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第一章
第9話
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学院から家に帰ると、いつもとどこかが違うような気がした。
目に見える限りは変化がない。
なんだろう、と不安を覚えながら部屋に向かう間にスフィーナは気が付いた。
使用人たちが一様に硬い顔をしている。
スフィーナに愛想を振りまくなだとか、味方なのかとか難癖をつけられないよう、表情を消しているのはいつものことであるが、動揺しているような気配が感じられた。
いつもは目を合わせないようにしているのに、スフィーナに何かを言いたそうにしている者まであった。
出迎えてくれたアンナと共に無言のまま自室に入ると、すぐに扉を閉めたアンナからすすり泣きが聞こえた。
「もっ、申し訳ありません、スフィーナ様。またも私たちは何もできず……。奥様の横暴をお止めすることができませんでした」
「アンナ……? 一体どうしたと言うの」
「奥様が、スフィーナ様にこの部屋から一歩たりとも出るなと仰せです……」
告げられた言葉にも、スフィーナは動揺しなかった。
そう来たか、と思っただけだった。
「そう。お腹の調子を崩されたのを、私に風邪をうつされたとか、毒を盛られたとかミリーも騒いでいたものね。それでお義母さまは、疑いのあるうちは私を部屋から出すなと命令されたのね?」
アンナがしゃくりあげながら頷いた。
「はい――。リンが、学院に行かなければ周囲の方々にどう思われるかわかりませんと奥様に申し上げたのですが、行儀見習いのためだと休学届けを出しておくから問題ない、と」
「行儀見習いって……」
何を言っても仕方がないとわかっているスフィーナは、様々な言葉をため息に替えて吐き出した。
「話はわかったわ。けどアンナたちが心を痛めることはないのよ。遅かれ早かれ、こうなっていたことでしょうし」
義母がスフィーナに悪意を向ければ、それが返る。
そうなればこの先激化していくだけだということは目に見えている。
それを考えれば、こうして接触が絶たれることでそれを回避することもできる。
だからスフィーナは抗うつもりはなかった。
黙って部屋に閉じこもっているだけのつもりもなかったが。
「ただ一つだけお願いがあるの。何か動きやすい服を持ってきてくれないかしら。バレないように、そっと」
「動きやすい服、と言いますと、乗馬服だとか、そういったものでよろしいでしょうか」
「そうね、お願い」
スフィーナの手持ちのものから選ぶとなれば、それが妥当だろう。
「あの……。それでスフィーナ様、いかがされるおつもりですか? 窓からお逃げになるんですか?」
スフィーナは不安そうに見るアンナに、笑って答えた。
「そうじゃないわ。いざという時に備えて、鍛えておこうと思って」
「きた……える? え? スフィーナ様が、ですか? グレイグ様じゃなく」
「そう。これまでもグレイグにこっそりといろいろ教わっていたんだけれど。それをここに閉じこもっている間に一人で復習しておこうと思って。体力と筋力をつけておいて損はないでしょう?」
女性らしい体形が崩れます、とアンナが言いたいことはわかっていたが、そんなことは今のスフィーナには重要ではない。
できる限り自分のことは自分で守りたかった。
グレイグやダスティンに頼るばかりなのは嫌だったのだ。
スフィーナの笑みに覚悟を見たのか、アンナも力強く頷いてみせた。
「承知いたしました。お食事も私が必ずお持ちしますので、ご心配なさらないでください。もし万が一、食事も止めさせられるようなことがあれば、旦那様のお部屋の方に旦那様へのお夜食と称してお持ちいたします」
「いろいろと気を回してくれてありがとう、アンナ。あなたたちがいるから心強いわ」
「いえ――。みな、悔しがっております。私達はスフィーナ様にこそ仕えたいのに。世の中とは不条理です」
「ふふ、そうね。けれど、お父様も動いてくださっているから」
そう言っても、アンナの不安そうな顔は拭われなかった。
ダスティンがいつも静観しているばかりだからだろう。
だがダスティンの動きは思ったよりも早かった。
翌朝、今日は休日であるのに、グレイグが窓から顔を覗かせた。
「グレイグ! どうしてここに――。今日は学院はお休みだし、それに私は休学することに」
せっせと腹筋をしていたスフィーナにグレイグは束の間目を奪われていたが、すぐに言葉を取り戻した。
「ああ。だから、迎えに来た。行こう、ラグート邸へ」
「……え? どうしてグレイグの家に」
「スフィーナの行儀見習い先だよ」
