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第二章 ここは魔王城いいところ

11.橋の修繕

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 結局宰相とは会えないまま、翌日を迎えた。
 今はそのことは置いておくしかない。珠美は隣国クルーエルからの依頼に集中しようと切り替えて、移動用のカゴに乗りこんだ。勿論ラースも後について乗る。

 動力源は小竜と呼ばれているらしい、読んで字のごとくの小さな竜だ。
 空を飛び、気球のように人が乗ったカゴを運んでくれる。
 馬車だと数日かかるところを、山も川も飛び越えてしまうから数時間ほどで着くようだ。

 城には馬車と同じように小竜も世話されていて、初めて見たときは感動した。
 早く乗ってみたい、と思っていたのがこんなにもすぐ叶うとは思っていなかったが。

 フィリスと従者二人、それから応接室にはいなかった護衛二人も共に乗った。
 他にもたくさんいたフィリスのお供は、乗って来た馬車で後からやって来ることになっている。

「そろそろ出発してよろしいでしょうか」

 小竜の乗員に声を掛けられ、珠美が頷いた瞬間のことだった。

「ああ、待って待って、乗りまーす」

 扉を閉めようとしていた乗員に、向こうから大きく手を振りやってくる男がいた。
 銀髪に銀縁眼鏡、凍った湖のような蒼い瞳。
 見た目には普通の人間と変わらず、何の獣人なのかはわからなかった。それとも人間なのか。
 いかにもクールで仕事ができるような外見ではあったが、男は待ってと言いながら走る様子も慌てる様子もなく、とてつもなくマイペースだった。

 呆気にとられ見守るうち、辿り着いた男は「よいしょっと」とカゴに乗り込み、「はいもういいよー。出発シンコー」と腕を上げて見せた。
 なんとも気の抜ける、そして勝手な合図を受けて、乗員が扉を閉める。

「いや、ちょっと待って。誰?」

 珠美はうっかりそのまま流されそうになったが、このカゴにはクルーエルの王子であるフィリスが乗っているのだ。不審な人物を乗せるわけにはいかない。

「ゼノンだよ。よろしくね、タマミ」

 名前だけでは乗せていいのか判断がつかない。
 だがフィリスはゼノンと面識があったようだ。

「お久しぶりだね、ゼノン。近頃姿を見ていなかったけど、相変わらずなようで安心したよ」

「ああ、ちょっと寝すぎてしまったようでねー」

 それでも本当にゼノンを乗せて行っていいのだろうかと珠美は迷ったが、フィリスもゼノンがカゴに乗っても当然というように接しているし、乗員もゼノンのことは知っているようで、気安く話している。
 モルランは腰を痛めたらしく寝込んでいて見送りには来ていないし、フィリスがもう乗り込んでいるのに、わざわざモルランに聞きに行くまで出発を待ってくれというのもはばかられる。
 悩んでいるうちに、乗員は準備を整え、朗らかに声をかけた。

「では出発いたします」

 城にいた人ならば、珠美とラースよりはこの国の事をいろいろと知っているかもしれない。そう考えて、珠美はそのまま出発することにした。
 モルランが寄こしてくれたのかもしれないが、事前に顔合わせは済ませておきたかったと思う。
 珠美は気取られぬよう一人ため息を吐き出し、今後はこういうことのないようにモルランともよく話し合っておこうと誓った。

     ・・・◆・・・◇・・・◆・・・

 小竜を乗せたカゴは、体感としては電車よりも速いくらいだった。
 最初のうちはこの国の事をよく見ておこうとラースに抱えてもらって外の景色を眺めていたのだが、常に向かい風のような状態なのだから息をするのも大変だった。
 だから結局珠美は、カゴの中にしゃがんで空ばかりを見ていた。
 何か風を流すような障壁を作れればと思うのだが、力学とか物理とかそういうあたりの知識がないから何をどうすればいいのか珠美にはさっぱりわからなかった。
 万能な魔王の力も知識がなくては役立たずである。

「タマミが早く来てくれてよかったよ。私もいつまでもモンテーナに滞在しているわけにもいかなかったからね」

 フィリスにそう言われてしまうと、依頼も早く済ませなければと焦る。

「ご依頼は町境にかかる橋の修繕でしたね」

「そう。お恥ずかしい話だけど、呑んだくれた者同士が喧嘩になったようでね。武器を持ち出しての大立ち回りになって、板を踏みぬいた挙句、橋脚を一本へし折ってしまったんだ。全く困ったことをしてくれたものだよ」

 そんな話をしている間に小竜はゆるやかに下降を始めた。

「ああ、見えて来た。あれがその橋だよ」

 眼下には街道とそこそこ幅のある川が交差しているのが見え、そこには確かに橋がかかっていた。
 カゴは近くの野原にそっと下ろされ、小竜も傍に翼を休めた。

「先ほどの橋がかかっていたのは、あの川です」

 その川は幅五メートルほどもあり、水位が高かった。
 勢いもかなり強い。

「この川はいつもこんな様子なんですか?」

 従者が近くの人に聞いてくれたところによると、数時間前まで激しく雨が降っていたらしい。
 そんなのはよくあることだというが、歩いて向かった先に見えてきた壊れた橋というのはなんとも華奢な橋脚で、木造りのものだった。

 橋の端の方が足で踏みぬいたように穴が開いていて、そのすぐ近くの橋脚が折れて下側だけが川から生えている状態だった。
 今にも川の水に流されてしまいそうなほどに見えるのは、脚を一本失ったせいではないと思う。
 川の流れに対して、造りがあまりに貧弱なのだ。
 珠美に専門の知識があるわけではない。
 でも川幅や水の量に対して計算された設計とはとても思えなかった。

「この橋はいつ頃、どうやって造られたんですか? 通行量は多いでしょうか。荷馬車なんかが通ることは?」

 訊ねれば、フィリスも従者たちも、さあ、と首を傾げる。

「把握されてないんですか」

「うん。だって、魔王ならすぐ直せるだろう。そんな情報は必要かな?」

 フィリスが珠美の目を覗き込みながら首を傾げる。
 最初はただただ王子という肩書と、その見目麗しい姿に圧倒されていたが、話してみれば気さくだった。
 しかしやはり王子というのはそれだけではないのだと思う。
 昨日は珠美の視線を読んだように気遣いもしてくれたが、それが心強いと思うのは味方であればこそだ。

 フィリスはこれから珠美がどう対応するのか、見たいのだろう。
 珠美の味方となるかどうかは、それ次第だ。

 試されている。
 そう直感した。
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