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最終話
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お義兄様の真っ直ぐな瞳に見つめられてしまえば、何も言えなくなる。
元々言葉なんて沸いてなかったけれど、喉が塞がったみたいになって、呼吸すらも苦しくなる。
そんな沈黙を簡単に破ったのはお姉様だった。
「とか言って。お茶会について行ったのはシェイラに悪い虫がつかないように追い払うためでしょう? シェイラにふさわしい人を探すどころか、にこにこしながら牽制しまわってたじゃない」
「だから言っただろう? 頑張ったけど無理だっただけで、最初からそのつもりだったわけではないよ」
お義兄様は悪びれない。
お姉様とお義兄様は血の繋がりこそないけれど、けっこう似ているところがあると思う。
「どうだか。シェイラに来てた婚約の話だって、あれこれ難癖つけたり、どこから調べてきたんだかわからない裏の顔をお父様に告げ口したりして、全部なかったことにしてたじゃない」
「そりゃきちんと身元は調べておかないとね? シェイラを傷つけるわけにはいかないだろう」
「ただの独占欲を優しさに代えて言うなんて卑怯よ。印象操作にもほどがあるわ」
「それは独占欲だって強くなるよ。かわいかったシェイラは日増しにきれいになっていくし、ついにはあのクソ殿下に狙われるし。とても放ってはおけないよ」
ちょ、ちょっと待って欲しい、さりげなく恥ずかしい。
セルヴィン先生は聞えないふりをして静かにお茶を飲んでいるけれど、それでもこんなところでそんな話を続けられるのはしのびない。
話を変えたくて、気付けば思いついたことをそのまま口走っていた。
「お、お義兄様。そういえば、何故先程殿下に私とお義兄様が既に結婚しているなんて嘘を言ったのですか? 殿下が隣国に行くことが決まっていたのなら、そんな話をする必要はなかったのでは?」
慌てて口を挟めば、お義兄様は「ああ」と思い当たったように軽く頷いた。
「あの男がシェイラを婚約者とするだなんて朗々と宣言するものだから。徹底的に全否定しておかないと、いらぬ噂がたつだろう?」
「ただの独占欲のくせに。殿下の婚約者がお義兄様の妻に変わっただけじゃない」
お姉様の鋭いツッコミには、確かに! と言わざるをえない。
明日からどうしよう?!
「みなさまには頑張って説明しておきます! お義兄様は私を助けるためにそんな話をしたのだと」
慌てて口を挟んだ私に、お義兄様は至極残念そうな顔を浮かべた。
「ええ? 否定してしまうの? せっかく悪い虫を追い払えるかと思ったのに」
「いえ、だって、その……。――ええ? そんなのはいませんから!」
「だって最近親しくしている男がいるじゃないか」
誰のことを言っているのだろう、としばし考えて、思い当たった。
「もしかして、ロビンのことですか? 彼は委員が一緒なだけですよ」
「これだから独占欲の強い男は……。シェイラ、こんな男はやめておきなさい。苦労しかしないわよ。今なら遅くないわ」
お姉様にそんなことを言われても、お義兄様は笑みを崩さなかった。
「既に遅い。とでも言わんばかりね」
否定は返らない。
お姉様は呆れたようなため息を吐き出し、カップに口をつけた。
二人のやりとりが収束したことにほっとした。
永遠に続きそうな居心地悪さからやっと救われた。
「あれ? シェイラ、顔が真っ赤だよ?」
「いえ、あの、だって……!」
二人がいろいろと言うから……!
私は思わず顔を覆った。
あんなやりとりを聞いていたら恥ずかしくもなる。
しかし赤面しているところを見られてしまうのもまた恥ずかしい。
そんな私をお義兄様がなんとも嬉しそうに見ているからなおさらだ。
「ははははは。本当にシェイラはかわいいなあ。こんなシェイラが見られるなんて、やっぱりあの男への怒りなんかで結婚してしまわなくてよかったよ。一つ一つ、じっくり進んでいきたいからね」
「え? 先程の言葉……、そういう意味だったんですか?」
『結婚なんて大事を、こんな雑に済ませたりしないよ。もったいないだろう?』
お義兄様が言ったそんな言葉に、私は傷ついたりしたのだけれど。
「うん? 何か誤解させたかな。きちんと思いを通わせずに結婚だけしてしまうなんて、勿体ないだろう?」
そうして私に笑みを向けたお義兄様に、お姉様は思い切り眉を寄せた。
「美談にしないでくださる? シェイラが戸惑ってあわあわしたり、日々お義兄様のことで悩んだりしてるところを見たかっただけでしょう」
「はははははは。それだけじゃないんだけどね」
否定しない!
