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第3章 リークハルト侯爵家の秘密
第3話
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フリージアは呆気にとられて何も言葉が出ずにいた。
そんなフリージアを、心配そうにグレイの瞳が覗き込む。
「ずっと黙っていてごめんね? だけど、言葉で言っても信じてもらえないと思って。かと言って、他に人目のある場所で姿を現すわけにもいかないし。いつかこの邸に来てもらって打ち明けようと思っていたんだけれど、そんな機会もないままフリージアと会えなくなってしまって」
「あの、人ではない……、というのは、つまり」
「僕らはみんな、魔物と人間の混血なんだ」
「魔物……三百年前に聖なる乙女が争いを止め、結果滅んだと言われている、あの魔物、ですか」
聖なる乙女の記述を探していたから、魔物についても他の人よりは詳しい。
それでも、本の中で読むのとその目で見るのとは違う。
フリージアは驚きを隠せないまま、耳を押し隠すようにしてこちらを窺っている四人を見回した。
「うん。滅んだんじゃなくて、ちりぢりになってこの国には僕たちみたいな混血しか残っていないだけなんだけどね」
混血がいるという記述は見たことがなかった。
こうして見た目が普通の人と変わらないためかもしれない。
「魔物といっても、妖精も獣人もなんでも一括りだったんだ。人間ではなく、動物でもないものを総称してそう言っていたようでね。それで人間との混血は、姿は人間みたいだけど人間じゃない、『人でなし』って呼ばれるんだ」
人ではない、とはとても引っかかる言い方だった。
「誰がそんな呼び方を……」
「王家だよ」
その答えに、フリージアは再び驚きに目を見開いた。
「彼らは僕たちみたいな混血が存在していることを知っている。人にはないものを持っている僕らは、脅威でもあり、得がたい力でもあるんだよ。だからリークハルト家に爵位を与えて管理している」
「まさか、文献にそんな事実が残っていないのは、知られていなかったからじゃなくて――」
「隠匿だね。王家が都合のいい時に都合のいいように使うために。王家以外に使われたりしないために。代わりに、僕らはこうして安全な場所を手に入れ、迫害されることなくのんびりと生きていられる」
そう言ったグレイも、使用人たちも、暗い顔は一つもなかった。
カーティスに言われた言葉を思い出す。
『人は誰もが制限の中で自由を得て生きている』
この邸に住む人たちは、確かに自由を感じているのだろう。
それがフリージアにもわかった。
その言葉を聞いたときにフリージアが反発を覚えてしまったのは、真に欲しいものがその制限の外にあったからだったのだ。
「こうしてふとした時に魔物の血が表に出てきてしまうことがあるから、人の中で暮らしていくのは難しい。だから多くの混血たちがこうして僕の邸で集まって暮らしてるんだ。通いの人もいるけどね」
そうして一人一人の顔を見ていると、にわかには信じがたかったことが、だんだんとフリージアの中で自然と溶け込んでいく。
目の前で気まずげに耳を押し込めようとしている侍女たちを見ると、彼女たちのあるがままの姿を隠そうとさせているフリージアがおかしいのだと気が付いた。
グレイは落ち着いて人々を見回すフリージアを見ると、小さく微笑んだ。
「じゃあ、改めて紹介するね。リッカとシェフのブライアンはライカンスロープ。三つ子の侍女サシャ、ユーシャ、ミーシャは兎の獣人。フットマンのユウは吸血コウモリ。面倒くさいからってここにはいないけど、庭師のワッシュはドワーフ。侍女頭のジュナはハーピー。と、こんな具合にね。執事のルダみたいに普通の人間もいるけど、このことはみんな知ってるよ」
名を呼ばれた使用人たちは、自己紹介をするかのように、次々と姿を変えて見せた。
ブライアンは「服が破れてしまいますから、これだけ」と言って侍女たちと同じように耳を出す。
