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第四章 魔王、旅に出る
4.サンジェスト城
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「いやあ。効果は抜群だったな。あれは再起不能だろうな」
思い出したようにくくくくっと笑うラースに、珠美はふん、と荒く鼻息を吐いた。
「私の大事な護衛を侮辱するからだよ。目に物見せてやったわ」
ラクダの歩みは遅い。
もったりもったりと揺られながら、珠美は再びラースの膝の上に乗せられ、城を目指していた。
珠美はあの後、灰色になったディザーナに再びきつく猿ぐつわを噛ませ、その体を宙に浮かび上がらせた。
『あの白亜の宮殿までこの人を届けて。下ろす場所は門番の前。速さは失神しない程度――虎が走る速度で。航路は建物にぶつからない宙空!』
そう告げると、手足を縛られ猿ぐつわをされたままのディザーナは、一直線に城へと向かってびゅんと飛んでいった。
「それにしたって、二重の意味でタマに守られちまったなあ」
ぽりぽりと頬をかいたラースに、珠美は「不満?」とむっとした声を向けた。
「いえ、滅相もありませんよお姫さま」
何故かラースは楽しそうに笑ってそう言って、ラクダの歩みを進めた。
強硬手段に出たことに関しては、むしろ珠美がラースに謝りたいくらいだった。
珠美が一方的に唇を奪ったのだから。
だがなんとも思っていなそうな顔をみると、わざわざそれを言うのは憚られた。
正直を言えば、話題に出すのもこっぱずかしい。
それを隠すように、つい怒った口調になってしまう。
「ああいう話を聞かない人は何を言っても無理だから。あれでもうラースには未練も持たないでしょ」
「まあ、完全に白目剥いてたしな」
また思い出したのか、腹を震わせて笑い出したラースに、珠美はなんとなくため息を吐き出した。
ラースにとってはどうということもないのだろう。
女難の相と言われるほど女性関係は豊富だったわけで、胸元から色濃く漂う色気ムンムンなイケオジなわけで、珠美の唇一つ押し当てられたところで痛くもかゆくもないのだろう。
だがあまりに平静と変わらない様子に、――くそう、見てろよラースめ――というどこか邪悪な気持ちが沸いていた。
いつかラースを慌てさせてやりたい。
珠美の中にそんな気持ちがふつふつと沸いていた。
・・・◆・・・◇・・・◆・・・
半日とかからずに城下町へと入ると、珠美は物珍しさにあちこちをきょろきょろと見回した。
「すごく賑やかだね。ギルド本部のあった町より人もお店も多い。お店に並んでるのも見たことがないものばかりだし」
モンテーナには城下町というものがない。
森の奥にひっそりと建っているからで、一番近くの町は珠美がこの世界に来て初めて泊まったミイルの宿がある、あの町だ。
「自国内の自給自足率が低い代わりに交易が盛んだから、いろんな国のものがある。モンテーナとは気候も違うから、ここで作ってるもんも珍しいだろ」
砂漠だけあって、サンジェストは暑い。
ただ湿度がないせいか、日本の夏とは感じ方がまた違う。じりじりと焼けるような暑さだったから、いつも角を隠すためにかぶっているフードは必須だった。
建物のつくり、町並みもモンテーナとはまったく違う。
珠美がテレビで見たことのある砂漠の町という感じで、石造りの建物が多いのは木が手に入りにくいからだろう。
モンテーナは木造りがほとんどだったから、それだけでも雰囲気がまったく違って見える。
白亜の宮殿にむかって大通りを進むと、大きな門の前に門番が立っていた。
「モンテーナからきたタマミ=ヤマモトだ。先日手紙にて国王との謁見の許可を得ている。確認してもらえるか」
ラースが用向きを告げると、門番は驚いたように小さな珠美をちらりと見下ろした。
しかしすぐに「承知しました、少々お待ちください!」とぴしりと礼をした。
