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第五章 魔王、帰る
2.モンテーナへの帰還
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モンテーナの城の中庭に珠美とラースを下ろすと、ゼノンは人の姿に変えた。
「あー、往復は疲れるわあ」
だらりと腕を下げて城内へと向かうゼノンの背中に、珠美は声をかけた。
「ねえ、ゼノン。竜王って、ゼノンよね?」
「うん、そうだよー」
あっさりと返った答えに、珠美は息を吐いた。
「やっぱり」
「はあ? ゼノンが竜王?!」
納得したのは珠美だけで、傍で聞いていたラースは何度も珠美とゼノンとを見比べ、戸惑った。
「だって竜ってそんなにいないって聞くのに、ずっとこの城にいるっていうし、初代魔王のことも竜王のことも知ってるって言うんだから、本人なんじゃないのかと思って」
ゼノンは何の獣人なんだろうとずっと疑問だった。
人の姿と変わらず、耳や尾があるわけでもない。
ただいつも寝てばかりいて、長寿らしく初代魔王のことも竜王の時代も知っている。
そう考えた時から、もしかしてとは思っていた。
そして竜がサンジェストに飛来し王宮に向かってきたとき、確信を持った。
きっとゼノンは、初代魔王田中に王位を譲った後、宰相としてずっとこの国を見守っていたのだろう。
「誰にも聞かれないから言わなかっただけで別に隠してたわけじゃないよ」
そうだろうな、と思う。
当時を知らない人たちは、今のゼノンを見ても竜王だなんて思いもしないだろう。だから聞きもしない。
「クライアもこのことは知らないの?」
「うん、知らないねー」
「そうだよね。知ってたら代理魔王として私を寄こしたりしなかったよね……」
珠美は必要なかったのではないかと思うと、どうしようもなく徒労感が襲う。
「いやいや。俺はもう代理とはいえ、オウサマなんてやらないよー。前の時代に戻るなんてナンセンスだよー」
「どうして?」
「田中は言ったんだよ。武力で治める国なんて俺は嫌だって。なら好きにしたらいい、って言ったらまあこうなったわけで」
「それが気に食わないから手を貸すのが嫌なの?」
「そうじゃないよー。納得したから田中に任せたんだよ。そしてまだ見守ってる途中。別にこの国は滅んだわけでもないし、悪くなったわけでもない。ただ変わっただけ」
ゼノンがそれまで築き上げたモンテーナへの未練はなかったのだろうか。
だが歴代魔王に対して何かを思っているようにも思えなかったから、本当にゼノンはただ見守っているのだろう。
「それにまた異世界から現れたタマミが、このままじゃいけないって変えたわけでしょ? そう思う人が、どんどん変えてけばいいんだよ。また時代に合わなくなったり、もっとこうしたいって人が現れれば、その人が変えていけばいい」
例えば、クライアが帰ってきて納得がいかなければ、また戻せばいいと珠美が思ったように、ということだろうか。
ゼノンの固執しない柔軟な考え方は、どこまでもゼノンらしくて。
宰相という立場に身を置きながら口も手も出さないそのスタンスの理由がわかった気がした。
ただ、だったらもっとちゃんと動く人に宰相になってほしいと思わないでもなかったが。
「またタマミの子孫がいつかこの国を訪れて変えていくかもしれない。それもまた楽しみだよ」
そう言って笑ったゼノンに、珠美は小さく、うん、とだけ頷いた。
・・・◆・・・◇・・・◆・・・
城内に入るとすぐにモルランがパタパタと駆け付け出迎えてくれた。
「タマ様、ご無事でなによりでございます」
ほっとしたような落ち着いた笑顔が、また珠美をほっとさせてくれる。
「ただいま。心配かけてごめんね」
「タマ様ああぁあぁぁぁぁああ」
大音声が聞こえてきたのは廊下の向こう。