ユウは「私はもう血が薄くてコウモリの姿にはなりません」と鋭い二本の牙を出して見せた。
その中で、ジュナが脱げた服にからまるようにしてひょっこりと顔を出しているのに目を留めた。
それは黒い羽根の、鷹のような大型の鳥で。
「あなた……、もしかして、最近私の部屋に来ていた――」
頷くように頭を振り、鳥の姿となったことで喋れなくなってしまったジュナの代わりにグレイが答えた。
「ジュナに様子を見に行ってもらっていたんだ。日に日にやつれていくと聞いて、心配していた。一刻も早く連れて来たかったんだけれど、また門前払いだったから」
「だからジュナがずっと、来てくれてたんですね……」
フリージアはロクに窓を振り向きもしなかったのに。
それでも毎日のように来てくれていた。
今になってわかる。
フリージアはずっと、一人ではなかったのだ。
そのことが胸を温かくした。
使用人たちは、不安そうにフリージアの様子を覗っていた。
彼らは人だ。
人ではないなんて、フリージアは思わない。
魔物との混血だから、少し特別なところがあるだけ。
それはフリージアと同じだ。
「よく知りもしない私に姿を見せるのは勇気のいったことだと思います。ありがとう。みなさんが温かく迎え入れてくれたこと、見守ってくれていたこと、心から嬉しいです。私、こんなに幸せでいいんでしょうか」
泣きそうになりながら笑ってそう言うと、グレイはほっとしたように頬を緩め笑んだ。
「よかった。フリージアならきっと受け入れてくれる。そう思ってはいたけれど、やっぱりちょっと緊張したよ」
「グレイ様、ごめんなさい。私も、普通ではありません。だから人の前に出てはいけないと閉じ込められていたのです。病気だなんて、嘘なのです」
言いかけて、はっとした。
彼らには魔物の血が流れていると言った。
三百年前に聖なる乙女が操ったと言われている、魔物の血が。
案の定、グレイは申し訳なさげな顔を浮かべて言った。
「うん。僕も半分魔物だから、知ってるよ。フリージアには三百年前の聖なる乙女と同じ力があるんだよね」
そんなフリージアを、心配そうにグレイの瞳が覗き込む。
「ずっと黙っていてごめんね? だけど、言葉で言っても信じてもらえないと思って。かと言って、他に人目のある場所で姿を現すわけにもいかないし。いつかこの邸に来てもらって打ち明けようと思っていたんだけれど、そんな機会もないままフリージアと会えなくなってしまって」
「あの、人ではない……、というのは、つまり」
「僕らはみんな、魔物と人間の混血なんだ」
「魔物……三百年前に聖なる乙女が争いを止め、結果滅んだと言われている、あの魔物、ですか」
聖なる乙女の記述を探していたから、魔物についても他の人よりは詳しい。
それでも、本の中で読むのとその目で見るのとは違う。
フリージアは驚きを隠せないまま、耳を押し隠すようにしてこちらを窺っている四人を見回した。
「うん。滅んだんじゃなくて、ちりぢりになってこの国には僕たちみたいな混血しか残っていないだけなんだけどね」
混血がいるという記述は見たことがなかった。
こうして見た目が普通の人と変わらないためかもしれない。
「魔物といっても、妖精も獣人もなんでも一括りだったんだ。人間ではなく、動物でもないものを総称してそう言っていたようでね。それで人間との混血は、姿は人間みたいだけど人間じゃない、『人でなし』って呼ばれるんだ」
人ではない、とはとても引っかかる言い方だった。
「誰がそんな呼び方を……」
「王家だよ」
その答えに、フリージアは再び驚きに目を見開いた。
「彼らは僕たちみたいな混血が存在していることを知っている。人にはないものを持っている僕らは、脅威でもあり、得がたい力でもあるんだよ。だからリークハルト家に爵位を与えて管理している」
「まさか、文献にそんな事実が残っていないのは、知られていなかったからじゃなくて――」
