上 下
45 / 61
第四章 魔王、旅に出る

9.鬼軍曹の訓練

しおりを挟む
 さすがに兵舎が見えてくる頃には下ろしてもらい、珠美はラースの後に続いて稽古場へと入って行った。
 そこは既に熱気と砂ぼこりが舞い上がり、その中で男たちが激しく剣を交わし合っていた。

「あ! ラース隊長!」

「今はおまえが隊長だろうが」

 苦笑したラースに、そうだった、というように現隊長が苦笑した背後から、他の兵士たちもぞろぞろとやってくる。

「約束通り、今日は稽古つけてくれるんですよね! よろしくお願いしまーす! っていうか今日は誰連れてんすか? 少しは落ち着いたのかと思ったら相変わらずじゃないっすか!」

「いや黒髪美少女とか結局犯罪じゃないですか!」

「あ、おまえがそんなこと言うから怯えて隠れちゃっただろうが! すいません、こいつら害はないんで」

 あの、あの、と何度も口を開きかけた珠美の声が届く前に、わらわらと男たちに囲まれ、珠美は口をぱくぱくさせるしかなかった。

「で、隊長。タマちゃんはどうしたんですか? もう親元に届けたんですか?」

「おいおいお前ら、少しは昨日で学習しろ。むさい奴らが囲むなって言ってんだろうが。タマはここだよ」

 ラースが振り返って背後を示したので、珠美はやっと顔だけを出してぺこりと挨拶をした。

「おはようございます。珠美です。わけあって昨日まで子供の姿でしたが――」

「えええええええええええ??」

「わああ! す、すみません、元々! 元々、こうなんですけど事情があって体が縮んでいて。今朝やっと戻ったところなんです」

 ラースの背中にしがみつき顔だけを出したまましどろもどろに説明すれば、隊員たちはラースと珠美とを交互に見てざわざわとそれぞれに驚きをかわした。

「いや、魔王って謎だな。謎の生き物だな」

「昨日のタマちゃんがこの美少女とは信じられん」

「やっぱり隊長、結局そういうことなんじゃないっすか!!」

 中には意味のわからない「やられた!」という怒りまであり、珠美はひたすらに戸惑った。
 驚かれるだろうことは想像がついたが、相手が大勢だったため勢いに完全に呑まれてしまった。

 その中で一人、愕然として口を開かない者がいた。
 シルビアだ。
 シルビアとはモンテーナにいた時に言葉を交わしているし、騙したようになってしまっただろうかと思い珠美は焦った。
 もう子供の体に慣れ過ぎていて、いちいち話すのも忘れていたし、こんなにショックを受けたような顔をされるとは思っていなかったのだ。
 珠美はラースの背中からシルビアの元にたたっと駆け寄ると、「あの」と声をかけた。

「シルビアさん、ごめんなさい。騙すつもりとかそういうのは全然なかったんです。私もすっかり忘れていて」

「あ、ううん、全然! それよりもずっと子ども扱いしちゃっててごめんなさい。模擬試合が始まるから、よければ一緒にこっちに座ってましょう」

 建物の陰になっているところにおかれた長椅子に二人で座ると、ラースが「タマ、これ持っててくれ」と膝にダガーを置いた。

「あ、うん」

 受け取るとずっしり重かった。
 シルビアの視線はダガーに向けられており、何かを言いたそうにしていたが結局口が開けられることはなかった。
 ラースは渡された訓練用の剣を引き抜くと、何度かぶんぶんと振った。

