上 下
6 / 61
第一章 まだ時給を聞いてない

5.憧れの魔法。されど理想と現実は異なるという最も残念な事例

しおりを挟む
「ところで聞いておきたいんだけど、魔王の力って、魔力ってどうやって使うの?」

「あー、俺は魔力はないから専門ではないが。魔王は念じるだけで魔法が使えるらしいぞ。通常は詠唱だとか魔法陣だとかあるんだが、そういうのは使わないんだと」

 念じれば使える。イメージ、ということだろうか。
 だが趣味のプログラミングでロジカルな思考にばかり慣れている珠美には、イメージを思い描くのが難しかった。
 条件式を書けと言われた方がわかりやすい。

「試しになんか使ってみたらどうだ?」

 言われて、今一番困っていること、したいことを考える。
 顎に手を当て考え、ふと自分の身なりを思い返す。
 ジーパンもメガネもどこかへ行ってしまったし、荷物もない。
 おそらく落下したときに木にひっかけてしまったのだろう。

「荷物を探したい」

 ジーパンも眼鏡も今の珠美には不要だとしても。
 いつかは元の世界に帰るのだから、よすがとなる物は一つでも持っておきたかった。

「そうか。じゃあ外に出るか。降りられるか?」

 木のベッドは少し高さがあったが、後ろ向きになって足を下ろせば、落ちることなくちゃんと床に着いた。
 ラースの後について外に出ると、先程落下した跡には深く穿たれた二つのくぼみができていた。
 見るだに痛々しいが、命があったどころか痛みもさほどなかったのだから魔力万歳、異世界万歳と言うほかない。

 辺りの木を見上げる。
 それらしいものは見当たらなかったが、荷物をここで手放してしまいたくはなかった。
 バッグの中に入っているのはティッシュとかハンカチとか些細なものだが、ないと絶妙にストレスが溜まる。この世界にそれらが満足にあるかもわからないし、お金はこの世界では使えないとしても、財布がなければ帰ってからの生活が困窮してしまう。

 木に引っ掛かっているとしたら、木をゆすったら落ちてくるだろうか。

「イメージ……」

 木から距離を取って、じっと見つめる。そして木がゆさぶられる様を思い描いてみた。

 するとすごい勢いで辺りの木々がしなり始めた。
 ぐわんぐわん、ガサガサとしなるから、バキバキと小枝が折れる音もする。

「わ、わー!?」

 全ての木が折れてしまうのではないかというほどに木がしなるので、珠美は慌てて「止まれ!」と念じた。思わず声も出ていた。
 途端、木の動きが止まる。しなった形のまま。
 これでは木が変な方向に育っていってしまう。森林破壊だ。
 今度は慎重に、「元の位置に戻れ」と念じる。
 すると弓に張った弦のように、びぃーん、と木がしなって直立に戻ったかと思うと、あとは元のように、風に揺れる木々の自然な姿が取り戻された。

 それと同時、どこか高いところからガサガサと音のしていた木から、ぼとりと何かが落ちる。
 珠美の持っていたバックだ。黒い布製のショルダーバックで、中にはスマホとハンカチ、ティッシュ、手帳などが入っていたはず。

 はああ、と全身で息を吐き、珠美はへたりこんだ。

「これは……、疲れる」

 迂闊には使えない。
 力の強さや速さ、角度など、微細にイメージしなければとんでもないことになってしまう。
 臨機応変に生きられない己の不器用さを現しているようで嫌になる。
 だがラースは楽しそうにその様子を見守っていた。

「はは! やっぱり魔王ともなると規格外だな。本当に詠唱もなく、発動にもラグがない。便利なもんだな」

「全然便利じゃないよ……。ちゃんとロジックが確立できるまでは二度と使わない」

 言いながら、プログラムのようにフローチャートを作って命令や条件、式を定義しておけば、それに沿って魔法を発動していけそうだなと思った。

「タマは真面目だなあ。結果として目的を果たせたんだ、それでいいだろうが」

「よくないよ。あれじゃ木が折れちゃうかもしれなかったし、それがこっちに倒れてきたら? 諸刃の剣だよ」

 助け起こされながら震える声で言うと、ラースは「うーん」と困ったように頬をかいた。

「だがなあ。たぶん、あんまりのんびりとはしてられんだろうな」

「どうして?」

「その強大な力を使って、人々を助けるのが魔王の仕事だからだ」

 そう言えばそうだった。

 誰だ、女子高生にもできる簡単なお仕事だと言ったのは。
 とんだ詐欺じゃないか。

 魔王とも聞いていなかったし、魔王の具体的な仕事も聞く前に送り出されてしまった。
 だが前魔王クライアの記憶とラースの語るところによれば、この世界での魔王とは「ハーハッハッハ! 世界を混沌と恐怖に陥れてやる!」とか君臨する存在ではなく、単に最も魔力の強いものがそう呼ばれ、ついでのように一つの国を統治しているに過ぎないようだ。

