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第五章 魔王、帰る
3.これまでの、当たり前
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「なんで一緒に寝てくれないの?」
珍しく頬を膨らませる珠美に、ラースは困ったように頭をかいた。
「なんでって。もう無理だろ」
言葉を濁すラースに、珠美はより一層むくれた。
「何が? ベッドなら大人二人が寝ても余裕で大きいじゃない。虎の姿のラースが二人でも問題ないくらい」
「いや、俺が俺と寝るとかたとえでも気持ち悪いんだが。そうじゃなくてだな。もう珠美も大人なわけだし」
「そんなの最初から十八歳だって言ってるじゃない。中身も年齢も変わってません」
「そうだけどな?! そうなんだが、やっぱりほら、いろいろとまずいだろ」
「もう朝起きたらお腹が出てるとかそんなことはないもん。これ以上背は伸びないし、大人用の寝衣を用意してもらってるし。問題ありません」
そう言って珠美はベッドへと腰を下ろし、ぽすぽすと隣を叩いて示す。
「はい。虎になって。ここ来て」
「いや、だからなあ、そういうわけには……」
「やだ! 寂しい!」
頬を膨らませた上に口を尖らせた珠美が言い放つ。
ラースは呆然とした後、堪らなくなって激しく頭を掻きむしった。
「ああー! もー本当にタマは……!」
「今まで一緒に寝てたのに、急に一人で寝ろとか無理。ラースのもふもふがないと眠れない。知ってる?! 兎さんは寂しいと死んじゃうんだよ!」
「いや死にはしないし、タマは兎じゃないだろ」
「たとえだー!」
「何で今日はそんなに怒ってるんだよ?! なんで意固地なんだよ!?」
珠美がこんなにも駄々をこねるのは初めてのことだ。
この国に来てからだけではなく、物心がついてから初めてかもしれない。
珠美も何故こんなにも引けないのか、自分でもよくわからなかった。
寂しいというのは本音だ。
だがそれ以上に、ラースに傍にいてほしいという気持ちがある。
どこかに行かないでほしい。
そして人の姿のラースの顔が予想より傍にあるとどぎまぎするくせに、虎の姿なら大丈夫だと高を括っている。
「枕が変わると眠れない人もいるでしょ? 同じことだよ。いいから一緒に寝よ!」
「いや、おまえ、簡単にそんなこと言うな……」
ラースは思わず片手で顔を覆い、脱力した。
これは先が思いやられる。
毎日これを繰り返すのかと苦悩していると、不意に珠美がベッドから降り立った気配がした。
諦めたのかと思ったら真逆だった。
「きゃ、きゃー!」
悲鳴を上げたのはラースだ。生きてきて初めてのことだった。
つかつかと歩み寄ってきた珠美が、ラースの服に手をかけたのだ。
「乙女みたいな声上げないでよ! ほら、脱いで、虎になって! もふもふ! もふもふー!」
「わかった。おまえ、眠いんだろう? あんまり頭が正常に働いていないな?」
やっと気が付いた。
酔っ払いのおやじみたいになっているのは、眠さで精神的幼児化しているのだ。
見れば、珠美はもう目があまり開いていない。非常に瞼が重そうだ。
「眠いよ! 早く寝たいんだよ! だから早くもふもふ!」
考えてみれば今日は朝から色々なことがあった。
クエリーとのことで魔力が乱れたとゼノンも言っていたから、その疲労もあるだろう。
後ろでラースが支えていたとは言え、竜の背中にしがみついていたのだって、相当に体力を使ったはずだ。
おまけに帰ってきてから夕食の時間になるまで、セレシアとこれまでのことを話し合っていたのだから、疲れていて当然だ。
「すまん、気づかなかった」
とは言え、だ。
それとこれとは話が違う。
だが既に目の据わっている珠美に冷静に言い聞かせても聞き入れられるとは思わなかった。
ラースは仕方なく、最初だけ傍にいて、途中から抜け出そうと決めた。
それがラースなりの許容範囲だ。
