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第六章 国王陛下と進む道
1.国王陛下と気付きの涙
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今何故か執務室には、私とノールトの二人という状況。
ラスは部屋の外で見張り。
今後のことで話しておきたいことがあるとユーティスに呼ばれて執務室に来たものの、入れ替わりでユーティスが人に呼ばれてちょっと行ってくるから待っていろ、と言い置いて出て行ってしまった。
ノールトもなかなか捕まらないユーティスにハンコ一つもらうためにここで待っている、と。
気まずい。
ノールトの「何故おまえと二人でここにいなければならない」という隠しもしない視線が痛い、重いため息が怖い。
でもさあ、そんなに目の敵にすることなくない?
そう思って、つい口を開いてしまった。
「ねえ、ノールト。私が気に入らないのはわかるんだけどさ、あと少しの間なんだから、そう睨むのはやめてくれないかな。仲良くしてとは言わないけどさあ」
恩を売るわけじゃないけど、私だってちょっとは役に立ったのだから、そろそろチャラにしてくれないだろうか。
けれど、横目に冷たい視線が投げかけられた。
「少しの間とは、何のことですか」
「毒のことも今後蔓延しないようにユーティスも策があるって言ってたし、それなら私の役目は終わったでしょ? あとは何やら頼みたいことがあるって言ってたけど、今からそれを聞くんだろうし。そしたらもう、それまでのことじゃない」
「だから、何がそれまでなんですか」
「だから、ニセの婚約者よ。薬師としての私はもう必要ないし、あとは本物の婚約者を王宮に上げるんでしょう」
言っていて、胸が痛んだ。
なんだろう、自分が体よく使われたことが嫌なのかな。
そうじゃないな。役に立てたと思えるのは嬉しい。
そうじゃなくて……。
無意識に、右耳の黒曜石のピアスを弄んでいたことに気付く。
ああ。
これをユーティスに返すのが嫌なんだ。
ずっと付けていたから。私の物だって、錯覚しちゃったんだ。
これを返して、別の女の人がつけるんだって思うのが、嫌なんだ。
どうしてだろう。
少しずつ気づいていくと、さっきよりももっと胸が痛くなる。
もうすぐ私は薬屋店主に戻る。念願だったはずなのに。無理矢理連れて来られて怒ってたはずなのに。
毒と陰謀にまみれた王宮でも、いい人たちがいるってわかったから寂しいのかな。
ユーティスと広いベッドで端っこと端っこに分かれて寝るのもおしまいで、ゆっくり一人で寝られるようになるのに、薬屋に戻るのを寂しいって思うのってなんでだろう。
わかってる。
本当はわかってる。
ずっと、わかってた。
だけど、それを言って何になる?
「私の前で泣くのはやめてください。あなたには同情なんてしませんよ。勘違いも甚だしい」
ノールトに言われて、私は泣いていたことに初めて気が付いた。
頬に手を当てて、愕然とする。
いや、泣いてたなんてもんじゃない、号泣してるじゃんか。
ぼたぼたと膝に涙が零れ落ちてるじゃんか。
なにこれ、超恥ずかしいんですけど!
そう思ってみても、涙が止まらない。
「まったく、世話のやけることですね。勝手に勘違いして、勝手に泣いて。そういうのは一人のときにやってくださいよ。ここで陛下が戻ってきたら、私が泣かせたと思われるじゃないですか」
「ズミマゼン」
鼻水まで出てきた。
ノールトがやれやれとため息を吐き、立ち上がってハンカチを差し出してくれた。
「アリガドウゴザイマズ」
「大体ね。あなたが何を勘違いしているのかは察しがつきますが、私が受け入れられないと思っているのは、あれほどまでに国王として相応しい陛下が、なんであなたなんかのために王位を――」
ノールトからハンカチを受け取ろうとしたその時、ノックもなしに突然扉が開いた。
振り向けば、ユーティスがそこに固まっていた。
「ノールト……? 何をしている」
はあぁ――、とノールトがこれみよがしにため息を吐く。
「だから嫌だと言ったんですよ」
「いや、違うんだってばユーティス。これは私が勝手に」と言ったつもりだったけど、鼻声と涙に邪魔されて、たぶん何を言ってるかわからなかったと思う。
案の定、眉間に固く皺を寄せたユーティスはつかつかとノールトに詰め寄った。胸倉をつかみ、だん、と壁に叩きつける。
それは痛い!
