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第2章 再会

第7話

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「どうして! どうしてそこまでするのです?」

「お前こそ、そうまでしてグレイに会いたかったか」

「このような手を選んだことは……ごめんなさい。けれどそれは、他にいくつ方法を提示しても、お義兄様が聞いてくださらないからで」

 カーティスの冷たい目が奇妙に歪む。

「お前が愚かな恋情という思い込みから逃れられないのなら、それをさっさと断ち切ってやるほかないだろう。この家と、お前のためだ。何度も言っているだろう?」

「愚か、ですか。思い込みですか。でしたらお義兄様のグレイ様への疑いも思い込みではありませんか。グレイ様をよく知ろうともせずになぜ信じられないと決めつけるのです? そもそも婚約は家と家との契約のはずです。それをこのように身代わりを用意し、謀ろうとしていることは愚かではないのですか」

 一気にまくしたてたフリージアに、カーティスは眉を顰めた。

「あのかわいかったフリージアが、私にこのような口をきくなど……。それもこれも、すべてあの男に会ってからだ。あの男に心を奪われたように遠くを見るようになり、私を見もしなくなってからだ」

「何を言っているのです? 変わったのはお義兄様ではありませんか」

 カーティスを無視した覚えなどない。
 確かにグレイに恋をした。
 だがその後だって、変わらずお茶をし、笑いながら話をし、家族として温かな時間を過ごしてきたはずだ。

「私は何も変わっていない。私はずっと、私のままだ。お前ばかりが成長し、この家を離れようとしていく」

 今度眉を顰めたのはフリージアの方だった。

「貴族の娘ならば強いられることもある結婚を、私だけは許されないのですか? ささやかながらも人とは異なる力を持ったために、一生閉じ込められて過ごさねばらなないのですか? それでは囚人と同じです。私の力は、罪なのですか? 活かし、うまく折り合いをつけて生きていくことを、なぜ考えてはいけないのですか」

 静かにそう問えば、カーティスの瞳に苦々しいものが浮かんだ。

「この家にいることの何が不満なんだ? 必要なものは全て買い与えている。本だってお前が欲しいものを侍女が買ってくるのだろう。食べるのにも困らない、着るものにも困らない。そんな生活がしたいとリディは常々言っていたぞ」

「恵まれていることはわかっています。話をすり替えないでください。囚われて過ごすことの何が幸せでしょうか」

 カーティスはわざとフリージアの良心を揺さぶってくる。
 自然とフリージアが、自分がいけないのだと思うような言葉を選んで言ってくるのだ。
 それがわかっているから、フリージアは言葉をためらわなかった。
 また一人落ち込むのは嫌だ。
 この部屋に閉じ込められてしまえば、次にいつカーティスと会話できるかもわからないのだ。
 無理に出ようとすればまた使用人たちが罰をくらう。彼らにも生活がある。巻き込んでしまうわけにはいかない。

 ここまで必死に言い募るフリージアに、カーティスは明らかに苛立っていた。

「それはお前のためだと言っている。話をすり替えているのはお前だ。お前はただあの男を信じたいだけだろう。何の根拠にもならん」

「私は信じたい人を信じます。お義兄様のことも――信じていました」

 リディをこの家に連れてくるまでは。
 奥歯を噛みしめるように小さな声で呟けば、初めてカーティスに動揺が見えた。

「今の私のどこに自由があるのでしょうか。これで生きていると言えますか?」

「――だれにでも不自由はある。その制限の中で自由を得て暮らしているのだ。誰もが自分の生きたいように生きられるわけではない。生まれは選べないのだからな」

 フリージアを説き伏せるだけの言葉がひたすらに並ぶ中、何故だか最後の一言だけは妙に実感がこもって聞こえた。
 思わず言葉を止めると、カーティスはその隙に振り切るように部屋を出て行ってしまった。

 残されたフリージアはただ力を失い立ち尽くしていた。
 本当にカーティスにはもうどんな言葉も届かないのか。

 同じ言葉を繰り返すばかりで、頑なに心を閉ざしてしまったカーティスが今何を考えているのか、フリージアには今はもうわからなかった。


 あと一か月。
 その間にできることはなんだろう。

 気を抜けば絶望に取り込まれてしまう。
 だからフリージアはひたすらに考えをめぐらせるしかなかった。
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