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第三章 吸血鬼と執事
8.追うもの追われるもの
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ミシェルのギャーギャー言う声が山を下っていくのを見送り、私とギルバートは城の中へと戻った。
「で? 婚約者がギルバートってどういうことなのよ。何で黙ってたのよ。改めて話を聞かせてもらおうじゃない」
いつも傍にいるのにその意思を無視してまで、道具のように無理矢理に婚約を結ぶなんて。
何故そんなことをしたのか。
扉を閉めてすぐに、間髪入れずに詰め寄った。
ところが、その私の怒りの熱を打ち消すほどにひんやりと冷えた笑みが私を迎え撃った。
壁に追い詰められたのは私の方だった。
「シェリア様こそ、また私から逃げようとなさいましたね? この期に及んでミシェル様の方へ行かれるとは、どういうことですか?」
「あ、いや、それはその」
「婚約の事を黙っていたのは、そうやってシェリア様が逃げるからですよ。シェリア様は見えている障害物は力づくで乗り越えようとするでしょう。ですが敵が見えていなければ逃げようがない。そう思っただけのことです」
「だからなんでそんなこと――」
「どんなに契約や約束で縛り付けても、あなたは思うようにはならないからですよ。あなたはいつも、私の自由にはならない」
そうだろうか。
私は思わず首を傾げた。
どう考えてもギルバートにいいようにされている気がするのだが。
私からしてみれば、「ギルバートがそれ、言う?」だ。
「私なんぞシェリア様の忠実な下僕でしかありませんよ」
おっと声に出して言っていたようだ。
でもやっぱり納得いかない。
「ギルバートなんて私の思い通りになったことなんかないわよ。っていうか、みんなそういうもんでしょ? 誰かの思い通りになったりしないから面白いんじゃないの?」
「それはそうかもしれませんね。逃げる獲物ほど追い詰め甲斐があるとも言いますし」
いやそんなことわざは聞いたことがない。
「ただ――あまりよそ見ばかりされると加減を間違えてしまいそうです」
気づいたらギルバートの長い腕が私を壁に縫い留めていた。
耳に触れそうな距離にギルバートの腕がある。
あ、これ知ってる、壁ドンってやつ!
少し前、巷で流行ってた恋愛小説では軒並みこれやってたんだよね。
だけど実際されるとあれだなあ、ド迫力だなあ、すごぉく怖いんだけどなんで?
怒ってたのは私だったはずなのに、何でこうなった。
「いや、あの、っていうか何に対して怒ってるの? よそ見ってどこからどこを見たことを言ってるの?」
思い切り疑問符を顔に張り付けていたら、ギルバートが呆れたように深いため息を吐き出した。
「さっきのことだけではありません。あなたはユリークを撫でくりまわしたいと思っているでしょう」
「あ、うん」
よくわかったな。ついへらへらしてしまっていただろうか。
「エヴァのことも、私が姿を借りていた時よりも好感を持っているでしょう」
「それも、うん。初めて本物に会って、笑い方とか喋り方とか、エヴァらしいって思ったっていうか。すごく話しやすいよね。迫力のある美人だと思ってたけど、中身はかわいらしいところがあるし、魅力的な人だよね。エヴァのこともユリークのことも、私好きよ。いい家族ね」
褒めた。
褒めたつもりだ。
なのに、ギルバートは笑ってない瞳でぐいっと距離を詰めてきた。端整な顔が間近に迫ると迫力がある。
咄嗟にしゃがんで腕をくぐって横に逃げようと思ったら、寸前でギルバートの足が、ダアンッ! と激しい音を立てて壁に突き刺さり、阻まれた。
なんでよおおお!
なんでそんなに怒るのよおおおおおお!
普通、家族のことを褒められたら嬉しいもんなんじゃないの?!
ギルバートはまだ反抗期だったの?
オフクロが刺繍したハンカチなんか恥ずかしくて使えねえや! とかいう思春期だった??
