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第三章 魔王と人々

11.魔王がもたらすもの

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「ふうん。なるほどねえ。ですがやはりラリアントが言うように、具体的なメリットが見えにくいですな。絵空事でしかありませんからなあ。納得しづらいんですよ」

 会合に参加したのは職人ギルドから五人、商人ギルドから五人。
 珠美が説明し終えると、それぞれの意見を交わし合っていたが、結局のところ結論はそこに向かった。

 珠美は短くして肩からかけていたバックから予備として入れていた髪ゴムを取り出した。
 そして小指の先に輪をかけ、立てた親指の根本を経由し人差し指の先に先端をかける。
 指鉄砲とか輪ゴム銃とか言われる、あれだ。
 髪ゴムだったから多少きつかったが、子供の小さな手の珠美にはなんとかかけられた。

 壁に手を向けてセットし、声をかけた。

「これを見てください」

 注目が集まったことを確認し、小指にかかったゴムを放した。
 輪ゴムではなかったから、びよんと弾んで壁にまで至らずに落ちたが、一同は一気にざわついた。

「わっ!」

「なんですか?!」

 何人かが床に落ちたゴムの傍へ行き、動かなくなったのを確認し首を傾げた。

「これはゴムです。髪の毛をしばるために加工されたものですが、他にもいろいろと利用できますし、いろんな形状にできます。特性は弾性。髪だけでなく紙や物を束ねるのにも便利ですし、緩衝材にも適しています。たとえば馬車や荷車の車輪を覆えば、衝撃を和らげることができます。乗り心地がよくなりますし、衝撃に弱いものも運べるようになります」

 珠美の説明に、ギルド員たちはざわざわと顔を見合わせあった。
 わいわいと話すその顔はどれも期待に満ちている。

「それは便利かもしれませんなあ。衝撃に弱いもの、たとえば玉子や柔らかな菓子などは状態の悪い道は慎重にゆっくりとしか通れませんでしたし、遠距離となるとその分のコストがかかっていましたが、そのあたりが楽になりますな。動物を運ぶときのストレスも軽減できる」

「馬車も尻が痛くなるのがマシになるな」

「はい。これは私がいた世界のもので、特殊な材料が必要です。この国で採集し開発することは難しいかもしれない。ですが、聞いたところ、ダーナシアに似たようなものがあるそうです」

「それは是非とも我が国にも欲しいですな」

「私は他にも、この国にはない便利なものをたくさん知っています。それらは他国には当たり前のように既に存在しているかもしれません。それらを探し、この国にもたらすようにすることで、今よりも人々の暮らしは便利になるでしょう」

「なるほど。それが新しい魔王が民に与える利点ですか」

 珠美はこの世界で役に立つような知識も特には持っていない。
 ゴムの作り方も樹液から作ることくらいしか知らないし、油の精製方法を知ってるわけでもない。
 ただ、開発はできなくとも、どういうものがあると便利かは多少知っていて、国のトップという立場にある。それだけが珠美が活かせるものだった。

 珠美の思いつくものもいずれは枯渇するし、クライアや次の代になれば異世界の知識というアドバンテージはなくなる。
 だが軌道にさえ乗れば、後はそれを管理するだけでいい。
 どんな便利なものがあるかは、外に出るようになった者が自然と情報を集めてくるからだ。

「これまでこの国は魔王がいたことでとても便利ではあったと思います。でもそれは、『楽』の便利です。これからの便利は『楽しい』になるんです」

 珠美の言葉に、何人かが無言で頷いた。
 その顔は満足げだ。

「それなら受け入れられるかもしれないな」

「だが魔王自ら探しに行ってたんじゃあ、防衛もなんもあったもんじゃねえだろ」

「はい。ですから、私はこういうのがないかと探す物の情報を渡すだけ。交渉担当と探すのは別の人に頼みます。探す人のあてはつけてあります。皆さんもご存じの方がいるかもしれませんが、ミッドガルドという――」

「ああ、あいつかあ。まあ、ちょっと融通がきかんところはあるが、仕事はきっちりこなしてくるしなあ」

「元々年中飛び回ってるわけだから、最適かもな」

「依頼が各ギルドの支店に直接来るようになれば、魔王の元へ往復する仕事もなくなるわけだしな」

 うんうん、と頷き合う面々に、珠美はにっこりと笑みを向けた。

「ということで、まずは具体例を人々に示すために、一つ販路を開いてきます。向かう先はサンジェストです」

「……! お、おい、タマ!」

「サンジェスト? どうしてまた。砂漠の国で何もないって」

 ラースの声は綺麗に無視して、珠美は説明を続けた。

「ガナンという油があるそうで、それは栄養価も高く、化粧品にも使えるんだそうです。油は便利ですからね。そして女性が喜ぶ物がたくさん作れます。サンジェストにはそのゴムも流通しています。ですから、そこからダーナシアとのつなぎをつけてもらいます。サンジェストには案内人の心当たりがありますので」

 ラースは口を開こうとしたものの、ギルド員たちの声にかき消された。

「なるほど。生活に身近なものというのは、女どもの理解を得やすい」

「入口としてはかしこいかもしれませんな。なんだかんだと家庭も流行も牛耳っているのは女の方ですから」

「女が喜んでりゃ旦那も文句はつけづらい。流行りもんを手に入れて意中の女を落とそうとする男にも食いつきはいいだろう」

「俗に聞こえるかもしれんが、人に受け入れられるとか馴染むとかっていうのは、結局そういうことだからなあ。遠い城でなにやらやってても、うちらには何が良くて悪いんだかわからんし、関係ねえって思っちまうのよ。だけど生活に変化が出るってのは楽しみがでるからな」

 上々な反応に珠美はほっとし、会合はその方向でまとまった。

「ちなみに、外交担当に相応しい人をどなたかご存じでしたら教えてください。そちらは急いでいませんので、いい人材がいなければ公募しようかとも思っていますが。お給料はちゃんと出しますよ。関税からね」

 にっこりと笑みを向ければ、ギルド員たちは少々静まった。

「関税、か……」

「ええ、勿論。国も収入がなければ何もできませんので」

 やっと収入のあてがついたのだ。逃すつもりはない。
 反応は上々だった。
 成果さえあげれば、あとはギルド員たちと話をまとめていけるだろう。

「では、詳しいことはまた改めて」

 そう言って多少の濁りを強引に無視して、会合はお開きとなった。


 部屋を出た珠美にラースは、「タマ」と声をかけた。

 振り返れば、ラースは複雑な顔を浮かべていた。

「一緒に行こう、ラース。サンジェストへ」

「だが、タマ……」

「魔王の仕事として行くの。ラースは私の護衛だから、ついてきてね。ついでに元部下の人たちに会えるといいね」

 ラースの顔を見上げれば、困った顔は苦笑に変わった。

「わかったよ。ありがとうな、珠美」

 何故か不意に珠美と呼ばれ、珠美の方が戸惑った。
 二人は階下へと下り、シルビアの元へ向かった。

「私達、サンジェストに行くことになりました。またあちらでお会いしましょう」

 珠美がそう声をかけると、シルビアは驚きに目を見開き、それから「はい!」と答えて笑った。

 シルビアの弾けるような笑みが、珠美には何故だか眩しかった。
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