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第五章 魔王、帰る

エピローグ

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 珠美は気が付いた。

「ニートだ。」

 代理魔王はお役御免になり、日本に戻ってきて内定先に謝り倒して辞退したのだから。
 バイトも就職もなくなった珠美は気が付けば無職だった。

 堅実に生きてきた珠美の頭には「ラースのお嫁さんに永久就職☆」などというお花畑思考はない。
 何故ならラースもお金がなくなったら稼ぎに出るだけで、しかも体が健康で丈夫なうちしか働けない安定しない職業だからだ。

 これではまずい。生活していけない。
 そう思った珠美はモンテーナでどのようにして安定した稼ぎを得るかを考えていた。



 結果。



 今は魔王クライアのものに戻った執務室に通された珠美は、机の上にドンッ、と数冊の本を置いた。

「クライア。私を雇って」

 唐突に口火を切った珠美に、クライアは「ああ」とにこっと笑顔を向けた。

「また代理魔王のバイトする?」

「違う。一日八時間勤務。当面の日当は一万リルで、結果に応じて昇給を希望。業務内容は国政のアドバイス、サポート。どう? 日本から国政に関わる本をいろいろ持ってきたから、これを元にして力になれることがあると思うよ」

「なるほど、それは助かるなあ。じゃあよろしく」

 相変わらず決めるのが早い。

「そうですわね、せっかくタマ様にいろいろと改革していただきましたものの、手詰まりを感じていたところですの。タマ様にまたお城に来ていただけるととても助かりますわ」

「そう言ってもらえてよかったよ、セレシア」

 珠美を待って眠りについたはずのゼノンはぐっすり眠りこんでいてまだ起きていない。
 宰相も不在、その他の役職もない。
 相変わらずクライア一人が一国を担っている状態で、セレシアが時折サポートに入るだけだった。
 だから需要はありそうだと見込んではいたのだが、こうして就職が決まるとほっとする。

「じゃあまずは、人を雇わないとね。まずお金周りを管理する人と、記録係は必須だと思う」

 にこにこと首を傾げているクライアに、どう説明するべきかと珠美は言葉を探した。

「せっかく関税を課しても、それが管理できないと意味ないでしょ。その入ってきたお金で私とかお城で働く人たちのお給料を賄うの。それが安定したら、他にも収入源を得て、また人を雇う。そうして分担と専業化していって、国が回るようにしていかないと」

 そしてそのあたりの事をしっかり書類に残して記録していかなければならない。
 他の国との交易も開始され、国交が開かれたのだから、外交の記録も重要だ。
 逐一記録に残すという習慣づけをしていかなければ、また百年後になったときに「何をどうしたらいいかわからない」という状態になってしまいかねない。
 農業や土木など専門知識についても本を残し、図書館のようなものを作りたいとも考えていた。
 口伝には限界があり、うまく世代交代されなかったら受け継いだものが途絶えてしまうからだ。

「なるほどですわね。私達ではそもそも『正しい国の在り方』というのがわかりませんから、何が必要でどうすればいいのかがまるでわからなかったのです。やはりタマ様は頼りになりますわ」

 珠美とて自分で考えたことではない。
 国とか政治にも全く詳しくはない。
 ただ、きちんと管理され回っている国で暮らした十八年の経験とそこで受けた教育があるから、多少わかっているだけだ。
 ゼロから考え、生み出すことはとても難しい。
 だがイチでもわかっていれば、それをとっかかりとして資料を探したり、相談ができる。
 その違いはあまりに大きい。

「あとね、それから――」

   ・・・◆・・・◇・・・◆・・・

 執務室から出てドアを閉めた珠美は、ほっとしてラースに笑いかけた。

「ラースも雇ってもらえてよかったね」

「ああ、まあなあ。俺はまた隊商について護衛でもすればいいかと思ったんだが」

「それじゃ何日も離れて暮らさなきゃいけなくなっちゃうじゃん」

 言外に寂しいと聞こえて、ラースは笑み崩れそうになるのを何とか堪えた。

「まあ、そうなんだが。他に稼ぎ方もわからんかったからな」

「いいじゃない、『用心棒』。衛兵ほどかっちりしなくていいし、城全般の見回りをしてればいいんだから。明らかに変な人が来たら猫耳の獣人たちが知らせてくれるし、クライアがお城に防御壁も張ってくれてるから、ラースの仕事は補助的なものだしね」

 招き入れた客がおかしな挙動をしたときや、話し合いがこじれて暴力沙汰になりかけた時など有事の際に止められればいい。
 何せこの城には最強の魔王クライアがいるのだから、駆け付けるまで人々を守り持ちこたえられればいい。

「よかったね、これで一緒にいられるよ」

 そう言って笑った珠美に、ラースは束の間真顔になった。

「おまえなあ。あんまり人目のあるところでかわいいことを言わないでくれないか」

 一気に珠美の顔が火を噴きそうに真っ赤になるのを見て、さらにラースは「それもな」と言わんばかりの目を向けた。

「ラースこそ、すぐそういうこと言わないでくれない?! これだからモテ続けてきたイケオジは! 慣れてるんでしょうけど、簡単にそんなことも言われても、こっちは平静でいられないの!」

「珠美以外に言ったことなんかないぞ。大体な、これまでは勝手に寄って来てただけで俺はまったく――」

「あーあー聞きたくないですー、イケオジの無自覚モテ話なんて聞きたくなんかありませーん。需要ありませーん」

「なんだ。嫉妬してるのか?」

「当たり前でしょ?!」

 珠美がきっとラースを睨み上げると、笑ったまま腕を引き寄せられ、自然と抱きしめられていた。
 慣れ過ぎていて、あまりに動作が自然過ぎて、モヤッとする。

「素直すぎるのも考えものなんだよなあ。嬉しいは嬉しいんだが、忍耐が試されてるようでな」

 天を仰いだ小さな呟きは、胸の中に閉じ込められた珠美の耳には届かなかった。

「こういうこともいっつもしてたんでしょ」

「だから俺からしてるのはおまえだけだって言ってるだろ」

 逆はあるんだな。
 と思うと珠美には複雑であったが、生きてきた年数が違うのだ。仕方がない。

「大体な、珠美はこれからの人間だぞ。苦労するのは俺の方だ。まったくわかっていない」

「私は余所見しないもん」

「そう言ってくれるのは嬉しいがな。たとえ珠美がそう思っていても、横やりは入るだろうが」

「そんな珍しい趣味の人はそうそういないよ」

「さんざん誘拐されておいてか?」

 それを言われると言葉に詰まるしかない。
 だがあれはそういうことじゃない、と弁解しようとしたところで、苦笑交じりにラースが言った。

「まあ、先の長い人生を思えば、お互い様ってことだ。それでよしとしてくれないか」

「……べつに。怒ってるわけじゃないよ。喧嘩したいわけでもないし」

「わかってる。ただ俺が好きなだけなんだろう?」

 ばしん、と強く背中を叩かれ、ラースは腹の底から大笑いした。
 けれど胸元で小さく呟く声があった。

 それはラースにだけ聞こえた言葉。
 ラースにだけ聞こえればいい言葉だった。
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