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第四章 魔王、旅に出る
3.隠し玉
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ギルド本部から城へ戻った後。
珠美は旅の間に何があるかわからないからと、身を護る術を考えていた。
だが物理的に人を傷つけたことなどない珠美だ。戦うとなっても躊躇してしまうし、そうなれば逆に命取りになる。
そこで相手を捕縛してしまえばいいと考えた。
それをこっそりと一人練習していたところに、ゼノンが現れた。
探しても出てこないくせに、用のないときにはこうしてひょっこりと姿を現す。
「なに、ゼノン」
「うーん。ずっと観察してたんだけどね。やっぱりそうなんだろうなあ」
「なんのこと?」
ゼノンは一人うんうんと頷き呟いていたが、顔を上げると一つ指をぴっと立てた。
「タマミのやり方なら、寿命には差し障りがない。と、言えると思うよ」
「何それ??」
「あのね。この世界の魔法っていうのは、つまり精霊の力を借りてるんだよ」
「精霊??」
それはなんとファンタジーなことか。
珠美は目を丸くし、ゼノンに体を向けた。
やっとまともに話を聞く気になったのだ。
「まあうちの一族は代々それが見えるんだけど。呪文を唱えたり、魔法陣を描いたり、つまりそれは精霊にお願い事を伝える手段なわけさ。あ、ちなみに精霊のエサは魔力ね。だから願いをかなえる代わりに魔力を食らう。互いに利益のある関係なわけ」
なるほど、と珠美は頷いた。
だから多くの魔力を有しているという日本からきた田中や代々の魔王、そして珠美は大きな魔法も使えるということか。
「じゃあ魔王が呪文も魔法陣も必要ないっていうのは?」
「それはね、異世界からきた珍しい『気』に精霊が自然と寄ってくるからさ。魔力量も多いしね。だから大盤振る舞いの大サービスで何でもお願いを聞いてくれちゃうわけ。その頭の中を覗いてね」
「頭の中を……覗く?」
その言葉の響きに、珠美は一瞬ぞっとしてしまった。
「そう。魔王はイメージしただけで魔法が使えるでしょう? それを精霊が読み取って、お願いを叶えてるわけ。細部がわからないと、その精神に深く潜り込んで探る。その過干渉が寿命に負担になってたわけだよ」
「だから、私のように細部をあらかじめ定義しておけば、精神に過干渉されず、寿命にも支障が出なくなる、と」
「そういうことー」
だから最初の頃、イメージで魔法を使った時はどっと疲れが押し寄せたのかと珠美は納得した。
橋の時はそれなりに複雑で大きな魔法を使ったはずが、それほどに疲労は感じていなかった。
「でも、橋の修繕の後は体が一気に成長したけど。あれはいっぱい魔法を使ったからなんじゃないの?」
「そうだね。大きなお願いごとにはたくさんの魔力が必要になる。そうして大きな魔法を使ったことで、タマミの体の中の魔力が馴染んで、体が戻ったんだろうね。だけど魔力は気力と同じで、ご飯を食べたり眠ったりすれば自然と回復する。一時的に失ったとして、寿命に関わることじゃない」
「じゃあ、別に魔法を使うのは問題ないんだ」
「そういうことー」
二回目のあっけらかんとした答えに、珠美は気が抜けていくのを感じた。
だがそれがわかったなら、クライアにもやり方を伝えればいい。
セレシアと生きていくこともできるだろう。
魔王の仕事の改革も元々は魔法を使わないために考えたことだが、一国の王としてはこうあるべきだとも思う。
戻って来たクライアがどう思うかはわからないが、ロクな説明も合意もなしに珠美をこの世界に落としたのだ。
珠美だって勝手にやらせてもらうと割り切っていた。
クライアは人々のためにと駆けずり回っていたが、今珠美が変えようとしていることだって、形は違えど人々のためだ。
よりやれることが増えると言ってもいい。
国民のためを思うクライアなら、きっと理解してくれるだろうと思った。
セレシアもそう後押ししてくれたから。