バタバタと慌てた足音はまっすぐに珠美の元へと向かってきた。
セレシアだ。
「タマ様ああぁあぁああ、ご無事?! 一体何がありましたの?! 私がサンジェストに一発物申してやりましょうか?!」
頭上の大きなリボンのような耳をぽいんぽいんぽいんと激しく揺らしながら向かってくるセレシアに、珠美は思わず顔がほころんだ。
「セレシア、留守を任せてしまってごめんさい。問題はなかった?」
「だぁから問題があったのはタマ様の方でしょう?! 面倒くさいなあ、行きたくないなあと腰の重いゼノンをけしかけるのに苦労しましたわ。ゼノンの助けは間に合いまして?」
「あ、うん。ラースが助けてくれたから」
ちらりとラースを振り返れば、セレシアはなるほど、というように頷いた。
「それにしてもタマ様、あっという間に大きくおなりですのね。これが元の姿なんですの?」
「うん。完全復活したみたい」
今はラースの肩くらいの高さまである身長はまだ慣れていなかったが。
「それにしても。やはり護衛がいてよかったですわ。タマ様も魔王と言えど、一人の女の子ですもの。心配しておりましたわ。大きくなったらかわいらしさはそのままに、お綺麗になりましたし。これはますますラースは任から外せませんわね」
「大丈夫だ。契約は最後まで遵守する」
そう言ってラースは珠美の頭にぽんと手を置いた。
珠美は何故だかそれがむずがゆい。
いつものことなのに、じっとしていられないような気持になって困った。
それをじっと見ていたセレシアは、一人納得したように「ふーん」と真顔で頷いた。
「まあ、無事なら、ひとまずお茶でもいたしましょう」
セレシアの提案に頷き、珠美とセレシアは互いにこれまでの情報交換をした。
依頼はギルドにお試しで流すだけでよく、心配していたような難題はなかった。
クルーエルからの依頼もなく過ぎたらしい。
ほっとした珠美は久しぶりの城がひどく落ち着くことを感じていた。
帰ってきたという感じがする。
半年ほどいただけなのに、おかしなものだと思いながら寝室へと向かった。
そこで初めて珠美はラースと喧嘩をした。
「あー、往復は疲れるわあ」
だらりと腕を下げて城内へと向かうゼノンの背中に、珠美は声をかけた。
「ねえ、ゼノン。竜王って、ゼノンよね?」
「うん、そうだよー」
あっさりと返った答えに、珠美は息を吐いた。
「やっぱり」
「はあ? ゼノンが竜王?!」
納得したのは珠美だけで、傍で聞いていたラースは何度も珠美とゼノンとを見比べ、戸惑った。
「だって竜ってそんなにいないって聞くのに、ずっとこの城にいるっていうし、初代魔王のことも竜王のことも知ってるって言うんだから、本人なんじゃないのかと思って」
ゼノンは何の獣人なんだろうとずっと疑問だった。
人の姿と変わらず、耳や尾があるわけでもない。
ただいつも寝てばかりいて、長寿らしく初代魔王のことも竜王の時代も知っている。
そう考えた時から、もしかしてとは思っていた。
そして竜がサンジェストに飛来し王宮に向かってきたとき、確信を持った。
きっとゼノンは、初代魔王田中に王位を譲った後、宰相としてずっとこの国を見守っていたのだろう。
「誰にも聞かれないから言わなかっただけで別に隠してたわけじゃないよ」
そうだろうな、と思う。
当時を知らない人たちは、今のゼノンを見ても竜王だなんて思いもしないだろう。だから聞きもしない。
「クライアもこのことは知らないの?」
「うん、知らないねー」
「そうだよね。知ってたら代理魔王として私を寄こしたりしなかったよね……」
珠美は必要なかったのではないかと思うと、どうしようもなく徒労感が襲う。
「いやいや。俺はもう代理とはいえ、オウサマなんてやらないよー。前の時代に戻るなんてナンセンスだよー」
「どうして?」
「田中は言ったんだよ。武力で治める国なんて俺は嫌だって。なら好きにしたらいい、って言ったらまあこうなったわけで」
