上 下
134 / 287
スマイル25・王様の拠り所

しおりを挟む
 
「どうしたの、王雅。貴方、そんなに時間無いでしょ? みんな待ってるから、早く中に入りましょ」

 随分長い間抱きしめられたままだったので声をかけたけれど、それでも私を離さない王雅の背中を、トントンと撫でるように叩いた。

 ここが二人きりの密室なら、私は間違いなく自分から王雅を誘っていたと思う。
 捨てられるのを覚悟で、貴方に抱かれたでしょう。

 でもここは施設だし、敷地内とはいえ外だし、今はそれができないから、王雅に声をかけるしか出来なかった。



「あっ、おーちゃんだぁー! おかえりー。早いねぇ。もうおしごと、おわりなのぉ?」



 不意に、玄関から声がした。
 王雅に抱きしめられたまま振り向くと、アイリちゃんだった。
 さっき王雅が帰って来るって伝えたし、なかなか私が戻らないから、心配で見に来てくれたのね。

 アイリちゃんは私達の傍にやって来て、更に王雅の悲痛な顔を見て、あっ、そっか、と手を打ってにっこり笑った。

「おーちゃん、昨日じぶんのおうちに帰ったから、おうちが寒くて、かなしかったのねっ! おーちゃんには、冷たいおうちトモダチの、アイリがいるよー。おーちゃん、寒かったけど、がんばったんだぁ。エライねぇっ! アイリも、みーちゃんと一緒に、おーちゃんのコト、あっためてあげる。もうだいじょうぶだよぉー」

 アイリちゃんが、王雅に向かって手を伸ばした。
 
「アイリ――・・・・」

 王雅がようやく私から離れて、今度はアイリちゃんを抱きしめた。


「アイリ、お前、メチャクチャあったかいな」


 嬉しそうに呟いて、ぎゅっとアイリちゃんを大切な宝物のように抱きしめている。
 淋しさに耐え切れずに壊れそうだった王雅の心が、アイリちゃんのお陰で通常の心に戻ったのね。良かったわ。

 でも、どうしてそんなに淋しいと思っているのかしら――そこまで考えて、気が付いた。


 ああ、そうか。
 貴方の自宅は、お金持ちだからきっと立派で大きな家なのでしょうけど、アイリちゃんの言う通り、寒い家なんでしょうね。全く、愛情には無縁なのね。

 だから、淋しいのね。

 私達が伝えた『お帰りなさい』が、王雅にとってどれだけ嬉しかったのか、よく解るわ。


 久信おとうさんや美幸おかあさんが、私にそうしてくれたように。
 私も、貴方や子供たちに、沢山の愛情を注いでいきたいの。
 だから貴方は、誰にも貰えなかった愛情を惜しみなく与えてくれる、マサキ施設を大切にしてくれるのね。


 でも、それに満足したら、貴方は遠くへ行ってしまうでしょう。


 その時はきっと、私が淋しいと思うわ。
 淋しいと、そう思うでしょうけど、でも、いいの。
 私には、かけがえのない宝物――マサキ施設があるから。
 たとえ貴方に捨てられたとしても、強く生きていくわ。


「ありがとう。アイリのおかげで、もう寒くなくなったぜ」

 王雅が笑った。

「よかったぁ。おーちゃんが寒くなったら、いつでもアイリがあっためてあげるよぉ」

 アイリちゃんも笑った。


 不思議よね。お金があれば何でも買えるしできるハズなのに、貴方が一番欲しいと思うものは、決してお金では買えないんだから。


「そうよ、王雅。淋しいなら、いつでも施設に来ればいいわ。ここは貴方の、二つ目の新しい自分の家だとでも思えばいいのよ。私は、どこにも行かないし、いつでもここに居るから。遠慮しないで、いつでも帰って来てくれてかまわないのよ。子供達だって貴方を必要としてるんだし、何も不安に思う事なんて無いの。大丈夫、心配要らないわ。ホラ、それより食堂に行きましょ。あっ、大変! 王雅が朝御飯を食べる時間が無くなっちゃう!」


 王雅とアイリちゃんの手を取って、急いで食堂へ向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。

木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。 そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。 ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。 そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。 こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】王太子妃の初恋

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。 王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。 しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。 そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。 ★ざまぁはありません。 全話予約投稿済。 携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。 報告ありがとうございます。

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。 しかし、仲が良かったのも今は昔。 レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。 いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。 それでも、フィーは信じていた。 レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。 しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。 そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。 国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。

夫の告白に衝撃「家を出て行け!」幼馴染と再婚するから子供も置いて出ていけと言われた。

window
恋愛
伯爵家の長男レオナルド・フォックスと公爵令嬢の長女イリス・ミシュランは結婚した。 三人の子供に恵まれて平穏な生活を送っていた。 だがその日、夫のレオナルドの言葉で幸せな家庭は崩れてしまった。 レオナルドは幼馴染のエレナと再婚すると言い妻のイリスに家を出て行くように言う。 イリスは驚くべき告白に動揺したような表情になる。 子供の親権も放棄しろと言われてイリスは戸惑うことばかりでどうすればいいのか分からなくて混乱した。

処理中です...