「あ、それとさっき眼帯をした不審な女がここに届けられたかと思うんだが……」
何と言えばよいかとラースが言葉を濁すと、門番はすぐに思い出した顔になった。
「あ……! やはり本当に魔王様が捕縛されたのですね。あれは本物のディザーナ=グルーエット准尉でしたか! 大丈夫です、書きつけにありました通り、捕縛を解くことなく見張っております」
「書きつけ……?」
戸惑ったラースには珠美が答えた。
「あ、うん。いきなり女の人がぶっ飛んで来たら、大抵の人は縄をほどいてあげようとするでしょ。っていうか無責任に丸投げしたら悪いから。ちゃんと縄に書きつけを挟んでおいた」
使えるようになると魔法は本当に便利だ。
あまり感情に任せて使ってしまわないよう気を付けなければならないが。
「そういうわけで、あの人お願いできます? この後王様に謁見した際に改めてお話しするつもりですけど」
「承知いたしました、沙汰が決まりますまで責任を持ってお預かりいたします!」
「よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた珠美に門番は驚いた顔をしたが、すぐに「それではこちらで少々お待ちください」と控え所のようなところに珠美とラースを案内してくれた。
中にはいくつか小部屋があって、来客同士が対面せずに済むようになっていた。
しばらくして最初に応対してくれた門番が戻ってきて、「確認がとれました! こちらへどうぞ!」とキリリと中へ案内してくれた。
城の入り口にはまた別の男が立っていて、案内が替わった。
「お待ちしておりました、タマミ様。王は謁見の間にてお待ちです」
いよいよ本物の国王との謁見だ。
珠美自身、『魔王代理』という国のトップにはいるが、国王という人に会うのは人生で初めてだ。
王子であるフィリスには会ったが、国王はまた風格が違うのだろう。
高まる緊張を落ち着けようと、それと知られぬようにそっと深呼吸を繰り返していた珠美をラースが笑って見下ろした。
「タマ。緊張するだけ無駄だぞ」
その言葉の意味は謁見の間に入ってもしばらくは理解できなかった。
しばらくは。
思い出したようにくくくくっと笑うラースに、珠美はふん、と荒く鼻息を吐いた。
「私の大事な護衛を侮辱するからだよ。目に物見せてやったわ」
ラクダの歩みは遅い。
もったりもったりと揺られながら、珠美は再びラースの膝の上に乗せられ、城を目指していた。
珠美はあの後、灰色になったディザーナに再びきつく猿ぐつわを噛ませ、その体を宙に浮かび上がらせた。
『あの白亜の宮殿までこの人を届けて。下ろす場所は門番の前。速さは失神しない程度――虎が走る速度で。航路は建物にぶつからない宙空!』
そう告げると、手足を縛られ猿ぐつわをされたままのディザーナは、一直線に城へと向かってびゅんと飛んでいった。
「それにしたって、二重の意味でタマに守られちまったなあ」
ぽりぽりと頬をかいたラースに、珠美は「不満?」とむっとした声を向けた。
「いえ、滅相もありませんよお姫さま」
何故かラースは楽しそうに笑ってそう言って、ラクダの歩みを進めた。
強硬手段に出たことに関しては、むしろ珠美がラースに謝りたいくらいだった。
珠美が一方的に唇を奪ったのだから。
だがなんとも思っていなそうな顔をみると、わざわざそれを言うのは憚られた。
正直を言えば、話題に出すのもこっぱずかしい。
それを隠すように、つい怒った口調になってしまう。
「ああいう話を聞かない人は何を言っても無理だから。あれでもうラースには未練も持たないでしょ」
「まあ、完全に白目剥いてたしな」
また思い出したのか、腹を震わせて笑い出したラースに、珠美はなんとなくため息を吐き出した。
ラースにとってはどうということもないのだろう。
女難の相と言われるほど女性関係は豊富だったわけで、胸元から色濃く漂う色気ムンムンなイケオジなわけで、珠美の唇一つ押し当てられたところで痛くもかゆくもないのだろう。
