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スマイル8・勝負

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 次の日。

 俺は再び施設へ行くために、狭い路地を通っていた。
 ところどころに落ちている砂利がまとわりつき、ジャリジャリ音が立つのが嫌いだ。
 大体今のご時世で、舗装もロクにされてねー道路があるなんて、ありえねーだろ。
 少なくとも俺の周りには、こんな道なんか無かったぞ。

 路地を歩くと、施設が見えてきた。何時もと変わらない佇まいだ。
 何だかあそこを見ると安心するのは、どうしてだろうか。通い慣れすぎたのだろうか。


 それは、ミューが居るから・・・・?


 そうだ。施設の事よりも、ミューの事だ。

 昨日、好きだって気づいてしまったんだ。

 何時もは女の方が俺を追いかけてたんだぜ。そんな女共をいいように使ってきたこの俺様が、こともあろうに貧乏コロッケ女に惚れちまうなんて・・・・。
 悪い夢なら覚めて欲しいもんだ。


 しかし、惚れちまったもんはしょーがねー。


 初めて欲しいと思った女だ。
 全力で手に入れるしかねーだろ。


 というわけで今日から、ミューを俺様に惚れさせる大作戦決行だ!



 任務はすぐ遂行せねばならない。それが、櫻井グループの鉄則だからだ。
 施設に着くと、入り口で遊んでいたガキ共が、またまた俺を手厚く迎えに来る。


「わーい! お兄さんだあ!!」


 とりあえずガキ共に愛想を振りまくと、ミューの居る部屋へ案内された。

「ミュー先生! お兄さんが来てくれたよぉー」

「あら。アイリちゃんとミイちゃんがお兄さん案内してくれたの? 有難う」




 ドキン




 帳簿つけていたミューが、ガキ共に微笑みを見せるように顔を上げてコチラを見ただけで、心臓が押しつぶされそうになる。


 イカン、イカン。


 冷静になれ。冷静になるんだ、櫻井王雅!!


 王様が、庶民相手にドキドキしてはいけねーんだぞ! 昔からそう決まってるんだ。
 子供たちはごゆっくりー、と言葉を残して部屋を去った。

「よお」まだ動機が収まらなかったが、冷静を装って声を掛けた。

「何しに来たのよ」俺には目もくれずに言い放つミュー。


 相変わらず俺にだけ冷たい態度を取りやがる!


 クソッタレ。


 何で俺だけ特別扱いなんだよ!!
 いや、特別扱いなのは嬉しいけど、もっと違う特別扱いをして欲しいんだ、俺は!


「オーナーが、自分の持ち物の土地に来ちゃいけねーのか」



「・・・・・・」



 ミューは無言で俺を睨みつけ、そのまま帳簿に目を通し始めた。
 俺はミューの前に立ちはだかった。俺の影でノートが暗くなるが、ミューはお構い無しに作業を続ける。



「おい!」


「何? 用事があるなら言って。無いなら帰って」


「お前、幾らだ?」





「はっ!?」やっとミューが顔を上げた。





「お前の心だよ。幾らで売るかって聞いてんだ。昨日、心は売らないって言っただろ? でも、俺が特別に買ってやる。だから幾らで売るかって聞いて――――」

「売りません」

「即答するなよ!」

「心は、売り物じゃないもの」



 どうやって手に入れるかわかんねーから聞いてんだよ!
 空気読め!!

 
「お前は俺のオンナだろ?」

「そうよ。好きにしたらいいわ」

「俺が、ここで脱げって言ったら脱ぐのか?」

「ええ。別に構わないわ」言うが早いか、立ち上がって俺の前で身に纏っているTシャツに手をかけるミュー。「全裸にでもなればいいの?」

「いいっ! ならなくて!!」


 何だよこの女は! 調子狂うなあ。


「じゃあ、どうすれば満足してくれるのかしら、王様?」

「王雅だ。王雅って呼べ」

「はい。王雅様」

「様なんか付けるな。お前は、俺の言うとおりにしてればいいんだ」



――言うとおり、か。



 何が、違うんだ。

 どう違うかわかんねーけど、ミューを手に入れてんだけど、違う。


「仰せのままに。王雅」



 ・・・・そうか。


 違うのは、やっぱり心だ。

     ・・・・・

 支配して言わせてるだけなんだ。


 今までのオンナは尻尾を振って、嬉しそうに自ら寄ってきたけど、このコロッケ女は違う。
 この俺に絶対媚びねえし、俺の事を何とも思っちゃいねー。
 俺は、ミューの心の欠片さえ、手に入れてない。

 何も、掴んじゃいねーんだ。


 お前に心なく王雅なんて呼ばれるくらいなら、まだ何時もみたいに『アンタ』って呼ばれてる方が、ずっとマシに思えた。


「もういい。お前の好きにしろ。呼び方だって、強要しない」


 よーし。お前がそのつもりなら、俺だってトコトンやってやる!

 俺は、覚悟を決めた。

 コイツを金の力なんかに頼らずに、俺に惚れさせる。
 絶対、好きだ、って言わせてみせる。
 狙った獲物は、逃した事一度だってねーんだ。

 この俺に、出来ない事なんて無い。


 俺は、持って来た書類一式をミューの仕事用の机の上に放り投げた。
 あれがある限り、コイツは絶対俺に心を譲っちゃくれねー。
  
「それ、預ける。お前に」

「何よこれ」

「書類一式だよ。この土地の権利書や、ホテルの契約の話を白紙にした、俺が買い取ったビジネスの書類、この施設に関係してる書類全てだ」

「預けるって、どういうこと?」

「・・・・俺は、お前が気に入ったんだ。お前は俺のオンナになったのに、ちっともそんな気がしねえ。それは、お前が金の力に屈しないからだ。だから、俺も金の力を使うのを止める。だから契約書類は全部お前に預ける。そんな紙切れなんか無くっても、お前を手に入れてやる。お前の処女は、俺が貰う」

「昨日も言ったけど、処女じゃないし」

「いいや。お前は施設の為に、花井とビジネスをしたまでだ。好きな男に抱かれるってのは、まだだろ? だから、特別に俺様がその第一号になってやる。お前を、貰う」

「・・・・ふうん。面白そうじゃない」ミューは不適に笑った。「やってみなさいよ。無駄だと思うけど。だって私、アンタの事、何とも思ってないもの。どちらかといえば嫌いなタイプだし」



 はっきり言うな――――!!




「フン。・・・・強がりも何時まで言えるかな?」

 それは、俺に言えることだった。想像以上にショックだ。ヘンな汗が出た。

「ふふっ。アンタ、動揺してるわよ? 声震えてるし」ミューが笑った。

「うッ・・・・うるせーっ!! お前、何でもかんでもハッキリ言い過ぎなんだよっ!」


 チクショー! 弄ばれてんな、俺。
 ハライセしてやる!!


「口の悪い女は、お仕置きが必要だな」

 俺はミューの体を抱きしめ、強引に唇を重ねた。
 昨日と同じで、柔らかい唇。あぁ、溶けそうだ・・・・。このまま抱きてえ。犯したろかな。

 舌を滑り込ませると、途端に激痛が走った。



「イッテェ――――っっ!!」



 ミューが、俺の舌に噛みつきやがったんだ!

「アンタそんな事ばっかしてたら、一生私の心なんて奪えないわよ?」

「こっ・・・・この――――っ!!」

「はい、今のは断りもナシに勝手にキスしたそちらの責任。あと、くれぐれも仕事の邪魔しないでね。あ、そうだ! ヒマだったら子供たちと遊んでてよ。そしたらちょっとはアンタの事見直して、好きになるかも!」

 じゃあねー頑張ってー、と手を振って部屋を追い出された。


「おいっ!! ふざけんなよっ!! 俺様を誰だと思ってるんだ!! ここのオーナーだぞ!」


『あれ~? 紙切れ(お金)の力は使わないんじゃなかったっけ~?』


 扉の向こうから、そんな声が聞こえてきた。
 反論できずに舌打ちし、仕事部屋へ再び入ろうと思ったが、ご丁寧にカギかけやがって、入れやしねえ。
 ノブを回しても、ガチャガチャ音が鳴るだけで開かない。

 くっそー・・・・施設ごと破壊したろか。


――いや。いやいやいや。


 落ち着くんだ、王雅。冷静になって考えろ!
 きっとアイツは照れてるだけだ。大体この俺様が自らアプローチしてやってんだ。
 今、部屋で『王雅様にキスされちゃったわ、恥ずかしい』とか思ってるに違いねえ。

 ふっ。かわいいトコあるじゃねーか。


 でも、本当にそうかな?

 あんな態度取る女、初めてだからな。

 こんなに自信が無いのは初めてだ。


 いいや! 弱気になるな!! 大丈夫だ。


 俺は最強の男だ。
 この案件だって、無事終了させてやるぜ!
 じゃなきゃ、この小説終わんねーからな。


「お兄さん、お兄さん」


 ミューの仕事部屋の前で考え事をしていた俺に声をかけてきたのは、ボッチャン刈りのガキ――ガックンだ。

「どうした、ガックン」

「はい。今からサッカーをやるんです。1人足りないから、お兄さん一緒にやってくれませんか?」

「あぁ? サッカーだあ?」


 何でこの俺が、ガキ達に混じってサッカーやんなきゃいけねーんだよ!


「俺は今、忙し・・・・」


 あ、いや、待て。
 これはこの案件を片付けるチャンスなんじゃねーのか?

 ガキ共とめいっぱい仲良くする
 ↓
 ガキ達はもっと俺に懐く
 ↓
 そうなるとミューも喜ぶ
 ↓
 そしたら絶対俺を好きになる!


 よし、コレだ。
 作戦大成功だな。


「ああ、いいぜ。手伝ってやる」

「ホント? わーい!」


 ガックンが俺の手を握り、施設の外へ連れ出すと、何と小憎たらしいメガネヤローが居た。


「櫻井さん・・・・いらっしゃってたのですか」明らかに不愉快そうだ。

「来ちゃわりーのか」

「はい。迷惑なので」


 笑顔で言われた。
 こいつ・・・・殺す!


「ガックン、もしかしてメガネ・・・・恭一郎もサッカーするのか?」

「はい! オトナの人が1人足りなかったので、お兄さんを誘いました」

「よし。よくやった」ポン、とガックンの頭を撫で、メガネを見て言った。「勝負しようぜ。どっちが強いか、これではっきりさせよーじゃねーか」

「面白い。受けてたちましょう」

 こうして、メガネと俺様の名誉とオトコを賭けた勝負が始まった。

 俺様のメンバー・・・・もとい手下は、ガックン、リョウ。
 メガネのメンバーは、俺もまだ名前も知らねえ、恐らく作者も名前すら考えていないようなガキの手下A・Bを従えている。
 審判は、ツインテールが目印のリカがすることになった。
 玩具の笛を鳴らして試合開始の合図をすると、ガキ共がボールと戯れる。
 俺とメガネは、ゴールキーパーをさせられた。


 ・・・・こんなんじゃ、勝負になるかっての。


「おい、リョウ、ガックン! 負けたら男じゃねーぞ!! 絶対負けんなよ! 勝ったら好きなもの何でも買ってやるからな!!」

 せいぜいこんな野次を飛ばす位が関の山だ。
 ガキ共の試合じゃ、俺とメガネが勝負をすることさえできず、結局試合は引き分け。
 代表して、俺とメガネがPKで決着をつけることになった。

 とにかく一点でも先取した方が勝ち、というシンプルなルールだ。


「何時でも来い。お前のヘナチョコボールくらい、俺様が片手で止めてやる」

「そうですか。では、宜しく」


 笑顔を見せたかと思ったら、アイツの蹴った剛速球が俺目掛けて飛んできた。
 そんなので、俺がひるむとでも思ってたら甘いぜ!!


 俺様は、最強の男だ。お前みたいなヒョロメガネに負けるワケねー!!


 俺はヤツの球を見事キャッチし、唇の端を上げて余裕の笑みを見せた。「次は俺だ」

 つーか、メガネのヤロー、やるな。
 かなり手、痺れてるし。変化球とか蹴って来そうだな。要注意だ。
 さあ、次は俺の番だ。


 王は貧民をしとめるにも全力を尽くすからな。

 最初から全力で行くぜ!!


 俺様が蹴ったボールはかなりの速度でメガネ向かって飛んでいったが、ヤツはあっさりキャッチしやがった!


「おい、テメー!! 取んなよ!」

「冗談は顔だけにして下さい。次、行きますよ」


 メガネはさらりと毒を吐き、更にすぐさまボールを蹴ってきた。
 ヤツの球を受け止めると、全身に痛みが走る。
 相当な力で蹴ってやがるな。俺を殺す気か!? 庶民の分際で!!


