうだ。
その時からギルバートは吸血鬼として生きることになった。
育った家には帰れなかった。
吸血欲を抑える術を学ばねばならなかったから。
しばらく城で暮らしたが、タクスに頼まれ、とある人間の老夫婦を世話することになった。
隠居しひっそりと暮らしていた夫婦の執事として働いたが、二人は数年で相次いで旅立ってしまった。
その時ギルバートは、終わりのない吸血鬼の生に絶望してしまった。
その老夫婦のように、愛した人と共にこの世を去ることができない。
誰かを愛せば、その死を見届けた後もずっと永遠に生きなければならない。
それは終わりのない地獄に思えた。
人に戻りたいと願い、城へと帰ったが、方法はあるものの退魔師の力が必要だと知り、再び城を出た。
その血は絶えたと言われてはいるが、どこかで末裔が生きているかもしれない。
国中を捜し歩いたが見つからず、ギルバートは全ての気力をなくし、血を摂取することもやめ、自暴自棄になり通りに座り込んでいた。
その時、私と出会ったのだ。
「エヴァとユリークは、吸血鬼としての人生を謳歌しています。ですが私が人になりたいという気持ちもまた、理解してくれました。私も命を助けてもらったことは感謝しています。それでも私は、人の死に触れた時、終わりのないことの残酷さに気が付いてしまったのです。そして同時に、やり遂げて自分の人生を終わらせることに、憧れたのです」
「だから、あれほどまでに私をがんじがらめにして契約を果たそうとしていたのね。私はてっきり、ギルバートは死にたがってるんだとばかり思って。置いて行かれるんだとばかり思って」
ぽろりと涙が零れた。
「私も、シェリア様は私が吸血鬼でなくなることを嫌がっておられるのかと思っていました」
「そんなわけないじゃない!」
「では、何故あの時、私の契約を受け入れたのです。あなたを守るナイトが欲しかったのでしょう」
「一人が寂しかっただけよ」
この家に居場所がなくて、なんで生きてるのかもわからなくなって。
そんなときに打ち捨てられたみたいなギルバートを見つけた。
放っておけなかったのは、私と同じに見えたから。
「契約を受け入れたのは、そんなあなたが生きる希望を見つけたみたいに、私を見たから。私が誰かの力になれるなら、生きている意味もあると思えたから。それだけの、利己的な理由よ。別に誰かに命を狙われる人生でもないもの、ギルバートが私を守るなんて、そんな契約はあってもなくても、あの時の私にとっては同じだったの」
結局は、ずっと守ってもらっていたけれど。
「私たちはすれ違っていたのですね。人狼なぞに勝手に明かされてしまう前に、きちんとお話しておくべきでした。エヴァに秘密にしすぎだと怒られたことが今更身に沁みます」
「本当そうよ! ギルバートはあれもこれも秘密ばっかりで全然私のこと信用してないんだから」
「最初は確かにそうでした。ですが時が経てば経つほど、今度は明かすのが怖くなったのです。拒絶されることが何よりもこたえますから。今の私には、シェリア様の死を見届けた後も一人永遠に取り残されるなど、耐えられません。どうか、私の願いをかなえてはくれませんか」
「そんなの、私だって同じよ。十八歳になったら私を置いて死んでしまうと思うのが耐えられなかった。ギルバートが好きだから」
口に出して言ってしまえば、肩の力が抜けた。
ギルバートの目が驚きに見開かれて、それからやがて笑みを浮かべるのが見えた。
けれどそれは一瞬のことで、気づいたら私は抱きしめられていた。
ギルバートの体温の低い体が、すっぽりと私を覆った。
何故だか零し損ねていたみたいな涙が一粒、ぽろりと零れた。
1
お気に入りに追加
454
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約破棄された公爵令嬢は、イケオジ沼に突き落とされる。
たまこ
恋愛
公爵令嬢のクラウディアは、王太子の婚約者として公務に追われる日々を過ごす。横暴な王太子は、クラウディアへ仕事を押し付け、遊び暮らしている。
ある日、出逢った素敵なイケオジをきっかけに、イケオジ沼に落ちていくクラウディア。そして、王太子の浮気により、婚約破棄を告げられたクラウディアは……。イケオジを愛でる、公爵令嬢のお話。
※本編は全年齢対象ですが、番外編はR-15となっております。苦手な方は本編のみお楽しみください※
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。
伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。
しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。
当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。
……本当に好きな人を、諦めてまで。
幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。
そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。
このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。
夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。
愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
君を自由にしたくて婚約破棄したのに
佐崎咲
恋愛
「婚約を解消しよう」
幼い頃に決められた婚約者であるルーシー=ファロウにそう告げると、何故か彼女はショックを受けたように身体をこわばらせ、顔面が蒼白になった。
でもそれは一瞬のことだった。
「わかりました。では両親には私の方から伝えておきます」
なんでもないようにすぐにそう言って彼女はくるりと背を向けた。
その顔はいつもの淡々としたものだった。
だけどその一瞬見せたその顔が頭から離れなかった。
彼女は自由になりたがっている。そう思ったから苦汁の決断をしたのに。
============
注意)ほぼコメディです。
軽い気持ちで読んでいただければと思います。
※無断転載・複写はお断りいたします。
英雄になった夫が妻子と帰還するそうです
白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。
愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。
好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。
今、目の前にいる人は誰なのだろう?
ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。
珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥)
ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。
婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた
cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。
お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。
婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。
過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。
ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。
婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。
明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。
「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。
そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。
茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。
幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。
「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?!
★↑例の如く恐ろしく省略してます。
★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる