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第一章 まだ時給を聞いてない
5.憧れの魔法。されど理想と現実は異なるという最も残念な事例
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「ところで聞いておきたいんだけど、魔王の力って、魔力ってどうやって使うの?」
「あー、俺は魔力はないから専門ではないが。魔王は念じるだけで魔法が使えるらしいぞ。通常は詠唱だとか魔法陣だとかあるんだが、そういうのは使わないんだと」
念じれば使える。イメージ、ということだろうか。
だが趣味のプログラミングでロジカルな思考にばかり慣れている珠美には、イメージを思い描くのが難しかった。
条件式を書けと言われた方がわかりやすい。
「試しになんか使ってみたらどうだ?」
言われて、今一番困っていること、したいことを考える。
顎に手を当て考え、ふと自分の身なりを思い返す。
ジーパンもメガネもどこかへ行ってしまったし、荷物もない。
おそらく落下したときに木にひっかけてしまったのだろう。
「荷物を探したい」
ジーパンも眼鏡も今の珠美には不要だとしても。
いつかは元の世界に帰るのだから、よすがとなる物は一つでも持っておきたかった。
「そうか。じゃあ外に出るか。降りられるか?」
木のベッドは少し高さがあったが、後ろ向きになって足を下ろせば、落ちることなくちゃんと床に着いた。
ラースの後について外に出ると、先程落下した跡には深く穿たれた二つのくぼみができていた。
見るだに痛々しいが、命があったどころか痛みもさほどなかったのだから魔力万歳、異世界万歳と言うほかない。
辺りの木を見上げる。
それらしいものは見当たらなかったが、荷物をここで手放してしまいたくはなかった。
バッグの中に入っているのはティッシュとかハンカチとか些細なものだが、ないと絶妙にストレスが溜まる。この世界にそれらが満足にあるかもわからないし、お金はこの世界では使えないとしても、財布がなければ帰ってからの生活が困窮してしまう。
木に引っ掛かっているとしたら、木をゆすったら落ちてくるだろうか。
「イメージ……」
木から距離を取って、じっと見つめる。そして木がゆさぶられる様を思い描いてみた。
するとすごい勢いで辺りの木々がしなり始めた。
ぐわんぐわん、ガサガサとしなるから、バキバキと小枝が折れる音もする。
「わ、わー!?」
全ての木が折れてしまうのではないかというほどに木がしなるので、珠美は慌てて「止まれ!」と念じた。思わず声も出ていた。
途端、木の動きが止まる。しなった形のまま。
これでは木が変な方向に育っていってしまう。森林破壊だ。
今度は慎重に、「元の位置に戻れ」と念じる。
すると弓に張った弦のように、びぃーん、と木がしなって直立に戻ったかと思うと、あとは元のように、風に揺れる木々の自然な姿が取り戻された。
それと同時、どこか高いところからガサガサと音のしていた木から、ぼとりと何かが落ちる。
珠美の持っていたバックだ。黒い布製のショルダーバックで、中にはスマホとハンカチ、ティッシュ、手帳などが入っていたはず。
はああ、と全身で息を吐き、珠美はへたりこんだ。
「これは……、疲れる」
迂闊には使えない。
力の強さや速さ、角度など、微細にイメージしなければとんでもないことになってしまう。
臨機応変に生きられない己の不器用さを現しているようで嫌になる。
だがラースは楽しそうにその様子を見守っていた。
「はは! やっぱり魔王ともなると規格外だな。本当に詠唱もなく、発動にもラグがない。便利なもんだな」
「全然便利じゃないよ……。ちゃんとロジックが確立できるまでは二度と使わない」
言いながら、プログラムのようにフローチャートを作って命令や条件、式を定義しておけば、それに沿って魔法を発動していけそうだなと思った。
「タマは真面目だなあ。結果として目的を果たせたんだ、それでいいだろうが」
