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第五章 国王陛下はお仕置きを始めます

5.国王陛下と毒のしっぽ

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「カゲから聞いた。どういうことだ」

 カゲにお願いしたその日。
 執務室で一緒にお昼を食べていたユーティスに話を向けられた。
 今日はラスも一緒。その話をしようと思って、ユーティスが呼んでおいたのだと思う。

「あの一家を疑っているのか」

 ユーティスの穏当でない言葉に、話が見えないラスがきょとんとした。

「あの一家って……。リリア関連としたら、エトさん家のこと?」

 私はまずラスに、カゲに頼んだことを話した。

「エトさんたちがどうこうってわけじゃないと思う。ただ、毒の出元がどこなのかって考えたときに、やっぱり調べておかないといけないと思ったのよ」

 私が切り出すと、ユーティスは眉をひそめた。
 ラスは、うーん、と顎に指を当て小首を傾げた。

「でも普通に考えると、宮廷薬師が一番疑わしいよね。王宮の人が近づきやすくて、設備も整ってる」

「うん。それは真っ先に疑うよね。だからこそ、管理が厳重なんだと思う。私も何度か見学させてもらったけど、あの環境でこっそり毒を精製するのはまず無理ね」

 おそらく、これまでもそうして疑われてきたからこそ、自衛のためしっかり管理されるようになったのだろう。
 私の言葉にユーティスも頷いた。

「宮廷薬師たちはもう幾度も調べられている。今回も疑わしき形跡はなかった」

「だったら、仕込んだ人が都合よく精製できるとは思えないし、どこからか仕入れてくるしかないよね」

 私はラスに頷いて見せた。

「うん。毒って自然界にあるものだから、比較的簡単に手に入るものもあるんだけど、前菜のソースに混入されてた毒も、アイリーンのクッキーの毒も、一撃必殺の濃度が高いものだった。素人には精製は難しい。何より、クッキーに使われてたアコルリナは高山にしか生えてないし、市場では薬師の資格がないと手に入れられない」

 アコルリナの茎から出る汁はそのまま飲めば薬になるが、煮詰めたり粉末にして大量に水に溶かしこんだりして濃度を高めると毒になる。私もいろいろと毒は試したけど、入手も扱いも難しいアコルリナばかりは手を出していない。だから耐性もなくて、微量でも倒れてしまった。

「だから薬屋、か」

「うん。それに、いろんな毒が使われてるし、天日干しがルーチンワークになってるような薬屋でもなければ手間暇かかり過ぎてやらない手法なのよ。アイリーンのクッキーを調べてそのことに気付いたの。あれは生地じゃなくてドライフルーツに毒が仕込まれてた」

「果物を砂糖と共に毒で漬けた、ってこと? エグイね!」

 ラスが、うわあ、と顔を歪める。

 そう。やり方がエグイのだ。
 たぶん、アコルリナの茎の汁に浸したオレンジを天日干しして、また浸して干すのを繰り返して濃度を高めたんじゃないかと思う。
 クッキーに混ぜ込まれていたオレンジピールは少し暗い色をしていた。気になって小さなそれを注意深く切ってみたら、中がわずかに紫がかっていたから間違いないと思う。高い熱を加えると茶色っぽく変色するから、クッキーを焼いたときに表面だけ色が変わったのだろう。

「メーベラ様から聞いた話も気になるの。第二王子が食べたパウンドケーキにもドライフルーツとナッツが混ぜ込まれてたそうよ。第三王子が食べたのはキッシュで、紫色の葉野菜レビスが入ってた。ドライフルーツも、レビスも、それ自体に同じように毒が仕込まれてたんじゃないかなって思うのよね」

 厨房で毒を仕込むのは困難だ。だが食材を持ち込むのはそれほど難しくないと思う。
 毒見には、ドライフルーツやレビスを避けた箇所を渡せばいい。
 そうして監視をくぐりぬけ、毒が王子の元に辿り着いてしまったのではないか。

 だって、わざわざ離乳食に見た目の毒々しい紫の野菜を使うだろうか。それもよく出されていたそうで、最初はその紫の毒々しさに警戒したものの、目の前で毒見もさせていたし、何度も出ていて第三王子も好んで食べるようになっていたというから、計画性を窺わせた。
 おそらく最後の時だけ、レビス自体に毒が仕込まれていたのだと思う。紫の葉は毒の色を隠すのに最適だ。
 その話をすると、ユーティスは瞳を揺らがせた。

「伯母が俺に毒を盛ったのもクッキーだった。茶葉が混ぜ込んであったが、それ自体が毒草で、手の込んだことにその毒草は砂糖で漬け込まれていたとダーナーに聞いた。だから食べても違和感がなかった」

 国王の姉から渡されるものを毒見はしないだろう。確かそれがユーティスが毒に倒れた最後だったはずだ。
 しかしここまで並べ立てて、やっぱり、と私は暗い気持ちになる。

「前菜にかけられていたソースも、赤い根菜をすりつぶして使われてた。その見た目の赤や辛味で毒草の存在を紛らすためだったのかと思ったけど、たぶんそれ根菜に毒が漬け込まれてたんだと思う。それと、微かに甘みがあったの。毒だけじゃなくて砂糖か何も一緒に漬け込まれてたんじゃないのかな。そう考えたら、王宮に持ち込まれる毒物って、みんな出元が一緒なんじゃないかと思ったのよ」

 毒で漬け込むだけでなく、砂糖と一緒に漬け込まれている。
 何故そんな手の込んだことをするのかはわからない。
 だがもし毒の出元が一つなら、そのルートを絶ちさえすれば王宮から毒をなくせるかもしれない。

 勿論、毒が手に入らなければメーベラ様の護衛のように実力行使で挑んでくる者もいるだろうが、ハードルは確実に上がるはずだ。
 そして幸いにもユーティスも私も一人じゃないから、そこは太刀打ちのしようがある。対話もできる。姿の見えない毒よりは追うのも容易い。
 勿論、命のやりとりがなくなるに越したことはないんだけど。

「なるほどな。それで果実の砂糖漬けが得意なエトに繋がったのか」
「あの人が毒の精製をするような人には見えないけどねえ」

 ラスの言葉に私も頷く。
 私も、エトさんがそんなことをするはずがないとは思っている。
 だけど、ふと思い出したのだ。
 ギトさんがユーティスを物言いたげに見ていたことを。
 ギトさんは何か知ってるんじゃないかと思った。

 ドライフルーツを作っているのだって、エトさんに限ったことじゃないし。たまたま、私がよく知ってるのがエトさんで、そこが薬屋で、毒の知識を持っていてもおかしくないってだけだ。
 だから、カゲに頼んだのはエトさんを調べる、ということじゃない。
 そのうち結果を報告してくれると思う。だけど、それとは別にギトさんとエトさんには話を聞いておきたいと思った。

「だから。また朝ごはんを食べに行くついでに、エトさんのお店に寄ってもいいかな」

 エトさんじゃない。そう信じているからこそ、話を聞きに行かなければならなかった。
 毒前菜のときの給仕や、アイリーンみたいな犠牲者がこれ以上出る前に。
 ユーティスが本当に毒に倒れてしまう前に。

「わかった」
「勿論、俺も行くよ」

 ユーティスとラスが頷いてくれて、私はほっとした後に気が付いた。
 これで片が付けば、私の役目は終わる。
 知らず、右耳に嵌められた黒曜石のピアスに触れていた。

 このピアスも、返さなければならない。
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