珠美が不器用に脱がそうとする手を掴んで止めれば、ぴくりとその肩が揺れた。
クエリーとのことがあったばかりで、怯えさせただろうかと慌てて手を離すと、珠美は俯いてしまった。
「早くしてね」
だがつかつかとベッドへと戻る珠美の耳は赤かった。
それを見てしまうと、どうにも、本当にこのまま共にベッドに横になっていいのかと戸惑いと罪悪感のようなものが胸を占める。
しかしこちらを向いてじっとラースの様子を窺う珠美を見て、観念するしかないと悟った。
「むこうを向いていろ」
諦めて言えば、珠美はぱっと笑みを浮かべ、「うん!」と窓の方を向いてごろりと横になった。
ため息を吐きながら虎の姿に変え、ベッドにぎしりと足を乗せる。
たわむ足元にころりと珠美が転がってきて、横になったラースの胸元に頬をすり寄せた。
「ああ、めっちゃ眠い。もう限界、おやすみ……」
言葉通り、珠美は規則正しい寝息を繰り返し始めた。ラースの胸元には収まり切らなくなった体を、小さく縮めて。
ラースは緩やかに上下する珠美の背中を眺めながら、深いため息を吐き出した。
「まったくお前は、人の気も知らないで……」
すっかり眠りに落ちた珠美の手をどけようとするが、獣の手ではうまく掴めない。
「ん。んん~」
肉球がぷにぷにとくすぐったかったのか、珠美が笑いながらもぞもぞと動く。
「! ……ぐっ! 待て、挟むな! 足を挟むな!」
本能でもふもふを求めているのか、今朝のように珠美はラースの足に足をからめはじめた。
それだけはなんとか阻止したいとラースが片足をひょいっと持ち上げると、珠美はその隙間に身を埋めるようにより密着した。
「……うっ!」
墓穴を掘った気がする。
ずっと足を上げたままでいるわけにもいかない。
珠美の手も離れない。
仕方なくそっと足を下ろせば、待ち構えていたかのように珠美の足がからむ。
捲れ上がった裾から長く伸びた足が妙になまめかしい。
耐えられる気がしない。
「寝れるかよ……」
ラースの呟きを聞く者はいない。
結局ラースは疲れ果てて眠りに落ちるまで、一人何かと戦い続けることとなった。
珍しく頬を膨らませる珠美に、ラースは困ったように頭をかいた。
「なんでって。もう無理だろ」
言葉を濁すラースに、珠美はより一層むくれた。
「何が? ベッドなら大人二人が寝ても余裕で大きいじゃない。虎の姿のラースが二人でも問題ないくらい」
「いや、俺が俺と寝るとかたとえでも気持ち悪いんだが。そうじゃなくてだな。もう珠美も大人なわけだし」
「そんなの最初から十八歳だって言ってるじゃない。中身も年齢も変わってません」
「そうだけどな?! そうなんだが、やっぱりほら、いろいろとまずいだろ」
「もう朝起きたらお腹が出てるとかそんなことはないもん。これ以上背は伸びないし、大人用の寝衣を用意してもらってるし。問題ありません」
そう言って珠美はベッドへと腰を下ろし、ぽすぽすと隣を叩いて示す。
「はい。虎になって。ここ来て」
「いや、だからなあ、そういうわけには……」
「やだ! 寂しい!」
頬を膨らませた上に口を尖らせた珠美が言い放つ。
ラースは呆然とした後、堪らなくなって激しく頭を掻きむしった。
「ああー! もー本当にタマは……!」
「今まで一緒に寝てたのに、急に一人で寝ろとか無理。ラースのもふもふがないと眠れない。知ってる?! 兎さんは寂しいと死んじゃうんだよ!」
「いや死にはしないし、タマは兎じゃないだろ」
「たとえだー!」
「何で今日はそんなに怒ってるんだよ?! なんで意固地なんだよ!?」
珠美がこんなにも駄々をこねるのは初めてのことだ。
この国に来てからだけではなく、物心がついてから初めてかもしれない。
珠美も何故こんなにも引けないのか、自分でもよくわからなかった。
寂しいというのは本音だ。
だがそれ以上に、ラースに傍にいてほしいという気持ちがある。
どこかに行かないでほしい。
そして人の姿のラースの顔が予想より傍にあるとどぎまぎするくせに、虎の姿なら大丈夫だと高を括っている。