それでも元のように魔王自らが駆け回りたいというのならば、それはそれまでの話だ。
帰ってきた後クライアが何を選ぶかは、珠美に言えることではないから。
その場合でもこうして寿命を減らさずに魔法を使う方法もわかったのだから、珠美には感謝してほしいくらいだ。あとゼノンにも。
そうして遠慮なく魔法が使えることになった珠美は、緊急時のため――具体的にはたぶん現れるであろうディザーナ対策のため、捕縛の魔法を心置きなく練習したのだった。
・・・◆・・・◇・・・◆・・・
「おまえ……タマ! なんでこんなことを」
「ごめんね、横から手を出して。でもラースを傷つけられるのは嫌だったから。この人のしつこさを聞いてたから、きっと来るんじゃないかなーと思って練習してたんだよね」
「俺なんぞのために魔法を、寿命を使うな。ディザーナ程度、俺一人でなんとかなる」
「大丈夫。私の使い方なら寿命は縮まないってゼノンが言ってたから」
そう答えれば、ラースは唖然とした後、はああ、とため息を吐き出し項垂れた。
「乙女の秘密の修行だから覗くなとかなんとか言っておいて……」
「だって、私も最初は寿命のこと知らなかったし、魔法の練習してるなんて言ったら怒ると思って。私に手を出されるのも嫌だろうな、とか」
そうして話す間にも、んーんー! と唸る声が差し挟まれ、うるさかった。
珠美はくるりと振り返り、縛られたままぐりぐりと首を横に振っているディザーナを一歩引いて眺めた。
「本当に来たね、この人。魔法か何かで察知して飛んで来たか、シルビアさんに監視でもつけてたのかな。すごい情熱。それをもっと他に向けたらいいのに」
まあ、そうではないからラースがここまでの苦労をしてきたのだとわかってはいるのだが。
珠美は縛られ、うごうごと身を捩るディザーナを、引くように顔を歪めて眺めた。
「ねえこれ、どうしたらいい? このままここに置いといたら干からびちゃうよね」
「そのうち隊商でも通るんじゃないか」
「通らなかったら?」
「そこまで気にしてやる義理はない」
珠美は、うーん、と唸った。
確かに珠美も自分たちが害されたくはないし、これまでのラースのことを思うと放っておきたい気持ちはある。
しかし間接的にしろ珠美が人の命を奪ったのかと思うと寝ざめが悪い。
珠美はラースと違って軍人でもなんでもないし、まだそこは割り切れない。
「お城に連れてく?」
「まあ、それでもいいが。捕虜ってことになるな」
ということは、どういう扱いになるのだろうか。
たぶん国によっても対応は違うのだろう。
珠美は逡巡した。
その時だった。
はっと気が付いた時にはディザーナの猿ぐつわは外されていた。
激しく首を振っていたのは、緩める為だったのだ。
口の中で何事かを呟いたディザーナの前に青白い魔法陣が描かれ、そこから炎の玉が放たれた。
瞬間、ラースが珠美に覆い被さった。
それではラースが怪我をしてしまう。
珠美は咄嗟に周囲に半円を描くように防御壁を張った。
寸前に張られた透明な膜にディザーナの炎は弾かれ霧散した。
「――! なんだ? タマ、お前か?」
「うん。ラース、背中火傷してない?」
珠美はラースの背中をすりすりと撫でて確かめたが、怪我をした後も服が焦げた跡もない。
ラクダを振り返っても傷一つなく、長いまつ毛をぱちぱちと瞬いている。
「よかった、間に合った」
ほっとして透明な壁の向こうのディザーナを見ると、わなわなと口を開けたり閉じたりしながら、叫んでいた。
「何?! なんで無詠唱でそんなこと……。ラースがやったの? あなた、魔法使えなかったわよね。けどそんな子供がこんなことできるわけも……。なにがどうなってるの?!」
「タマこそ、怪我はないか?」
うるさいディザーナを一度だけ振り返った後、ラースは珠美の体を持ちあげ、あちこち確認した。
「大丈夫、何ともないよ。ラクダも無傷」
珠美の声は堅く強張っていた。
怖かったからではない。
怒っていたのだ。
あと一瞬遅ければ、ラースは珠美を庇ってディザーナの攻撃をもろに浴びていた。
