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地下の宮殿
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グラディアテュール第二王子ダキア、アシルの姫君でダキアの伴侶シェリアル、竜騎士カイン、マナ使いリョウに加えて砦から加わったミザル、アルコー一行はアシルの街に着いた。
否、着いてしまった。
グラディアテュール領に向かう道を逆にアシルに向かっていけば、輿とはち合わせる。そこでラタキア将軍、ジウスドラ参謀に仔細を説明し、「行幸は仕切り直し、軍をアシル神殿に向かわせる」指示を出すつもりだった。
それが、行けども行けども行幸の隊と会わない。駐屯地まで戻って理由を察した。夜明けの陽が射す少し前の薄明の空の下、行幸の輿が出立の整備もされていない状態で、宿舎前につくねんと置かれている。
「ラタキア、ジウスドラ、どこだ」
「将軍、参謀、どこっすか」
「シャオチェ?いないのですか?」
ダキアとカインが宿舎を見て回り、シェリアルが呼んでもどこからも返事が無い。食堂にも練兵場にも誰もいない。
「お前たちは敷地内を見回ってくれ、俺は姫と街を見てくる」
ダキアと別れたカインたちが厩に向かうと、馬たちが馬房に入れられたまま、人を呼んで嘶き、空の水桶を噛んでのどの渇きを空腹を訴えていた。
カインとミザル、アルコーが馬栓棒を外し、馬を放牧地に出してやる。
いつもなら賑やかなアシルの街も、気味が悪いくらいひっそりと静まり返っている。人々が行きかう通りも広場も。売り子と客の、「値切れまけろ」「これ以上はまからん」の値段交渉の威勢のいい掛け声が飛び交う市場にも。大人が自慢の禽竜の鳴き声を競わせたり、闘竜に興じたり、泥だらけになって転げまわっている路地裏にも。一日探し回ったがどこにも人っ子一人いない。
陽はとっくに天頂から傾いて、だいぶ暗くなってきている。静寂がのしかかる大通りでダキアとシェリアルは顔を見合わせる。
「一体何が」
「シチフサのしわざ?」
でも何故。
ジウスドラがいればサピエンスならではの視点で活路も見いだせたかもしれないが、いない以上あてにはできない。
駐屯地の宿舎に戻ると、カイン、リョウ、ミザル、アルコーの熊兄弟は顔を突き合わせてヒソヒソ話をしていたのだが、ダキアたちが戻ってきたことに気づくと「殿下、リョウが具申したいと」進言してきた。
「事態が事態だ、直接申せ」
「神殿には宮司がいるはずです」
とダキア、シェリアルに神殿に事態の収拾を押し付ける案を具申した。
「エンキの持ち逃げもシチフサの宮司偽証も元を糺せば神殿の不手際の産物です。我々が抵抗を感じる謂れはありません」
リョウの言い分は確かに一理あるのだ。ここまで知らぬ存ぜぬを決めこまれると神殿は分かってて放置したのか、またはシチフサと共謀している、まであり得ない話じゃない、そうみられても仕方ない。
そうしてリョウの案内でアシル神殿の禁足地の奥の院の隠し通路から、一行は奥に踏み入った。
「ここです。ここが奥の院」
「狭いな」
「足元には注意しろ」
暗い細い狭い階段を降りた先に、水晶のマナの入った提灯を持った神官のルプスがいた。
濃紺の衣。宮司の次に高い位に就いている権宮司だ。
「グラディアテュールの第二王子ダキアである、宮司はおられるか」
権宮司にしてみればダキアたちはあり得ない場所から姿を現したはずで、ましてや砂漠の蟲の消化液に溶かされかけたダキアの風貌外見は、大分変ってしまっている。なのに驚くでも咎めるでもなく、権宮司は一行に向かって、恭しい態度で深々と一礼した。
「案内いたします」
と、奥に先導始めた。
「.........どうぞこちらに」
地上では考えられない場所、としか言いようのない場所だった。
洞窟のはずなのに、地下なのに、明るい。ダキア一行は上を見上げて息を詰まらせた。そこには、天井がなかった。ここは洞窟だから、岩壁が続いているはずなのに、水中から水面を見上げた時に見える光景のように外の世界、アシルの湖をとりまく樹々がそのまま映り込んでいた。
「浮遊のマナの力です。湖の水を押し上げ、水底に空間を作り出しているのです」
果樹園と思しき区域では、地上では見たことも無いくらい大きな林檎、無花果、桃、葡萄、梨が鈴なりに実をつけ、枝をたわませていた。圃場も、刈り取り間近の稲穂と芽吹いたばかりの苗が隣り合う区画に整然と並んでいた。
透き通った壁に仕切られた部屋では渓流の魚が、シャイヤー湾の魚が、生きたまま宙を舞っていた。
もしこの場に観察者たちがいれば、これは初期のコロニー構想に見られる農園や養殖場ではないかと、目を輝かせて構造の解析やサンプル収集を開始するところだがミアキスヒューマンは観察者ではないから、正直、気味の悪い場所としてしか捉えていない。この自然の法則を無視した空間に違和感を抱いている。
不気味な畑の先には、アシル、キンツェム、グラディアテュールのどの様式とも違う宮殿が建っていて、そこには数多のサピエンスが生活していた。にわかには信じられないくらいサピエンスの群衆の数にダキア一行は目を疑った。
