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第四章 国王陛下を取り巻く人々
2.国王陛下と町の人々
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「エトさーん!」
まだ朝だからと控えめに薬屋の扉をノックしたところ、すぐにエトさんがひょっこり顔を出してくれた。
「リリア! もう出戻ったの?」
一言目からその心配か。
いや、そう思うよね。
「ううん、おやつを買いに来たの。今日のティータイムのお茶請けにしたいなと思って」
エトさんの家は薬屋で、旦那さんが後を継いでいる。
果実の砂糖漬けや果実酒を作るのが趣味のエトさんが作った物も一緒に並べてあって、特に果実酒は健康にもいいと人気がある。
今日はその果実の砂糖漬けを侍女の人たちと一緒に食べようと思って、買いに来たのだ。
仲良くなるにはおいしいものを囲むのが一番だから。
エトさんはほっと胸を撫でおろしたのも束の間、私の隣に立つユーティスに気が付いて、慌てて中に入れてくれる。
ラスが物珍しげな声を上げて棚を眺めた。
「へえ、これおいしそう。リリアの店には並んでなかったものもいっぱいあるね」
私のお店にもいくつか置かせてもらってるけど、本家はさすがに品揃えが違う。一棚丸ごと果実関連の商品が並んでいる。
ジャムにして売るお店は多いけど、エトさんはドライフルーツが多い。
天日干ししたりと、薬草を煎じる工程と似たところがあるからかもしれない。
エトさん自身も薬師の資格は持ってるから。
「エトさん、急に私のお店をお願いすることになっちゃってごめんね」
私はずっとそれが言いたかった。直接話すことなくルーラン伯爵邸に教育のため軟禁状態になり、そのまま王宮だったから。
「いいのよ。ちょうど仕事探してたところだったし、リリアも心置きなく自分の道を進めるし。いいことだらけじゃない。最初はリリアが王妃様になるなんて、びっくりしたけどさ。リリアが幸せならそれでいいのよ」
ええっと……。
これは訂正したい気持ちでいっぱいだけど、無理矢理連れて行かれましたって言ったらものすごく気に病んじゃうよね。
私も納得して受け入れたことだし、エトさんに無駄に心配をかける必要もない。
乗っかるしかないな、と口を開きかけたところをユーティスが一歩進み出た。そしてさりげなくその手が私の肩に回る。
「協力感謝する。リリアのことは心配しなくていい。必ず幸せにすると誓おう」
無駄に誤解を煽るユーティスの言葉に、エトさんが胸の前で手を組み、「キャーーー!」と目をキラキラさせるのを見るとまたもや何も言えない。まあ嬉しそうにしてくれてるからいっか。
だけどさりげなく肩に置かれたユーティスの手はそっと外しておく。
隣で何故かむっとした顔をされたけど、そういうことされるの慣れてないのでやめてほしい。
「何か問題があれば遠慮なく連絡するといい。ノールト宛てにしてもらえれば手紙も検閲を通らず届く」
「わかりました。その時はよろしくお願いします」
目をキラキラさせたままでも、声は平常のまま答える。エトさんの乙女的思考と社会人としての姿勢の共存力が半端ない。
「何だ、こんなに早くから客か」
その声に振り向くと、エトさんのお父さんのギトさんが、白くふさふさの眉毛が覆い被さる目を見開き、何事かと突然の客を見回していた。
耳の遠くなってしまったギトさんに、エトさんが耳元で「リリアがユーティス国王陛下と来てくれたのよ」と事の成り行きを説明してくれた。すると、理解したように頷いたギトさんは、私をちらりとだけ見てから、何故かユーティスをじっと見た。
ユーティスが目礼すると、ギトさんは物言いたげにしていたものの、結局何も言わないまま戻っていってしまった。
私は自分の祖父母に会ったことがないから、ギトさんがおじいちゃんみたいな存在。前は私の声が聞こえるとすぐに出てきてくれて、よく一緒にお茶したんだけどな。
でも、これで私も少し安心できた。
お店のこともだけど、エトさんが急にお店を引き受けることになって、無理してないか心配だったから。
本当は私のお店の方も様子が見たかったけど、遅くなるとノールトに怒られるし、何よりユーティスをあちこち連れまわすわけにはいかない。
最後にエトさんは、奥さんの先輩としてのアドバイスをくれた。
「夫婦喧嘩したら、その日のうちに仲直りすることよ。これが長続きの秘訣」
私は曖昧な笑みを返すしかなかった。
やっぱり期間限定なんです、とは、言えないなあ。
満面の笑みでぶんぶんと手を振って見送ってくれたエトさんに手を振り返しながら、私は嘘をついている罪悪感のような、いや、そうじゃないような、何かわからないもやもやとしたものを抱えながら城へ戻った。
そしてお約束のようにノールトに「遅い!」と怒られた。私が。
まあ、それはさておき。撒き餌(おやつ)の準備は整った。