「よくないよ。あれじゃ木が折れちゃうかもしれなかったし、それがこっちに倒れてきたら? 諸刃の剣だよ」
助け起こされながら震える声で言うと、ラースは「うーん」と困ったように頬をかいた。
「だがなあ。たぶん、あんまりのんびりとはしてられんだろうな」
「どうして?」
「その強大な力を使って、人々を助けるのが魔王の仕事だからだ」
そう言えばそうだった。
誰だ、女子高生にもできる簡単なお仕事だと言ったのは。
とんだ詐欺じゃないか。
魔王とも聞いていなかったし、魔王の具体的な仕事も聞く前に送り出されてしまった。
だが前魔王クライアの記憶とラースの語るところによれば、この世界での魔王とは「ハーハッハッハ! 世界を混沌と恐怖に陥れてやる!」とか君臨する存在ではなく、単に最も魔力の強いものがそう呼ばれ、ついでのように一つの国を統治しているに過ぎないようだ。
――ただのいい人じゃん、魔王。
「お人好しか」
「はは。違いないな」
だが他人事ではない。
これから珠美がそれをしなければならないのだ。
「あの城が魔王城だ」
ラースが、森の向こう、山の上を指さした。
そこには千葉かと勘違いさせるような、あの古びた城。
「遠いな……」
だが、それならば辿り着くのにも時間がかかる。着くまでに魔法の使い方を珠美なりに構築し、練習しておけばいい。
かくして高校を卒業したばかりで、まだ女子高生と名乗るしかない実質ニートな珠美は、ケモ耳イケオジの護衛を連れて城へと向かうことになった。
ちなみに。珠美の履いていたジーンズは、少し進んだ先にぽとりと落ちていた。
回収し、くるくると小さく畳んでショルダーバックに入れたものの、子供の体では重くて邪魔な荷物以外の何物でもなかった。
こちらとあちらでは時間の流れが違う。
クライアも、二週間程度なら大丈夫と言った珠美に、一年後くらいに帰ると伝言を頼んでいた。
つまり、それまで珠美はこの世界で暮らしていかなければならないのだ。
だから、どんなに邪魔であっても、元の世界に関わるものを捨てることは珠美にはできなかった。
元の世界に帰れなくなってしまいそうで、怖かったから。
「あー、俺は魔力はないから専門ではないが。魔王は念じるだけで魔法が使えるらしいぞ。通常は詠唱だとか魔法陣だとかあるんだが、そういうのは使わないんだと」
念じれば使える。イメージ、ということだろうか。
だが趣味のプログラミングでロジカルな思考にばかり慣れている珠美には、イメージを思い描くのが難しかった。
条件式を書けと言われた方がわかりやすい。
「試しになんか使ってみたらどうだ?」
言われて、今一番困っていること、したいことを考える。
顎に手を当て考え、ふと自分の身なりを思い返す。
ジーパンもメガネもどこかへ行ってしまったし、荷物もない。
おそらく落下したときに木にひっかけてしまったのだろう。
「荷物を探したい」
ジーパンも眼鏡も今の珠美には不要だとしても。
いつかは元の世界に帰るのだから、よすがとなる物は一つでも持っておきたかった。
「そうか。じゃあ外に出るか。降りられるか?」
木のベッドは少し高さがあったが、後ろ向きになって足を下ろせば、落ちることなくちゃんと床に着いた。
ラースの後について外に出ると、先程落下した跡には深く穿たれた二つのくぼみができていた。
見るだに痛々しいが、命があったどころか痛みもさほどなかったのだから魔力万歳、異世界万歳と言うほかない。
辺りの木を見上げる。
それらしいものは見当たらなかったが、荷物をここで手放してしまいたくはなかった。
バッグの中に入っているのはティッシュとかハンカチとか些細なものだが、ないと絶妙にストレスが溜まる。この世界にそれらが満足にあるかもわからないし、お金はこの世界では使えないとしても、財布がなければ帰ってからの生活が困窮してしまう。
木に引っ掛かっているとしたら、木をゆすったら落ちてくるだろうか。
「イメージ……」
木から距離を取って、じっと見つめる。そして木がゆさぶられる様を思い描いてみた。