「やべでえユーディズ!」
「おい、ノールト、答えろ!」
「泣かせたのは陛下ですよ」
ノールトは苛立たしげに、ユーティスに視線を向けた。負けず劣らず眉間の皺は深い。
「陛下が紛らわしいことを言うからいけないんです。エイラスも心配していたでしょう、絶対後でこじれる、って」
「どれのことだ」
おい。策を巡らし過ぎて心当たりがわかんなくなってるじゃないか。
「とにかくこのことに私を巻き込むのはやめてください。馬鹿馬鹿しい、犬も食わないってんですよ」
ノールトは心底から呆れたようにそう言ってユーティスの手を払いのけると、「ハンコ!!押しておいてくださいね」と机に紙をばしりと置き、執務室を出て行った。
扉が開いた時、ラスがこちらを窺いつつ「あーあ……」という顔をしていたのが見えた。
本当に、「あーあ」だよ。
気づきたくないことに気付いてしまった。
今更ユーティスを好きだなんて。
ずっと一緒にいられるわけでもないのに、そんな感情抱いたってどうしようもないじゃんか。
あーあ。こんな無駄な気持ち、気づきたくなかったのに。
「おい。泣くな」
ユーティスは困ったように私の隣にすとんと腰を下ろした。
「おまえが泣くのを見るのは三回目だな」
そんなこと覚えてなくていいって。
「何故泣いている?」
問われても、答えることはできなかった。
より激しく嗚咽が沸きあがるだけだった。
迷うようにそっと触れる指が涙を拭うけど、そのわずかな温もりが余計に涙を沸かせた。
この手も。
このピアスも。
期限付きで差し出されたものなのだから。
返さなければならないものだから。
だから嫌だったんだ、王宮に来るのなんて。
傍にいたら、こうなってしまうのはわかってたから。
私は、手が届かない星に手を伸ばすほど子供じゃない。
はず、だったのに――。
ラスは部屋の外で見張り。
今後のことで話しておきたいことがあるとユーティスに呼ばれて執務室に来たものの、入れ替わりでユーティスが人に呼ばれてちょっと行ってくるから待っていろ、と言い置いて出て行ってしまった。
ノールトもなかなか捕まらないユーティスにハンコ一つもらうためにここで待っている、と。
気まずい。
ノールトの「何故おまえと二人でここにいなければならない」という隠しもしない視線が痛い、重いため息が怖い。
でもさあ、そんなに目の敵にすることなくない?
そう思って、つい口を開いてしまった。
「ねえ、ノールト。私が気に入らないのはわかるんだけどさ、あと少しの間なんだから、そう睨むのはやめてくれないかな。仲良くしてとは言わないけどさあ」
恩を売るわけじゃないけど、私だってちょっとは役に立ったのだから、そろそろチャラにしてくれないだろうか。
けれど、横目に冷たい視線が投げかけられた。
「少しの間とは、何のことですか」
「毒のことも今後蔓延しないようにユーティスも策があるって言ってたし、それなら私の役目は終わったでしょ? あとは何やら頼みたいことがあるって言ってたけど、今からそれを聞くんだろうし。そしたらもう、それまでのことじゃない」
「だから、何がそれまでなんですか」
「だから、ニセの婚約者よ。薬師としての私はもう必要ないし、あとは本物の婚約者を王宮に上げるんでしょう」
言っていて、胸が痛んだ。
なんだろう、自分が体よく使われたことが嫌なのかな。
そうじゃないな。役に立てたと思えるのは嬉しい。
そうじゃなくて……。
無意識に、右耳の黒曜石のピアスを弄んでいたことに気付く。
ああ。
これをユーティスに返すのが嫌なんだ。
ずっと付けていたから。私の物だって、錯覚しちゃったんだ。
これを返して、別の女の人がつけるんだって思うのが、嫌なんだ。
どうしてだろう。
少しずつ気づいていくと、さっきよりももっと胸が痛くなる。
もうすぐ私は薬屋店主に戻る。念願だったはずなのに。無理矢理連れて来られて怒ってたはずなのに。
毒と陰謀にまみれた王宮でも、いい人たちがいるってわかったから寂しいのかな。
ユーティスと広いベッドで端っこと端っこに分かれて寝るのもおしまいで、ゆっくり一人で寝られるようになるのに、薬屋に戻るのを寂しいって思うのってなんでだろう。
わかってる。
本当はわかってる。
ずっと、わかってた。
だけど、それを言って何になる?