「うん。剣は久しぶりだが、それほど鈍っちゃいないようだ。誰からいく?」

 鞘を放り、広間の中央に立つと、まず「~っす!」が口癖の軽そうな口調の男、グランが進み出た。

「はいはーい! 俺が行きまっす。お手柔らかにお願いしゃーす!」

 他の男たちはすぐに端によけ、二人の対峙をじっと見守った。

「はじめ!」

 合図と共にグランは動いた。
 真っ直ぐにラースに斬りかかる。
 しかしラースに一振りでその剣を巻き上げられ、その手は空になってしまった。

「ちょっ……! たいちょお、勘弁してくださいよ!」

「おまえがあまりに馬鹿正直に真っ向から突っ込んでくるからだろうが。少しは頭を使え」

「裏の裏をかいたつもりだったんすよお。だって、まさか誰も真っ直ぐに突っ込んでくるとは思わないじゃないっすか。普通、そんなのフェイントでしょ。そこを本気で打ちにいったんすから、もう少したじろいでくださいよ隊長」

「フェイントだろうが何だろうが全部打ち返す。それだけだ」

「……!」

「し、しびれる~」

 ラースは当たり前に言っただけなのに、過剰に反応する隊員たちに戸惑っていると、隣のシルビアもまるでラースしか見ていなかった。
 その瞳は潤んですら見える。

「か……、かっこいい」

 確かにかっこいいと思う。
 けれど決着がつくのがあまりにあっけなさすぎて、珠美はもっと見たいと思った。

 次に対峙したのは、体格のいい男だった。
 パワータイプのようで、ぶんぶんと剣を素振りする音が唸るように聞こえる。
 ラースはにやりと笑うと、「ちゃんと弱点がカバーできてるか見てやるよ」と一気に踏み出した。
 激しい力と力で打ち合うと、訓練用の剣はガキィンと耳に痛く響くほどに鳴り合った。
 見ていて刃こぼれしてしまうのではと思うほどに激しい。

 時折相手の男にヤジが飛ぶ。

「おおーい、ブランクのある相手に何やってんだ! 現役の力を見せつけろ!」

「お前のこの数年間を見せてやれ!」

 しかし男の顔には目に見えて焦りが浮かんでいるのに対して、ラースは顔色一つ変えていない。
 ラースの優勢は素人の珠美にも見て取れた。

「だから言っただろう。力だけで押そうとするから駄目なんだって」

 そう言った次の瞬間。
 ラースはくっとしゃがみ、男の懐に入り込むと剣の軌道を逸らし、思い切り体当たりをかました。

「ぐっあ」

 体格のいい男がふっとび、「それまで!」と声が上がる。

「おまえは良くも悪くも型にはまりすぎだ。もっと細かく相手を見て動け」

「はい!」

 すぐに立ち上がって返事をする男の前に、すぐにまた別の男が立つ。

「次お願いします! ずっと噂に聞いていた『隊長』と手合わせできて感無量です!」

 ラースが去った後に入ったのだろう。
 苦笑したラースは、剣の持ち方をあらためた。

「そうか。じゃあまずは実力を見せてもらうかな」

 そういってどこか楽しそうに笑った。

 ラースは目に見えて活き活きとしていた。
 そんなラースを見ているだけで、珠美も心のどこかが沸き立つのを感じていた。
 あまりに夢中で見ていたことに気が付いて、ほうっと息をつくと、シルビアは苦笑した。

「タマちゃん、こんなの見ていても面白くないでしょう?」

「いえ、普段はラースが戦ってるのを見ることがないので。いっつもやられるまえに相手を封じちゃうし、一発で決めちゃうから。ラースって本当に強いんだなと思いました」

「ふふふ。そうなのよね。隊長は強すぎて、戦のときでもないとまともに戦うところは見られないのよ。今だって結局現役相手に全然本気なんて出してないし」

 確かにラースは最小限の動きしかしていないように見える。
 汗一つ浮いていない。

「だからね。本当は隊長に戻ってきてほしいの。きっと隊長が生きる場所はここなんだと思うから」

 そう言ったシルビアの瞳は真っ直ぐにラースを見ていた。

「護衛の期間も一年って言ってたもんね。あと残りあと半年とかそれくらいなんでしょう? だったら、それが終わったら戻って来てくれるかもしれない。今日はそのいいきっかけになったと思うの。だからタマちゃん、本当に隊長を連れてきてくれてありがとう」

