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第五章 魔王、帰る

8.珠美、帰る

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「あ、ついでにさ、あっちに戻ったらお願いがあるんだけど。やり残したことがあるんだ」

 クライアに頼まれたのは、初代魔王田中の家族を探すことだった。

「僕が生きてるうちに、なんとか伝えてあげたかったんだよね。行ったらなんとかなるかなあと思ったけど、何から何をどうすればいいのかまったくわからなかったよ」

 ははははは、とクライアは笑ったが、続く者は誰もいなかったどころか、セレシアに怒られた。

「まったくクライア様は。志は立派でも見切り発車をなさるからそういうことになるのですわ!」

 クライアに知らぬ世界である日本で人探しをするのは難しすぎる。
 田中が住んでいた場所なんて日記には書かれていなかったし、住所がわかったところでクライアには探し方もわからないだろう。
 だが珠美なら、探せるかもしれない。
 行方不明として当時ニュースになっていれば、新聞やネットに記事が残っているだろう。

 珠美は同じく突然異世界に落とされた身として、田中の無念だっただろう胸の内が少しわかる。
 せめて心配しているだろう田中の家族に、無事で生きていると伝えたかったことだろう。

 だが、あちらの世界では、田中が消えてからまだ数年しか経っていない。
 それなのにもう亡くなっていると告げるのは酷なことかもしれない。
 信じないかもしれない。
 それでも、探し続ける人たちに、田中が懸命に生きたことを伝えることは意味があるのではないかと思えた。

「初代魔王田中が書き残した日記を、渡してあげてもいい?」

 クライアに訊ねれば、笑んで頷いた。

「うん。僕もそれがいいと思う」

 日記から見えるのは、決して楽しいだけの人生ではなかった。
 苦悩と苦労の連続だった。
 それでも、田中はこの世界で愛する人を見つけ、結婚し、子を成した。
 早くに亡くなってしまったが、田中は最後まで生きた。
 そのことを伝えたかった。

「ありがとう、タマミ。初代魔王を召喚してしまった世界の人間として、その子孫として、ずっと何かしたいと思っていたんだ」

 だから珠美のことも強引ではあったが一年間限定という期限つきであったし、次代の魔王には永住できることと条件を記していたのだろう。

「さあ、お話が終わりましたら、クライア様。ちょっとあちらでお説教ですわよ! タマ様、お出かけになる前に改めて挨拶させてくださいな。戻って来るのにどれくらいかかるかわかりませんしね」

 頷きを返すと、セレシアはクライアの手を引いていった。

 ラースと抱き合ったまま顔を離した珠美は、わずかに気まずそうにしながら「じゃあ、行ってくるね」と小さく笑った。
 ラースはそれを見つめ、ため息を吐きながら再び抱きしめた。
 珠美の耳元に、ラースの吐息がかかる。

「なあ――。頼まれごとは後にして、一旦帰ってきてくれないか?」

「どうして?」

 ラースは答えなかった。

「本当に帰ってくるか心配? 大丈夫だよ。私がこっちに戻ってきたいと思ってるんだから」

「いや、うん。そうじゃなくてだな。あっちで過ごす時間は短くとも、こちらでは――」

「寂しいの?」

 からかうように訊ねれば、ラースのため息が返った。

「当たり前だ。俺はタマの何倍も離れてなきゃならんのだからな。――やっぱり一緒に行くか」

「だめだって! わかったよ、すぐに帰ってくるから」

「ああ、いや、待てよ。一度に全てを済ませてしまった方がいいかもしれん。何度も行き来しているとタマはあちらに帰りたくなるやも」

「ならないって! もう、ラースって意外と心配性だよね!」

「俺だってこんな俺は知らん。おまえのことになるとうまく理性が働かん」

 なんだその殺し文句は。
 顔が熱い。

 ラースはだらりと脱力するように珠美の肩に顎を置いた。

「ラース。刺さってるって。顎、痛い!」

「なあ、珠美」

「何?」

「帰って来たら一緒に暮らすか」

 一瞬息が詰まった。
 いきなり何を言い出すのかと思った。
 だがゆっくりとその言葉が胸に沁みてくると、何それ楽しそう、と思った。
 それ以上に魅力的な申し出などないのではないかと思うくらいに。
 胸がはしゃいだ。

「もう魔王はしなくていいんだろ? だったら俺のあの小屋で、二人でのんびり暮らさないか」

「うん。楽しみにしてる。だから、ちゃんと帰ってくるから、待ってて」

 一週間で半年。
 二週間で一年。
 どれくらいで帰ってこられるかはわからない。
 けれどラースが待っていてくれると思うから、珠美は必ず帰ると胸に誓った。



 そうして珠美は魔王の角をクライアへと返すと、水色のワンピースにジーンズ、それから眼鏡をかけ、元の世界へと帰っていった。
 サンジェストでラースに買ってもらった髪ゴムで三つ編みを結って。
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