にっと笑ったグレイグに、スフィーナはあんぐりと口を開けたままになった。
お腹は既に筋肉痛になっていた。
目に見える限りは変化がない。
なんだろう、と不安を覚えながら部屋に向かう間にスフィーナは気が付いた。
使用人たちが一様に硬い顔をしている。
スフィーナに愛想を振りまくなだとか、味方なのかとか難癖をつけられないよう、表情を消しているのはいつものことであるが、動揺しているような気配が感じられた。
いつもは目を合わせないようにしているのに、スフィーナに何かを言いたそうにしている者まであった。
出迎えてくれたアンナと共に無言のまま自室に入ると、すぐに扉を閉めたアンナからすすり泣きが聞こえた。
「もっ、申し訳ありません、スフィーナ様。またも私たちは何もできず……。奥様の横暴をお止めすることができませんでした」
「アンナ……? 一体どうしたと言うの」
「奥様が、スフィーナ様にこの部屋から一歩たりとも出るなと仰せです……」
告げられた言葉にも、スフィーナは動揺しなかった。
そう来たか、と思っただけだった。
「そう。お腹の調子を崩されたのを、私に風邪をうつされたとか、毒を盛られたとかミリーも騒いでいたものね。それでお義母さまは、疑いのあるうちは私を部屋から出すなと命令されたのね?」
アンナがしゃくりあげながら頷いた。
「はい――。リンが、学院に行かなければ周囲の方々にどう思われるかわかりませんと奥様に申し上げたのですが、行儀見習いのためだと休学届けを出しておくから問題ない、と」
「行儀見習いって……」
何を言っても仕方がないとわかっているスフィーナは、様々な言葉をため息に替えて吐き出した。
「話はわかったわ。けどアンナたちが心を痛めることはないのよ。遅かれ早かれ、こうなっていたことでしょうし」
義母がスフィーナに悪意を向ければ、それが返る。
そうなればこの先激化していくだけだということは目に見えている。
それを考えれば、こうして接触が絶たれることでそれを回避することもできる。
だからスフィーナは抗うつもりはなかった。
黙って部屋に閉じこもっているだけのつもりもなかったが。
「ただ一つだけお願いがあるの。何か動きやすい服を持ってきてくれないかしら。バレないように、そっと」
「動きやすい服、と言いますと、乗馬服だとか、そういったものでよろしいでしょうか」
「そうね、お願い」
スフィーナの手持ちのものから選ぶとなれば、それが妥当だろう。
「あの……。それでスフィーナ様、いかがされるおつもりですか? 窓からお逃げになるんですか?」
スフィーナは不安そうに見るアンナに、笑って答えた。
「そうじゃないわ。いざという時に備えて、鍛えておこうと思って」
「きた……える? え? スフィーナ様が、ですか? グレイグ様じゃなく」
「そう。これまでもグレイグにこっそりといろいろ教わっていたんだけれど。それをここに閉じこもっている間に一人で復習しておこうと思って。体力と筋力をつけておいて損はないでしょう?」
女性らしい体形が崩れます、とアンナが言いたいことはわかっていたが、そんなことは今のスフィーナには重要ではない。
できる限り自分のことは自分で守りたかった。
グレイグやダスティンに頼るばかりなのは嫌だったのだ。
スフィーナの笑みに覚悟を見たのか、アンナも力強く頷いてみせた。
「承知いたしました。お食事も私が必ずお持ちしますので、ご心配なさらないでください。もし万が一、食事も止めさせられるようなことがあれば、旦那様のお部屋の方に旦那様へのお夜食と称してお持ちいたします」
「いろいろと気を回してくれてありがとう、アンナ。あなたたちがいるから心強いわ」
「いえ――。みな、悔しがっております。私達はスフィーナ様にこそ仕えたいのに。世の中とは不条理です」
「ふふ、そうね。けれど、お父様も動いてくださっているから」
そう言っても、アンナの不安そうな顔は拭われなかった。
ダスティンがいつも静観しているばかりだからだろう。
だがダスティンの動きは思ったよりも早かった。
翌朝、今日は休日であるのに、グレイグが窓から顔を覗かせた。
「グレイグ! どうしてここに――。今日は学院はお休みだし、それに私は休学することに」
せっせと腹筋をしていたスフィーナにグレイグは束の間目を奪われていたが、すぐに言葉を取り戻した。
「ああ。だから、迎えに来た。行こう、ラグート邸へ」
「……え? どうしてグレイグの家に」
「スフィーナの行儀見習い先だよ」
にっと笑ったグレイグに、スフィーナはあんぐりと口を開けたままになった。
お腹は既に筋肉痛になっていた。
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