 ――ただのいい人じゃん、魔王。

「お人好しか」

「はは。違いないな」

 だが他人事ではない。
 これから珠美がそれをしなければならないのだ。

「あの城が魔王城だ」

 ラースが、森の向こう、山の上を指さした。
 そこには千葉かと勘違いさせるような、あの古びた城。

「遠いな……」

 だが、それならば辿り着くのにも時間がかかる。着くまでに魔法の使い方を珠美なりに構築し、練習しておけばいい。

 かくして高校を卒業したばかりで、まだ女子高生と名乗るしかない実質ニートな珠美は、ケモ耳イケオジの護衛を連れて城へと向かうことになった。

 ちなみに。珠美の履いていたジーンズは、少し進んだ先にぽとりと落ちていた。
 回収し、くるくると小さく畳んでショルダーバックに入れたものの、子供の体では重くて邪魔な荷物以外の何物でもなかった。

 こちらとあちらでは時間の流れが違う。
 クライアも、二週間程度なら大丈夫と言った珠美に、一年後くらいに帰ると伝言を頼んでいた。
 つまり、それまで珠美はこの世界で暮らしていかなければならないのだ。

 だから、どんなに邪魔であっても、元の世界に関わるものを捨てることは珠美にはできなかった。
 元の世界に帰れなくなってしまいそうで、怖かったから。
しおりを挟む
script?guid=on
感想 4

あなたにおすすめの小説

空からトラブルが落ちてきた

ゆめ
ファンタジー
森の奥深くにある小さな村の領主は自分の人生に満足していた。 だが穏やかな日々は突然終わりを告げる。 静かな朝に空から落ちてきた『それ』によって。 どう扱ってよいか分からないので甘やかしたら懐かれた挙句、助けたお礼に国をくれるとか言い出した。 いやいらないんだが……言ってみたけど無視された挙句嫁も用意された吸血鬼の苦労話。 ※他サイトでも掲載中。

異世界の片隅で引き篭りたい少女。

月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!  見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに 初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、 さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。 生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。 世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。 なのに世界が私を放っておいてくれない。 自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。 それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ! 己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。 ※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。 ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。  

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話。

追放されて老女になった男爵令嬢は、呪われて子どもになったイケメン魔術師と暮らしはじめました~ちょっと噛み合わないふたりが、家族になるまで~

石河 翠
ファンタジー
婚約者のいる男性に手を出したとして、娼館送りにされた男爵令嬢リリス。実際のところそれは冤罪で、結婚相手を探していたリリスは不誠実な男性の火遊びに利用されていただけだった。 馬車が襲撃を受けた際に逃げ出したリリスだが、気がつけば老婆の姿に変化していた。リリスは逃げ出した先で出会った同じく訳ありの美少年ダミアンの世話役として雇われることになり……。 人生を諦めていて早くおばあさんになって静かに暮らしたいと思っていた少女と、ひとの気持ちがわからないがゆえに勉強のために子どもの姿にされていた天才魔術師とが家族になるまで。ハッピーエンドです。 この作品は、エブリスタ及び小説家になろうにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりアディさんの作品をお借りしております。

地縛霊おじさんは今日も安らかに眠れない

naimaze
ファンタジー
廃ビルで命を落として地縛霊になってしまったおじさんが、その死に立ち会ってしまった女子高生や仲間たちと送る、たまに笑えて、ちょっと切ない、奇妙な日常の物語。 ※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

チート無しっ!?黒髪の少女の異世界冒険記

ノン・タロー
ファンタジー
ごく普通の女子高生である「武久 佳奈」は、通学途中に突然異世界へと飛ばされてしまう。これは何の特殊な能力もチートなスキルも持たない、ただごく普通の女子高生が、自力で会得した魔法やスキルを駆使し、元の世界へと帰る方法を探すべく見ず知らずの異世界で様々な人々や、様々な仲間たちとの出会いと別れを繰り返し、成長していく記録である……。 設定 この世界は人間、エルフ、妖怪、獣人、ドワーフ、魔物等が共存する世界となっています。 その為か男性だけでなく、女性も性に対する抵抗がわりと低くなっております。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

処理中です...