 俺も同じようにしてかなりの力を込めてボールを蹴ったが、メガネはあっさり受け止めやがる。

 何だコイツは!
 サッカー神の申し子か!?
 キャプテン翼(有名なサッカー漫画)の読みすぎじゃねーのか!?


「そろそろホンキで行きますよ」


 そう言ったかと思うと、ものすんごい球が俺様目掛けて飛んできた!
 負けるわけにはいかねーっつってんだろ!!

 俺は、意地と根性でその恐ろしい球を受け止めた。

 受け止めた途端、ズドン、と重い音がして、体中に衝撃が走った。
 ビリビリと痺れがきやがる。


「さあ、俺の番だ。次で決めてやる」


 そういや俺達はPKで勝負してるんだった。これじゃ、球ぶつけ合ってるだけじゃねーか。
 相手のゴールに決めた方が勝ちだ。そうだ。そういうルールなのをすっかり忘れて、メガネにボールぶつける事しか頭に無かったぜ。

 危ねえ、危ねえ。
 次こそ俺の勝利だ!

 俺は、右へ蹴ると見せかけて実は左のコーナーへ・・・・的な動きでサッカーボールを蹴ったが、メガネは俊敏な動きで俺の蹴ったボールを受け止めやがった。


「僕からゴールを盗ろうなんて、百万年早いですよ。櫻井さん」

「何をっ・・・・!!」

「ほら、次、行きますよ」


 どっちだ! 右か!? 左か!?
 さっと目を走らせてヤツの動きを見ても、どちらにも蹴ろうとしない。
 メガネはまっすぐ、俺の方を向かって渾身の力でボールを蹴った。



――こいつ、俺を狙ってやがる。



 上等だ! メガネヤロー!!
 お前の球、全部根こそぎ俺が残らず取ってやる!!
 またも、ズドン、とスゴイ音と共に走る衝撃と痛み。
 けど、そんなこと気にもならない。売られたケンカは買ってやる!


 絶対、負けられねえ!!


 それから、俺が先にメガネからゴールを奪取するか、メガネが俺をボールで倒すか、というヘンな勝負になっちまった。
 悔しい事に、メガネの方が余裕がある。恐らくサッカー経験者だろうから、ヤツが蹴るボールの威力がハンパねえ。
 そりゃあ運動神経バツグンの俺様だからこうしてついていけてるけど、それでも経験者との差は絶対的に不利だし、限界はある。


 俺を疲れさせて、ヘロヘロにした挙句、ゴールを奪うつもりだろーが、そうは行くか!


 死んでもゴールさせねーぞ!!



 それから、こうした打ち合いをどれくらい続けただろうか。流石にメガネの方も疲れが見えてきた。
 しかし、俺の体力消費はハンパ無く、出来る事なら早く終らせちまいたいが、ヤツはこれでなかなかボールを取るのが上手い。敵ながら天晴れな上手さだ。
 本当に、サッカー選手じゃねーのかっつー位の腕だ。


「櫻井さん。なかなかやりますね。予想以上だ」

「当たり前だ! お前のヘナチョコボールで、この俺様からゴールを盗ろうなんて、1億万年早えーんだよ!!」

「まだそんな余裕があるとは」

「絶対、ゴールさせねえ! 死んでも守ってみせる」


 引いたら負けだ。絶対、こいつには負けたくねえ。
 直感的に、次で決まりそうな気がした。
 ヤツは、きっと全身全霊を掛けてボールを蹴ってくる。解る。気迫が変わった。

 アイツだって、引けない勝負なんだ。

 ここからは一瞬の出来事だっただろうが、俺にはスローモーションで全てが見えた。
 きっと俺も、疲れも極限に達している状態だったけれど、神経は研ぎ澄まされていたからだろう。
 メガネがボールを蹴った瞬間、「危ないっ!!」と、小さな悲鳴を上げ、ツイ ンテールのリカが飛び出してきた。



「バカっ! 危ねえ!!」



 咄嗟に俺の前に飛び出してきたリカをかばう様に抱きしめた瞬間、俺の脳天に物凄い衝撃が走り、視界が真っ白に染まった。
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