「まったくあいつは本当にしつこい。だからこそ戦においては手ごわい相手ではあるんだが」
ラースの言葉にディザーナは驚愕から醒めると、わななく口元を無理矢理に吊り上げた。
「ラース! あなたがその子供を庇うほどに大事だというのなら、一緒に連れてきてもいいわ。私が母親代わりになってあげてもいい。ねえ、やっぱりラースも戦いたいんでしょう? また私と一緒に血沸き肉躍る戦いに身を投じましょうよ。そんな子供なんかと一緒にいたら、あなたの戦士としての勘が鈍ってしまうわ。二度と軍人には戻れなくなる。どんどん弱くなっていくのよ。そんなあなたに魅力なんてあるかしら?」
「うるさい」
たった一言の元で切って捨てたのは、珠美だった。
「おこちゃまは黙ってらっしゃい? 子供が大人の話に口を挟むものじゃないのよ」
珠美の怒りは怜悧な風の刃となってディザーナの頬を行き過ぎていった。
つつ、と赤い血を頬から垂れ流し、ディザーナは妖艶に笑った。
「今ここはね、私とラースの絆を確かめあう、戦場なのよ。そんな風に傷つけることを恐れる甘ぁい子供はね、ラースと一緒に戦場になんて立てないのよ。さっさとどこかへ消えなさい? ラースは私が一生かけて面倒みてあげる。どこまででも強い男にしてあげる」
珠美は最後まで聞いてはいなかった。
何かがプツリと切れたのがわかる。
「ディザーナ。大事なことを教えてあげるわ!」
珠美は叫ぶようにそう言うと、ラースの首をぐいっと引き寄せた。
「なんだ、タマ――」
そうして斜めに傾いで倒れ込んできたラースの唇に、自分のそれを力強く押し当てた。
「!?」
力いっぱい目を瞑り、むぎゅ~~~と押し当てたあと、珠美はぷはっと息を吐いて離れた。
「わかった?! ラースはお子様趣味なの。熟れに熟れた熟女なんてお呼びでないのよ、毛ほども興味が持てないの! だからあなたが相手にされることは一生ない!!」
ディザーナがどこまで聞いていたかはわからない。
ディザーナの目はもはや死んでいたから。
どこかに飛び去ったと思っていた白く大きな鳥が、ピュウイ、ピュウイと何度も鳴いては旋回していた。
まるで楽しげに笑うかのように。
珠美は旅の間に何があるかわからないからと、身を護る術を考えていた。
だが物理的に人を傷つけたことなどない珠美だ。戦うとなっても躊躇してしまうし、そうなれば逆に命取りになる。
そこで相手を捕縛してしまえばいいと考えた。
それをこっそりと一人練習していたところに、ゼノンが現れた。
探しても出てこないくせに、用のないときにはこうしてひょっこりと姿を現す。
「なに、ゼノン」
「うーん。ずっと観察してたんだけどね。やっぱりそうなんだろうなあ」
「なんのこと?」
ゼノンは一人うんうんと頷き呟いていたが、顔を上げると一つ指をぴっと立てた。
「タマミのやり方なら、寿命には差し障りがない。と、言えると思うよ」
「何それ??」
「あのね。この世界の魔法っていうのは、つまり精霊の力を借りてるんだよ」
「精霊??」
それはなんとファンタジーなことか。
珠美は目を丸くし、ゼノンに体を向けた。
やっとまともに話を聞く気になったのだ。
「まあうちの一族は代々それが見えるんだけど。呪文を唱えたり、魔法陣を描いたり、つまりそれは精霊にお願い事を伝える手段なわけさ。あ、ちなみに精霊のエサは魔力ね。だから願いをかなえる代わりに魔力を食らう。互いに利益のある関係なわけ」
なるほど、と珠美は頷いた。
だから多くの魔力を有しているという日本からきた田中や代々の魔王、そして珠美は大きな魔法も使えるということか。
「じゃあ魔王が呪文も魔法陣も必要ないっていうのは?」
「それはね、異世界からきた珍しい『気』に精霊が自然と寄ってくるからさ。魔力量も多いしね。だから大盤振る舞いの大サービスで何でもお願いを聞いてくれちゃうわけ。その頭の中を覗いてね」
「頭の中を……覗く?」
その言葉の響きに、珠美は一瞬ぞっとしてしまった。
「そう。魔王はイメージしただけで魔法が使えるでしょう? それを精霊が読み取って、お願いを叶えてるわけ。細部がわからないと、その精神に深く潜り込んで探る。その過干渉が寿命に負担になってたわけだよ」
