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第六章 国王陛下と進む道
2.国王陛下を想う
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結局ユーティスは他の人との急な面会が入って、話はまた改めてということになった。
扉の外にいたラスと二人、廊下を歩く。ラスは私の斜め後ろ。赤く腫れた目を見ないようにしてくれた。
気まずくて、何か話さなきゃと口を開く。
「ユーティスも大変だね。いつも忙しくて」
「ああ、公爵との面会が入ったらしいね。アイリーンのこととかこれからのこととかいろいろと話があるみたいだよ」
「そう言えばアイリーンはあれから大丈夫かしら。会いに行きたいな」
「アイリーンも王宮に来るみたいだよ」
もう首謀者は捕まったのだからルーラン伯爵邸に隠れている必要もないだろうけど、何故王宮に?
そう考えて、侍女ズに聞いた話を思い出す。
アイリーンはユーティスの婚約者候補だったのだ。
ユーティスは今、王宮内の様々な改革に乗り出そうとしてる。
実現には公爵の力が大きく関わると言っていた。
そこまで考えて、ああ、アイリーンが王妃になるのだと気が付いた。
私に協力してほしいと言っていたのは、その時になったら王宮を去れということだったんじゃないだろうか。
後で話すと言ってずっと後回しになっていたし、言いにくかったのかもしれない。
でも、もともと期間限定だと言ってたのだから、いまさらなのに。
もしかしたら、私がユーティスを好きになってしまったことに、気が付いているのだろうか。
だから言い出しにくくなってしまったのかもしれない。
そう考えれば、ノールトが私を邪険にするのもわかる。
全部繋がってしまった。
あーあ。
廊下を歩く足が重くなった。
「帰るか。私の薬屋に」
ぽつりと呟けば、ラスが訝しげに聞きとがめた。
「リリア?」
「薬師の私がやれることはやったしさ。後は私じゃなくてもいいわけで。ここにいる理由はなくなった」
ラスの足が止まった。
どうしたのかと、私も足を止め振り返る。
「リリアはそれでいいの?」
聞かれて、うーん、と苦く笑って首を傾げる。
「手を伸ばしても届かない星を欲しがるのは嫌なのよ」
私は薬屋店主。
ユーティスは国王。
アイリーンのように王妃としての教育を受けてきたわけじゃない。
この国のことも、政治もよくわからない。
いくらルーラン伯爵夫人の養子になったところで、中身まで変わるわけじゃない。私に身に付いたのは付け焼刃の淑女教育だけ。
私の好きという気持ちだけで何がどうなるわけでもない。ユーティスに伝えたところで、困らせるだけだ。
もう一度前に向き直り、歩き出そうとした私の手をラスがぱしっと掴んだ。
「俺なら手、届くよ」
私よりも大きくて、節くれだった手。掌にはいくつも固い剣ダコができている。女の子だと思ってたときには気が付かなかった。
「じゃあこれでいいや、っていうような女だと思う?」
「思ってないから好きなんだよ。だけど言っておかないといつまでもこっち見てくれないでしょ?」
手を取ったままのラスが私の前に回りこみ、翡翠色の瞳がじっと私の目を覗き込んだ。
「……本気?」
「うん、本気」
ずっと女友達だと思ってたから、男の姿に戻ったあともその感覚でいた。
気の置けない友達。ずっとそう思っていたから、ラスもそうだと勝手に思っていた。
「……いつから?」
「さあ……? かわいいラスちゃんだった頃からかな? 陛下がどうして俺に女装させてリリアに会わせたのか、わりとすぐにわかったよ。リリアは面白いし、おさげにダサ眼鏡でもかわいいし、飽きないし。ずっと傍にいたらそりゃ好きにもなるよね」
さりげなく面白いの意が重ねられてた気がしたけど、そこはつっこまずにおくべきか。
「薬屋に戻るなら、今度は、『陛下に心底から嫌われて王宮を追い出された』って噂を流せば利用価値も見出されなくなるだろうし。そしたら護衛対象じゃなくなる。二人で平和に薬屋やろうよ。どっちにしろ、リリアを連れて逃げるまであとカウント1だったし」
「え?」
最後の一言に、きょとんとなる。