だがあまりに平静と変わらない様子に、――くそう、見てろよラースめ――というどこか邪悪な気持ちが沸いていた。
いつかラースを慌てさせてやりたい。
珠美の中にそんな気持ちがふつふつと沸いていた。
・・・◆・・・◇・・・◆・・・
半日とかからずに城下町へと入ると、珠美は物珍しさにあちこちをきょろきょろと見回した。
「すごく賑やかだね。ギルド本部のあった町より人もお店も多い。お店に並んでるのも見たことがないものばかりだし」
モンテーナには城下町というものがない。
森の奥にひっそりと建っているからで、一番近くの町は珠美がこの世界に来て初めて泊まったミイルの宿がある、あの町だ。
「自国内の自給自足率が低い代わりに交易が盛んだから、いろんな国のものがある。モンテーナとは気候も違うから、ここで作ってるもんも珍しいだろ」
砂漠だけあって、サンジェストは暑い。
ただ湿度がないせいか、日本の夏とは感じ方がまた違う。じりじりと焼けるような暑さだったから、いつも角を隠すためにかぶっているフードは必須だった。
建物のつくり、町並みもモンテーナとはまったく違う。
珠美がテレビで見たことのある砂漠の町という感じで、石造りの建物が多いのは木が手に入りにくいからだろう。
モンテーナは木造りがほとんどだったから、それだけでも雰囲気がまったく違って見える。
白亜の宮殿にむかって大通りを進むと、大きな門の前に門番が立っていた。
「モンテーナからきたタマミ=ヤマモトだ。先日手紙にて国王との謁見の許可を得ている。確認してもらえるか」
ラースが用向きを告げると、門番は驚いたように小さな珠美をちらりと見下ろした。
しかしすぐに「承知しました、少々お待ちください!」とぴしりと礼をした。
「あ、それとさっき眼帯をした不審な女がここに届けられたかと思うんだが……」
何と言えばよいかとラースが言葉を濁すと、門番はすぐに思い出した顔になった。
「あ……! やはり本当に魔王様が捕縛されたのですね。あれは本物のディザーナ=グルーエット准尉でしたか! 大丈夫です、書きつけにありました通り、捕縛を解くことなく見張っております」
「書きつけ……?」
戸惑ったラースには珠美が答えた。
「あ、うん。いきなり女の人がぶっ飛んで来たら、大抵の人は縄をほどいてあげようとするでしょ。っていうか無責任に丸投げしたら悪いから。ちゃんと縄に書きつけを挟んでおいた」
使えるようになると魔法は本当に便利だ。
あまり感情に任せて使ってしまわないよう気を付けなければならないが。
「そういうわけで、あの人お願いできます? この後王様に謁見した際に改めてお話しするつもりですけど」
「承知いたしました、沙汰が決まりますまで責任を持ってお預かりいたします!」
「よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた珠美に門番は驚いた顔をしたが、すぐに「それではこちらで少々お待ちください」と控え所のようなところに珠美とラースを案内してくれた。
中にはいくつか小部屋があって、来客同士が対面せずに済むようになっていた。
しばらくして最初に応対してくれた門番が戻ってきて、「確認がとれました! こちらへどうぞ!」とキリリと中へ案内してくれた。
城の入り口にはまた別の男が立っていて、案内が替わった。
「お待ちしておりました、タマミ様。王は謁見の間にてお待ちです」
いよいよ本物の国王との謁見だ。
珠美自身、『魔王代理』という国のトップにはいるが、国王という人に会うのは人生で初めてだ。
王子であるフィリスには会ったが、国王はまた風格が違うのだろう。
高まる緊張を落ち着けようと、それと知られぬようにそっと深呼吸を繰り返していた珠美をラースが笑って見下ろした。
「タマ。緊張するだけ無駄だぞ」
その言葉の意味は謁見の間に入ってもしばらくは理解できなかった。
しばらくは。
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