上 下
20 / 61
第二章 ここは魔王城いいところ

9.王子の依頼

しおりを挟む
 午後になり、決意新たに応接室に向かった。
 服は急なことだったので間に合わず、子供用のドレスを着ている。
 クライアのお下がりでいいと言ったのだが、ユラとソラが許してくれず、貴族の令嬢でもないのに盛りに盛られた。
 謁見のためのきっちりとした服装、というよりは、パーティに行くような華やかさだ。
 本当にこれでいいのか、クルーエル国の人も来るのに無礼ではないのかと何度も確認したが、ユラもソラも自信満々に頷き、覆ることはなかった。

 ラースはそんな珠美の姿に目を見開き、「ふーん」とにやにやしていたが、ドレスを着ていてもなお躊躇いなく、ひょいっと珠美を肩に担いだ。
 だが珠美は今度こそ断固拒否した。
 そんな姿を来客に見られるわけにはいかないからだ。

 ただでさえ珠美は子供の姿で、社会もロクに知らず、威厳なんてものもなく、侮られやすいのだ。その上服もパーティ仕様では浮かれて見える。
 侮られてはこの国の代表として対等な話ができなくなる。
 理由を話せば、ラースはすんなり下ろしてくれた。

 しかし護衛の継続を打診した後あたりからご機嫌に見えるのは何故だろう。
 一年間の衣食住を確保できたという安堵は暮らしに苦労してきた珠美にもわかるが。

 時間になり、応接室で待っていた珠美の元にモルランが連れて戻ってきたのは、金髪に碧眼の青年だった。
 一目見ただけでそれが王子だと珠美にもわかった。後ろには二人の従者が付き従っている。
 珠美は本物の王子など見たことがないのだが、まさにイメージがそのままに実体化したような容姿だった。
 陽の光にきらめく金髪はさらさらで。白い肌は透き通るようで、とても整っている。
 年齢は珠美よりも少し上の、二十歳くらいだろうか。
 どうしても『王子』という存在にあわあわとしてしまうが、そんな場合ではない。

 モルランに聞いたところ、最初は使者が来ていたものの、魔王が不在だと知り王子が寄こされたという。
 つまり、こちらの国の事情を窺おうとしているということだろう。
 先程までゆるゆるな会話を続けていた珠美は、二国関係のバランスが危うくなるような言動は気を付けなければならないと、気を引き締めた。
 クルーエルまでモンテーナのようにゆるゆるではないはずだから。

「私はクルーエル国第二王子のフィリス=クルーエルです。以後お見知りおきを、かわいらしい魔王様」

 フィリスは美しい顔を妖艶に笑ませて、珠美に向かって紳士の礼をとる。
 珠美はソラとユラに教わったように、胸に手を当てお辞儀をした。

「タマミ=ヤマモトです。聞き慣れない名前だと思いますので、お好きなようにお呼びください」

「もしや、初代魔王様と同じく日本という国からいらしたのでは?」

 フィリスは気を悪くした風もなくにこやかにそう訊ね、珠美はほっとして頷いた。

「はい、そうです」

 どこまで話していいのか迷ったが、珠美のことは城中に知れ渡っている話だ。
 城内に滞在していたのならば、それくらいの情報はいくらでも拾えてしまうだろうから、ここで隠す意味もない。

「さぞ大変な思いをしたことでしょう。タマミ様、とお呼びしても?」

「どうぞ気安くお話しください。みなさんは『タマ』と呼びます」

 魔王というのはこの国を統治する存在。
 隣国の王子とも対等な存在として、へりくだるような態度はよくなかっただろうかと思ったが、モルランには気にした様子はない。
 本当にまずければそれなりの合図は寄こしてくれるだろう。
 判断はモルランに任せ、珠美は目の前のフィリスに集中した。

「では、せっかくの愛らしい名前だ、『タマミ』とそのまま呼ばせていただこう。ああ、ただ、タマミもどうか気安く話してほしい。我々は対等なのだから」

 フィリスは笑みを浮かべ、そう言ってくれた。
 珠美が何を思って視線を彷徨わせたのか察したのだろう。

 さすがは王子だ。
 見かけだけでなく、中身も疑いようもなく王子だ。

 本当に小説とか漫画から抜け出てきたみたいだと、まじまじと見てしまった珠美に、フィリスは、ふふ、と楽しそうに笑った。
 そしてさりげなく珠美に座るよう手で促してくれた。
 慌ててフィリスと同じように再びソファに腰を沈めると、フィリスの真っ直ぐな目と目が合う。

「さて。タマミが魔王代理として依頼を受けてくれると聞いているけれど、まだ日が浅いようだ。こちらにはもう慣れたかな?」

 それはつまり、『魔王としてちゃんとやれるのか?』と聞いているのだろう。

「はい。基礎知識はクライアから引き継いでおりますし、魔法も問題なく使えています」

 この場に臨む前に魔法の練習はしておいた。
 極力使わないとは言っても、魔王としていざというときに使えるようにしておかねばならない。
 モルランも魔王が強大な魔力を有していることが二国間のバランスを保っていると言っていたのだから、おろそかにはできない。

