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第四話・罠を仕掛けた男

Side・秋山 壮太・1

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 ドカッ


 名前も知らない、顔もまだ覚えていない同級生に、俺は思い切り蹴飛ばされた。


「きったねぇなあ、お前。ゴミだな、ゴミ!」

「死ねよ、キモい。ガッコー来んなよ、ゴミクズ」

「臭いんだよ、バーカ」


 俺が、一体何をしたっていうんだ。
 生きているだけで、息をするだけで、ゴミみたいに扱われて、このまま死ぬのかな、俺。
 何処へ行っても、ゴミ扱いだ。


 助けて・・・・


 誰か・・・・


 ゴミは生きてちゃいけないっていうなら、もう、いっそ、誰か俺の事、殺してくれよ・・・・


「やめなさいよ! よってたかって、可哀想でしょっ!」


 女の子の声がした。やべえ、逃げろ、って、俺を散々蹴飛ばしていた奴等は、俺を放置して慌てて逃げて行った。
 鳩尾に入った蹴りが痛すぎて、俺は立ち上がる気力も残っていなかった。

「大丈夫?」

 可愛い女の子が、俺を覗き込んで尋ねてくれた。
 怪我してるから、手当しましょっ、と言って、俺の手を取って、立ち上がらせてくれた。
 ズキン、と痛む腹を押さえると、早く行こう、と、俺の汚れた手を取ったまま、彼女は歩き出した。

 
「お前、何だよ・・・・手、汚れんぞ・・・・」

「別に構わないけど?」

「なんでっ・・・・俺、すごく臭いし・・・・お前に汚れ、うつるだろ。・・・・俺、ゴミだし、バイキンなんだよ・・・・」

「何言ってるのよ。人間が、ゴミやバイキンのわけないでしょっ! 汚れたなら、洗えばいいじゃない。ねっ? 早く行こう」


 彼女はゴミみたいな俺に、笑いかけてくれた。
 ふわふわの柔らかそうなカールがかった髪に、大きな瞳をしていた。
 太陽みたいな、可愛い女の子だった。

 彼女は自分の従兄が経営しているという施設まで、俺を連れて行ってくれた。


「ヒデ兄、居るーっ?」

 施設の扉を開けながら、彼女が叫んだ。「手当して欲しい人がいるのーっ! 早く来て―っ」

 彼女に呼ばれて、恰幅の良いヒデと呼ばれた熊みたいな大きな男が、奥からのそっと出て来た。「由布子・・・・今日はまた、随分大きなノラ犬拾って来たなあ」

「ノラ犬じゃないわよっ。クラスメイトよ。私のっ」

「由布子は何でもすぐ拾ってくるからなぁ。後の面倒は、全部俺に押し付けるんだから、まいっちゃうよ」

「つべこべ言わないっ! この人、ケガしてるんだから、面倒みるのっ。お風呂借りるわよ」

「はいはい。由布子には敵いませーん」

 肩をすくめて、ヒデと呼ばれた男が笑った。彼女によく似た、優しい笑顔だった。
 
「とりあえず、お風呂入ろう。ねっ? 気になる臭いなんて、洗ったら取れるから」

 施設にある風呂に、彼女は俺を案内してくれた。
 湯船に湯を張っている間に施設のシャワーの使い方を教えてくれて、着替えなんかも用意してくれた。

 人に、こんなに親切にされたのは、生まれて初めてだった。


 俺は何時も、汚いとか、臭いとか、罵られることしか、なかったから。


 用意された温かい風呂に入ると、涙が溢れて止まらなくなった。
 温かい風呂なんて、初めてだった。
 暗いゴミ屋敷みたいな部屋で暮らす俺にとっては、流しの水が風呂の代わりだったから、こんな事は、本当に初めてだった。

 ボサボサに伸びていたベタベタの髪を洗って、沢山黒い汚れのついた身体を綺麗に洗って、風呂から上がった。
 ヒデと呼ばれた男が俺の事を待っていてくれて、俺の長く伸びた髪をさっと短く切ってくれた上に、傷の手当までしてくれた。

 俺の為に用意してくれた、新品の綺麗な下着を身に着けて、施設で着まわしているという誰のものでもないジャージを借りて、俺は助けてくれた女の子の前に立った。

 
「うわあ・・・・見違えたねっ!」

 傍にあった手鏡を引っ掴んで、彼女は俺に見せてくれた。「キレイになったわっ!」

「えっ、コレ・・・・俺・・・・?」

 そこに映っていたのは、何時も暗くボサボサの髪をして異臭を放っていた汚いゴミみたいな自分じゃなくて、とても綺麗になった自分の姿だった。
 ガチガチに汚れが固まっていたから知らなかったけど、自分の髪にはちょっと天然パーマがかかっていた。更に、随分綺麗な顔立ちの男であったことを、この時初めて知った。

「貴方・・・・確か、秋山壮太くん、だっけ? 私一週間くらい風邪で学校を休んでたから、貴方が転校してきて、こんなに辛い目に遭ってるって知らなくて。ごめんね、もっと早くに助けてあげたかったのに、できなくてごめん」

 逆に謝られた。

「あの・・・・俺・・・・何て言っていいか・・・・その・・・・助けてくれて、ありがとう」

「ううん、気にしないで。私、横沢由布子。ヨロシクねっ」


 太陽のように、天使が笑った。


 横沢由布子――現在、松田由布子――それが彼女の名前だ。



 俺が、十三年も前から愛している、ただ一人の女性の名前だった。
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