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第5章 フリージア=リークハルトの道先

第4話

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 広い中庭へと移動したフリージアたちは、玄関前に詰めかけた群衆たちとは距離を取る形となった。
 ざわめいた声はグレイたちが動き出したことで収まってきてはいたが、その動きを見守るようなたくさんの視線は感じていた。

「すまない。やはりこの選択肢しかなかったようだ」

 すまなそうに笑みを浮かべたグレイと目を見合わせ、フリージアは笑んで頷いた。

「覚悟はしておりました。きっとこれが最良なのだと思います」

 リークハルト侯爵家の他にも混血が存在するなどということは誰も考えもしないうちに、事を収めたかった。
 人としてうまく暮らしている混血たちの居場所を奪ってはならない。

 グレイとジェームズが竜に姿を変えると、じっと動きを見守っていた人々の間に緊張が走った。
 距離を取ろうとするように、誰もが後退る。

 それらを背に、次々と使用人たちは黒い竜に姿を変えたジェームズの背に飛び乗った。
 ユウとジュナは姿を変え、端の方へと収まる。
 使用人たちの後ろに隠れるようにしていたリッカは、人々の剣幕に驚いたのか、耳が出てしまっていた。
 それを両手で隠すようにしていたものの、そのままではグレイの背に乗れないと気が付き、諦めてそっと手を離した。

「すみません、また私まで乗せてもらうだなんて」

 ひたすら恐縮するリッカに、グレイが周囲を脅かさないように抑えた吐息で笑う。

「気にするな。ついてきてくれると言った皆に、僕は感謝してるんだ。ありがとう」

「いいえ、それこそ当たり前です」
「私たちだけ逃げたり隠れたりするなんて絶対に嫌でしたから」
「どこまでもついてまいります」

 ジェームズの背中に飛び乗ったサシャ、ユーシャ、ミーシャもそう言って笑う。

「いやあ、オレたち全員乗り切れるのかって思ったが、竜ってのは本当にバカみたいにでかいんだな」

 まじまじと眺めながらそんな風に言ったのはワッシュだ。

「そこの血の薄い赤い竜と同じにしてくれるな」

 ジェームズの方が一回りも二回りも大きい。グレイと並ぶとまるで親子のようだった。

「ジェームズ様がいらっしゃらなければ、この国を出てどこへ行けばよいかなんてわかりませんでした。おかげで行き場を失わずに済みます」

「サルーシュナ国なら同胞もたくさんいる。この国などよりもよほど自由に生きられるだろう」

 ジェームズは些か得意げに首をそらす。

「侯爵様が不在の間に使用人一同までいなくなってしまうなんて、申し訳ないばかりですが」

 ブライアンが呟くが、グレイに気にした様子はない。

「元々あまり邸にはいなかったし、他国に旅に出ている時間の方が長い。帰る家がなくなって、自由になったと思っているくらいじゃないかな」

 そう控えめに笑ったグレイの背に、フリージアが手をかけると、「待て!」と遠くから鋭い声がかかった。

「なぜフリージアまで魔物の背に乗る? お前は人間だ、行く必要はない」

 カーティスがつかつかと歩み寄ってくる。

「お義兄様。私はもうリークハルト侯爵家の人間です。どこまでもグレイ様についていきます」

「馬鹿を言え! それは魔物だ、人間ではない! これからもっと魔物がいる国へ行くんだろう? そんなところにお前が飛び込めば、どうなることか」

「私の力なんて、些細なものなのです。私の心の声が聞こえてしまうだけ。そんな力で誰かを操ることなんて、できはしません」

 その言葉が聞こえたのか、訝しげに眉を寄せた騎士団長もまた歩みを寄せてくる。

「もし。先程からの会話は本当のことなのか? まるで三百年前に現れた聖なる乙女のような」

「そうだ。だからフリージアは魔物にたぶらかされているんだ! 止めなくては」

「だが先程は魔物を操っていると」

「そんなことはどうだっていい! あいつらは私の妹を奪う悪だ。そのことに変わりはない」

 そう吐き捨てると、カーティスはつかつかと歩みを再開した。

「カーティス卿。あなたが言っていることは先程から支離滅裂だ。そのような人間に我々が先導されてきたとなると、騎士団としても問題だ」

「うるさい! フリージアを失うわけにはいかないんだ、黙っていろ!」

 もう一つ傍まで迫っていた足音があった。
 叫んだカーティスの頬をすかさず、パンッと叩く。

「いい加減にしなさい。あんたのくだらない私利私欲のために騎士団と町民を巻き込むんじゃない。本当にどうしようもない人間ね。魔物だろうが混血だろうが、みんなのことを考えてこの地を去ると決めたグレイやその使用人たちの方がよほど人間らしいわ」

 カーティスは呆然と頬に手を当てた。
 リディは構わずそのままの勢いでくるりと群衆を振り返る。

「あんたたちもみんな揃って馬鹿よ。魔物だと呼んだあの人たちが、力を持っているのにこの期に及んでそれを使わない意味を考えないの? 武器を持っていてもそれを使おうとしないそこの騎士団の人たちと同じ人間だからなんじゃないの? 少しでも魔物の血が混じっていたら、魔物に姿を変えたらそれは魔物なの? 人間の血が混じっているのに人間じゃないの? そもそも魔物と人間の違いってなんなの? 彼らの心は人間と同じではないの?」

 キッときつく睨み渡したリディに、騎士団長は静かに息を吐き出した。

「確かに、あなたの仰る通りだ。カーティス卿よりもよほど筋が通っている」

 その言葉に、人々は顔を見合わせた。
 決まり悪げで、先程の熱の高まりはほとんど燃え尽きてしまっている。
 町の人々はリークハルト侯爵家の人々がみな気がよく、普通の人と変わらず暮らしていたことを知っている。
 騎士団のほとんどが貴族出身で、グレイの人の良さも、その父であるリークハルト侯爵のはつらつとした人当りの良さも知っている。

 そんな人たちを追い出し、それどころか確かに人間でもある彼らの命まで奪いかねない論調だったことに、今更ながら冷静に我に返ったのだろう。
 そうして人々が戸惑い、言葉を探す中、竜の姿のグレイに近づく小さな存在があることに誰も気づいていなかった。

「あ。やっぱりあの時のお姉ちゃんだ」

 突然響いた幼い声に、周囲の視線がばっと集まった。
 六歳くらいだろうか。
 男の子は竜の背に乗るリッカの姿を見つけ、にっこりと笑った。
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