 思った通り魔法は、プログラムのように事前に力の大きさや方向など、条件や命令文を定義しておけば、意図した通りに使えた。暴走してしまうようなこともない。
 昨日までに使った二回よりも、疲労感もなかった。体が慣れたのか、もしくはシンプルに命令を定義したからエネルギーの消費が少なく済んだのかもしれない。

「そうか。それは頼もしいね」

「ただ、一つだけ。今後はお受けする依頼内容も吟味させていただこうと思っています。必要に応じて私ではなく、相応の技術者に対応してもらうことも考えています」

「それは何故? そんなことをするより魔王の力でさっと片付けた方が双方に利はあると思うけど」

「この国とクルーエル国を長期的に見た場合の損失を考えてのことです。民にできる仕事を魔王が奪ってしまっては、経済が回らなくなります。技術や知識が廃れ、継承されなくなり、文化が発展しなくなります」

 はっきりと、だがゆっくりと珠美は告げた。
 魔王の寿命については触れなかった。
 この国の弱体化の可能性を示唆してしまうことになるからだ。
 これまでのように、平和的な関係を保っていた方が利のある国と思わせておかなければならない。

 フィリスはじっと考え込むように聞いていたが、ややして笑みを浮かべた。
 その目には面白がる色がある。

「なるほどね。それはタマミの言う通りだ。私もね、正直に言えばモンテーナ国との国交が正常であることを他国に知らしめるためにこうして依頼を持ってやってきているに過ぎないんだ。だからその内容はなんであってもかまわないわけだ」

 二国間が親密であることを示すことによって他国からの侵略への抑止力としているのだろう。
 それは双方の国のためでもある。
 魔王の力でさっと片付けた方が双方に利はあると、この国で何度も聞いた言葉を返されたときには説得に苦労すると思ったから、ほっとした。

「勿論必要な力は使います。人命や国の大事に関わること、魔法で片付けた方が利があると判断できる場合も」

「それならまずは今回の依頼の件について話そうか」

「ええ、お願いします」

 フィリスは聡明だ。
 少し話しただけの珠美にもそれがわかった。
 話がスムーズであるのは助かったが、それは同時に気を抜けない相手でもあるということだ。
 たぶん、クルーエルはモンテーナのように緩くはない。
 きっと、珠美が思っている『国』というものはクルーエルが近いのだろう。
 だから気を引き締めなければならない。
 珠美の肩にはこれ以上もなくプレッシャーがのしかかっていた。
しおりを挟む
script?guid=on
感想 4

あなたにおすすめの小説

空からトラブルが落ちてきた

ゆめ
ファンタジー
森の奥深くにある小さな村の領主は自分の人生に満足していた。 だが穏やかな日々は突然終わりを告げる。 静かな朝に空から落ちてきた『それ』によって。 どう扱ってよいか分からないので甘やかしたら懐かれた挙句、助けたお礼に国をくれるとか言い出した。 いやいらないんだが……言ってみたけど無視された挙句嫁も用意された吸血鬼の苦労話。 ※他サイトでも掲載中。

異世界の片隅で引き篭りたい少女。

月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!  見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに 初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、 さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。 生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。 世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。 なのに世界が私を放っておいてくれない。 自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。 それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ! 己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。 ※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。 ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。  

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話。

追放されて老女になった男爵令嬢は、呪われて子どもになったイケメン魔術師と暮らしはじめました~ちょっと噛み合わないふたりが、家族になるまで~

石河 翠
ファンタジー
婚約者のいる男性に手を出したとして、娼館送りにされた男爵令嬢リリス。実際のところそれは冤罪で、結婚相手を探していたリリスは不誠実な男性の火遊びに利用されていただけだった。 馬車が襲撃を受けた際に逃げ出したリリスだが、気がつけば老婆の姿に変化していた。リリスは逃げ出した先で出会った同じく訳ありの美少年ダミアンの世話役として雇われることになり……。 人生を諦めていて早くおばあさんになって静かに暮らしたいと思っていた少女と、ひとの気持ちがわからないがゆえに勉強のために子どもの姿にされていた天才魔術師とが家族になるまで。ハッピーエンドです。 この作品は、エブリスタ及び小説家になろうにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりアディさんの作品をお借りしております。

地縛霊おじさんは今日も安らかに眠れない

naimaze
ファンタジー
廃ビルで命を落として地縛霊になってしまったおじさんが、その死に立ち会ってしまった女子高生や仲間たちと送る、たまに笑えて、ちょっと切ない、奇妙な日常の物語。 ※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

チート無しっ!?黒髪の少女の異世界冒険記

ノン・タロー
ファンタジー
ごく普通の女子高生である「武久 佳奈」は、通学途中に突然異世界へと飛ばされてしまう。これは何の特殊な能力もチートなスキルも持たない、ただごく普通の女子高生が、自力で会得した魔法やスキルを駆使し、元の世界へと帰る方法を探すべく見ず知らずの異世界で様々な人々や、様々な仲間たちとの出会いと別れを繰り返し、成長していく記録である……。 設定 この世界は人間、エルフ、妖怪、獣人、ドワーフ、魔物等が共存する世界となっています。 その為か男性だけでなく、女性も性に対する抵抗がわりと低くなっております。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

処理中です...