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第三章 魔王と人々

4.本当の

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 珠美は協力者を手に入れた!

 頭の中でゲームの効果音が「てってれー」と鳴った。

「早速なんだけど。セレシアは族長の娘なのよね?」

「ええ」

「ということは、お父様は自治をされてるのよね。いろいろと話を聞けないかしら。参考になるかもしれない」

 国と里とでは単位が違うし、本来ならクルーエルを参考としたい。
 しかしそれではクルーエルにモンテーナの弱点をさらす事になる。
 協力関係にあるとは言え、上下ができてしまうのは好ましくない。

「それはかまいませんが」

「ありがとう、助かる! それからギルドに知り合いとかいないかな」

「族長である父と里の何人かが職人ギルドに属しておりますわ。それに商人ギルドと職人ギルドは密接な関係にありますから、そこから職人ギルドへもつなげられるかと思いますわ」

 その言葉に、珠美は光が見えた気がした。 
 実はセレシアが名乗ったときに『ケアルン族って何だろう』とクライアから譲り受けた記憶を探ったのだ。
 知らずに地雷を踏むようなことは避けたいと思ってのことだったが、ケアルン族の里は効能の高い薬づくりで有名だということを知った。
 里をぐるりと取り巻く森には希少な薬草が多く、代々、薬を煎じるのを生業としてきたらしい。
 だからどちらかのギルドには属しているのではないかと思っていたのだ。

 狙い通り、族長であるセレシアの父からいろいろと話を聞けそうだ。
 そこで今後の仕組みについて打診して反応を見たかった。
 どういう形であれば人々に受け入れられるのか、考えているだけではわからないから。

 ただ、時間を割いてもらう以上はノープランでいくわけにもいかないし、交渉材料は用意しておかねばならない。
 ギルドとなれば、賃金だとか、細かい条件だとか、この城のようにゆるゆるで済まされるとは思えない。
 それぞれに生活がかかっているのだから。

「ふんふん、なるほどね。珠美は国に来た依頼をギルドに流すつもりなんだね」

 顎に手を当てたゼノンに言い当てられ、珠美は頷く。

「まあ、そもそも国に依頼するようになったのがおかしいんだよね。そんな細々した話は自分たちでなんとかしなさいよという話でねー」

 ごもっともな言葉に、珠美は目を剥いた。
 この国の人はそんなことは思わないのだと思っていたから、それがゼノンの口から出たことに驚いたのだ。

「竜王の時代はそうじゃなかったのね?」

「うん。ギルドはあったけどね。竜王は便利屋じゃなく、クルーエルの国王と同じ、あくまで『王』だったよ」

 やはりそうか、と珠美は頷き、話を向けた。

「ゼノンは代々魔王をお人好しって言ってたよね」

「そう。特にタナカは情に篤くて暑苦しいやつだったねー。この国に拾ってもらった、受け入れてもらったから恩返しをしたいって、あちこち飛び回って人助けばっかりしてて。『人の上に立つために魔王になったんじゃない』ってさ。言ってることもわかるけど、結局今現在、この国は国として機能してるのかどうかも怪しいまでになっちゃったからねえ」

 否定的に思えるそれらを語る口ぶりは、しかし決して冷たいものではなかった。
 ゼノンも初代魔王に親しみを覚えていたのだろう。
 だから今もこうして、彼がいた場所に残っているのかもしれない。

「で。今更ながらに原点回帰を目指してる珠美は、どうやって族長たちを説得するつもりなのかな?」

 にこにこと言われた言葉に、珠美は言葉を詰まらせた。
 ゼノンはぼんやり見せていながらも、鋭いと思う。
 だが。性格は悪いと珠美は思った。

「わからないから、みんなに協力をお願いしてるのであって、わかってたらさっさと動いてるよ」

 少々のいらだたしさを残した珠美に、ゼノンは「ははは!」と笑った。

「まあ、そうだよね。別に意地悪で言ったわけじゃないよ。聞かないと何を考えてるかはわからないから聞いただけ。気を悪くしたならごめんね?」

「いや、まあ、別に……」

「タマミって人に頼るの下手そうだけどさ、意外と自分ができないことを理解してるよね。なんか一人で突っ走りそうに見えたけど意外と理性的っていうか」

 本当にこの人は人を馬鹿にしているのか褒めているのかわからない。
 珠美は思わず眉を歪めてしまったが、ゼノンは気にしたそぶりもない。

「それでさあ、ちょっと気になったんだけど。橋の修繕の時、珠美は紙に何か書いてから魔法を使ってたじゃない? あれって何?」

「ああ。あれは、うーん、魔法の設計図、みたいなものかなあ。私は想像したりするのが得意じゃないから、具体的に数値とか定義とかしっかり決めたくて。ステップごとに実行順も決めておかないと、暴走するのも嫌だし思ってもない事態を引き起こしたくないし」

 もっと言えば、一度使って大丈夫だと思えたものは一つの命令セットとして定義しておき、今後流用できるようにしていきたい。
 そうするともっと複雑な魔法でもそれらを組み合わせることで、短時間で設計できるようになっていく。
 なるべく魔法を使わないようにとはいっても、今はその準備中なのだから魔法を使う上での効率化も併せて考えていかねばならない。

