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第五章 国王陛下はお仕置きを始めます
6.国王陛下を取り囲んでいた毒は
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カゲはすぐに報告を持ってやってきてくれた。
あとは明日、エトさんとギトさんに話を聞く。
それで片がつきそうだった。
夜になり、風呂上がりでほかほかになった私は寝室のベッドに一人うつ伏せに寝ていた。
ユーティスは仕事が立て込んでいるようだったから、しばらくは来ないだろう。
この大きなベッドの端と端で二人で寝るのも慣れてしまった。
最初はあんなに抵抗があったのに、今では同じ部屋にユーティスがいてもぐーぐー眠れる。
それどころか、いつまでも部屋に帰ってこないと寂しいとすら思う。
この右耳のピアスも、違和感がなくなってしまった。
指で弄びながら、これを外したら元のピアスに戻すか、新しいピアスを探すか、ぼんやりと考えていた。
メーベラ様のところで私にも頼みたいことがあるって言ってたけど。でもそれはたぶん、薬師の私じゃなくてもいいことなんじゃないかなと思う。
あとどれくらい、私はユーティスとここにいられるのだろう。
そう思ってしまってから、私って薬屋店主に戻りたいんじゃなかったっけ、と自問した。
おかしいな。
早く元ののんびりした生活に戻りたいって思ってたはずなのに。
そんなことを考えているうちにうとうとしてしまっていたらしい。
気づけば、さらりと髪を梳く影がそこにあった。
「ユーティス……?」
ぼんやりと目を開くと、ユーティスが愛しそうに私の栗色の髪に口づけた。
お風呂上がりで三つ編みにしていた私の髪は、いつのまにかほどかれている。
ユーティスはいつも私の髪をほどきたがる。
三つ編み姿の私が嫌なんじゃなくて、ほどくのが楽しいらしい。
ほどいた後は、緩く波打つ私の栗色の髪を、飽きるほどに梳いては流して弄ぶ。
そんなに髪が好きなら、ラスが使ってた茶色のふわふわウイッグ借りなさいよ、と言ったら、この髪がいいのだと返された。
お気に召して光栄だけど、それ、私の髪だから。取り外し不可だからね。
そう思ったけど、文句は言わなかった。なんとなく。別にいいかなと、思って。
「今日は疲れたか? きちんと布団に入らねば風邪を引くぞ」
そう言ってユーティスは私の体をひょいっと抱き上げ、めくった布団の下に寝かせた。丁寧に上から布団をかけてくれて、そのままベッドの端に腰を下ろす。ベッドがぎしりときしみ、私の体が自然とユーティスの方へと傾く。
ユーティスは「早く寝ろ」と言いながら、私の緩く波打つ髪をさらさらと弄ぶ。
その顔が、あんまり愛しそうに見るから。
勘違いしそうになる。
ユーティスは細くて柔らかいこの髪の感触が好きなだけ。
ユーティスには、いずれ相応しい婚約者が連れて来られる。
私が今ここにこうしてユーティスといるのも、今だけ。
「もう、寝る」
何かがこみ上げそうになって、私は慌てて布団を頭までかぶった。
「ああ。おやすみ」
あと何度、この声が聴けるだろう。
気づけば涙が垂れて耳を濡らしていたことにも気付かず、私は眠りに落ちていた。
そっと布団をめくったユーティスが涙を拭ってくれたことも知らずに。
◇
翌朝、私たちはいつもの朝食の後にエトさんのお店に向かった。メンバーは私とユーティスとラス。黒づくめのカゲもどこからか見守っているはず。
ギトさんたちから聞いた話は、カゲの報告を裏打ちしてくれた。
涙を浮かべてうろたえるエトさんと、苦い顔で何かを噛みしめるギトさんを背に、私たちはエトさんのお店を出た。
それからすぐに諜報担当のカゲに伝令を頼む。ノールトが城で待機している。間もなく兵を引き連れてやってくるだろう。
その間に私たちはそのまま通りを東に進み、大通りに建つ、町で一番大きな薬屋へと向かった。
お店の広さは私の薬屋の四倍以上はありそうだった。三人の店員さんが忙しそうに立ち働いていた。
「店主のドルディはいるか」
ちょうど手の空いた男の店員さんにユーティスが訊ねる。
「あー、はい、奥にいますけど。何の用です?」
ユーティスはいつもの茶色いウイッグをかぶっているから、まさか国王が直々に来たとは思わないんだろう。
「『ドライフルーツを買いに来た』って言えばわかると思います」
私の言葉に、店員さんは納得したものの首を傾げた。