私が怒ってたはずなのに、本当にどうしてこうなった。
ギルバートは底冷えのする瞳を灰色に燻ぶらせて、三日月のように笑った。
「あの二人は私と同じ、吸血鬼ですよ? 私と違ってあなたと契約をしていないのですから、油断していたら血を抜かれて死んでしまうかもしれません」
「そんなことしないでしょ?」
何を言ってるのかと思う。
ギルバートの目が剣呑に細められた。口元に浮かんだままの笑みは崩れない。
「あなたは吸血鬼のことなんて何も知らないのに、何故そんなことが言えるのです。そもそも吸血鬼とは人の血を奪って生きるものなのですよ」
「だけど危険じゃないから私をここに連れて来たんでしょ? ギルバートの家族なんだから、私だって仲良くなりたいよ」
吸血鬼と聞けば悪いイメージを抱く人が多いだろう。
昔話や物語に出てくる吸血鬼は冷酷無慈悲、残忍で人の血を吸い尽くし殺すと描かれていることが多い。
確かに私も吸血鬼のことはよく知らない。
だけどギルバートのことは多少なりと知っている。そしてギルバートがよく語られる吸血鬼像とは違うことは、よく知っている。
初めて会った時、全然血が足りてなくて動けなくなっていた。それなのに、私の指先からたった一滴の血しか舐めとらなかったのだ。
本当は血を摂取するのが嫌いなんじゃないかと思う。
だから新月の日にだけ、それも吸い過ぎてしまわないように指先から、必要最低限と決めているのではないか。
ギルバートの言うように、他の吸血鬼は物語のように恐ろしいものなのかもしれない。
けれど、そんなギルバートと仲良く暮らしてる家族が、むやみに血を奪い、人を殺したりするとは思えない。
いくらだって理由はあげられる。けど、単純にギルバートの家族を疑う必要なんてあるの? って話だ。
ギルバートの家族だから最初から好意的に見てるわけで、だから打ち解けるのも好きになるのも早い。
会ったことはなくても、ギルバートを介しているのだから全くの知らない他人とは違う。
じっとギルバートの灰色の瞳を見つめれば、奥底にくすぶっていた火はだんだんと収まっていくのがわかる気がした。
ギルバートは諦めたように一つため息を吐き出すと、こつん、とおでこをぶつけた。
「いたいっ」
「だからシェリア様にはかなわないと言うんです。勘弁してほしいですよ、まったく――っていうかシェリア様、熱ありません?」
いや、そりゃこんな体勢でいたら顔も熱くなる。
私も一応乙女ですし、そちらは見目麗しい裏の王様だそうですし。
そこを真面目に取り合うのはあまりにアレなので、あ、そうだよ、まだ聞いてないことがあったじゃないかと話と顔を逸らした。
「そんなことよりも、さっきのミシェルの話だけど。ギルバートって何なの? 王様だったの?」
ギルバートはまだ私の体調を窺うような顔をしながらも、答えてくれた。
「人ではない者を取りまとめる者ですよ。それを王と呼ぶ者も確かにいますが、人の国の王とは性質が違います。ただ力を示すことで、人と暮らす上で従わなければならないルールを徹底させているにすぎません。この国の王とは互いに干渉しないと契約を結んでいますからね。生きる為以外に互いに害さないことも」
やはり思った通りだ。
国とは協定を結んでいるのだろう。だから王家ともつながりがあったのだ。
「そんな大切な役目、ユリークに押し付けてうちの執事なんてやってていいの?」
「シェリア様との契約も、これはこれで大切なことですから。私のためだけでもありませんし」
「ってことは、私はエヴァやユリークのためにも力を使えるってことなの?」
「いえ。彼らは今のところそれを望んではいません。ただ、シェリア様を正しく管理することは私の仕事でもあるのです」
その言葉にはちょっと眉を顰めた。
管理とか言われると、やっぱり物扱いされてるみたいで微妙な気持ちになる。
ただでさえ何の力なのか明かされてなくてモヤモヤしてるっていうのに。
父との約束という新たな秘密も発覚したし。
本当にギルバートは隠し事が多くてフラストレーションが溜まる。
さっきから爆発寸前にまで膨れ上がって錬成された腹立ちだって、まだ収まったわけではない。
だけどなんだか、だんだん、物事がちゃんと考えられなくなってきた。
怒ったら疲れて寝るとか子供みたいだけど。
立っているだけで疲れる。
さっきギルバートが熱があるって言ってたのは羞恥心的なものじゃなかったのかもしれない。
「シェリア様?」
「うーん。やっぱりなんか、ダルいかも」
瞼まで重くなってきた。これはいよいよダメかもしれない。
「ちょっと横になりたい。悪いけど、またギルバートのベッド貸して」
壁についたギルバートの手を除けようと手を伸ばせば、逆にその手を取られてひょいっと担ぎ上げられた。
「ちょ、うぇ、ぐえぇっ……!」
なんで肩に担ぐのよ!
