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第四章 魔王、旅に出る
6.隊長
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サンジェストでは十六歳から酒を飲めるのだが、珠美の世界では二十歳にならないと飲めないのだそうで、頑なに酒を口にしなかった。
そもそも今は十歳の体である珠美に強引に酒を勧めるような者もいなかったが。
危険のある夜の街に珠美を連れて行くわけにはいかず、ラースたち兵舎の食堂で酒を飲みかわしていた。
ラースが部下たちとこれまでの話や、時には過去の話をしてはどっと笑いが起きる度、珠美はそれを嬉しそうに聞いていた。
こんな話の何が面白いんだろうと思うが、気を遣って合わせているようでもない。
ラースがつい話し込んでいると、気づけば珠美はラースにもたれて眠っていた。
膝の上に寝かせてやると、ラースの足を抱え込むようにしていつものように小さく丸まった。
「隊長……。まじでお父さんみたいっすね。いや、親っていうか、なんか猫を愛でてるみたいな」
「こんな隊長、初めて見たっす」
「見てるだけで、かわいくて仕方ないんだなあってわかります」
「戦場にいた頃とは顔が全然違いますもんね。なんか、見てるだけでこう、むずがゆくなるんすけど」
「おまえらは酒の飲み過ぎだ」
呆れながらも、ラースはぐびりと酒を呷った。
ラースはどれだけ飲んでも酩酊したことはない。
「隊長、タマちゃん重くないですか? 私が見てましょうか」
シルビアが手を伸ばしたが、ラースは苦笑してすぐさまそれを断った。
「いや、いい。タマの護衛は俺の仕事だからな」
「その仕事中に飲んじゃってよかったんすか?」
「俺はお前らみたいな酔い方はせん。それと雇い主からたまには息抜きをしろとの命令だ」
「タマちゃん、本当に隊長によく懐いてますよね。さっきもずっと、お父さんを見るみたいな目をしてましたよ」
シルビアがふふふ、と笑うと、何人かは首を傾げた。
「そうかあ? 盟友を見守るみたいな感じに見えたけどな」
「魔王だからなのか、どっか大人びてますよね。隊長と対等なように見えます」
「おまえはなかなかに鋭いな。主従関係にはあるが、タマは俺を下にも上にも見ていない。あいつは実にフラットなやつだ」
「ふうん。なんか、いいですよね。二人の関係って。なんか、信頼関係が目に見えるっていうか」
「でも相手は子供ですし、護衛対象ですよ」
シルビアがぐいっと酒を呷った。
「おいおい、シルビア。今日はおまえちょっと飲みすぎじゃねえか? いくら隊長が帰ってきてくれて嬉しいからってよお」
「嫉妬してんだろう、ありやあ」
「な、なっ、そんあこと、ありません! タマちゃんは子供です!」
「わかったわかった、落ち着けー。呂律もまわってないぞ、そんくらいにしとけ」
シルビアはむむむ~と口を尖らせ、ぐいっとさらに呷った。
「こりゃ駄目だな。おい、おまえら。そろそろお開きだ。明日まともに立てなくなるぞ」
「うい~!」
「隊長、今日は本当に一緒に飲めてよかったです!」
立ち上がった一人が、ぴしりと額に指をつける敬礼をした。
すると全員がガタガタと席を立ち、同じようにラースに敬礼を向けた。
「ああ。俺の方こそお前らが元気でやってる姿が見られてよかった。これからもおまえらの武運を祈ってるよ」
誰もあの時の話はしなかった。
しこりになっているからではない。
それぞれに今を生きているからだ。
ラースがぴしりと敬礼を返すと、男たちはへにゃあっと力を抜き、「よおし、明日は久々に隊長に稽古つけてもらうぞ!」とわらわらと動き出した。
「あ? 何勝手なこと言ってんだ」
「いいじゃないっすか、少しくらい」