「やっと私の想いが通じた時の顔も見たいし、シェイラから想いを口にしてくれるところも見たい」
にこにこと語ったお義兄様に、お姉様は「うっわ……」とやや身を引いた。
「本当にお義兄様のシェイラ愛は異常よ。この分だと、結婚式を先に済ませてしまったら、初めてのキスが事務的になってしまうから嫌だとかそんなことまで考えてそうで嫌だわ」
「さすがルイーゼ。ここまで私のことを理解している人もいない」
「思ったのね。思ってたのね」
「そうだね。あと、何より結婚式は一つの集大成だからね。お互いの想いが通じ合っている最高の状態で迎えたいよね」
「気持ち悪っ」
「ははははは、なんとでも言ってくれてかまわないよ」
何故だかとても楽しそうなお義兄様に、私は戸惑うばかりだった。
「私はお義兄様とお姉様のように聡明でもありませんし、普通の人間です。お義兄様は、一体私のどこを好きになってくれたのですか?」
思わずそう訊いてしまった私に、お義兄様は満を持してとばかりに口を開いた。
「たくさんあるし、全部が好きだと答えたいけれど、そうだなあ。シェイラは狡猾なルイーゼと共に育っても毒されることもなく、変わらずシェイラのままだった。対抗するために自分を曲げたりすることもない。そんな強さも愛しいと思うし、素直で、まっすぐで、優しくて。シェイラを見ていると、こんな貴族社会にいても腐らずやっていこうと思える。私にとっては光のような存在だよ」
「お姉様のような人と一緒にいて自然とこうなっただけで、別に私は強くもなんとも――」
恥ずかしさに、ついもごもごと否定するようなことを言ってしまう。
お義兄様がそんな風に見ていてくれたなんて、知りもしなかった。
「普通はあんな姉がいたら根性が捻じ曲がると思うけどね。だから私はこれからもシェイラがいつでもシェイラらしくいられるように支えていきたいんだ」
笑ってそう言ったお義兄様に、これまでもそうして見守ってくれていたのだと知った。
きっと私が今も私のままでいられるのはそんなお義兄様の存在もあったのだと思う。
「そこは否定しないわ」
優雅にお茶を啜っていたお姉様の短い言葉に、私は少しだけ笑った。
「よかった、やっと笑ってくれた」
お義兄様に言われて、ずっと困った顔をしていたことに気が付いた。
「急にこんなことを言って戸惑わせてごめんね。ゆっくりでいいんだ。そしてやっぱり男としては見られないというのなら、それでいい。家族だから断るのは気まずいなんて思わなくていいからね」
「――諦める気なんてないくせに」
ぼそりと呟いたお姉様の言葉に、お義兄様は笑みを浮かべて振り向いた。
「ちゃんとシェイラの意思は尊重するよ?」
お姉様は黙って肩をすくめてそれ以上は何も言わなかった。ただその目はまったくお義兄様の言葉なんて信じていないように見えた。
お義兄様は安心させるかのように、私の頭にぽん、と優しく手を置く。
「シェイラはありのままでいいんだよ」
そう言ってくれるお義兄様はどこまでも優しくて。
「はい。あの――。きっと答えを出しますから。それまで、お手柔らかにお願いします……」
まだ答えを見つけるのに時間はかかるかもしれない。
けれど私はきっともっとお義兄様を好きになる。
真っ赤な顔でやっとそれだけを言った私に、お義兄様はとろけそうな笑みを浮かべた。
「答えなんてもうその顔に出てるじゃない。茶番だわ」
お姉様のそんな小さな呟きは、熱い顔に必死に風を送る私の耳には届かなかった。
元々言葉なんて沸いてなかったけれど、喉が塞がったみたいになって、呼吸すらも苦しくなる。
そんな沈黙を簡単に破ったのはお姉様だった。
「とか言って。お茶会について行ったのはシェイラに悪い虫がつかないように追い払うためでしょう? シェイラにふさわしい人を探すどころか、にこにこしながら牽制しまわってたじゃない」
「だから言っただろう? 頑張ったけど無理だっただけで、最初からそのつもりだったわけではないよ」
