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第一話 呪われた騎士の有効な活用法
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ロード=クラークスは伯爵家の次男であり、継ぐ家もなく、婿入りもまずありえないと騎士団に入団したが、鍛え上げたその筋肉も、剣の腕前も活かす機会などないに等しかった。
花形である第一騎士団は魔物討伐を主な任務としており、隊を組む必要があるためロードの入団は却下された。
第二騎士団は国民の前に出る必要があるから却下。
よって、一番荒事の少ない第三騎士団で城の見張りに立っている。
それは黒髪に黒い瞳で生まれたから。
どんなに強くても、ロードが第三騎士団から出ることはない。
そのはずだった。
始まりは嵐の日のこと。
やってきたのと同じくらい唐突に嵐が止み、第三騎士団は外での訓練を再開した。
組み合う相手がいないロードは、相変わらず修練場の端で鉄アレイを上げ下げし、己の筋肉と向き合っていたが、静かになったはずの外が何やら騒がしいことに気が付いた。
何事かと誰もが集中力を切らす中、唐突に扉がダンダン! と力強く叩かれた。
「たのもーう!!」
扉の向こうから聞こえたよく透き通る声に、慌てた下っ端の騎士見習いが駆け寄る。
しかし取っ手に手をかける前にそれはダァン! と力強く開けられた。
ノックの意味……と唖然としたのはロードばかりではないはずだ。
だがロードだけは鉄アレイを上げ下げする手を休めなかった。
途中でやめると数がわからなくなる。
三百六十五、三百六十六。
扉を開けようとしていた下っ端は突然の風圧に驚き三歩ほど後退り、破れそうな心臓を押さえるかのように胸に手を当て呆然と闖入者を見つめた。
現れたのは白金の髪をハーフアップに編み込みし、磨き上げられた白い肌に大きな橙色の瞳、どこからどうみても可憐な少女であった。
「プリメラ王女殿下……! そのような格好で、何故またここに――」
騎士団長の声に、団員たちがざわつく。
ロードもその姿を初めて見たが、『最後の王女』という呼び名は幾度となく聞いたことがある。
プリメラは場違いなほど王女然とした豪奢なドレス姿で勝手につかつかと修練場に踏み入ると、誰か探しているのかきょろきょろと騎士団員たちを見回した。
そうして鉄アレイを上げ下げするロードにひたっと視線を留めると、つかつかと再び歩みを進めた。
三百七十六、三百七十七。
向かってくるとわかっていて鉄アレイをやめないロードの面前で足が止まり、後から追いついたドレスもふわりと靡いて止まる。
「髪も瞳も真っ黒。他の騎士と違って一人だけ意味ありげに嵌めた黒い皮手袋。あなたがロードね」
無遠慮に上から下まで眺めたプリメラは、鉄アレイには触れない。止めろとは言われないからロードも止めなかった。
止めろと言われてもたぶん止めないが。残り百十三。
そんなロードにプリメラは平然と言った。
「じゃあ、行くわよ」
「どこにですか」
「魔王を倒しに」
「何故ですか」
「お兄様を救うためよ」
わけがわからない。
眉を寄せるロードに、騎士団長が慌てて声を上げた。
「こら、ロード、王女殿下の御前だぞ! いい加減鉄アレイをやめなさい!」
「嫌です。あと百」
「百は待てん!」
「九十八」
「順調に回数を重ねるな!」
しかし当のプリメラは気にも留めていない。
「別にいいわよ。私はロードのその腕を欲しているのだから」
「体目当てですか」
「ええ。私が欲しいのはロードだけよ」
茶化したつもりだったが大真面目に困る返事が返り反省した。
「それは俺の筋肉ですか、剣の腕ですか」
「両方よ。その筋肉で剣をふるうからこそ強いのでしょう。だから続けて。存分に鍛えなさい」
「ありがとうございます。で、ご用件はなんでしたっけ」
プリメラは腕組みをして頭一つ分高いロードの顔を見上げた。
「討伐軍を指揮するのは王太子であるお兄様よ。傷ついたり、万が一にも命を落とすようなことがあってはならない。だから私とあなたで先に魔王を倒すのよ」
なるほど、意図は理解した。
しかし納得しかねる。
「いや……。知ってます? 俺、呪われてるって有名なんですが」
「だからよ。あなたの呪いはその手で触れるだけで物がぼろぼろと崩れていくのだと聞いたわ。その力で、魔王が蘇る前に封じている岩ごとぼろぼろにしてしまえばいいのよ。万一蘇ったって、魔王に触れれば終わりなのだから」
プリメラにふざけた様子はない。
騎士たちは唖然とした顔で口をぱかりと開けたが、やがて後ろのほうから小さな失笑が聞こえた。
その瞬間、プリメラのこめかみがぴくりと震える。