 笑みを向けたシルビアに、珠美は何も言葉を返すことができなかった。

 シルビアもディザーナも、ラースは戦いの中にいるべきだと言う。
 確かに今のラースはとても楽しそうだ。

 ラースの『生きる場所』がどこかなんて、珠美にはわからない。
 けれど。
 誰かがラースの居場所を語るのは、なんだか違和感があった。
 ラースの決めた生き方を否定しているようで。仕方なく今いる場所に甘んじているように聞こえて。

「本当に戦うのが好きなら、もっとそういう場にいると思う。ラースはいつだって、自分が望んだ場所にいると思う」

 シルビアはしばらく黙って珠美を見つめていた。
 それからすっくと立ちあがった。

「そうかもしれない。結局は私の願望なのかもしれない。そうだとしても、ううん、だからこそ、もう一度隊長に戻って来てほしいって言いたいの」

 決めるのはラースの自由だ。
 そう思うのに、何故だか落ち着かない。
 それでも、行ってくるね、と笑ってラースの元へと向かったシルビアを、珠美は黙って見送ることしかできなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

しっかり者のエルフ妻と行く、三十路半オッサン勇者の成り上がり冒険記

スィグトーネ
ファンタジー
 ワンルームの安アパートに住み、非正規で給料は少なく、彼女いない歴35年=実年齢。  そんな負け組を絵にかいたような青年【海渡麒喜(かいときき)】は、仕事を終えてぐっすりと眠っていた。  まどろみの中を意識が彷徨うなか、女性の声が聞こえてくる。  全身からは、滝のような汗が流れていたが、彼はまだ自分の身に起こっている危機を知らない。  間もなく彼は金縛りに遭うと……その後の人生を大きく変えようとしていた。 ※この物語の挿絵は【AIイラスト】さんで作成したモノを使っています ※この物語は、暴力的・性的な表現が含まれています。特に外出先等でご覧になる場合は、ご注意頂きますようお願い致します。

【第1部完結】暫定聖女とダメ王子

ねこたま本店
ファンタジー
 東京在住の佐倉雲雀(さくらひばり)は、学生の頃ちょっとやんちゃだった過去を持つアラフォーオタク女。  そんな彼女はある日、都内某所で弟夫婦からの出産報告を待っている間に、不可思議な現象に襲われて命を落とし、異世界にて、双子の妹を持つ田舎の村の少女・アルエットに転生していた。やがてアルエットは、クズ叔父の暴力がきっかけになって前世の記憶を取り戻す。  それから1年。クズ叔父をサラッと撃退し、11歳になったアルエットは、なぜかいきなり聖女に認定され、双子の妹・オルテンシアと共に王都へ招かれる。そして双子の姉妹は、女王の第一子、性悪ダメ王子のエドガーと、嬉しくも何ともない邂逅を果たす事になるのだった。  ギャグとシリアス、所によりほのぼの?そして時々、思い出したように挟まってくるざまぁっぽい展開と、突然出てくる戦闘シーン。でも恋愛描写はほぼありません。  口が悪くて強気で図太い、物理特化型チート聖女・アルエットの奮闘を、生温い気持ちでご覧頂ければ幸いです。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

かつてダンジョン配信者として成功することを夢見たダンジョン配信者マネージャー、S級ダンジョンで休暇中に人気配信者に凸られた結果バズる

竜頭蛇
ファンタジー
伊藤淳は都内の某所にあるダンジョン配信者事務所のマネージャーをしており、かつて人気配信者を目指していた時の憧憬を抱えつつも、忙しない日々を送っていた。 ある時、ワーカーホリックになりかねていた淳を心配した社長から休暇を取らせられることになり、特に休日に何もすることがなく、暇になった淳は半年先にあるS級ダンジョン『破滅の扉』の配信プロジェクトの下見をすることで時間を潰すことにする. モンスターの攻撃を利用していたウォータースライダーを息抜きで満喫していると、日本発のS級ダンジョン配信という箔に目が眩んだ事務所のNO.1配信者最上ヒカリとそのマネージャーの大口大火と鉢合わせする. その配信で姿を晒すことになった淳は、さまざまな実力者から一目を置かれる様になり、世界に名を轟かす配信者となる.