「そうですか。なんか最近多いんですよね、うちドライフルーツなんてやってないのに」
店員はぶつぶつと「ギトさんのお店に行けばいいのになあ」と呟いていたけど、店の奥に伝えに行ってくれたようだった。
ほどなくして戻ってくると、ドアをあけて中を指し示した。
「入っていいそうです。突き当たりの廊下の先から中庭に出られますから。ドルディさんはそこで作業してます。ぼくら店員は入らせてもらえないんですけどね」
礼を伝え、言われた通りに進むと突き当たりにドアがあって、外に出られるようになっていた。
中庭に出ると、天日干しされた薬草やドライフルーツの傍の作業台に腰かける男が一人いた。
もさっ。ぼさっ。とした印象で、短い茶色の毛はあちこちはねていたし、気だるげに座る背中は丸まっていた。
その様子からはまるで年齢がわからない。
けれど振り向いた顔を見れば、三十は過ぎていそうだった。
「作業中に邪魔をする。聞きたいことがあって来た」
「どなたです?」
「ユーティス=レリアードだ」
偽ることなくユーティスが答えれば、ドルディは目を見開いた。
まじまじとユーティスの顔を眺めて、一人納得したように頷いた。
「あなたが国王陛下ですか」
「そうだ。そこのドライフルーツと薬草を見せてもらっても構わないか」
ユーティスがじっと見つめて問うと、ドルディは諦めたように「どうぞ」と掌を向けた。
私はユーティスの先に立ち、オレンジの砂糖漬けを手に取った。勿論手袋は装着済みだ。
良く見なければわからないが、アイリーンのクッキーのオレンジピールよりも紫が強く残っていた。オーブンにかける前だからか、まだ漬け始めて間もないからか。
その疑問がわかったわけでもないだろうが、ドルディが口を開いた。
「それはまだ一回目なんですよ」
どうやら訪問理由はわかっているらしい。
それでも慌てるでもなく、逃げ出すでもなく、ドルディはオレンジを手にした私をただ眺めた。
「婚約者様が薬師だとは聞いてましたけど。一介の薬屋がここまで国王を連れてくるとは思ってませんでしたよ」
「何故だ。何故このように毒を仕込んでいる。国家の転覆が狙いか」
「いいえ。私の毒をどのように使うかは、買い手次第です。その先のことは私の知るところではありません」
「致死性の毒を精製しておいて、人を殺すつもりはなかったという言い分は通らない」
「ナイフを料理に使うか、護身用に使うか、人殺しに使うかはその人次第でしょう。同じことですよ」
「最大限にまで濃度を高めた毒が殺すためでなくてなんだという」
ユーティスの緩まぬ言葉に、ドルディは静かに嗤った。
「そうです。私は最大限の気遣いをしたんですよ。苦みを感じないよう、砂糖漬けにしました。苦しみが長引かないよう、できる限り濃度を高め、一口であっという間に死に至れるようにと手間暇をかけました。そこらの毒よりもよほど親切でしょう」
その言葉に、私は愕然とした。
「苦痛を与えないため、ですって? 何が起きたかも理解できず、理不尽にも一瞬にして命を奪われるのは辛くないとでもいうの?」
倒錯している。
ラスは無言で首を振った。理解できない。苦々しげな顔でただドルディを見つめた。
「おまえの毒で国を担うはずだった幼い命もなくなっているんだぞ。俺もリリアも命を落としかけた」
ユーティスはその視線で射殺せそうなほどにきつくドルディを睨み据えた。
それでもドルディはのらりくらりとした態度を変えなかった。
「私は対価を得て求める物を差し出したに過ぎません。それにいつも解毒薬も一緒にお渡ししているんですよ。お話を伺う限り、それが使われたことは一度もないようですが。それはそうでしょうねえ。命を消すためにご依頼いただいていることですから」
解毒剤を渡すことで罪悪感を打ち消しているつもりなのか。
だが実行役にそれが渡らねば意味のないことだ。
毒を指示する側は万一にも失敗してはならないと思うばかりなのだから。
「国などどうなろうと関係ないというような口ぶりだな」
「ええ、その通りですよ。潰れるなら潰れればいい。国民一人も救えない国などどうなろうと知ったことではありません。罪のない人は死にゆき、誰かの死を願う愚かな貴族たちはのうのうと生きている。そんな国だから、貧しい人の命は私が守るしかないんです」
「どうやら言いたいことがあるようだな。ここまで来たついでだ。その国をつかさどる俺が聞いてやろう。話せ」
そう言ってユーティスが向かいの作業台にどっかと腰を下ろすと、ドルディはじっとそれをみて、口を開いた。