荷物か!!
文句も言えずにえづいていると今度はくるりとひっくり返されて横抱きにされた。
「ね? こちらの方がいいでしょう」
くっ……!
昨日横抱きにするなと文句を言ったからか?!
「だからって、今、やらなくても……っ」
あ、もうダメだ。
喋るのもしんどい。
ギルバートは軽々と私を運びながら、しれっと「お仕置きです」と言った。
それから横抱きにしたまま、再びおでこをこつんとくっつけた。
「やはり熱がありますね。力が完全に目覚めようとしているせいで疲れや精神的疲労に弱くなっているのかもしれません」
やることなすこと恥ずかしい。
両手が塞がってるからだって、わかってるけど!
私にはそれ以上のダメージが大きい。
人の心、執事知らず。
思わず顔を覆った隙間から見えたギルバートの顔から笑みは消えていた。
思ったよりも深刻な顔をしているのを見たら、熱なんて出したことがなんだか申し訳なくなった。
たくさん寝て、早くよくなろう。
それでもう一回、ちゃんと怒り直そう。
だって、まだ私、怒りを吐き出しきって、ない。
だめだ。もう、視界も、暗く――。
――ぐう――
◇
目覚めたのは三日後だった。
何故かギルバートのベッドは自分のベッドのように落ち着いて、ゆっくりと眠れた。
けれどその間にアンレーン家では再び事件が起きようとしていた。
あのままミシェル達と一緒に帰っていればよかったと、つくづく後悔した。
「で? 婚約者がギルバートってどういうことなのよ。何で黙ってたのよ。改めて話を聞かせてもらおうじゃない」
いつも傍にいるのにその意思を無視してまで、道具のように無理矢理に婚約を結ぶなんて。
何故そんなことをしたのか。
扉を閉めてすぐに、間髪入れずに詰め寄った。
ところが、その私の怒りの熱を打ち消すほどにひんやりと冷えた笑みが私を迎え撃った。
壁に追い詰められたのは私の方だった。
「シェリア様こそ、また私から逃げようとなさいましたね? この期に及んでミシェル様の方へ行かれるとは、どういうことですか?」
「あ、いや、それはその」
「婚約の事を黙っていたのは、そうやってシェリア様が逃げるからですよ。シェリア様は見えている障害物は力づくで乗り越えようとするでしょう。ですが敵が見えていなければ逃げようがない。そう思っただけのことです」
「だからなんでそんなこと――」
「どんなに契約や約束で縛り付けても、あなたは思うようにはならないからですよ。あなたはいつも、私の自由にはならない」
そうだろうか。
私は思わず首を傾げた。
どう考えてもギルバートにいいようにされている気がするのだが。
私からしてみれば、「ギルバートがそれ、言う?」だ。
「私なんぞシェリア様の忠実な下僕でしかありませんよ」
おっと声に出して言っていたようだ。
でもやっぱり納得いかない。
「ギルバートなんて私の思い通りになったことなんかないわよ。っていうか、みんなそういうもんでしょ? 誰かの思い通りになったりしないから面白いんじゃないの?」
「それはそうかもしれませんね。逃げる獲物ほど追い詰め甲斐があるとも言いますし」
いやそんなことわざは聞いたことがない。
「ただ――あまりよそ見ばかりされると加減を間違えてしまいそうです」
気づいたらギルバートの長い腕が私を壁に縫い留めていた。
耳に触れそうな距離にギルバートの腕がある。
あ、これ知ってる、壁ドンってやつ!