「へえ……。なるほど、それは面白いね。これはもうしばらく観察したいかな。ねえ、珠美。ちょっと何か試しに魔法使ってみてよ」

 ほいほい魔法を使ってお人好しなことをしていると寿命を縮めると忠告してきたのはゼノンなのに。
 だがゼノンは魔法について何事か考えているようだし、それが珠美の命を救う道につながるかもしれない。
 そう思い了承しかけたとき、ずっと黙っていたラースが口を挟んだ。

「ゼノン。面白半分でタマを使うな」

「大丈夫だよ。タマはまだ子供だし、寿命もたっぷりあるでしょ。それにさっきの話だと、もしかしたらタマの方法なら――」

「今子供だとしても、むやみに寿命が縮むようなことをしなくてもいいだろう。それにこれでもタマは十八歳だぞ」

 いつも子供扱いするラースが十八歳だと覚えていたことに驚く。
 それよりも、珠美の寿命を気遣ってくれていることが嬉しかった。ゼノンの実験のように扱われている言葉には珠美もむっとしていたから。

 しかし。
 そこでさらに違う部分を聞きとがめた者がいた。

「十八歳? タマ様が?」

 そう言えばこの姿が当たり前になりすぎて、自己紹介をしたときにそこまで話してはいなかったと珠美は思い至る。

「そうなの。急に魔法が使えるようになったことで体がそれを受け入れるために省エネモードになったとかなんとか」

 そう説明をしながら珠美が目を向けた先には、鎮火したはずの嫉妬の炎をメラメラとさせたセレシアがいた。
 はっと息を呑み、思わず後退りすると、ラースが庇うように前に立った。
 ラースも「あーあ」という顔をしている。
 宿屋のミイルに女難の相とか言われていただけあって、こういった修羅場は見慣れているのかもしれない。

「子供のふりして中身は立派な大人だなんて……。しかもいずれ戻る? やぁぁっぱりクライア様の妻の座を狙ってるんじゃないでしょうねえええええ?!」

「キャーー!! だから、違うって! 違うから!!」

 詰め寄ったセレシアに珠美は思わずラースの背にしがみついた。
 クライアのことになると、発火点が異様に低くなるようだ。
 しかしセレシアがそのままの勢いで珠美にとびかかってくるようなことはなかった。

 はれ? と珠美が顔を覗かせてみれば、ラースがセレシアの額を人差し指の先でちょいっと抑えていた。
 たったそれだけのことで、セレシアは固まったように動けなくなった。
 その顔は悔しそうにラースを睨みつけている。

「何をしますの?! 無礼ですわ! 屈辱ですわ!」

「すまんな。だがまず落ち着け。タマは実年齢は十八歳ではありながら、そのあたりはまだおこちゃまだ。見ればわかるだろう?」

 庇われているのか貶されているのかわからない。
 文句を言うべきか守ってもらっていることに感謝するべきか、黙って見守る珠美の前で、ラースの指をぱっと払ったセレシアは、額をごしごしとこすりながら「ふんっ」と鼻息荒く吐き出した。

「そうですわね。どちらにしろ、そのつるぺたな体では勝負にはなりませんし。元の体に戻ったとしても、元からつるぺたかもしれませんし。何よりクライア様がお帰りになったら即座にタマ様を送り返せばいいことですし。いいですわ、受けて立ちますわ」

 幼児体形というより幼児なのだから、何を言われても痛くもかゆくもない。

「いや、だから、私はクライアのことは何とも思っていないし、どうせもうロクに会わないんだってば……」

 力なく弁解を口にした珠美の前で、ラースが再び口を開いた。

「珠美が元の世界に帰るまで、珠美のことは俺が責任をもって見ている。それでいいだろう、セレシア嬢」

 ラースの顔は珠美には見えない。
 しかしラースをしばらくじっと見上げていたセレシアは、上から下まで眺めるようにして、何かに納得したように勢いを収めた。

「ふん……。まあ、そういうことならかまいませんわ。タマ様が余所見をしなければそれでいいのです。あなたなら、まあ、タマ様もちょろそうですし」

 ちょろいってなんだ。

 勝手に進む話に珠美が「ちょっと!」とラースの背中から顔をだすと、ラースは困ったように笑っていた。
 その笑みに、勢いがそがれて何も言えなくなった。

「タマ様。大事なお話の途中で、つい心を乱してしまってごめんなさい。父と話をしたいとのことでしたわよね? 父に申し伝えますわ」

 話が戻ったことに、珠美はほっとした。

「それなら、お邪魔してもいい日を聞いておいてもらいたいんだけど」

「大体は家におります。ですが、父から話を聞くのであれば父に来てもらえばいいのですわ。タマ様は代理とはいえ、魔王なんですもの。わざわざ出向いていただくことはありません」

 確かにこの城をあけすぎるのもよくないのかもしれない。
 しかし珠美はまだこの国をよく知らない。
 クライアの知識として知ってはいても、その目で見てはいない。
 人も、土地も、その生活も。

「町の人たちの様子も見てみたいし、話の流れによってはギルドにも行きたいから。三日後に伺ってもいいかな」

「ええ、かまいませんけれど」

「じゃあ、お願いね」

 それまでに、考えておかねばならないことがたくさんある。

「ゼノン」

「え。なにその怖い笑顔」

「聞きたいことがたくさんあるの。協力してくれるって言ったよね?」

 ゼノンは乾いた笑みを浮かべた。

「うーん。ははは。また今度でもいい?」

「ダメ」

 今度こそ珠美はゼノンを逃すつもりはなかった。
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