「あなたは、どれだけの国民が薬を得られず死んでいったか、知っていますか」
あとは明日、エトさんとギトさんに話を聞く。
それで片がつきそうだった。
夜になり、風呂上がりでほかほかになった私は寝室のベッドに一人うつ伏せに寝ていた。
ユーティスは仕事が立て込んでいるようだったから、しばらくは来ないだろう。
この大きなベッドの端と端で二人で寝るのも慣れてしまった。
最初はあんなに抵抗があったのに、今では同じ部屋にユーティスがいてもぐーぐー眠れる。
それどころか、いつまでも部屋に帰ってこないと寂しいとすら思う。
この右耳のピアスも、違和感がなくなってしまった。
指で弄びながら、これを外したら元のピアスに戻すか、新しいピアスを探すか、ぼんやりと考えていた。
メーベラ様のところで私にも頼みたいことがあるって言ってたけど。でもそれはたぶん、薬師の私じゃなくてもいいことなんじゃないかなと思う。
あとどれくらい、私はユーティスとここにいられるのだろう。
そう思ってしまってから、私って薬屋店主に戻りたいんじゃなかったっけ、と自問した。
おかしいな。
早く元ののんびりした生活に戻りたいって思ってたはずなのに。
そんなことを考えているうちにうとうとしてしまっていたらしい。
気づけば、さらりと髪を梳く影がそこにあった。
「ユーティス……?」
ぼんやりと目を開くと、ユーティスが愛しそうに私の栗色の髪に口づけた。
お風呂上がりで三つ編みにしていた私の髪は、いつのまにかほどかれている。
ユーティスはいつも私の髪をほどきたがる。
三つ編み姿の私が嫌なんじゃなくて、ほどくのが楽しいらしい。
ほどいた後は、緩く波打つ私の栗色の髪を、飽きるほどに梳いては流して弄ぶ。
そんなに髪が好きなら、ラスが使ってた茶色のふわふわウイッグ借りなさいよ、と言ったら、この髪がいいのだと返された。
お気に召して光栄だけど、それ、私の髪だから。取り外し不可だからね。
そう思ったけど、文句は言わなかった。なんとなく。別にいいかなと、思って。
「今日は疲れたか? きちんと布団に入らねば風邪を引くぞ」
そう言ってユーティスは私の体をひょいっと抱き上げ、めくった布団の下に寝かせた。丁寧に上から布団をかけてくれて、そのままベッドの端に腰を下ろす。ベッドがぎしりときしみ、私の体が自然とユーティスの方へと傾く。
ユーティスは「早く寝ろ」と言いながら、私の緩く波打つ髪をさらさらと弄ぶ。
その顔が、あんまり愛しそうに見るから。
勘違いしそうになる。
ユーティスは細くて柔らかいこの髪の感触が好きなだけ。
ユーティスには、いずれ相応しい婚約者が連れて来られる。
私が今ここにこうしてユーティスといるのも、今だけ。
「もう、寝る」
何かがこみ上げそうになって、私は慌てて布団を頭までかぶった。
「ああ。おやすみ」
あと何度、この声が聴けるだろう。
気づけば涙が垂れて耳を濡らしていたことにも気付かず、私は眠りに落ちていた。
そっと布団をめくったユーティスが涙を拭ってくれたことも知らずに。
◇
翌朝、私たちはいつもの朝食の後にエトさんのお店に向かった。メンバーは私とユーティスとラス。黒づくめのカゲもどこからか見守っているはず。
ギトさんたちから聞いた話は、カゲの報告を裏打ちしてくれた。
涙を浮かべてうろたえるエトさんと、苦い顔で何かを噛みしめるギトさんを背に、私たちはエトさんのお店を出た。
それからすぐに諜報担当のカゲに伝令を頼む。ノールトが城で待機している。間もなく兵を引き連れてやってくるだろう。
その間に私たちはそのまま通りを東に進み、大通りに建つ、町で一番大きな薬屋へと向かった。
お店の広さは私の薬屋の四倍以上はありそうだった。三人の店員さんが忙しそうに立ち働いていた。
「店主のドルディはいるか」
ちょうど手の空いた男の店員さんにユーティスが訊ねる。
「あー、はい、奥にいますけど。何の用です?」
ユーティスはいつもの茶色いウイッグをかぶっているから、まさか国王が直々に来たとは思わないんだろう。
「『ドライフルーツを買いに来た』って言えばわかると思います」
私の言葉に、店員さんは納得したものの首を傾げた。
「そうですか。なんか最近多いんですよね、うちドライフルーツなんてやってないのに」
店員はぶつぶつと「ギトさんのお店に行けばいいのになあ」と呟いていたけど、店の奥に伝えに行ってくれたようだった。