「平和なモンテーナじゃ腕を振るう機会も少ないでしょう。この機に護衛としての腕を見せつけておいたらいいんじゃないですか?」
確かに今日は失態をさらしたばかりだった。
ラースの敵であったのに、片付けたのは珠美だ。
「まあなあ。じゃあ現役の若造共に稽古をつけてもらうとするかな。腕が鈍ってるのは確かだからなあ」
「まじっすか! だったら、今なら俺でも勝てるかも!」
「隊長、俺も手合わせお願いします!」
「明日、絶対ですよ! こっそり帰ったりしたら、陛下に告げ口しますよ! そしたらあの人、きっとモンテーナまで覗きに行きますからね?!」
「ああ、わかった、わかった。とにかく明日な」
そう言ってラースは珠美を横抱きにして立ち上がった。
「隊長! 私も部屋まで――」
駆け寄ってきたシルビアの言葉の途中で、ラースは苦笑し言葉を返した。
「シルビア。生憎だが、俺の手は空いてない。誰か他の奴に頼め」
「……いいです、大丈夫です、一人で歩けます」
「おい、グラン! シルビアを部屋まで送ってやれ。送り狼になるなよ。明日ちゃんと聞くからな?」
「シルビアに手を出す奴はこの隊にはいませんて! 大丈夫ですから隊長はタマさんを早く寝かせてあげてください」
「悪いな」
そうして兵舎を後にすると、ラースは珠美を部屋まで送り届けた。
ベッドに寝かせ、さて自分の部屋に戻ろうと踵を返しかけて、服の裾を引かれる。
見れば、珠美の手はがっちりとラースの服の裾を掴んでいた。
ラースは苦笑し、虎の姿に変じた。
モンテーナと違ってこの城の警備は万全だ。ラースが傍にいなくとも珠美に何かあるとは思えなかった。
だが、目覚めてラースがいなければ慣れぬ環境で心細い思いをするかもしれない。
そんな言い訳めいたことを思いながら、ラースは腹の中に珠美を抱え、丸くなった。
すぐに珠美がラースの白い腹毛をきゅっと掴み、すり、と頬を寄せた。
何度目かわからないそんな夜を過ごしたラースは、久しぶりに夢も見ずにゆっくりと眠った。
朝、驚愕に飛び起きるその時までは。
そもそも今は十歳の体である珠美に強引に酒を勧めるような者もいなかったが。
危険のある夜の街に珠美を連れて行くわけにはいかず、ラースたち兵舎の食堂で酒を飲みかわしていた。
ラースが部下たちとこれまでの話や、時には過去の話をしてはどっと笑いが起きる度、珠美はそれを嬉しそうに聞いていた。
こんな話の何が面白いんだろうと思うが、気を遣って合わせているようでもない。
ラースがつい話し込んでいると、気づけば珠美はラースにもたれて眠っていた。
膝の上に寝かせてやると、ラースの足を抱え込むようにしていつものように小さく丸まった。
「隊長……。まじでお父さんみたいっすね。いや、親っていうか、なんか猫を愛でてるみたいな」
「こんな隊長、初めて見たっす」
「見てるだけで、かわいくて仕方ないんだなあってわかります」
「戦場にいた頃とは顔が全然違いますもんね。なんか、見てるだけでこう、むずがゆくなるんすけど」
「おまえらは酒の飲み過ぎだ」
呆れながらも、ラースはぐびりと酒を呷った。
ラースはどれだけ飲んでも酩酊したことはない。
「隊長、タマちゃん重くないですか? 私が見てましょうか」
シルビアが手を伸ばしたが、ラースは苦笑してすぐさまそれを断った。
「いや、いい。タマの護衛は俺の仕事だからな」
「その仕事中に飲んじゃってよかったんすか?」
「俺はお前らみたいな酔い方はせん。それと雇い主からたまには息抜きをしろとの命令だ」
「タマちゃん、本当に隊長によく懐いてますよね。さっきもずっと、お父さんを見るみたいな目をしてましたよ」
シルビアがふふふ、と笑うと、何人かは首を傾げた。
「そうかあ? 盟友を見守るみたいな感じに見えたけどな」