お義兄様は悪びれない。
お姉様とお義兄様は血の繋がりこそないけれど、けっこう似ているところがあると思う。
「どうだか。シェイラに来てた婚約の話だって、あれこれ難癖つけたり、どこから調べてきたんだかわからない裏の顔をお父様に告げ口したりして、全部なかったことにしてたじゃない」
「そりゃきちんと身元は調べておかないとね? シェイラを傷つけるわけにはいかないだろう」
「ただの独占欲を優しさに代えて言うなんて卑怯よ。印象操作にもほどがあるわ」
「それは独占欲だって強くなるよ。かわいかったシェイラは日増しにきれいになっていくし、ついにはあのクソ殿下に狙われるし。とても放ってはおけないよ」
ちょ、ちょっと待って欲しい、さりげなく恥ずかしい。
セルヴィン先生は聞えないふりをして静かにお茶を飲んでいるけれど、それでもこんなところでそんな話を続けられるのはしのびない。
話を変えたくて、気付けば思いついたことをそのまま口走っていた。
「お、お義兄様。そういえば、何故先程殿下に私とお義兄様が既に結婚しているなんて嘘を言ったのですか? 殿下が隣国に行くことが決まっていたのなら、そんな話をする必要はなかったのでは?」
慌てて口を挟めば、お義兄様は「ああ」と思い当たったように軽く頷いた。
「あの男がシェイラを婚約者とするだなんて朗々と宣言するものだから。徹底的に全否定しておかないと、いらぬ噂がたつだろう?」
「ただの独占欲のくせに。殿下の婚約者がお義兄様の妻に変わっただけじゃない」
お姉様の鋭いツッコミには、確かに! と言わざるをえない。
明日からどうしよう?!
「みなさまには頑張って説明しておきます! お義兄様は私を助けるためにそんな話をしたのだと」
慌てて口を挟んだ私に、お義兄様は至極残念そうな顔を浮かべた。
「ええ? 否定してしまうの? せっかく悪い虫を追い払えるかと思ったのに」
「いえ、だって、その……。――ええ? そんなのはいませんから!」
「だって最近親しくしている男がいるじゃないか」
誰のことを言っているのだろう、としばし考えて、思い当たった。
「もしかして、ロビンのことですか? 彼は委員が一緒なだけですよ」
「これだから独占欲の強い男は……。シェイラ、こんな男はやめておきなさい。苦労しかしないわよ。今なら遅くないわ」
お姉様にそんなことを言われても、お義兄様は笑みを崩さなかった。
「既に遅い。とでも言わんばかりね」
否定は返らない。
お姉様は呆れたようなため息を吐き出し、カップに口をつけた。
二人のやりとりが収束したことにほっとした。
永遠に続きそうな居心地悪さからやっと救われた。
「あれ? シェイラ、顔が真っ赤だよ?」
「いえ、あの、だって……!」
二人がいろいろと言うから……!
私は思わず顔を覆った。
あんなやりとりを聞いていたら恥ずかしくもなる。
しかし赤面しているところを見られてしまうのもまた恥ずかしい。
そんな私をお義兄様がなんとも嬉しそうに見ているからなおさらだ。
「ははははは。本当にシェイラはかわいいなあ。こんなシェイラが見られるなんて、やっぱりあの男への怒りなんかで結婚してしまわなくてよかったよ。一つ一つ、じっくり進んでいきたいからね」
「え? 先程の言葉……、そういう意味だったんですか?」
『結婚なんて大事を、こんな雑に済ませたりしないよ。もったいないだろう?』
お義兄様が言ったそんな言葉に、私は傷ついたりしたのだけれど。
「うん? 何か誤解させたかな。きちんと思いを通わせずに結婚だけしてしまうなんて、勿体ないだろう?」
そうして私に笑みを向けたお義兄様に、お姉様は思い切り眉を寄せた。
「美談にしないでくださる? シェイラが戸惑ってあわあわしたり、日々お義兄様のことで悩んだりしてるところを見たかっただけでしょう」
「はははははは。それだけじゃないんだけどね」
否定しない!
