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第四章 魔王、旅に出る
10.居たい場所
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「お。次はシルビアか」
「手加減なしでお願いします!」
シルビアが剣を構えてラースの前に立つと、「はじめ!」と声がかかった。
シルビアはすぐには踏み込まなかった。
互いに相手の出方を探るように、じっと動かない。
それは剣を介して対話をしているようだった。
シルビアはいつもラースに向かって全力で気持ちを伝えようとしているように見えた。
それを目の前にすると、珠美は何故だかとても息苦しくなった。
何故だろう。
先に動いたのはシルビアだった。
ラースよりも圧倒的に力のないシルビアがどう戦うのか、珠美はその動きに見入った。
シルビアは打ち込んでは軽くいなされ、間合いを取っては打ち込む。
探るようなその動きを繰り返した後、おもむろに左手を剣から放した。
口元をみれば何事かをぶつぶつと呟いている。
呪文の詠唱だ。
シルビアの左手にはディザーナがしていたように、青白い魔法陣が浮かんでいた。
ラースは詠唱が終わるのを待たずにシルビアの元へ飛び込んだ。
右手に持った剣でうまくそれを躱すと、左手をラースに向けた。
瞬時にそこには水の膜が張られ、シルビアの姿がおぼろげに隠された。
ラースにはシルビアの動きが見えないはずだ。だが焦った様子はなかった。
水の膜の向こうから剣が突き出されるのをラースは難なく躱し、ラースの一閃でそれらは霧散した。
晴れたそこにいたシルビアは一瞬悔しそうに顔を歪めたものの、すぐにまたラースの懐へと飛び込んでいった。
「タマさん。隣いいっすか」
夢中になって戦いを見守っていた珠美に声をかけたのは、グランと呼ばれていた男だった。
「あ、はい、どうぞ」
慌てて答えれば、グランはシルビアが座っていた場所に「よいしょっとー」と腰を下ろした。
「ラースが前に魔法のことを教えてくれたときに、仲間にも魔法を使える人がいるって言ってました。シルビアさんのことだったんですね」
「ああ、うん。今はラース隊長がいた時より増えたよ。ラース隊長がいない分を埋めるのに魔法が使える奴を入れるのは手っ取り早かったからね。パワータイプだったうちの隊も、新しい隊長の元、戦い方を少しずつ変えてったんだよね」
グランも、ラースに戻って来てほしいと思っているのだろうか。
複雑な思いで聞いていた珠美の隣で、グランはラースとシルビアの戦いを見ながら、笑みを浮かべた。
「でもラース隊長、活っき活きとしてるなあ。あの頃よりもなんか楽しそうだし」
その言葉に思わず珠美がグランを見つめると、振り返ってにっと笑った。
「隊長が吹っ切れてるみたいで、俺本当によかったっす。もう隊長は新しい場所にいるんだなってよくわかったし。あの頃の隊長、結構悩んでたから」
「ラースが?」
「うん。ディザーナ准尉の奇襲が決定打だったのは間違いないと思うけど、その前から自分は軍人に向いてないって、日頃から言ってたんすよ」
意外だった。
天職なのだろうと思っていたのに。
「ラース隊長は強いけど、だからと言って戦うのが好きなわけじゃないんすよね。得意なことと好きなことが同じなわけじゃない。勿論嫌いなわけじゃないだろうけど。命を賭けた戦いなんて、本当はしたくなかったんすよ、たぶん。戦いに出た後は、いつも言葉が少なかった」
やり切れない思いが溜まっていったのだろう。
いつもどこかに迷いがあるように見えた。
部下たちにはそんな顔は見せなかったが、グランはそんなラースに気付いていた。
そんな話をしながらグランは、退けられても負けじと食らいつくシルビアを眺めた。
「だけどラース隊長は良くも悪くも人を惹きつける人だったから。周りが勝手に神格化しちゃうというか、理想を押し付け過ぎちゃうところがあるんすよね。まあ、俺も人のことは言えないけど」
その最たるものがディザーナで、シルビアもまたそうなのだろう。
グランは笑って、珠美を振り返った。
「俺は命を奪うための軍人よりも、命を守るための護衛の方が、隊長には似合ってると思うっす」
グランはシルビアとの会話を聞いていたのかもしれない。
シルビアが見たラースと、グランが見たラース。
それから珠美が見たラース。
それぞれに違う。
きっとその中にはラースが気づいていないラースもいるのだと思う。
そうしてこれほどに真剣にラースのことを考えてくれる人が、何人もいる。
だからこそ、ラースはこの場所から去ることを相当悩んだだろう。
それこそがラースが心に重いものを持ち続けた理由なのだと思った。
もしここへ来たことでそれが晴れたのなら、ラースがまた身軽になって自分の道を自分で選んで行けるのなら、強引にでも一緒に来てもらってよかったと珠美は思った。
その時、不意に傍に人影が立った。
「タマ様。殿下がお呼びです」
「クエリー殿下が?」
問い返せば、女官は「こちらへどうぞ」と珠美に指し示した。
「グランさん、すみません。この試合が終わったら、ラースにクエリー殿下に呼ばれたから行ってくると、伝えておいてもらえますか?」
「了解したっす」
にこっとわらって請け負ってくれたグランにほっとし、珠美は立ち上がった。