「だから、私のように細部をあらかじめ定義しておけば、精神に過干渉されず、寿命にも支障が出なくなる、と」
「そういうことー」
だから最初の頃、イメージで魔法を使った時はどっと疲れが押し寄せたのかと珠美は納得した。
橋の時はそれなりに複雑で大きな魔法を使ったはずが、それほどに疲労は感じていなかった。
「でも、橋の修繕の後は体が一気に成長したけど。あれはいっぱい魔法を使ったからなんじゃないの?」
「そうだね。大きなお願いごとにはたくさんの魔力が必要になる。そうして大きな魔法を使ったことで、タマミの体の中の魔力が馴染んで、体が戻ったんだろうね。だけど魔力は気力と同じで、ご飯を食べたり眠ったりすれば自然と回復する。一時的に失ったとして、寿命に関わることじゃない」
「じゃあ、別に魔法を使うのは問題ないんだ」
「そういうことー」
二回目のあっけらかんとした答えに、珠美は気が抜けていくのを感じた。
だがそれがわかったなら、クライアにもやり方を伝えればいい。
セレシアと生きていくこともできるだろう。
魔王の仕事の改革も元々は魔法を使わないために考えたことだが、一国の王としてはこうあるべきだとも思う。
戻って来たクライアがどう思うかはわからないが、ロクな説明も合意もなしに珠美をこの世界に落としたのだ。
珠美だって勝手にやらせてもらうと割り切っていた。
クライアは人々のためにと駆けずり回っていたが、今珠美が変えようとしていることだって、形は違えど人々のためだ。
よりやれることが増えると言ってもいい。
国民のためを思うクライアなら、きっと理解してくれるだろうと思った。
セレシアもそう後押ししてくれたから。
それでも元のように魔王自らが駆け回りたいというのならば、それはそれまでの話だ。
帰ってきた後クライアが何を選ぶかは、珠美に言えることではないから。
その場合でもこうして寿命を減らさずに魔法を使う方法もわかったのだから、珠美には感謝してほしいくらいだ。あとゼノンにも。
そうして遠慮なく魔法が使えることになった珠美は、緊急時のため――具体的にはたぶん現れるであろうディザーナ対策のため、捕縛の魔法を心置きなく練習したのだった。
・・・◆・・・◇・・・◆・・・
「おまえ……タマ! なんでこんなことを」
「ごめんね、横から手を出して。でもラースを傷つけられるのは嫌だったから。この人のしつこさを聞いてたから、きっと来るんじゃないかなーと思って練習してたんだよね」
「俺なんぞのために魔法を、寿命を使うな。ディザーナ程度、俺一人でなんとかなる」
「大丈夫。私の使い方なら寿命は縮まないってゼノンが言ってたから」
そう答えれば、ラースは唖然とした後、はああ、とため息を吐き出し項垂れた。
「乙女の秘密の修行だから覗くなとかなんとか言っておいて……」
「だって、私も最初は寿命のこと知らなかったし、魔法の練習してるなんて言ったら怒ると思って。私に手を出されるのも嫌だろうな、とか」
そうして話す間にも、んーんー! と唸る声が差し挟まれ、うるさかった。
珠美はくるりと振り返り、縛られたままぐりぐりと首を横に振っているディザーナを一歩引いて眺めた。
「本当に来たね、この人。魔法か何かで察知して飛んで来たか、シルビアさんに監視でもつけてたのかな。すごい情熱。それをもっと他に向けたらいいのに」
まあ、そうではないからラースがここまでの苦労をしてきたのだとわかってはいるのだが。
珠美は縛られ、うごうごと身を捩るディザーナを、引くように顔を歪めて眺めた。
「ねえこれ、どうしたらいい? このままここに置いといたら干からびちゃうよね」
「そのうち隊商でも通るんじゃないか」
「通らなかったら?」
「そこまで気にしてやる義理はない」
珠美は、うーん、と唸った。
確かに珠美も自分たちが害されたくはないし、これまでのラースのことを思うと放っておきたい気持ちはある。
しかし間接的にしろ珠美が人の命を奪ったのかと思うと寝ざめが悪い。
