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第六章 国王陛下と進む道

3.国王陛下と本当の婚約者

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「リリア様」

 背中から声がかかり、私はラスと足を止めた。
 振り返ると、アイリーンの姿があった。
 今は彼女の姿を見るのは辛い。

 アイリーンは「この度は……」と深々と頭を下げ一通りの謝罪を述べると、そっと顔を上げた。

「ずっと直接お会いしてお話がしたいと思っておりましたの。あれからリリア様のお姿を見ることもできませんでしたので。自分がしでかしたことではありますが、お元気そうでほっといたしました」

「ありがとうございます。アイリーン様もお元気そうでよかったです。ルーラン伯爵夫人との生活はいかがでしたか?」

「ええ、よくしていただいて……とても楽しかったです。リリア様のこともいろいろと聞かせていただきました。お二人が楽しんでらした小説のお話だとか。私もはまって一気に読んでしまいましたわ」

「本当? やっぱりアイリーンとは気が合いそうね。仲良くなれそうだと思っていたの」

 そう言うと、アイリーンは改めて私の正面に向かい合った。

「私はその場で斬って捨てられてもおかしくない立場でした。ですが、リリア様はあの短時間で私のことをきちんと見てくださっていた。そうしてあの時、倒れながらにも私のしたことではないと仰ってくださったおかげで、そちらの騎士様に一刀両断にされずに済み、こうして再び相まみえる機会をいただくことができました」

 人からあんな殺気を浴びたのは初めてのことです。そう言ってアイリーンはちらりとラスを見た。
 ラスは「えへ」と頭をかいていたけど、あまり悪びれた様子はない。本当に私が何も言わなかったらそうするつもりだったのかもしれない。改めてあの時の私よく止めたと褒めたい。

「リリア様には感謝しきれません。ですから、私はこれからあなたの代わりに手となり足となり、はげみたいと思います」

 晴れ晴れとした笑顔で、アイリーンが言うのを私はまぶしく見ていた。

「……ええ」

 あなたにこそ王妃は相応しいわ。そう言おうとしたのに、言葉が喉元につかえて何も言えなかった。

 アイリーンと別れ、私は込み上げるものを飲み下すのに必死になっていた。
 前に向かって歩いているはずなのに、ちっとも進んでいない気がする。
 全身が進むのを拒んでいる気がする。

 誰かにユーティスの隣を取られたくない。
 ユーティスの傍を離れたくない。

 あの手が私以外の誰かの頬を撫でるのは嫌。
 お風呂の後に私が邪魔な髪を三つ編みにしていたのを、ユーティスがゆるゆるとほどくあの手を思い出す。誰かの髪をあんなふうに、楽しそうに、そっと、慈しむように触れるのは嫌。
 私の右耳の黒曜石のピアスを癖にでもなったかのように自然に触れる、あの手が好きだった。
 あの手が、彼の伴侶であることを示す黒曜石のピアスが、誰かのものになるなど、耐えられない。

 気づけば一歩も進めなくなっていた。
 収まったはずの涙がぼたぼたと廊下に零れて落ちていった。
 涙で前が全然見えない。そりゃ歩けないわ、と自分で自分にツッコミをいれても笑えやしない。

「まったく。そんなんで薬屋店主になんて戻れるわけないじゃん。本当リリアは、バカなんだから。本当に、なーんにも、ぜんっぜんわかってない」

 あ、なんかすごいバカにされている。
 そう思っても、抗議の言葉さえ嗚咽で出てこない。

「リリア!」

 不意にまた背中から声を掛けられた。
 ユーティスの声。
 間違えるわけもない。

 反射的に、何故か私は全速力で前に向かって逃げ出していた。

「リリア?!」
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