「やっと私の想いが通じた時の顔も見たいし、シェイラから想いを口にしてくれるところも見たい」
にこにこと語ったお義兄様に、お姉様は「うっわ……」とやや身を引いた。
「本当にお義兄様のシェイラ愛は異常よ。この分だと、結婚式を先に済ませてしまったら、初めてのキスが事務的になってしまうから嫌だとかそんなことまで考えてそうで嫌だわ」
「さすがルイーゼ。ここまで私のことを理解している人もいない」
「思ったのね。思ってたのね」
「そうだね。あと、何より結婚式は一つの集大成だからね。お互いの想いが通じ合っている最高の状態で迎えたいよね」
「気持ち悪っ」
「ははははは、なんとでも言ってくれてかまわないよ」
何故だかとても楽しそうなお義兄様に、私は戸惑うばかりだった。
「私はお義兄様とお姉様のように聡明でもありませんし、普通の人間です。お義兄様は、一体私のどこを好きになってくれたのですか?」
思わずそう訊いてしまった私に、お義兄様は満を持してとばかりに口を開いた。
「たくさんあるし、全部が好きだと答えたいけれど、そうだなあ。シェイラは狡猾なルイーゼと共に育っても毒されることもなく、変わらずシェイラのままだった。対抗するために自分を曲げたりすることもない。そんな強さも愛しいと思うし、素直で、まっすぐで、優しくて。シェイラを見ていると、こんな貴族社会にいても腐らずやっていこうと思える。私にとっては光のような存在だよ」
「お姉様のような人と一緒にいて自然とこうなっただけで、別に私は強くもなんとも――」
恥ずかしさに、ついもごもごと否定するようなことを言ってしまう。
お義兄様がそんな風に見ていてくれたなんて、知りもしなかった。
「普通はあんな姉がいたら根性が捻じ曲がると思うけどね。だから私はこれからもシェイラがいつでもシェイラらしくいられるように支えていきたいんだ」
笑ってそう言ったお義兄様に、これまでもそうして見守ってくれていたのだと知った。
きっと私が今も私のままでいられるのはそんなお義兄様の存在もあったのだと思う。
「そこは否定しないわ」
優雅にお茶を啜っていたお姉様の短い言葉に、私は少しだけ笑った。
「よかった、やっと笑ってくれた」
お義兄様に言われて、ずっと困った顔をしていたことに気が付いた。
「急にこんなことを言って戸惑わせてごめんね。ゆっくりでいいんだ。そしてやっぱり男としては見られないというのなら、それでいい。家族だから断るのは気まずいなんて思わなくていいからね」
「――諦める気なんてないくせに」
ぼそりと呟いたお姉様の言葉に、お義兄様は笑みを浮かべて振り向いた。
「ちゃんとシェイラの意思は尊重するよ?」
お姉様は黙って肩をすくめてそれ以上は何も言わなかった。ただその目はまったくお義兄様の言葉なんて信じていないように見えた。
お義兄様は安心させるかのように、私の頭にぽん、と優しく手を置く。
「シェイラはありのままでいいんだよ」
そう言ってくれるお義兄様はどこまでも優しくて。
「はい。あの――。きっと答えを出しますから。それまで、お手柔らかにお願いします……」
まだ答えを見つけるのに時間はかかるかもしれない。
けれど私はきっともっとお義兄様を好きになる。
真っ赤な顔でやっとそれだけを言った私に、お義兄様はとろけそうな笑みを浮かべた。
「答えなんてもうその顔に出てるじゃない。茶番だわ」
お姉様のそんな小さな呟きは、熱い顔に必死に風を送る私の耳には届かなかった。
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