珠美はラースと違って軍人でもなんでもないし、まだそこは割り切れない。
「お城に連れてく?」
「まあ、それでもいいが。捕虜ってことになるな」
ということは、どういう扱いになるのだろうか。
たぶん国によっても対応は違うのだろう。
珠美は逡巡した。
その時だった。
はっと気が付いた時にはディザーナの猿ぐつわは外されていた。
激しく首を振っていたのは、緩める為だったのだ。
口の中で何事かを呟いたディザーナの前に青白い魔法陣が描かれ、そこから炎の玉が放たれた。
瞬間、ラースが珠美に覆い被さった。
それではラースが怪我をしてしまう。
珠美は咄嗟に周囲に半円を描くように防御壁を張った。
寸前に張られた透明な膜にディザーナの炎は弾かれ霧散した。
「――! なんだ? タマ、お前か?」
「うん。ラース、背中火傷してない?」
珠美はラースの背中をすりすりと撫でて確かめたが、怪我をした後も服が焦げた跡もない。
ラクダを振り返っても傷一つなく、長いまつ毛をぱちぱちと瞬いている。
「よかった、間に合った」
ほっとして透明な壁の向こうのディザーナを見ると、わなわなと口を開けたり閉じたりしながら、叫んでいた。
「何?! なんで無詠唱でそんなこと……。ラースがやったの? あなた、魔法使えなかったわよね。けどそんな子供がこんなことできるわけも……。なにがどうなってるの?!」
「タマこそ、怪我はないか?」
うるさいディザーナを一度だけ振り返った後、ラースは珠美の体を持ちあげ、あちこち確認した。
「大丈夫、何ともないよ。ラクダも無傷」
珠美の声は堅く強張っていた。
怖かったからではない。
怒っていたのだ。
あと一瞬遅ければ、ラースは珠美を庇ってディザーナの攻撃をもろに浴びていた。
「まったくあいつは本当にしつこい。だからこそ戦においては手ごわい相手ではあるんだが」
ラースの言葉にディザーナは驚愕から醒めると、わななく口元を無理矢理に吊り上げた。
「ラース! あなたがその子供を庇うほどに大事だというのなら、一緒に連れてきてもいいわ。私が母親代わりになってあげてもいい。ねえ、やっぱりラースも戦いたいんでしょう? また私と一緒に血沸き肉躍る戦いに身を投じましょうよ。そんな子供なんかと一緒にいたら、あなたの戦士としての勘が鈍ってしまうわ。二度と軍人には戻れなくなる。どんどん弱くなっていくのよ。そんなあなたに魅力なんてあるかしら?」
「うるさい」
たった一言の元で切って捨てたのは、珠美だった。
「おこちゃまは黙ってらっしゃい? 子供が大人の話に口を挟むものじゃないのよ」
珠美の怒りは怜悧な風の刃となってディザーナの頬を行き過ぎていった。
つつ、と赤い血を頬から垂れ流し、ディザーナは妖艶に笑った。
「今ここはね、私とラースの絆を確かめあう、戦場なのよ。そんな風に傷つけることを恐れる甘ぁい子供はね、ラースと一緒に戦場になんて立てないのよ。さっさとどこかへ消えなさい? ラースは私が一生かけて面倒みてあげる。どこまででも強い男にしてあげる」
珠美は最後まで聞いてはいなかった。
何かがプツリと切れたのがわかる。
「ディザーナ。大事なことを教えてあげるわ!」
珠美は叫ぶようにそう言うと、ラースの首をぐいっと引き寄せた。
「なんだ、タマ――」
そうして斜めに傾いで倒れ込んできたラースの唇に、自分のそれを力強く押し当てた。
「!?」
力いっぱい目を瞑り、むぎゅ~~~と押し当てたあと、珠美はぷはっと息を吐いて離れた。
「わかった?! ラースはお子様趣味なの。熟れに熟れた熟女なんてお呼びでないのよ、毛ほども興味が持てないの! だからあなたが相手にされることは一生ない!!」
ディザーナがどこまで聞いていたかはわからない。
ディザーナの目はもはや死んでいたから。
どこかに飛び去ったと思っていた白く大きな鳥が、ピュウイ、ピュウイと何度も鳴いては旋回していた。
まるで楽しげに笑うかのように。
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