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第一章 国王陛下のおなり

8.国王陛下は外堀を埋める

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 おかしい。

 ユーティスが護衛達を引き連れて訪れたあの日から二週間。
 この薬屋によく訪れていた友人たちの様子が、なんとなく気になった。
 だって、ラスも、エトも、ルーラン伯爵夫人も、何かとユーティスのことを訊いてくる。
 そりゃあ、あんな一件があった後だから、気になるのもわかる。
 だけど、なんか、何かを心配されているような、そんな気がするのだ。

 最初にラスと話したときは、気に留めていなかった。
 だけどその後、エトに、

「リリア。ユーティス国王陛下のこと、好き?」

 そう訊かれたときは、一瞬頭が真っ白になった。
 問いが青天の霹靂すぎた。

 でも、その目はじっと私を見ていて、至極真面目に問うていることはわかった。
 エトは薬屋の娘で、三児の母。エトのお父さんは、私の父の師匠にあたる人。
 だから幼い頃から家族ぐるみで付き合いがあって、エトは私をもう一人の娘か妹のようにかわいがってくれていた。
 だから興味本位というより、心配して聞いてくれているようだった。それがわかるだけに不安になる。
 結局、

「毒に苦しんでるのをよく見てたから、政治の主導権を握った今、また誰かに命を狙われたりしないかな、と心配するくらいには」

 そう無難に答えた。
 嫌いなわけじゃない。でも、二択で答えられることじゃないから。

「そう、わかった。それならいいの。また今度、アカリン酒持ってくるわね。今度はたくさん」

 エトは果実を使った保存食をよく作っていて、果実酒や果物の砂糖漬けをよくおすそ分けしてくれる。
 喉にいいアカリン酒はこの店にも置かせてもらっているけど、とても評判がいい。
 また来るわ、と言っていたけど、それからずっと顔を見ていなかった。ラスも同じだ。


 で、ルーラン伯爵夫人にもさっき同じことを問われたのだ。
 母ほどの年齢でもあるルーラン伯爵夫人は、私の唯一の貴族の友人だ。
 町で倒れていたおじいさんを助けたらそれがルーラン伯爵邸の庭師さんで、とても感謝され、時折伯爵邸にも招かれて一緒にお茶をするようになった。
 最近は一人では寂しいからと、時折食事にも誘っていただいたり、気ままに誘われるダンスに付き合ったりしていた。プチ貴族生活体験会みたいで、ちょっと楽しかった。
 ルーラン伯爵夫人にはお子さんがいなくて、旦那さんも数年前に亡くなっていた。だから今は夫人がルーラン伯爵なんだけれど、夫をいなかったことにはしたくないという理由で、『ルーラン伯爵夫人』と呼ばれたがっていた。

 由緒ある家のれっきとした貴族なのに、私とおしゃべりするのが楽しいと言ってくれる、奇特でチャーミングな人だ。
 私みたいなタイプは社交界には絶対いないから、とっても面白いんだそうだ。
 それは私も同じで、会うのがとても楽しかったから誘いがあれば応じている。
 王宮の人たちもみんながこんな素敵な人だったらいいのに。そう思った。

 そんな伯爵夫人に、

「薬屋で叶えたい夢があるって言ってたけど、それは今すぐじゃないとダメなことなの?」

 とか、

「お腹は強い方よね?」

 とか、最後にはエトに訊かれたのとまったく同じ、「陛下のことは好き?」とか矢継ぎ早に訊かれては、いよいよ私の周りで何が起きているのかと頭の中にたくさんの疑問符が沸いた。

「何故そのようなことを訊くんです?」

 訊ねれば、ルーラン伯爵夫人は「うーん」とぽってりとした口元に指を当てて考え込んだ後、慎重に言葉を選ぶように言った。

「あなたの意思を確認しておきたかったの。とは言っても、いまさら私に何ができるわけじゃないんだけれど。できるだけあなたの意思にそわないことはしたくないから」

 そう言われると、不穏なものを感じる。
 まさか、ユーティスは伯爵夫人を通して私に再度宮廷薬師になれと持ち掛けるつもりなのだろうか。
 いやでもあれは、私を怒らせるための会話の糸口に過ぎなかったはずだ。護衛を引き連れて訊ねる理由が必要だったから。その程度だろう。

 だって、わざわざ私程度のひよっこが宮廷薬師になって誰に何のメリットがある?
 きっと考えすぎだ。
 友人たちは、ユーティスと私が意外と親しいと知って、何かと気にかかっただけなのだろう。
 会話の中で答えの出ない疑問を、とりあえずそう片付けた。
 そして私はルーラン伯爵夫人にこう答えた。

「遠い立場の人すぎて、好きとか嫌いとか語る立場にはありませんが、元気で暮らしてくれればいいと思います」

 この答えが間違いだったとは思ってはいない。
 だけど、どうしてそうなったかなあ、とは今でも思う。

 後になって、私は外堀を埋められていたんだとわかった。

 ――いやいや。
 こんな外堀の埋め方があるか! と私は言いたい。
 今さら、遅いけど。
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