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第三章 魔王と人々

1.闖入者

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 小竜がモンテーナについても、ゼノンは目覚めなかった。
 ラースが激しめに揺り起こし、やっと目を開いたものの、よろよろとやっと歩いているような様子で、見ているのもハラハラした。

 翌朝目覚めると、珠美はさらに成長した姿になっていた。

「一気に八歳ってところか? まあ、まだまだ子供だが、服はどんどん新調してもらわにゃ間に合わんな」

 言われて珠美が己の姿を見下ろせば、昨夜はぴったりだった寝衣はどこもかしこも丈が足りなくなっていた。

「はははっ! へそが見えてるぞ」

 虎の姿のままのラースに言われ、思わずがばりとベッドに蹲った。

「ばかっ! どこ見てんのよ!」

「ははははは! 八歳の子供のヘソを見てもなんとも思わん。いいじゃないか、かわいいヘソだぞ」

 ラースの喉が楽しそうに鳴る。
 珠美は恥ずかしさに首から火が出そうなほどに顔を真っ赤にした。

「へ、へそへそ言わないで! セクハラおやじみたいでイヤ!」

「なんじゃそら」

 その言葉にラースはぽかんとしたものの、虎のふさふさの眉は垂れ下がった。尻尾も元気なくしおれている。
 言葉の意味はわからないながらも、地味にダメージを受けたらしい。

 大幅に体が戻ったということは、昨日の橋の修繕で消費した魔力量も多かったということなのか、魔力が体に馴染んだということなのか。
 この分なら、そう時間もたたずに十八歳の珠美に戻れるかもしれないが、魔法はどれだけ使って大丈夫なのだろうか。
 元の姿には戻りたいが寿命を縮めるのは嫌だ。
 また、いきなり全く魔法を使わずにこの国を治めるというのも難しいだろう。
 影響のない適正ラインを知らなければと珠美はぼんやり考えた。

     ◇

 その後二日経つが、ゼノンはまだ姿を現さない。

「カゴに乗り込んできたときも寝すぎたって言ってたし。まさかずっと寝てたりして」

 魔王の執務机に座る珠美がふと顔を上げて言えば、ラースに「案外その通りかもな」と真面目に返された。半ば冗談のつもりだったが、珠美も否定はできなかった。
 だがいろんな獣人が住んでいて、寿命も様々なのだから、睡眠時間もそれぞれなのかもしれない。

 珠美は魔王専用のふかふかの椅子に深くもたれ、天井を仰いだ。
 城に戻ってきてからというもの、依頼をこなす傍らで今後どのようにこの国を回していくかをずっと思案していた。
 モルランにも相談してみたのだが、「ほお」「はあ」「なるほど!」と聞いてはくれるものの、議論には発展しなかった。
 そうなると魔法に頼らず国を統治していた竜王の時代を知っていて、かつ宰相でもあるゼノンが頼みの綱なのだが、一向に姿を見せない。
 ほとんどの使用人たちは使用人部屋に住んでいるが、ゼノンが城のどこにいるのかは、モルランも把握していないのだそうだ。
 勿論部屋割り表なども存在しない。

 仕方なく珠美は一人思案しながら、ラースに相談しては練り直すのを繰り返していた。

「そう言えば。払えるお給料もないのにどうやって技術者を集めたらいいんだろうって悩んでたんだけど。この国にも労働組合とか、職能団体とか、ギルドとかってあるのかな」

 ソファでダガーの手入れをしていたラースに訊ねれば「ああ」と思い出したように答えが返った。

「商人ギルドと職人ギルドがあるのは知ってる。俺も護衛の任は商人ギルドを通して依頼をもらうこともあるしな」

 商人ギルドと職人ギルドについてクライアの記憶を探る。
 どちらのギルドも隊商のリーダーや親方など代表者がギルドに属していて、組合のような互助組織に近いもののようだった。
 国から特権があるわけではなく、独立した組織だ。

「それなら、国に来てた依頼をギルドに流して、振り分けてもらうことができないかな」

 気になるのは、お金の問題だ。
 依頼者はこれまで無償で対応してくれたのにと反発するだろう。
 ギルドでは賃金が得られない仕事など受けないだろう。
 そこをうまく解消するにはどうしたらいいか、珠美はまたそこで詰まってしまった。

 直接ギルドに話を聞きに行くにしても、下手なことを話せば反発は必至だ。
 だれかギルドに属している人からそれとなく話を聞けたり、間に入ってもらえたらいいのだが。

 珠美が再び唸っていると、ダガーを鞘に仕舞おうとしていたラースがぴくりと耳を動かした。

「ん? なんだ?」

 すぐさま立ち上がって臨戦態勢をとったラースに続いて、珠美の耳にもドアの外から「――――ァァァァァ」と誰かの叫びのようなものが聞こえた気がした。
 何だろうと思っていると、おもむろにドアが力いっぱい開け放たれた。

 ッバァン! と跳ね返ったドアを強引に拳で抑えつけ、そこに仁王立ちになっていたのは一人の少女だった。

「クライア様! ただいま戻りましたわ!!」
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