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第一章 まだ時給を聞いてない

10.いざ魔王城へ。ただし決戦はしない

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「その角……魔王……様?」

「いやいや、魔王様は男だぞ。全然似ても似つかないし」

「だけどそのお嬢ちゃんに生えてたのは紛れもなく魔王様の角だったぞ」

 猫目の男たちはざわざわわいわいと話し合い始めた。
 だがラースはそれを無視してすたすたと歩き始めた。

「ぉおーい!! ちょっと待てよ、なんでこんな驚嘆に溢れたざわめきの中でさっさと去っていけるんだよ! 無責任だろうがよお、説明責任果たしていけよお」

 茶トラの顔は困惑していた。だがラースは振り返りもしない。

「無責任? タマが甘いだけで、ご丁寧に付き合ってやる義理はない」

 珠美は肩の上でおろおろと、ラースと猫目の男たちを交互に見た。

「タマっていうのか? なああんた、タマ様はあんたの娘なのか? それともやっぱり魔王様の子なのか?」

 ――タマ様?! おばあちゃんか!

 二文字の付加効果がすごい。
 灰色スコティッシュフォールドの声に、ラースは歩みを止めないまま「違う」とだけ答えた。

「わかった! 話す! 俺たちもなんであんたたちを襲ったのかちゃんと話すから! 頼むから足を止めてくれ。このままじゃ俺たち、気になり過ぎて夜も眠れねえよ」

 茶トラの必死の懇願に、ラースは足を止めた。
 くるりと振り返り、居並ぶ猫耳の男たちの顔を見回す。

「別にお前らの睡眠事情なんぞ知ったことじゃないがな。――次におかしな真似をしたら、全員首を飛ばすぞ」

 凄んで放たれた一言に、男たちは何度もこくこくと頷いた。
 たったの一投で圧倒的な力の差を見せつけられたのだから、もはや無謀にも挑もうとはするまい。

 猫目猫耳の男たちが揃って地面に胡坐をかくと、ラースも向かい側に腰を下ろし、珠美を膝に乗せた。
 隣に座らされるのかと思っていた珠美は「ええ?!」と驚いて声をあげたが、何かあった時に守りやすくするためなのだろう。
 それ以上は文句を言わず、大人しく邪魔にならぬようそのまま膝を抱えて座った。

「俺たちは魔王様に借りがあってよお。真面目に仕事をやるのは馬鹿らしくて一山当てようと思ってたんだが、ドジ踏んで、危ない目に遭ったとき助けてもらったんだよ。それから心を入れ替えた俺たちにいろいろと仕事をくれて、毎日忙しく働かせてもらってたんだ。だけど最近依頼がなくなって、どうしたのかと思ったら」

 茶トラがちらりと珠美に目を向けた。

「魔王様がいなくなったって言うんだ。残ってたのは置手紙一つで『探したいから探さないでくれ』って」

 ――圧倒的文章力不足!

 会話だけでなく、文章にしても説明が足りていないとは。
 そんなクライアに既に振り回されている身としては、いきなりそんな置手紙を見て周囲がパニックになったであろうことは想像に難くなかった。

「今魔王城に誰かが訪ねて行ったら、魔王様の不在がみんなに知れちゃうと思ったんだ。そしたら悪いこと考える奴らがこの国を乗っ取ろうと詰め掛けてくるかもしれないだろ?」

 なるほど。
 それで猫目の男たちは珠美たちをここで堰き止めようとしていたのかと合点する。

「だから脅すだけのつもりだったのに、そのおっさん死ぬほど強えーんだもん。反則だよ。全然動き見えなかったし、あんなの避けれるわけねえじゃん。一体何者??」

 その時の恐怖を思い出したように頬の傷跡を撫でながら茶トラが言えば、他の猫耳たちもうんうんと頷いてじっとラースを見た。

「ただの護衛だ」

「いやそれにしちゃ殺気半端ないじゃん! 守るより攻め入る人だよね? あんまり絶望的に歴戦の強者感出してくるから、ちょっとパニクっちゃったし引き返せなくなるし、もうとんだ災難だよ」

 灰色スコティッシュフォールドが耳をさらにぺたりと伏せて、おまけに眉も下げる。
 災難と言われても。
 巻き込まれたのはこちらの方だ。
 ラースもやれやれというように膝に頬杖をついた。

「お前らの方こそ殺気を放てば逃げ去ると思ったんだよ。勝てもしないことがわかってるのに何故立ち憚るのかと思ったが、なるほどそういう理由があったわけか。だが引き際くらいわきまえとけ。それと死ぬ覚悟もなしに武器を抜くな、脅しの道具じゃすまなくなる。おかげでいらん血を流しただろうが」

「わかってるけど、強い相手だったらなおさら魔王城に近づけちゃいけないと思ったんだよお」

 白色が半泣きでべそべそと言う。

「おまえらのその忠誠心は立派だ。魔王が取り立てたのもわかる。だが、それじゃ命がいくらあっても足りんぞ。無駄に死ぬよりも、生き延びて他の奴に繋ぐ方が有用だ」

「確かにそうですね。今後はよく話し合って対策練ります!」

 いつの間にか敬語になっている。
 茶トラがペコリと頭を下げると、全員がならった。

「それからタマ様、傷を治してくれてありがとうございました」

 再び茶トラが頭を下げれば、またもや全員がならう。
 とても素直だ。
 魔王に忠義を感じ、自分たちの度量すら超えて踏ん張っていたところもいじましく、珠美は嫌いになれないと思った。
 だがやっぱりタマ様はやめてほしい。かといってヤマモトと呼ばれるのも違和感がすごい。
 珠美が複雑な心中を抱えている間に茶トラがぱっと顔を上げた。

「それで、タマ様が魔王の角と力を持ってるということは、魔王様にも会われたんですよね? それならひとまずは無事なんですね、ほっとしました」

 茶トラの言葉に、灰色が反応した。

「それでタマ様が魔王城に向かってたということは。魔王様の跡を継がれるってことですか?」

「まあその辺のことはお前たちに魔王との繋がりがあるなら、正規のルートから知らせがあることだろう。今俺たちが言えることはない。連絡を待て」

 その答えで十分だったのだろう。
 揃って猫目をまん丸にしてキラキラとさせ、「はい!!」と頷いた。

「魔王様が見込んだ方なら、例え頼りなげな細っこいお嬢ちゃんだろうと、俺たちは全力で仕えます!」

 猫耳たちの真っすぐさに珠美は少しだけ戸惑った。そして申し訳なく思った。
 クライアが珠美を選んだのは、他に話を聞いてくれる人がいなかっただけだから。珠美が何かすごいわけではない。

 その後、猫耳たちが魔王城まで送っていくと聞かないので、仕方なくぞろぞろと連れ立って魔王城を目指した。
 その間、珠美はずっとラースの右肩に担がれたままだった。
 猫耳たちのせいで予定外の時間をとってしまい、急がなければならなかったからだ。
 暗くなる前に城に入れなければ、森で一晩明かすことになってしまう。
 そんなのもラースは慣れていると言ったが、アウトドアなどやったことのない珠美は文句を言わず大人しく担がれた。

 魔王城の入り口には門番が立っていて、珠美たちの姿を見るなり、ざっと道を開けた。

「お待ちしておりました」

 どうやら珠美達が向かっていることは何らかの方法で知っていたらしい。

「いってらっしゃいませ、タマ様!」

 猫耳たちに見送られ、珠美とラースは夜になる前に城に入ることができた。
 いよいよ、珠美は魔王としてこの世界に立つことになるのだ。
 もう後戻りはできない。
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