最強剣士が転生した世界は魔法しかない異世界でした! ~基礎魔法しか使えませんが魔法剣で成り上がります~

渡琉兎
ファンタジー
政権争いに巻き込まれた騎士団長で天才剣士のアルベルト・マリノワーナ。 彼はどこにも属していなかったが、敵に回ると厄介だという理由だけで毒を盛られて殺されてしまった。 剣の道を極める──志半ばで死んでしまったアルベルトを不憫に思った女神は、アルベルトの望む能力をそのままに転生する権利を与えた。 アルベルトが望んだ能力はもちろん、剣術の能力。 転生した先で剣の道を極めることを心に誓ったアルベルトだったが──転生先は魔法が発展した、魔法師だらけの異世界だった! 剣術が廃れた世界で、剣術で最強を目指すアルベルト──改め、アル・ノワールの成り上がり物語。 ※アルファポリス、カクヨム、小説家になろうにて同時掲載しています。

勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。

八木愛里
ファンタジー
聖女のロザリーは戦闘中でも回復魔法が使用できるが、勇者が見目麗しいソニアを新しい聖女として迎え入れた。ソニアからの入れ知恵で、勇者パーティから『役立たず』と侮辱されて、ついに追放されてしまう。 パーティの人間関係に疲れたロザリーは、ソロ冒険者になることを決意。 攻撃魔法の魔道具を求めて魔道具屋に行ったら、店主から才能を認められる。 ロザリーの実力を知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで攻略できたはずの中級のダンジョンでさえ失敗を繰り返し、仲間割れし破滅へ向かっていく。 一方ロザリーは上級の魔物討伐に成功したり、大魔法使いさまと協力して王女を襲ってきた魔獣を倒したり、国の英雄と呼ばれる存在になっていく。 これは真の実力者であるロザリーが、ソロ冒険者としての地位を確立していきながら、残念ながら追いかけてきた魔法使いや女剣士を「虫が良すぎるわ!」と追っ払い、入り浸っている魔道具屋の店主が実は憧れの大魔法使いさまだが、どうしても本人が気づかない話。 ※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。 ※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。 ※表紙はAIイラストを使用。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

ぽっちゃり無双 ~まんまる女子、『暴食』のチートスキルで最強&飯テロ異世界生活を満喫しちゃう!~

空戯K
ファンタジー
ごく普通のぽっちゃり女子高生、牧 心寧(まきころね)はチートスキルを与えられ、異世界で目を覚ました。 有するスキルは、『暴食の魔王』。 その能力は、“食べたカロリーを魔力に変換できる”というものだった。 強大なチートスキルだが、コロネはある裏技に気づいてしまう。 「これってつまり、適当に大魔法を撃つだけでカロリー帳消しで好きなもの食べ放題ってこと!?」 そう。 このチートスキルの真価は新たな『ゼロカロリー理論』であること! 毎日がチートデーと化したコロネは、気ままに無双しつつ各地の異世界グルメを堪能しまくる! さらに、食に溺れる生活を楽しんでいたコロネは、次第に自らの料理を提供したい思いが膨らんできて―― 「日本の激ウマ料理も、異世界のド級ファンタジー飯も両方食べまくってやるぞぉおおおおおおおお!!」 コロネを中心に異世界がグルメに染め上げられていく! ぽっちゃり×無双×グルメの異世界ファンタジー開幕! ※基本的に主人公は少しずつ太っていきます。 ※45話からもふもふ登場!!

処理中です...