そのまま珠美がこの場所に戻ってくることはなかった。
「手加減なしでお願いします!」
シルビアが剣を構えてラースの前に立つと、「はじめ!」と声がかかった。
シルビアはすぐには踏み込まなかった。
互いに相手の出方を探るように、じっと動かない。
それは剣を介して対話をしているようだった。
シルビアはいつもラースに向かって全力で気持ちを伝えようとしているように見えた。
それを目の前にすると、珠美は何故だかとても息苦しくなった。
何故だろう。
先に動いたのはシルビアだった。
ラースよりも圧倒的に力のないシルビアがどう戦うのか、珠美はその動きに見入った。
シルビアは打ち込んでは軽くいなされ、間合いを取っては打ち込む。
探るようなその動きを繰り返した後、おもむろに左手を剣から放した。
口元をみれば何事かをぶつぶつと呟いている。
呪文の詠唱だ。
シルビアの左手にはディザーナがしていたように、青白い魔法陣が浮かんでいた。
ラースは詠唱が終わるのを待たずにシルビアの元へ飛び込んだ。
右手に持った剣でうまくそれを躱すと、左手をラースに向けた。
瞬時にそこには水の膜が張られ、シルビアの姿がおぼろげに隠された。
ラースにはシルビアの動きが見えないはずだ。だが焦った様子はなかった。
水の膜の向こうから剣が突き出されるのをラースは難なく躱し、ラースの一閃でそれらは霧散した。
晴れたそこにいたシルビアは一瞬悔しそうに顔を歪めたものの、すぐにまたラースの懐へと飛び込んでいった。
「タマさん。隣いいっすか」
夢中になって戦いを見守っていた珠美に声をかけたのは、グランと呼ばれていた男だった。
「あ、はい、どうぞ」
慌てて答えれば、グランはシルビアが座っていた場所に「よいしょっとー」と腰を下ろした。
「ラースが前に魔法のことを教えてくれたときに、仲間にも魔法を使える人がいるって言ってました。シルビアさんのことだったんですね」
「ああ、うん。今はラース隊長がいた時より増えたよ。ラース隊長がいない分を埋めるのに魔法が使える奴を入れるのは手っ取り早かったからね。パワータイプだったうちの隊も、新しい隊長の元、戦い方を少しずつ変えてったんだよね」
グランも、ラースに戻って来てほしいと思っているのだろうか。
複雑な思いで聞いていた珠美の隣で、グランはラースとシルビアの戦いを見ながら、笑みを浮かべた。
「でもラース隊長、活っき活きとしてるなあ。あの頃よりもなんか楽しそうだし」
その言葉に思わず珠美がグランを見つめると、振り返ってにっと笑った。
「隊長が吹っ切れてるみたいで、俺本当によかったっす。もう隊長は新しい場所にいるんだなってよくわかったし。あの頃の隊長、結構悩んでたから」
「ラースが?」
「うん。ディザーナ准尉の奇襲が決定打だったのは間違いないと思うけど、その前から自分は軍人に向いてないって、日頃から言ってたんすよ」
意外だった。
天職なのだろうと思っていたのに。
「ラース隊長は強いけど、だからと言って戦うのが好きなわけじゃないんすよね。得意なことと好きなことが同じなわけじゃない。勿論嫌いなわけじゃないだろうけど。命を賭けた戦いなんて、本当はしたくなかったんすよ、たぶん。戦いに出た後は、いつも言葉が少なかった」
やり切れない思いが溜まっていったのだろう。
いつもどこかに迷いがあるように見えた。
部下たちにはそんな顔は見せなかったが、グランはそんなラースに気付いていた。
そんな話をしながらグランは、退けられても負けじと食らいつくシルビアを眺めた。
「だけどラース隊長は良くも悪くも人を惹きつける人だったから。周りが勝手に神格化しちゃうというか、理想を押し付け過ぎちゃうところがあるんすよね。まあ、俺も人のことは言えないけど」
その最たるものがディザーナで、シルビアもまたそうなのだろう。
グランは笑って、珠美を振り返った。
「俺は命を奪うための軍人よりも、命を守るための護衛の方が、隊長には似合ってると思うっす」
グランはシルビアとの会話を聞いていたのかもしれない。
シルビアが見たラースと、グランが見たラース。
それから珠美が見たラース。
それぞれに違う。
きっとその中にはラースが気づいていないラースもいるのだと思う。
そうしてこれほどに真剣にラースのことを考えてくれる人が、何人もいる。
だからこそ、ラースはこの場所から去ることを相当悩んだだろう。
それこそがラースが心に重いものを持ち続けた理由なのだと思った。
もしここへ来たことでそれが晴れたのなら、ラースがまた身軽になって自分の道を自分で選んで行けるのなら、強引にでも一緒に来てもらってよかったと珠美は思った。
その時、不意に傍に人影が立った。
「タマ様。殿下がお呼びです」
「クエリー殿下が?」
問い返せば、女官は「こちらへどうぞ」と珠美に指し示した。
「グランさん、すみません。この試合が終わったら、ラースにクエリー殿下に呼ばれたから行ってくると、伝えておいてもらえますか?」
「了解したっす」
にこっとわらって請け負ってくれたグランにほっとし、珠美は立ち上がった。
そのまま珠美がこの場所に戻ってくることはなかった。
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