「私の前で泣くのはやめてください。あなたには同情なんてしませんよ。勘違いも甚だしい」
ノールトに言われて、私は泣いていたことに初めて気が付いた。
頬に手を当てて、愕然とする。
いや、泣いてたなんてもんじゃない、号泣してるじゃんか。
ぼたぼたと膝に涙が零れ落ちてるじゃんか。
なにこれ、超恥ずかしいんですけど!
そう思ってみても、涙が止まらない。
「まったく、世話のやけることですね。勝手に勘違いして、勝手に泣いて。そういうのは一人のときにやってくださいよ。ここで陛下が戻ってきたら、私が泣かせたと思われるじゃないですか」
「ズミマゼン」
鼻水まで出てきた。
ノールトがやれやれとため息を吐き、立ち上がってハンカチを差し出してくれた。
「アリガドウゴザイマズ」
「大体ね。あなたが何を勘違いしているのかは察しがつきますが、私が受け入れられないと思っているのは、あれほどまでに国王として相応しい陛下が、なんであなたなんかのために王位を――」
ノールトからハンカチを受け取ろうとしたその時、ノックもなしに突然扉が開いた。
振り向けば、ユーティスがそこに固まっていた。
「ノールト……? 何をしている」
はあぁ――、とノールトがこれみよがしにため息を吐く。
「だから嫌だと言ったんですよ」
「いや、違うんだってばユーティス。これは私が勝手に」と言ったつもりだったけど、鼻声と涙に邪魔されて、たぶん何を言ってるかわからなかったと思う。
案の定、眉間に固く皺を寄せたユーティスはつかつかとノールトに詰め寄った。胸倉をつかみ、だん、と壁に叩きつける。
それは痛い!
「やべでえユーディズ!」
「おい、ノールト、答えろ!」
「泣かせたのは陛下ですよ」
ノールトは苛立たしげに、ユーティスに視線を向けた。負けず劣らず眉間の皺は深い。
「陛下が紛らわしいことを言うからいけないんです。エイラスも心配していたでしょう、絶対後でこじれる、って」
「どれのことだ」
おい。策を巡らし過ぎて心当たりがわかんなくなってるじゃないか。
「とにかくこのことに私を巻き込むのはやめてください。馬鹿馬鹿しい、犬も食わないってんですよ」
ノールトは心底から呆れたようにそう言ってユーティスの手を払いのけると、「ハンコ!!押しておいてくださいね」と机に紙をばしりと置き、執務室を出て行った。
扉が開いた時、ラスがこちらを窺いつつ「あーあ……」という顔をしていたのが見えた。
本当に、「あーあ」だよ。
気づきたくないことに気付いてしまった。
今更ユーティスを好きだなんて。
ずっと一緒にいられるわけでもないのに、そんな感情抱いたってどうしようもないじゃんか。
あーあ。こんな無駄な気持ち、気づきたくなかったのに。
「おい。泣くな」
ユーティスは困ったように私の隣にすとんと腰を下ろした。
「おまえが泣くのを見るのは三回目だな」
そんなこと覚えてなくていいって。
「何故泣いている?」
問われても、答えることはできなかった。
より激しく嗚咽が沸きあがるだけだった。
迷うようにそっと触れる指が涙を拭うけど、そのわずかな温もりが余計に涙を沸かせた。
この手も。
このピアスも。
期限付きで差し出されたものなのだから。
返さなければならないものだから。
だから嫌だったんだ、王宮に来るのなんて。
傍にいたら、こうなってしまうのはわかってたから。
私は、手が届かない星に手を伸ばすほど子供じゃない。
はず、だったのに――。
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