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第五章 国王陛下はお仕置きを始めます

4.カゲと王子 ※カゲ視点

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 王族には専属の護衛が付く。
 前国王の王妃たちにも一人ずつ専属の護衛がいた。
 王子たちは、ユーティスが十二歳のとき三人の護衛の中からそれぞれ選ばされた。
 第二王子と第三王子はまだ幼かったため、代わりに王妃が選んだ。

 並んでいたのは、頬に傷のある男、隻眼の男、他の二人に比べると小柄な男。だが集められた三人はいずれも精鋭で、実力は伯仲。国王とて全ての王子に生き残ってほしいと思っていたのだから護衛選びに手を抜くわけがない。
 だが二人の王妃はその顔触れに眉を顰めた。顔に傷がある者が二人もいたからである。
 それは己の身さえも守れないことを示していると捉えた。
 だから第二王妃は小柄な男を選んだ。
 第三王妃は後から選ぶしかなく、仕方なく頬に傷のある男を選んだ。片目を失うほどの傷を負うよりも頬で済んだ方が優秀なのだろうという判断だった。
 仕方なく決めたのがありありとわかる態度に、頬に傷のある男はそのプライドをいたく傷つけられた。だが働きぶりを見てもらえれば認めてもらえるだろうという自負はあった。

 残された隻眼の男は、ユーティスに自動的に割り振られることとなった。
 さぞがっかりしていることだろう。男はそう思いユーティスに挨拶をしたが、顔を上げて驚いた。
 ユーティスはキラキラとした目で男を見ていたのだ。

「かっこいい……」

 ユーティスが好んで読んでいた小説に登場するヒーローが、同じく隻眼なのだという。
 十二歳ともなるのに、幼い理由だった。さすが愚かな王子と呼ばれるだけのことはある、と思った。
 男は苦笑したが、ユーティスはにこっとして言った。

「怪我をしたってことは、戦っても生き残ったってことでしょ? すごいことだよね!」

 隻眼の男は驚いた。
 そして傍にいるうち、だんだんとこの王子が愚かではないことがわかった。
 仮面の下に怜悧な光を宿している。
 仮面をかぶっているだけだと気が付いた。
 その理由も次第に見当がついた。
 この王子は王たる器を持ちながら、争いを避けるため弟王子に王位を譲ろうとしている。

 そんなことも知らない古い友人たちは、「はずれに当たったな」と残念がったが、そうではないことは隻眼の男が最もよく知っていた。
 たとえ王にならないとしても、この王子を守れることが誇らしかった。

     ◇

 それから第二王子、第三王子が相次いで亡くなると、王子たちについていた護衛はお役御免となった。
 だがたいして実力を発揮する機会もないまま、毒という手の出せない領域から主を守れず無力感にさいなまれる護衛達に、隻眼の男が声をかけた。

「お前たちも、第一王子の護衛にならないか」

 二人はしばらく考えさせてくれと言った。
 残った王族の護衛につく前例はあった。国王にも護衛が二人いた。そのうち一人は、亡くなった弟についていた護衛だった。
 だが二人はユーティスに守る価値があるのか、見出だせないでいた。ただ、隻眼の男の自信溢れる様子を見るに、考える余地はありそうだと王宮を去る足を止めた。

 それからある時、ユーティスが刃物を持った男に襲われた。
 護衛としてついていた隻眼の男が別の男を相手にしている間に、影からもう一人現れたのだ。
 しまった、と思う間に、傍にいた庭師の男がユーティスの前に躍り出た。
 刃を受けた庭師は倒れたが、その間に隻眼の護衛が駆け付け、ユーティスに怪我はなく済んだ。

 だが、庭師の男はその時の怪我により亡くなった。
 ユーティスはその場ではうろたえもせず、医師を呼び、すぐさま応急処置をし、気丈に振る舞っていた。
 部屋に戻って、庭師の男が亡くなったことを聞くと、ユーティスはベッドに泣き伏した。