「それが気に食わないから手を貸すのが嫌なの?」
「そうじゃないよー。納得したから田中に任せたんだよ。そしてまだ見守ってる途中。別にこの国は滅んだわけでもないし、悪くなったわけでもない。ただ変わっただけ」
ゼノンがそれまで築き上げたモンテーナへの未練はなかったのだろうか。
だが歴代魔王に対して何かを思っているようにも思えなかったから、本当にゼノンはただ見守っているのだろう。
「それにまた異世界から現れたタマミが、このままじゃいけないって変えたわけでしょ? そう思う人が、どんどん変えてけばいいんだよ。また時代に合わなくなったり、もっとこうしたいって人が現れれば、その人が変えていけばいい」
例えば、クライアが帰ってきて納得がいかなければ、また戻せばいいと珠美が思ったように、ということだろうか。
ゼノンの固執しない柔軟な考え方は、どこまでもゼノンらしくて。
宰相という立場に身を置きながら口も手も出さないそのスタンスの理由がわかった気がした。
ただ、だったらもっとちゃんと動く人に宰相になってほしいと思わないでもなかったが。
「またタマミの子孫がいつかこの国を訪れて変えていくかもしれない。それもまた楽しみだよ」
そう言って笑ったゼノンに、珠美は小さく、うん、とだけ頷いた。
・・・◆・・・◇・・・◆・・・
城内に入るとすぐにモルランがパタパタと駆け付け出迎えてくれた。
「タマ様、ご無事でなによりでございます」
ほっとしたような落ち着いた笑顔が、また珠美をほっとさせてくれる。
「ただいま。心配かけてごめんね」
「タマ様ああぁあぁぁぁぁああ」
大音声が聞こえてきたのは廊下の向こう。
バタバタと慌てた足音はまっすぐに珠美の元へと向かってきた。
セレシアだ。
「タマ様ああぁあぁああ、ご無事?! 一体何がありましたの?! 私がサンジェストに一発物申してやりましょうか?!」
頭上の大きなリボンのような耳をぽいんぽいんぽいんと激しく揺らしながら向かってくるセレシアに、珠美は思わず顔がほころんだ。
「セレシア、留守を任せてしまってごめんさい。問題はなかった?」
「だぁから問題があったのはタマ様の方でしょう?! 面倒くさいなあ、行きたくないなあと腰の重いゼノンをけしかけるのに苦労しましたわ。ゼノンの助けは間に合いまして?」
「あ、うん。ラースが助けてくれたから」
ちらりとラースを振り返れば、セレシアはなるほど、というように頷いた。
「それにしてもタマ様、あっという間に大きくおなりですのね。これが元の姿なんですの?」
「うん。完全復活したみたい」
今はラースの肩くらいの高さまである身長はまだ慣れていなかったが。
「それにしても。やはり護衛がいてよかったですわ。タマ様も魔王と言えど、一人の女の子ですもの。心配しておりましたわ。大きくなったらかわいらしさはそのままに、お綺麗になりましたし。これはますますラースは任から外せませんわね」
「大丈夫だ。契約は最後まで遵守する」
そう言ってラースは珠美の頭にぽんと手を置いた。
珠美は何故だかそれがむずがゆい。
いつものことなのに、じっとしていられないような気持になって困った。
それをじっと見ていたセレシアは、一人納得したように「ふーん」と真顔で頷いた。
「まあ、無事なら、ひとまずお茶でもいたしましょう」
セレシアの提案に頷き、珠美とセレシアは互いにこれまでの情報交換をした。
依頼はギルドにお試しで流すだけでよく、心配していたような難題はなかった。
クルーエルからの依頼もなく過ぎたらしい。
ほっとした珠美は久しぶりの城がひどく落ち着くことを感じていた。
帰ってきたという感じがする。
半年ほどいただけなのに、おかしなものだと思いながら寝室へと向かった。
そこで初めて珠美はラースと喧嘩をした。
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