王宮内の情報を得るには侍女からがセオリー。
さてさて、王宮攻略始めるわよ、っと。
まだ朝だからと控えめに薬屋の扉をノックしたところ、すぐにエトさんがひょっこり顔を出してくれた。
「リリア! もう出戻ったの?」
一言目からその心配か。
いや、そう思うよね。
「ううん、おやつを買いに来たの。今日のティータイムのお茶請けにしたいなと思って」
エトさんの家は薬屋で、旦那さんが後を継いでいる。
果実の砂糖漬けや果実酒を作るのが趣味のエトさんが作った物も一緒に並べてあって、特に果実酒は健康にもいいと人気がある。
今日はその果実の砂糖漬けを侍女の人たちと一緒に食べようと思って、買いに来たのだ。
仲良くなるにはおいしいものを囲むのが一番だから。
エトさんはほっと胸を撫でおろしたのも束の間、私の隣に立つユーティスに気が付いて、慌てて中に入れてくれる。
ラスが物珍しげな声を上げて棚を眺めた。
「へえ、これおいしそう。リリアの店には並んでなかったものもいっぱいあるね」
私のお店にもいくつか置かせてもらってるけど、本家はさすがに品揃えが違う。一棚丸ごと果実関連の商品が並んでいる。
ジャムにして売るお店は多いけど、エトさんはドライフルーツが多い。
天日干ししたりと、薬草を煎じる工程と似たところがあるからかもしれない。
エトさん自身も薬師の資格は持ってるから。
「エトさん、急に私のお店をお願いすることになっちゃってごめんね」
私はずっとそれが言いたかった。直接話すことなくルーラン伯爵邸に教育のため軟禁状態になり、そのまま王宮だったから。
「いいのよ。ちょうど仕事探してたところだったし、リリアも心置きなく自分の道を進めるし。いいことだらけじゃない。最初はリリアが王妃様になるなんて、びっくりしたけどさ。リリアが幸せならそれでいいのよ」
ええっと……。
これは訂正したい気持ちでいっぱいだけど、無理矢理連れて行かれましたって言ったらものすごく気に病んじゃうよね。
私も納得して受け入れたことだし、エトさんに無駄に心配をかける必要もない。
乗っかるしかないな、と口を開きかけたところをユーティスが一歩進み出た。そしてさりげなくその手が私の肩に回る。
「協力感謝する。リリアのことは心配しなくていい。必ず幸せにすると誓おう」
無駄に誤解を煽るユーティスの言葉に、エトさんが胸の前で手を組み、「キャーーー!」と目をキラキラさせるのを見るとまたもや何も言えない。まあ嬉しそうにしてくれてるからいっか。
だけどさりげなく肩に置かれたユーティスの手はそっと外しておく。
隣で何故かむっとした顔をされたけど、そういうことされるの慣れてないのでやめてほしい。
「何か問題があれば遠慮なく連絡するといい。ノールト宛てにしてもらえれば手紙も検閲を通らず届く」
「わかりました。その時はよろしくお願いします」
目をキラキラさせたままでも、声は平常のまま答える。エトさんの乙女的思考と社会人としての姿勢の共存力が半端ない。
「何だ、こんなに早くから客か」
その声に振り向くと、エトさんのお父さんのギトさんが、白くふさふさの眉毛が覆い被さる目を見開き、何事かと突然の客を見回していた。
耳の遠くなってしまったギトさんに、エトさんが耳元で「リリアがユーティス国王陛下と来てくれたのよ」と事の成り行きを説明してくれた。すると、理解したように頷いたギトさんは、私をちらりとだけ見てから、何故かユーティスをじっと見た。
ユーティスが目礼すると、ギトさんは物言いたげにしていたものの、結局何も言わないまま戻っていってしまった。
私は自分の祖父母に会ったことがないから、ギトさんがおじいちゃんみたいな存在。前は私の声が聞こえるとすぐに出てきてくれて、よく一緒にお茶したんだけどな。
でも、これで私も少し安心できた。
お店のこともだけど、エトさんが急にお店を引き受けることになって、無理してないか心配だったから。
本当は私のお店の方も様子が見たかったけど、遅くなるとノールトに怒られるし、何よりユーティスをあちこち連れまわすわけにはいかない。
最後にエトさんは、奥さんの先輩としてのアドバイスをくれた。
「夫婦喧嘩したら、その日のうちに仲直りすることよ。これが長続きの秘訣」
私は曖昧な笑みを返すしかなかった。
やっぱり期間限定なんです、とは、言えないなあ。
満面の笑みでぶんぶんと手を振って見送ってくれたエトさんに手を振り返しながら、私は嘘をついている罪悪感のような、いや、そうじゃないような、何かわからないもやもやとしたものを抱えながら城へ戻った。
そしてお約束のようにノールトに「遅い!」と怒られた。私が。
まあ、それはさておき。撒き餌(おやつ)の準備は整った。
王宮内の情報を得るには侍女からがセオリー。
さてさて、王宮攻略始めるわよ、っと。
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