「彼らは一体」
「100年前よりここに住まうもの、と聞いております」
100年前。地上のサピエンスが僅かな数を残して一斉に姿を消した時期だ。
否、着いてしまった。
グラディアテュール領に向かう道を逆にアシルに向かっていけば、輿とはち合わせる。そこでラタキア将軍、ジウスドラ参謀に仔細を説明し、「行幸は仕切り直し、軍をアシル神殿に向かわせる」指示を出すつもりだった。
それが、行けども行けども行幸の隊と会わない。駐屯地まで戻って理由を察した。夜明けの陽が射す少し前の薄明の空の下、行幸の輿が出立の整備もされていない状態で、宿舎前につくねんと置かれている。
「ラタキア、ジウスドラ、どこだ」
「将軍、参謀、どこっすか」
「シャオチェ?いないのですか?」
ダキアとカインが宿舎を見て回り、シェリアルが呼んでもどこからも返事が無い。食堂にも練兵場にも誰もいない。
「お前たちは敷地内を見回ってくれ、俺は姫と街を見てくる」
ダキアと別れたカインたちが厩に向かうと、馬たちが馬房に入れられたまま、人を呼んで嘶き、空の水桶を噛んでのどの渇きを空腹を訴えていた。
カインとミザル、アルコーが馬栓棒を外し、馬を放牧地に出してやる。
いつもなら賑やかなアシルの街も、気味が悪いくらいひっそりと静まり返っている。人々が行きかう通りも広場も。売り子と客の、「値切れまけろ」「これ以上はまからん」の値段交渉の威勢のいい掛け声が飛び交う市場にも。大人が自慢の禽竜の鳴き声を競わせたり、闘竜に興じたり、泥だらけになって転げまわっている路地裏にも。一日探し回ったがどこにも人っ子一人いない。
陽はとっくに天頂から傾いて、だいぶ暗くなってきている。静寂がのしかかる大通りでダキアとシェリアルは顔を見合わせる。
「一体何が」
「シチフサのしわざ?」
でも何故。
ジウスドラがいればサピエンスならではの視点で活路も見いだせたかもしれないが、いない以上あてにはできない。
駐屯地の宿舎に戻ると、カイン、リョウ、ミザル、アルコーの熊兄弟は顔を突き合わせてヒソヒソ話をしていたのだが、ダキアたちが戻ってきたことに気づくと「殿下、リョウが具申したいと」進言してきた。
「事態が事態だ、直接申せ」
「神殿には宮司がいるはずです」
とダキア、シェリアルに神殿に事態の収拾を押し付ける案を具申した。
「エンキの持ち逃げもシチフサの宮司偽証も元を糺せば神殿の不手際の産物です。我々が抵抗を感じる謂れはありません」
リョウの言い分は確かに一理あるのだ。ここまで知らぬ存ぜぬを決めこまれると神殿は分かってて放置したのか、またはシチフサと共謀している、まであり得ない話じゃない、そうみられても仕方ない。
そうしてリョウの案内でアシル神殿の禁足地の奥の院の隠し通路から、一行は奥に踏み入った。
「ここです。ここが奥の院」
「狭いな」
「足元には注意しろ」
暗い細い狭い階段を降りた先に、水晶のマナの入った提灯を持った神官のルプスがいた。
濃紺の衣。宮司の次に高い位に就いている権宮司だ。
「グラディアテュールの第二王子ダキアである、宮司はおられるか」
権宮司にしてみればダキアたちはあり得ない場所から姿を現したはずで、ましてや砂漠の蟲の消化液に溶かされかけたダキアの風貌外見は、大分変ってしまっている。なのに驚くでも咎めるでもなく、権宮司は一行に向かって、恭しい態度で深々と一礼した。
「案内いたします」
と、奥に先導始めた。
「.........どうぞこちらに」
地上では考えられない場所、としか言いようのない場所だった。
洞窟のはずなのに、地下なのに、明るい。ダキア一行は上を見上げて息を詰まらせた。そこには、天井がなかった。ここは洞窟だから、岩壁が続いているはずなのに、水中から水面を見上げた時に見える光景のように外の世界、アシルの湖をとりまく樹々がそのまま映り込んでいた。
「浮遊のマナの力です。湖の水を押し上げ、水底に空間を作り出しているのです」
果樹園と思しき区域では、地上では見たことも無いくらい大きな林檎、無花果、桃、葡萄、梨が鈴なりに実をつけ、枝をたわませていた。圃場も、刈り取り間近の稲穂と芽吹いたばかりの苗が隣り合う区画に整然と並んでいた。
透き通った壁に仕切られた部屋では渓流の魚が、シャイヤー湾の魚が、生きたまま宙を舞っていた。
もしこの場に観察者たちがいれば、これは初期のコロニー構想に見られる農園や養殖場ではないかと、目を輝かせて構造の解析やサンプル収集を開始するところだがミアキスヒューマンは観察者ではないから、正直、気味の悪い場所としてしか捉えていない。この自然の法則を無視した空間に違和感を抱いている。
不気味な畑の先には、アシル、キンツェム、グラディアテュールのどの様式とも違う宮殿が建っていて、そこには数多のサピエンスが生活していた。にわかには信じられないくらいサピエンスの群衆の数にダキア一行は目を疑った。
「彼らは一体」
「100年前よりここに住まうもの、と聞いております」
100年前。地上のサピエンスが僅かな数を残して一斉に姿を消した時期だ。
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