騎士たちは咳ばらいをし、なんとか顔をつくろうとぴしりと背筋を正した。
しかし馬鹿にしたような空気は消えていない。
「俺にそんな力はありませんよ」
花形である第一騎士団は魔物討伐を主な任務としており、隊を組む必要があるためロードの入団は却下された。
第二騎士団は国民の前に出る必要があるから却下。
よって、一番荒事の少ない第三騎士団で城の見張りに立っている。
それは黒髪に黒い瞳で生まれたから。
どんなに強くても、ロードが第三騎士団から出ることはない。
そのはずだった。
始まりは嵐の日のこと。
やってきたのと同じくらい唐突に嵐が止み、第三騎士団は外での訓練を再開した。
組み合う相手がいないロードは、相変わらず修練場の端で鉄アレイを上げ下げし、己の筋肉と向き合っていたが、静かになったはずの外が何やら騒がしいことに気が付いた。
何事かと誰もが集中力を切らす中、唐突に扉がダンダン! と力強く叩かれた。
「たのもーう!!」
扉の向こうから聞こえたよく透き通る声に、慌てた下っ端の騎士見習いが駆け寄る。
しかし取っ手に手をかける前にそれはダァン! と力強く開けられた。
ノックの意味……と唖然としたのはロードばかりではないはずだ。
だがロードだけは鉄アレイを上げ下げする手を休めなかった。
途中でやめると数がわからなくなる。
三百六十五、三百六十六。
扉を開けようとしていた下っ端は突然の風圧に驚き三歩ほど後退り、破れそうな心臓を押さえるかのように胸に手を当て呆然と闖入者を見つめた。
現れたのは白金の髪をハーフアップに編み込みし、磨き上げられた白い肌に大きな橙色の瞳、どこからどうみても可憐な少女であった。
「プリメラ王女殿下……! そのような格好で、何故またここに――」
騎士団長の声に、団員たちがざわつく。
ロードもその姿を初めて見たが、『最後の王女』という呼び名は幾度となく聞いたことがある。
プリメラは場違いなほど王女然とした豪奢なドレス姿で勝手につかつかと修練場に踏み入ると、誰か探しているのかきょろきょろと騎士団員たちを見回した。
そうして鉄アレイを上げ下げするロードにひたっと視線を留めると、つかつかと再び歩みを進めた。
三百七十六、三百七十七。
向かってくるとわかっていて鉄アレイをやめないロードの面前で足が止まり、後から追いついたドレスもふわりと靡いて止まる。
「髪も瞳も真っ黒。他の騎士と違って一人だけ意味ありげに嵌めた黒い皮手袋。あなたがロードね」
無遠慮に上から下まで眺めたプリメラは、鉄アレイには触れない。止めろとは言われないからロードも止めなかった。
止めろと言われてもたぶん止めないが。残り百十三。
そんなロードにプリメラは平然と言った。
「じゃあ、行くわよ」
「どこにですか」
「魔王を倒しに」
「何故ですか」
「お兄様を救うためよ」
わけがわからない。
眉を寄せるロードに、騎士団長が慌てて声を上げた。
「こら、ロード、王女殿下の御前だぞ! いい加減鉄アレイをやめなさい!」
「嫌です。あと百」
「百は待てん!」
「九十八」
「順調に回数を重ねるな!」
しかし当のプリメラは気にも留めていない。
「別にいいわよ。私はロードのその腕を欲しているのだから」
「体目当てですか」
「ええ。私が欲しいのはロードだけよ」
茶化したつもりだったが大真面目に困る返事が返り反省した。
「それは俺の筋肉ですか、剣の腕ですか」
「両方よ。その筋肉で剣をふるうからこそ強いのでしょう。だから続けて。存分に鍛えなさい」
「ありがとうございます。で、ご用件はなんでしたっけ」
プリメラは腕組みをして頭一つ分高いロードの顔を見上げた。
「討伐軍を指揮するのは王太子であるお兄様よ。傷ついたり、万が一にも命を落とすようなことがあってはならない。だから私とあなたで先に魔王を倒すのよ」
なるほど、意図は理解した。
しかし納得しかねる。
「いや……。知ってます? 俺、呪われてるって有名なんですが」
「だからよ。あなたの呪いはその手で触れるだけで物がぼろぼろと崩れていくのだと聞いたわ。その力で、魔王が蘇る前に封じている岩ごとぼろぼろにしてしまえばいいのよ。万一蘇ったって、魔王に触れれば終わりなのだから」
プリメラにふざけた様子はない。
騎士たちは唖然とした顔で口をぱかりと開けたが、やがて後ろのほうから小さな失笑が聞こえた。
その瞬間、プリメラのこめかみがぴくりと震える。
騎士たちは咳ばらいをし、なんとか顔をつくろうとぴしりと背筋を正した。
しかし馬鹿にしたような空気は消えていない。
「俺にそんな力はありませんよ」
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