「魔王だからなのか、どっか大人びてますよね。隊長と対等なように見えます」
「おまえはなかなかに鋭いな。主従関係にはあるが、タマは俺を下にも上にも見ていない。あいつは実にフラットなやつだ」
「ふうん。なんか、いいですよね。二人の関係って。なんか、信頼関係が目に見えるっていうか」
「でも相手は子供ですし、護衛対象ですよ」
シルビアがぐいっと酒を呷った。
「おいおい、シルビア。今日はおまえちょっと飲みすぎじゃねえか? いくら隊長が帰ってきてくれて嬉しいからってよお」
「嫉妬してんだろう、ありやあ」
「な、なっ、そんあこと、ありません! タマちゃんは子供です!」
「わかったわかった、落ち着けー。呂律もまわってないぞ、そんくらいにしとけ」
シルビアはむむむ~と口を尖らせ、ぐいっとさらに呷った。
「こりゃ駄目だな。おい、おまえら。そろそろお開きだ。明日まともに立てなくなるぞ」
「うい~!」
「隊長、今日は本当に一緒に飲めてよかったです!」
立ち上がった一人が、ぴしりと額に指をつける敬礼をした。
すると全員がガタガタと席を立ち、同じようにラースに敬礼を向けた。
「ああ。俺の方こそお前らが元気でやってる姿が見られてよかった。これからもおまえらの武運を祈ってるよ」
誰もあの時の話はしなかった。
しこりになっているからではない。
それぞれに今を生きているからだ。
ラースがぴしりと敬礼を返すと、男たちはへにゃあっと力を抜き、「よおし、明日は久々に隊長に稽古つけてもらうぞ!」とわらわらと動き出した。
「あ? 何勝手なこと言ってんだ」
「いいじゃないっすか、少しくらい」
「平和なモンテーナじゃ腕を振るう機会も少ないでしょう。この機に護衛としての腕を見せつけておいたらいいんじゃないですか?」
確かに今日は失態をさらしたばかりだった。
ラースの敵であったのに、片付けたのは珠美だ。
「まあなあ。じゃあ現役の若造共に稽古をつけてもらうとするかな。腕が鈍ってるのは確かだからなあ」
「まじっすか! だったら、今なら俺でも勝てるかも!」
「隊長、俺も手合わせお願いします!」
「明日、絶対ですよ! こっそり帰ったりしたら、陛下に告げ口しますよ! そしたらあの人、きっとモンテーナまで覗きに行きますからね?!」
「ああ、わかった、わかった。とにかく明日な」
そう言ってラースは珠美を横抱きにして立ち上がった。
「隊長! 私も部屋まで――」
駆け寄ってきたシルビアの言葉の途中で、ラースは苦笑し言葉を返した。
「シルビア。生憎だが、俺の手は空いてない。誰か他の奴に頼め」
「……いいです、大丈夫です、一人で歩けます」
「おい、グラン! シルビアを部屋まで送ってやれ。送り狼になるなよ。明日ちゃんと聞くからな?」
「シルビアに手を出す奴はこの隊にはいませんて! 大丈夫ですから隊長はタマさんを早く寝かせてあげてください」
「悪いな」
そうして兵舎を後にすると、ラースは珠美を部屋まで送り届けた。
ベッドに寝かせ、さて自分の部屋に戻ろうと踵を返しかけて、服の裾を引かれる。
見れば、珠美の手はがっちりとラースの服の裾を掴んでいた。
ラースは苦笑し、虎の姿に変じた。
モンテーナと違ってこの城の警備は万全だ。ラースが傍にいなくとも珠美に何かあるとは思えなかった。
だが、目覚めてラースがいなければ慣れぬ環境で心細い思いをするかもしれない。
そんな言い訳めいたことを思いながら、ラースは腹の中に珠美を抱え、丸くなった。
すぐに珠美がラースの白い腹毛をきゅっと掴み、すり、と頬を寄せた。
何度目かわからないそんな夜を過ごしたラースは、久しぶりに夢も見ずにゆっくりと眠った。
朝、驚愕に飛び起きるその時までは。
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