「枕が変わると眠れない人もいるでしょ? 同じことだよ。いいから一緒に寝よ!」
「いや、おまえ、簡単にそんなこと言うな……」
ラースは思わず片手で顔を覆い、脱力した。
これは先が思いやられる。
毎日これを繰り返すのかと苦悩していると、不意に珠美がベッドから降り立った気配がした。
諦めたのかと思ったら真逆だった。
「きゃ、きゃー!」
悲鳴を上げたのはラースだ。生きてきて初めてのことだった。
つかつかと歩み寄ってきた珠美が、ラースの服に手をかけたのだ。
「乙女みたいな声上げないでよ! ほら、脱いで、虎になって! もふもふ! もふもふー!」
「わかった。おまえ、眠いんだろう? あんまり頭が正常に働いていないな?」
やっと気が付いた。
酔っ払いのおやじみたいになっているのは、眠さで精神的幼児化しているのだ。
見れば、珠美はもう目があまり開いていない。非常に瞼が重そうだ。
「眠いよ! 早く寝たいんだよ! だから早くもふもふ!」
考えてみれば今日は朝から色々なことがあった。
クエリーとのことで魔力が乱れたとゼノンも言っていたから、その疲労もあるだろう。
後ろでラースが支えていたとは言え、竜の背中にしがみついていたのだって、相当に体力を使ったはずだ。
おまけに帰ってきてから夕食の時間になるまで、セレシアとこれまでのことを話し合っていたのだから、疲れていて当然だ。
「すまん、気づかなかった」
とは言え、だ。
それとこれとは話が違う。
だが既に目の据わっている珠美に冷静に言い聞かせても聞き入れられるとは思わなかった。
ラースは仕方なく、最初だけ傍にいて、途中から抜け出そうと決めた。
それがラースなりの許容範囲だ。
珠美が不器用に脱がそうとする手を掴んで止めれば、ぴくりとその肩が揺れた。
クエリーとのことがあったばかりで、怯えさせただろうかと慌てて手を離すと、珠美は俯いてしまった。
「早くしてね」
だがつかつかとベッドへと戻る珠美の耳は赤かった。
それを見てしまうと、どうにも、本当にこのまま共にベッドに横になっていいのかと戸惑いと罪悪感のようなものが胸を占める。
しかしこちらを向いてじっとラースの様子を窺う珠美を見て、観念するしかないと悟った。
「むこうを向いていろ」
諦めて言えば、珠美はぱっと笑みを浮かべ、「うん!」と窓の方を向いてごろりと横になった。
ため息を吐きながら虎の姿に変え、ベッドにぎしりと足を乗せる。
たわむ足元にころりと珠美が転がってきて、横になったラースの胸元に頬をすり寄せた。
「ああ、めっちゃ眠い。もう限界、おやすみ……」
言葉通り、珠美は規則正しい寝息を繰り返し始めた。ラースの胸元には収まり切らなくなった体を、小さく縮めて。
ラースは緩やかに上下する珠美の背中を眺めながら、深いため息を吐き出した。
「まったくお前は、人の気も知らないで……」
すっかり眠りに落ちた珠美の手をどけようとするが、獣の手ではうまく掴めない。
「ん。んん~」
肉球がぷにぷにとくすぐったかったのか、珠美が笑いながらもぞもぞと動く。
「! ……ぐっ! 待て、挟むな! 足を挟むな!」
本能でもふもふを求めているのか、今朝のように珠美はラースの足に足をからめはじめた。
それだけはなんとか阻止したいとラースが片足をひょいっと持ち上げると、珠美はその隙間に身を埋めるようにより密着した。
「……うっ!」
墓穴を掘った気がする。
ずっと足を上げたままでいるわけにもいかない。
珠美の手も離れない。
仕方なくそっと足を下ろせば、待ち構えていたかのように珠美の足がからむ。
捲れ上がった裾から長く伸びた足が妙になまめかしい。
耐えられる気がしない。
「寝れるかよ……」
ラースの呟きを聞く者はいない。
結局ラースは疲れ果てて眠りに落ちるまで、一人何かと戦い続けることとなった。
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