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第4章 来客

第8話

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「フリージア、彼に肩入れすることはないよ」

 その大きな体でフリージアを守るように立ちはだかるグレイから返ってきたのは、にべもない答えだった。

「僕が今日城に呼ばれていたのは偶然じゃないと思う。日暮れまでに戻るつもりが足止めをくらったのも、どこか不自然だった。作為めいたものを感じたんだ」

「え……?」

 グレイに言われて、フリージアも思い出す。

「もしかして、ジェームズ様は誰かがこの邸を見張っていると仰っていましたが……、それも嘘だったのですか?」

「私に下心がなかったわけではないが、嘘をついたつもりはないぞ」

 ジェームズは淡々と答えたが、グレイは食ってかかるように反論した。

「それは僕が用意した見張りだ。あなたがおかしなことをしないか見張らせていたのですよ」

「ふむ。それにしては少々様子が違ったような」

 ジェームズはとぼけているようにも、腑に落ちずに考えているようにも見える。
 フリージアがそれをどう受け止めたらいいのか思案するうちに、リッカが憎々しげな声を向けた。

「そうしてグレイ様が遅くまで帰らないことを知っていたから、守るなどと言って邸に上がり込み、フリージア様を油断させ、同情させて気を引き、暗くなるのを待ったのでしょう。夜の闇に紛れて逃げおおせるように」

「なるほど。そう考えると辻褄があってしまうのだな。だが私はそこまで――」

「フリージアを無理矢理さらうような奴の言うことなど信じられない!」

 グルルル……と低く唸るグレイの前に立ち、フリージアはそっとその顎に手を伸ばした。

「グレイ様、聞いてください。私には、ジェームズ様の気持ちがまったくわからないわけではないのです。私も、お義兄様に邸に閉じ込められ、グレイ様とも会えないどころかリディが身代わりとして連れてこられて……このまま一人寂しく死んでいくのだと思ったことがありますから」

 絶望、なんて軽々しく使っていい言葉ではないのかもしれない。
 だがあの時のフリージアにとっては、そうとしか言い表せないほど、深い深い穴の底に沈んでしまったような気持ちだった。
 ジェームズも今そこにいるのかもしれない。今自分たちは、ジェームズをそこに突き落とそうとしているのかもしれない。
 そう思うと、とてもこのままにはできなかった。

「私はグレイ様に救われました。グレイ様も、お邸のみんなもそばにいてくれて、私はもう孤独ではありません。毎日が幸せなのです。だからこそ、ジェームズ様がそれを求める気持ちはよくわかるのです。ジェームズ様にも同じようにあってほしいと思うのです」

「――思った以上に甘いお嬢さんだな。青年の言うことの方がもっともだ」

 ジェームズが苦く笑う。
 フリージアを困った娘だと見守るような目がそこにはあった。
 悪意の見えないそんな姿に、グレイが竜の鋭い瞳を迷わせているのがわかる。

「いいえ。本当に優しいのはグレイ様です。ジェームズ様が誰彼かまわず番になどと仰るから、私や邸の人たちを守ろうとしただけ。それでも客人として迎え入れ、お話し相手になったのは、グレイ様にもジェームズ様のお気持ちがわかるからだと思います」

 グレイはそっとフリージアから視線を外した。だがその瞳に否定はない。
 同じ竜の混血であるグレイだからこそ、わかることがあるはずだ。
 血のつながった母にさえ受け入れられず、悲しみをその心に負っていたのだから。
 それでもフリージアを守らねばならないグレイこそが、今辛い思いをしているのかもしれない。
 だからフリージアは言った。

「私は番にはなれません。でもこれまでのように、ジェームズ様に客人として、友人としてお邸に遊びに来ていただきたいです。邸には混血の人たちもたくさんいますし、わかりあえることも多いと思います。ここにいれば、一人ではありません」

 じっとジェームズを見つめれば、小さく息を吐き出した。

「孤独を癒すのは何も番だけではないのは確かだ。臣下はいても友と呼べる者もこれまでいなかったしな。だが、青年はいまさらそれを受け入れられまい」

 そう言ってジェームズはフリージアたちにくるりと背を向けた。

「友人であれば女性に限ることはない。今後はそういった関係も視野に入れて探してみよう。フリージアよ、怖い思いをさせてすまなかったな」

 後ろ向きに手を振り、すたすたと歩き出したジェームズに、フリージアは声をあげた。

「全然本気ではありませんでしたよね? 私が拒んだところでかなうわけもないのに。ただ悲しい目をしました。そして私の話に耳を傾けてくれました。その心を話してくれました。そんなジェームズ様を放っておくことなどできません。ジェームズ様もただどうしたらよいかわからなかっただけなのではないですか」

 ただ寂しくて、足掻き、もがいた。
 目の前に竜を受け入れたフリージアがいたから、すがってしまっただけなのではないか。
 そう思うと、ジェームズの足を止める言葉を持たないことがやるせなかった。

 だがその背中にグレイが「待て」と静かに声を投げた。

「フリージアに手を出さないと誓うなら。二度とおかしな真似はしないと誓うなら、友人としての滞在を許可する。僕も暇なときの話し相手くらいにはなろう」

 ゆっくりとジェームズの足が止まる。
 だが何も言わず、振り返りもしない。
 怪訝に眉を顰めたリッカがすたすたと後を追いかけ、その顔を覗き込むとびくりと一歩退いた。

「どうした?!」

 グレイが鋭く問えば、困惑したリッカの声が返る。

「いえ、あの……。めっちゃ泣いてます」

「え……」

「えぐえぐ言ってます」

 リッカの思い切り困惑した顔に、一同は一瞬言葉を失い、それから気が抜けたように小さく笑い始めた。

「うああ……、うあああああ! ざみじがっだあああ泣いちゃうがどおもっだああ」

「どう見ても既に大泣きですよ。まあ、主人夫妻が受け入れるというのならば、私も従います。しばらくはゴミを見るような目で見てしまうかと思いますが」

「うあああああ! そんなのも初めてだああ! それでもいいいい! むしろ、それもいいいいい」

 大泣きしながら叫ぶジェームズに、リッカが思い切り体をひく。

「うわ気持ち悪い。反省してないし」

「反省してるもおおおおん! ただこんなに冷たくてあったかいのは初めてなんだもおおおん! 混乱してるんだよおおお」

 周囲を思い切り引かせながらもジェームズはしばらくの間泣きじゃくった。

「恩に着るううううう。だから精一杯私をもてなしてくれええええ」

 そうしてリークハルト侯爵家には、奇妙な滞在人が増えたのだった。
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