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第三章 聖剣と乙女

6.掴みかけた欲しいものは、いつも私の手からこぼれていく

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 私の怨念のこもった祈りはちゃんと届いたようで、剣の柄に填められた石が翡翠の光を帯びた。
 ここでも聖剣がパアアァッと光ることもなく、地味に終わる。いくらゲームの世界とはいえ、現実となればこんなもんなんだろう。
 ということは、ギスモーダ国王の前で舞っている間に光り出して気づかれて中断、ということもなさそうだ。

 これで私は魔を祓う力を手に入れた。
 アレクを守ることに一歩近づいたのか、その逆なのか、今の時点ではわからない。
 ただ流れに乗るだけではアレクを失う可能性が高いのだから、慎重に状況を見極めて動いていかなければ。

 明日はいよいよギスモーダ国に向けて出発となる。
 カイルとダーンは私と一緒にダーンの叔父の家に行き、そこからギスモーダ国王の城に乗り込む。
 ルーイは連絡役として中間地点である国境付近まで一緒に行き、近くにある親戚の家で待機。
 フリードリヒは城に残り、舞踏会を開催することで聖剣の乙女が現れたと敵国に噂を流す。
 その肝心な聖剣の乙女役については、イリーナが買って出てくれた。
 苗佳は『剣道部』というクラブに入っていたらしい。イリーナの体が覚えてるわけじゃないけど、コツがわかっていたからか、天性の勘がいいのか、すぐに『華』の動きはマスターした。
 付け焼刃ではあったけれど、ただ一通りの動きをこなせればいい。
 皆の前で聖剣の乙女が現れたと認識させればいいだけで、実際に戦に出るわけでもなかったから。

 聖剣の封印が完全に解かれたことを確認し、フリードリヒは城へ帰り国王や関係者たちに報告を。他の皆もそれぞれ明日に向けて準備を整えることになった。
 けれど私は聖剣の重みに慣れておきたかったから、そのまま稽古場に残り、一人練習を続けた。

     ◇

 疲れてちょっと一休みと横になっているうち、つい寝てしまったらしい。
 誰かの足音に目が覚めかけたけれど、日頃の疲れが溜まっていたのか、目を開けることができなかった。
 半分意識はあるのに、半分は夢の中のような、もどかしい状態。
 入って来た誰かは、そっと私に語り掛けた。

「ユニカ。こんなところで寝ていたら風邪を引くよ」

 アレクの声だ。
 知らず、私は微笑んでいた。
 そのまま、アレク、と声をかけるつもりだったのにうまく動かない。
 苦笑したような気配があり、私の体に何かがふわりとかけられた。
 温かい。まだ着ていた人の温もりが残っている。コートだろうか。

「結局君は……。本当にユニカは、バカだなあ」

 その言葉には、呆れと、愛があった気がした。けれど、途切れた言葉の先には寂しさが漂っていた。それは静かなため息に吐き出されるように静かに霧散していく。
 ややして、何かを諦めたように動く気配がした。
 待って、行かないで。そう言いたいのに、私は何故か目を開けることも体を起こすこともできなかった。もしかしたらこれは夢の中なのだろうか。だから自由に体を動かせないのだろうか。
 最後にアレクに優しくしてもらえる。そんな都合のいい夢を見ているだけなのかもしれない。
 そう思ったとき、唇にやさしく触れるものがあった。
 それはあまりに一瞬すぎて、離れた後の唇には寂しさばかりが残った。
 私の髪を弄ぶように掬い、さらりと流すとそのまま足音は遠ざかっていった。

 閉じた瞳から涙が流れた。
 やっと意識と体が繋がり、ゆっくりと体を起こすと、大きなコートがかけられていた。
 やっぱりアレクだ。夢じゃない。

 夢じゃないなら、どうして――?
 これまで一度だって私を受け入れようとはしてくれなかったのに。
 こんなときにキスを残して去るなんて、まるでこれが最後だって知ってるみたいだ。
 最後にこんな希望めいたものを残して去るなんて、酷だ。
 この期に及んで決心が鈍りそうだった。
 欲しいものアレクの心が手に入るかと思えばいつもそうはならない。寸前でひらりひらりと舞っていってしまう。そんな人生だった。
 涙が止まらなかった。
 私は膝を抱え、一人泣き続けた。

 私は乙女ゲームとしてのポイント稼ぎを全くしていなかった。気づいた時にはもう遅いと悟っていた。だからここまで剣の腕を磨くため突き進んできた。
 誰とも親密になろうとしていないし、好感度を上げる努力もしていない。周囲にはなりふり構わず、ありのままの私を見せすぎていたから、もはや誰も私をそういう対象には見ていないだろう。
 だからイリーナから聞いた通りなら、ギスモーダ国王から祓った魔の者の魂が、今度は愛を知らない寂しい私の心に取り憑く。
 ゲームのメインストーリーとは異なる道を選んではいるけれど、試験で『華』を披露しなくても私が聖剣の乙女になったように、大きな流れは変わらない可能性が高い。
 場所が変われども、首を刎ねる役目を負ったフリードリヒがいなくても、私が死ぬという結末は変わらないのかもしれない。

 まだ死にたくない。
 だけどアレクを死なせるのはもっと嫌だ。
 私はどうすればよかったんだろう。
 同時にいろんなことを進めることができない不器用さが呪わしい。

 私は一頻り涙を流してから、アレクの意図にふと思い当たった。
 まさに、こうして未練を抱かせることが目的だったのではないだろうか。
 私が連日張り詰めたように剣の練習なんてしているから、何か危険なことに首を突っ込もうとしていることはうすうす気づいていたように思う。だから私が二の足を踏み、踏みとどまるようにと、希望を見せたのかもしれない。

 だとしたら、泣いている場合じゃない。
 ぐいっと涙を拭い、立ち上がる。
 アレクがどこまで気づいているのかわからない。けれど、もし明日のことを知っていたとしたら、止められるか、アレクも一緒に来るつもりかもしれない。
 急いでみんなに集合場所、時間の変更をお願いしよう。

 なんとしてでもアレクを巻き込んではならない。逃げ切らなくてはならない。
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