「言ったでしょ。俺がリリアの専属護衛になると決めた時、陛下と契約したって。契約内容は、リリアの意思に沿うこと。全てのものからリリアを守ること。『全てのもの』には陛下も含まれてる。陛下は自らリリアを手放すことはできないから。だからあと一回、リリアが危険な目に遭ったら俺はリリアを連れて王宮から出るつもりだったんだよ。毒からは守れなかったし、やっぱり王宮は危険がいっぱいだからね」
これは陛下の命令でもあるし、俺が契約する条件でもあったんだよ、とラスは言った。
ユーティスには忠誠を誓っていないとラスが言っていたことを思い出す。それはこういうことだったのか。
ラスがユーティスに与しない第三者としての立場でいることで、ユーティスは常にわが身を振り返る必要があった。それはある意味貴重な存在だったことだろう。
そのラスを連れて出て行くなんて、私にはできない。ラスはユーティスにとって必要な人だ。
何より。
私はラスの気持ちに応えることはできない。
いつもの笑みを浮かべたまま、ラスは私の顔を覗き込んだ。
「で、俺の一世一代の告白に対する答えは?」
聞かなくてもわかってる。そんな顔してるくせに。
「私、ユーティスが好き。きっと私は薬屋店主に戻っても、ユーティスを忘れることはできない」
それを言葉にするのはとても力がいることだった。
最後の砦を自ら踏み倒すほどの勇気がいった。
でも言ってしまうと、妙にすとんと胸に落ち着くものがあった。
「知ってたよ」
「ごめんね。ラス、ありがとう」
そう言うとラスは繋いだ手を引いて歩き出し、それからそっとその手を離した。
胸が痛い。
いつからユーティスを好きになってたんだろう。
思えば、毒に苦しむユーティスをあれほど助けたいと願い、毒の勉強を始めたのも、そういうことだったのかなあ。
気づいてしまったら、辛いだけだから。だから、ずっと見ないフリしてたんだって、今ではわかる。
私の中にはずっとユーティスがいた。
国王になってしまって、店に来てくれなくなって。忘れようともした。
でも忘れられるわけもなかった。
そんなときに突如として現れたのだ。
いつもいつも、ユーティスが来るのは突然だった。
そうしてユーティスは、いつの間にか私の知らないところであの手この手で罠を張り巡らせていた。
すっかり罠に嵌まりこんで、結局心までがんじがらめにされてしまった。
「リリア様」
不意に、思考に沈む私の背中に声がかけられた。
ごめん。だけど、今一番聞きたくない声だった。
扉の外にいたラスと二人、廊下を歩く。ラスは私の斜め後ろ。赤く腫れた目を見ないようにしてくれた。
気まずくて、何か話さなきゃと口を開く。
「ユーティスも大変だね。いつも忙しくて」
「ああ、公爵との面会が入ったらしいね。アイリーンのこととかこれからのこととかいろいろと話があるみたいだよ」
「そう言えばアイリーンはあれから大丈夫かしら。会いに行きたいな」
「アイリーンも王宮に来るみたいだよ」
もう首謀者は捕まったのだからルーラン伯爵邸に隠れている必要もないだろうけど、何故王宮に?
そう考えて、侍女ズに聞いた話を思い出す。
アイリーンはユーティスの婚約者候補だったのだ。
ユーティスは今、王宮内の様々な改革に乗り出そうとしてる。
実現には公爵の力が大きく関わると言っていた。
そこまで考えて、ああ、アイリーンが王妃になるのだと気が付いた。
私に協力してほしいと言っていたのは、その時になったら王宮を去れということだったんじゃないだろうか。
後で話すと言ってずっと後回しになっていたし、言いにくかったのかもしれない。
でも、もともと期間限定だと言ってたのだから、いまさらなのに。
もしかしたら、私がユーティスを好きになってしまったことに、気が付いているのだろうか。
だから言い出しにくくなってしまったのかもしれない。
そう考えれば、ノールトが私を邪険にするのもわかる。
全部繋がってしまった。
あーあ。
廊下を歩く足が重くなった。
「帰るか。私の薬屋に」
ぽつりと呟けば、ラスが訝しげに聞きとがめた。
「リリア?」
「薬師の私がやれることはやったしさ。後は私じゃなくてもいいわけで。ここにいる理由はなくなった」
ラスの足が止まった。
どうしたのかと、私も足を止め振り返る。
「リリアはそれでいいの?」
聞かれて、うーん、と苦く笑って首を傾げる。
「手を伸ばしても届かない星を欲しがるのは嫌なのよ」
私は薬屋店主。
ユーティスは国王。
アイリーンのように王妃としての教育を受けてきたわけじゃない。
この国のことも、政治もよくわからない。