少し前、巷で流行ってた恋愛小説では軒並みこれやってたんだよね。
だけど実際されるとあれだなあ、ド迫力だなあ、すごぉく怖いんだけどなんで?
怒ってたのは私だったはずなのに、何でこうなった。
「いや、あの、っていうか何に対して怒ってるの? よそ見ってどこからどこを見たことを言ってるの?」
思い切り疑問符を顔に張り付けていたら、ギルバートが呆れたように深いため息を吐き出した。
「さっきのことだけではありません。あなたはユリークを撫でくりまわしたいと思っているでしょう」
「あ、うん」
よくわかったな。ついへらへらしてしまっていただろうか。
「エヴァのことも、私が姿を借りていた時よりも好感を持っているでしょう」
「それも、うん。初めて本物に会って、笑い方とか喋り方とか、エヴァらしいって思ったっていうか。すごく話しやすいよね。迫力のある美人だと思ってたけど、中身はかわいらしいところがあるし、魅力的な人だよね。エヴァのこともユリークのことも、私好きよ。いい家族ね」
褒めた。
褒めたつもりだ。
なのに、ギルバートは笑ってない瞳でぐいっと距離を詰めてきた。端整な顔が間近に迫ると迫力がある。
咄嗟にしゃがんで腕をくぐって横に逃げようと思ったら、寸前でギルバートの足が、ダアンッ! と激しい音を立てて壁に突き刺さり、阻まれた。
なんでよおおお!
なんでそんなに怒るのよおおおおおお!
普通、家族のことを褒められたら嬉しいもんなんじゃないの?!
ギルバートはまだ反抗期だったの?
オフクロが刺繍したハンカチなんか恥ずかしくて使えねえや! とかいう思春期だった??
私が怒ってたはずなのに、本当にどうしてこうなった。
ギルバートは底冷えのする瞳を灰色に燻ぶらせて、三日月のように笑った。
「あの二人は私と同じ、吸血鬼ですよ? 私と違ってあなたと契約をしていないのですから、油断していたら血を抜かれて死んでしまうかもしれません」
「そんなことしないでしょ?」
何を言ってるのかと思う。
ギルバートの目が剣呑に細められた。口元に浮かんだままの笑みは崩れない。
「あなたは吸血鬼のことなんて何も知らないのに、何故そんなことが言えるのです。そもそも吸血鬼とは人の血を奪って生きるものなのですよ」
「だけど危険じゃないから私をここに連れて来たんでしょ? ギルバートの家族なんだから、私だって仲良くなりたいよ」
吸血鬼と聞けば悪いイメージを抱く人が多いだろう。
昔話や物語に出てくる吸血鬼は冷酷無慈悲、残忍で人の血を吸い尽くし殺すと描かれていることが多い。
確かに私も吸血鬼のことはよく知らない。
だけどギルバートのことは多少なりと知っている。そしてギルバートがよく語られる吸血鬼像とは違うことは、よく知っている。
初めて会った時、全然血が足りてなくて動けなくなっていた。それなのに、私の指先からたった一滴の血しか舐めとらなかったのだ。
本当は血を摂取するのが嫌いなんじゃないかと思う。
だから新月の日にだけ、それも吸い過ぎてしまわないように指先から、必要最低限と決めているのではないか。
ギルバートの言うように、他の吸血鬼は物語のように恐ろしいものなのかもしれない。
けれど、そんなギルバートと仲良く暮らしてる家族が、むやみに血を奪い、人を殺したりするとは思えない。
いくらだって理由はあげられる。けど、単純にギルバートの家族を疑う必要なんてあるの? って話だ。
ギルバートの家族だから最初から好意的に見てるわけで、だから打ち解けるのも好きになるのも早い。
会ったことはなくても、ギルバートを介しているのだから全くの知らない他人とは違う。
じっとギルバートの灰色の瞳を見つめれば、奥底にくすぶっていた火はだんだんと収まっていくのがわかる気がした。
ギルバートは諦めたように一つため息を吐き出すと、こつん、とおでこをぶつけた。
「いたいっ」
「だからシェリア様にはかなわないと言うんです。勘弁してほしいですよ、まったく――っていうかシェリア様、熱ありません?」