「隠匿だね。王家が都合のいい時に都合のいいように使うために。王家以外に使われたりしないために。代わりに、僕らはこうして安全な場所を手に入れ、迫害されることなくのんびりと生きていられる」
そう言ったグレイも、使用人たちも、暗い顔は一つもなかった。
カーティスに言われた言葉を思い出す。
『人は誰もが制限の中で自由を得て生きている』
この邸に住む人たちは、確かに自由を感じているのだろう。
それがフリージアにもわかった。
その言葉を聞いたときにフリージアが反発を覚えてしまったのは、真に欲しいものがその制限の外にあったからだったのだ。
「こうしてふとした時に魔物の血が表に出てきてしまうことがあるから、人の中で暮らしていくのは難しい。だから多くの混血たちがこうして僕の邸で集まって暮らしてるんだ。通いの人もいるけどね」
そうして一人一人の顔を見ていると、にわかには信じがたかったことが、だんだんとフリージアの中で自然と溶け込んでいく。
目の前で気まずげに耳を押し込めようとしている侍女たちを見ると、彼女たちのあるがままの姿を隠そうとさせているフリージアがおかしいのだと気が付いた。
グレイは落ち着いて人々を見回すフリージアを見ると、小さく微笑んだ。
「じゃあ、改めて紹介するね。リッカとシェフのブライアンはライカンスロープ。三つ子の侍女サシャ、ユーシャ、ミーシャは兎の獣人。フットマンのユウは吸血コウモリ。面倒くさいからってここにはいないけど、庭師のワッシュはドワーフ。侍女頭のジュナはハーピー。と、こんな具合にね。執事のルダみたいに普通の人間もいるけど、このことはみんな知ってるよ」
名を呼ばれた使用人たちは、自己紹介をするかのように、次々と姿を変えて見せた。
ブライアンは「服が破れてしまいますから、これだけ」と言って侍女たちと同じように耳を出す。
ユウは「私はもう血が薄くてコウモリの姿にはなりません」と鋭い二本の牙を出して見せた。
その中で、ジュナが脱げた服にからまるようにしてひょっこりと顔を出しているのに目を留めた。
それは黒い羽根の、鷹のような大型の鳥で。
「あなた……、もしかして、最近私の部屋に来ていた――」
頷くように頭を振り、鳥の姿となったことで喋れなくなってしまったジュナの代わりにグレイが答えた。
「ジュナに様子を見に行ってもらっていたんだ。日に日にやつれていくと聞いて、心配していた。一刻も早く連れて来たかったんだけれど、また門前払いだったから」
「だからジュナがずっと、来てくれてたんですね……」
フリージアはロクに窓を振り向きもしなかったのに。
それでも毎日のように来てくれていた。
今になってわかる。
フリージアはずっと、一人ではなかったのだ。
そのことが胸を温かくした。
使用人たちは、不安そうにフリージアの様子を覗っていた。
彼らは人だ。
人ではないなんて、フリージアは思わない。
魔物との混血だから、少し特別なところがあるだけ。
それはフリージアと同じだ。
「よく知りもしない私に姿を見せるのは勇気のいったことだと思います。ありがとう。みなさんが温かく迎え入れてくれたこと、見守ってくれていたこと、心から嬉しいです。私、こんなに幸せでいいんでしょうか」
泣きそうになりながら笑ってそう言うと、グレイはほっとしたように頬を緩め笑んだ。
「よかった。フリージアならきっと受け入れてくれる。そう思ってはいたけれど、やっぱりちょっと緊張したよ」
「グレイ様、ごめんなさい。私も、普通ではありません。だから人の前に出てはいけないと閉じ込められていたのです。病気だなんて、嘘なのです」
言いかけて、はっとした。
彼らには魔物の血が流れていると言った。
三百年前に聖なる乙女が操ったと言われている、魔物の血が。
案の定、グレイは申し訳なさげな顔を浮かべて言った。
「うん。僕も半分魔物だから、知ってるよ。フリージアには三百年前の聖なる乙女と同じ力があるんだよね」
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