いくらルーラン伯爵夫人の養子になったところで、中身まで変わるわけじゃない。私に身に付いたのは付け焼刃の淑女教育だけ。
私の好きという気持ちだけで何がどうなるわけでもない。ユーティスに伝えたところで、困らせるだけだ。
もう一度前に向き直り、歩き出そうとした私の手をラスがぱしっと掴んだ。
「俺なら手、届くよ」
私よりも大きくて、節くれだった手。掌にはいくつも固い剣ダコができている。女の子だと思ってたときには気が付かなかった。
「じゃあこれでいいや、っていうような女だと思う?」
「思ってないから好きなんだよ。だけど言っておかないといつまでもこっち見てくれないでしょ?」
手を取ったままのラスが私の前に回りこみ、翡翠色の瞳がじっと私の目を覗き込んだ。
「……本気?」
「うん、本気」
ずっと女友達だと思ってたから、男の姿に戻ったあともその感覚でいた。
気の置けない友達。ずっとそう思っていたから、ラスもそうだと勝手に思っていた。
「……いつから?」
「さあ……? かわいいラスちゃんだった頃からかな? 陛下がどうして俺に女装させてリリアに会わせたのか、わりとすぐにわかったよ。リリアは面白いし、おさげにダサ眼鏡でもかわいいし、飽きないし。ずっと傍にいたらそりゃ好きにもなるよね」
さりげなく面白いの意が重ねられてた気がしたけど、そこはつっこまずにおくべきか。
「薬屋に戻るなら、今度は、『陛下に心底から嫌われて王宮を追い出された』って噂を流せば利用価値も見出されなくなるだろうし。そしたら護衛対象じゃなくなる。二人で平和に薬屋やろうよ。どっちにしろ、リリアを連れて逃げるまであとカウント1だったし」
「え?」
最後の一言に、きょとんとなる。
「言ったでしょ。俺がリリアの専属護衛になると決めた時、陛下と契約したって。契約内容は、リリアの意思に沿うこと。全てのものからリリアを守ること。『全てのもの』には陛下も含まれてる。陛下は自らリリアを手放すことはできないから。だからあと一回、リリアが危険な目に遭ったら俺はリリアを連れて王宮から出るつもりだったんだよ。毒からは守れなかったし、やっぱり王宮は危険がいっぱいだからね」
これは陛下の命令でもあるし、俺が契約する条件でもあったんだよ、とラスは言った。
ユーティスには忠誠を誓っていないとラスが言っていたことを思い出す。それはこういうことだったのか。
ラスがユーティスに与しない第三者としての立場でいることで、ユーティスは常にわが身を振り返る必要があった。それはある意味貴重な存在だったことだろう。
そのラスを連れて出て行くなんて、私にはできない。ラスはユーティスにとって必要な人だ。
何より。
私はラスの気持ちに応えることはできない。
いつもの笑みを浮かべたまま、ラスは私の顔を覗き込んだ。
「で、俺の一世一代の告白に対する答えは?」
聞かなくてもわかってる。そんな顔してるくせに。
「私、ユーティスが好き。きっと私は薬屋店主に戻っても、ユーティスを忘れることはできない」
それを言葉にするのはとても力がいることだった。
最後の砦を自ら踏み倒すほどの勇気がいった。
でも言ってしまうと、妙にすとんと胸に落ち着くものがあった。
「知ってたよ」
「ごめんね。ラス、ありがとう」
そう言うとラスは繋いだ手を引いて歩き出し、それからそっとその手を離した。
胸が痛い。
いつからユーティスを好きになってたんだろう。
思えば、毒に苦しむユーティスをあれほど助けたいと願い、毒の勉強を始めたのも、そういうことだったのかなあ。
気づいてしまったら、辛いだけだから。だから、ずっと見ないフリしてたんだって、今ではわかる。
私の中にはずっとユーティスがいた。
国王になってしまって、店に来てくれなくなって。忘れようともした。
でも忘れられるわけもなかった。
そんなときに突如として現れたのだ。
いつもいつも、ユーティスが来るのは突然だった。
そうしてユーティスは、いつの間にか私の知らないところであの手この手で罠を張り巡らせていた。
すっかり罠に嵌まりこんで、結局心までがんじがらめにされてしまった。
「リリア様」
不意に、思考に沈む私の背中に声がかけられた。
ごめん。だけど、今一番聞きたくない声だった。
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