いや、そりゃこんな体勢でいたら顔も熱くなる。
私も一応乙女ですし、そちらは見目麗しい裏の王様だそうですし。
そこを真面目に取り合うのはあまりにアレなので、あ、そうだよ、まだ聞いてないことがあったじゃないかと話と顔を逸らした。
「そんなことよりも、さっきのミシェルの話だけど。ギルバートって何なの? 王様だったの?」
ギルバートはまだ私の体調を窺うような顔をしながらも、答えてくれた。
「人ではない者を取りまとめる者ですよ。それを王と呼ぶ者も確かにいますが、人の国の王とは性質が違います。ただ力を示すことで、人と暮らす上で従わなければならないルールを徹底させているにすぎません。この国の王とは互いに干渉しないと契約を結んでいますからね。生きる為以外に互いに害さないことも」
やはり思った通りだ。
国とは協定を結んでいるのだろう。だから王家ともつながりがあったのだ。
「そんな大切な役目、ユリークに押し付けてうちの執事なんてやってていいの?」
「シェリア様との契約も、これはこれで大切なことですから。私のためだけでもありませんし」
「ってことは、私はエヴァやユリークのためにも力を使えるってことなの?」
「いえ。彼らは今のところそれを望んではいません。ただ、シェリア様を正しく管理することは私の仕事でもあるのです」
その言葉にはちょっと眉を顰めた。
管理とか言われると、やっぱり物扱いされてるみたいで微妙な気持ちになる。
ただでさえ何の力なのか明かされてなくてモヤモヤしてるっていうのに。
父との約束という新たな秘密も発覚したし。
本当にギルバートは隠し事が多くてフラストレーションが溜まる。
さっきから爆発寸前にまで膨れ上がって錬成された腹立ちだって、まだ収まったわけではない。
だけどなんだか、だんだん、物事がちゃんと考えられなくなってきた。
怒ったら疲れて寝るとか子供みたいだけど。
立っているだけで疲れる。
さっきギルバートが熱があるって言ってたのは羞恥心的なものじゃなかったのかもしれない。
「シェリア様?」
「うーん。やっぱりなんか、ダルいかも」
瞼まで重くなってきた。これはいよいよダメかもしれない。
「ちょっと横になりたい。悪いけど、またギルバートのベッド貸して」
壁についたギルバートの手を除けようと手を伸ばせば、逆にその手を取られてひょいっと担ぎ上げられた。
「ちょ、うぇ、ぐえぇっ……!」
なんで肩に担ぐのよ!
荷物か!!
文句も言えずにえづいていると今度はくるりとひっくり返されて横抱きにされた。
「ね? こちらの方がいいでしょう」
くっ……!
昨日横抱きにするなと文句を言ったからか?!
「だからって、今、やらなくても……っ」
あ、もうダメだ。
喋るのもしんどい。
ギルバートは軽々と私を運びながら、しれっと「お仕置きです」と言った。
それから横抱きにしたまま、再びおでこをこつんとくっつけた。
「やはり熱がありますね。力が完全に目覚めようとしているせいで疲れや精神的疲労に弱くなっているのかもしれません」
やることなすこと恥ずかしい。
両手が塞がってるからだって、わかってるけど!
私にはそれ以上のダメージが大きい。
人の心、執事知らず。
思わず顔を覆った隙間から見えたギルバートの顔から笑みは消えていた。
思ったよりも深刻な顔をしているのを見たら、熱なんて出したことがなんだか申し訳なくなった。
たくさん寝て、早くよくなろう。
それでもう一回、ちゃんと怒り直そう。
だって、まだ私、怒りを吐き出しきって、ない。
だめだ。もう、視界も、暗く――。
――ぐう――
◇
目覚めたのは三日後だった。
何故かギルバートのベッドは自分のベッドのように落ち着いて、ゆっくりと眠れた。
けれどその間にアンレーン家では再び事件が起きようとしていた。
あのままミシェル達と一緒に帰っていればよかったと、つくづく後悔した。
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