するとすごい勢いで辺りの木々がしなり始めた。
ぐわんぐわん、ガサガサとしなるから、バキバキと小枝が折れる音もする。
「わ、わー!?」
全ての木が折れてしまうのではないかというほどに木がしなるので、珠美は慌てて「止まれ!」と念じた。思わず声も出ていた。
途端、木の動きが止まる。しなった形のまま。
これでは木が変な方向に育っていってしまう。森林破壊だ。
今度は慎重に、「元の位置に戻れ」と念じる。
すると弓に張った弦のように、びぃーん、と木がしなって直立に戻ったかと思うと、あとは元のように、風に揺れる木々の自然な姿が取り戻された。
それと同時、どこか高いところからガサガサと音のしていた木から、ぼとりと何かが落ちる。
珠美の持っていたバックだ。黒い布製のショルダーバックで、中にはスマホとハンカチ、ティッシュ、手帳などが入っていたはず。
はああ、と全身で息を吐き、珠美はへたりこんだ。
「これは……、疲れる」
迂闊には使えない。
力の強さや速さ、角度など、微細にイメージしなければとんでもないことになってしまう。
臨機応変に生きられない己の不器用さを現しているようで嫌になる。
だがラースは楽しそうにその様子を見守っていた。
「はは! やっぱり魔王ともなると規格外だな。本当に詠唱もなく、発動にもラグがない。便利なもんだな」
「全然便利じゃないよ……。ちゃんとロジックが確立できるまでは二度と使わない」
言いながら、プログラムのようにフローチャートを作って命令や条件、式を定義しておけば、それに沿って魔法を発動していけそうだなと思った。
「タマは真面目だなあ。結果として目的を果たせたんだ、それでいいだろうが」
「よくないよ。あれじゃ木が折れちゃうかもしれなかったし、それがこっちに倒れてきたら? 諸刃の剣だよ」
助け起こされながら震える声で言うと、ラースは「うーん」と困ったように頬をかいた。
「だがなあ。たぶん、あんまりのんびりとはしてられんだろうな」
「どうして?」
「その強大な力を使って、人々を助けるのが魔王の仕事だからだ」
そう言えばそうだった。
誰だ、女子高生にもできる簡単なお仕事だと言ったのは。
とんだ詐欺じゃないか。
魔王とも聞いていなかったし、魔王の具体的な仕事も聞く前に送り出されてしまった。
だが前魔王クライアの記憶とラースの語るところによれば、この世界での魔王とは「ハーハッハッハ! 世界を混沌と恐怖に陥れてやる!」とか君臨する存在ではなく、単に最も魔力の強いものがそう呼ばれ、ついでのように一つの国を統治しているに過ぎないようだ。
――ただのいい人じゃん、魔王。
「お人好しか」
「はは。違いないな」
だが他人事ではない。
これから珠美がそれをしなければならないのだ。
「あの城が魔王城だ」
ラースが、森の向こう、山の上を指さした。
そこには千葉かと勘違いさせるような、あの古びた城。
「遠いな……」
だが、それならば辿り着くのにも時間がかかる。着くまでに魔法の使い方を珠美なりに構築し、練習しておけばいい。
かくして高校を卒業したばかりで、まだ女子高生と名乗るしかない実質ニートな珠美は、ケモ耳イケオジの護衛を連れて城へと向かうことになった。
ちなみに。珠美の履いていたジーンズは、少し進んだ先にぽとりと落ちていた。
回収し、くるくると小さく畳んでショルダーバックに入れたものの、子供の体では重くて邪魔な荷物以外の何物でもなかった。
こちらとあちらでは時間の流れが違う。
クライアも、二週間程度なら大丈夫と言った珠美に、一年後くらいに帰ると伝言を頼んでいた。
つまり、それまで珠美はこの世界で暮らしていかなければならないのだ。
だから、どんなに邪魔であっても、元の世界に関わるものを捨てることは珠美にはできなかった。
元の世界に帰れなくなってしまいそうで、怖かったから。
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