 それから涙を収め、隻眼の男に言ったのだ。

「俺は最初からおまえを選ぶつもりだった。何故だかわかるか」

 わからない、と答えるとユーティスは涙に腫れた目で言った。

「それほどの傷を負ったものならば、知っているからだ。死の恐怖を」

 そうして王の器をもった王子は言ったのだ。

「俺のために死んではならない。おまえは俺が守るべき国民だからだ」

 それは約束できないことだった。
 もうこの瞬間に、命を賭してでもこの少年を守ると心に決めてしまっていたからだ。
 唇を引き結び、答えないままでいると、ユーティスはふいっと視線をそらし、もう一度言った。

「頼むから、死なないでくれ。俺のせいで誰かが死ぬのを見るのは、もう耐えられそうにない」

 どんなに聡くても。どんなに愚かな仮面をかぶっても。
 中身は柔らかい、優しい少年だった。

 このときのことを見ていた二人の護衛は、新たにユーティスの護衛となることを決めた。
 隻眼の男に連れられてきた二人を見て、ユーティスは言った。

「俺のために死なないと約束するならば、護衛として雇おう」

 二人は了承を伝え護衛となった。
 勿論、死ぬとすれば自分のためだからだ。主君を命を賭しても守ると決めた、自分のために。

 そうして小柄な男は主に諜報を担当した。
 頬に傷のある男は黒装束を身にまとい、忍んで陰から護衛をした。
 隻眼の男はそれまで通り、目に見える場所でユーティスの護衛として立った。

 護衛たちはユーティスに一つだけ言った。

「我々のことはカゲとお呼びください。我々に個はありません。ただの護衛です」

 命を賭しても守ることは譲れないから。だから、何かあってもユーティスが悲しまないように。決して馴れ合わず、影から見守る。そう決めていたのだ。

 だが、彼らがどんなに優秀でも、どれだけ鍛えていても、毒から守ることだけは困難だった。
 刃には刃で立ち向かえる。
 だがどこで混入されたかわからない毒を防ぐのは難しい。
 怪しい動きがあれば諜報を担当するカゲが察知できる。だがユーティスの周りは常に人で囲まれているのだ。四方八方から毒殺を企てられてはその兆候すら掴むのは難しい。

     ◇

「だから、毒に詳しいあなたが王妃と決まり、我々は心底から喜んだのですよ。それに、あなたは陛下が何年もの時をかけて見守り、傍に置こうとした人ですから」

「ハイハイ、毒の知識なら人並み以上に持ってますよ。味方になるって約束もしたしね。それでまさか王宮にまで来ることになるとは思ってもみなかったけど。まあ、宝の持ち腐れにならなくてよかったと思うことにしたわ」

 諦めたようにため息を吐くリリアに、頬に傷のあるカゲは黒装束の下で小さく笑った。

 この婚約者はあれほどまでに想われているのに、気づきもしない。ユーティスも苦労することだと思った。
 ああしてユーティスが意地の悪いことばかり言うからなのだが、それも傍に置きたいのに突き放さなければならないと長く葛藤してきたせいなのだろうと察していた。
 だがそこは護衛たちの口出しすべき場所ではない。

「ところで。カゲたちがユーティスを心から慕って守ろうとしてくれてるのはよくわかった。だからこそ、頼みたいことがあるんだけど、聞いてくれる? 勿論、返事はユーティスに相談してからでかまわない」

「それはかまわんが」

「ある薬屋を調べてほしいの」

 さすがはユーティスが一生を共にすると決めた人だ。
 守られるためにここにいるのではないと覚悟を決めているだけあって、もう何かを掴んだらしい。
 カゲはにっと口の端を吊り上げて笑った。

「わかった。話を聞こう」

 だがリリアの顔色は暗い。

「ありがとう。そこは、ドライフルーツなんかも置いている店なんだけどね――」
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