ほどなくして戻ってくると、ドアをあけて中を指し示した。
「入っていいそうです。突き当たりの廊下の先から中庭に出られますから。ドルディさんはそこで作業してます。ぼくら店員は入らせてもらえないんですけどね」
礼を伝え、言われた通りに進むと突き当たりにドアがあって、外に出られるようになっていた。
中庭に出ると、天日干しされた薬草やドライフルーツの傍の作業台に腰かける男が一人いた。
もさっ。ぼさっ。とした印象で、短い茶色の毛はあちこちはねていたし、気だるげに座る背中は丸まっていた。
その様子からはまるで年齢がわからない。
けれど振り向いた顔を見れば、三十は過ぎていそうだった。
「作業中に邪魔をする。聞きたいことがあって来た」
「どなたです?」
「ユーティス=レリアードだ」
偽ることなくユーティスが答えれば、ドルディは目を見開いた。
まじまじとユーティスの顔を眺めて、一人納得したように頷いた。
「あなたが国王陛下ですか」
「そうだ。そこのドライフルーツと薬草を見せてもらっても構わないか」
ユーティスがじっと見つめて問うと、ドルディは諦めたように「どうぞ」と掌を向けた。
私はユーティスの先に立ち、オレンジの砂糖漬けを手に取った。勿論手袋は装着済みだ。
良く見なければわからないが、アイリーンのクッキーのオレンジピールよりも紫が強く残っていた。オーブンにかける前だからか、まだ漬け始めて間もないからか。
その疑問がわかったわけでもないだろうが、ドルディが口を開いた。
「それはまだ一回目なんですよ」
どうやら訪問理由はわかっているらしい。
それでも慌てるでもなく、逃げ出すでもなく、ドルディはオレンジを手にした私をただ眺めた。
「婚約者様が薬師だとは聞いてましたけど。一介の薬屋がここまで国王を連れてくるとは思ってませんでしたよ」
「何故だ。何故このように毒を仕込んでいる。国家の転覆が狙いか」
「いいえ。私の毒をどのように使うかは、買い手次第です。その先のことは私の知るところではありません」
「致死性の毒を精製しておいて、人を殺すつもりはなかったという言い分は通らない」
「ナイフを料理に使うか、護身用に使うか、人殺しに使うかはその人次第でしょう。同じことですよ」
「最大限にまで濃度を高めた毒が殺すためでなくてなんだという」
ユーティスの緩まぬ言葉に、ドルディは静かに嗤った。
「そうです。私は最大限の気遣いをしたんですよ。苦みを感じないよう、砂糖漬けにしました。苦しみが長引かないよう、できる限り濃度を高め、一口であっという間に死に至れるようにと手間暇をかけました。そこらの毒よりもよほど親切でしょう」
その言葉に、私は愕然とした。
「苦痛を与えないため、ですって? 何が起きたかも理解できず、理不尽にも一瞬にして命を奪われるのは辛くないとでもいうの?」
倒錯している。
ラスは無言で首を振った。理解できない。苦々しげな顔でただドルディを見つめた。
「おまえの毒で国を担うはずだった幼い命もなくなっているんだぞ。俺もリリアも命を落としかけた」
ユーティスはその視線で射殺せそうなほどにきつくドルディを睨み据えた。
それでもドルディはのらりくらりとした態度を変えなかった。
「私は対価を得て求める物を差し出したに過ぎません。それにいつも解毒薬も一緒にお渡ししているんですよ。お話を伺う限り、それが使われたことは一度もないようですが。それはそうでしょうねえ。命を消すためにご依頼いただいていることですから」
解毒剤を渡すことで罪悪感を打ち消しているつもりなのか。
だが実行役にそれが渡らねば意味のないことだ。
毒を指示する側は万一にも失敗してはならないと思うばかりなのだから。
「国などどうなろうと関係ないというような口ぶりだな」
「ええ、その通りですよ。潰れるなら潰れればいい。国民一人も救えない国などどうなろうと知ったことではありません。罪のない人は死にゆき、誰かの死を願う愚かな貴族たちはのうのうと生きている。そんな国だから、貧しい人の命は私が守るしかないんです」
「どうやら言いたいことがあるようだな。ここまで来たついでだ。その国をつかさどる俺が聞いてやろう。話せ」
そう言ってユーティスが向かいの作業台にどっかと腰を下ろすと、ドルディはじっとそれをみて、口を開いた。
「あなたは、どれだけの国民が薬を得られず死んでいったか、知っていますか」
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