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第一話 今日、私は浮気します
履行中・私たちの秘話
しおりを挟むあれから私がどうなったかというと――絵に描いたような幸せの中にいる。
いつもと同じように仕事して、家事をする。でも子供たちに怒鳴ったり、イライラすることはなくなった。
体が満たされると心まで満たされて、自然と優しくなれるのだ。予想以上の効果だった。
一日の終わりに悲しくなったりもしない。傷付けられてきた女としての自尊心を、優しくフォローしてくれる人に出会えたから。
*
私を受け止める彼の手は温かい。大きくて、優しくて……時々大胆なことをして楽しんで、言葉を尽くして隅々まで、私の身体をほぐしてくれる。
「ねぇ、今日はどうしたい?」
「明日は仕事が休みだから、朝までゆっくりしたいかも……」
「よっしゃ。じゃあ気合い入れていこう。この前買ったオイル試してみる?」
そんなふうに要望を聞かれたり、気軽に言ったりできるようになるなんて……少し前の私には想像すらできなかった。それが今じゃ、当たり前のようになっている。
まるで昔からずっとそうしてきたかのように、貪欲に身体を求め合う。
それは乾いた体を潤すだけでなく、すり減った心まで癒して潤して、枯れそうに萎れた自信を蘇らせていく。
放ったらかされていた事実と、もう若くない体という引け目――さまざまな不安と劣等感が作り上げた〝心の穴〟を埋め合うことを目的としたセックスだ。
私たちの行為はいつのまにか治療の範疇を超えていて……身も心も愛し合う強い絆ができていた。
あの日、あの部屋で私を待ち構えていた弥生さんは――背が高くて優しい声色で、あんまり自信がないと言っていた通りにセックスに対する技術とか、女性経験の少ない人だった。
自分のことを大切にしてくれている妻に甘えて放置して、ずっと傷付けてしまっていた人だった。
失った時間は取り戻せないけれど、今からでもやり直したいと思ってる。愛しているから諦めたくない。必要なことをきちんと話し合える仲になりたい。
そのために努力したいので、どうか協力して欲しい……
私は彼の――弥生さんの言葉に頷いた。
その日から私たちは、思っていることを正直に伝え合うことができる〝本物の夫婦〟になった。
今更すぎて笑っちゃうよね。結婚して十四年……子供だって三人もいる……
私の浮気をきっかけに、生まれ変わった私たち。
浮気相手の名前は〝弥生さん〟だった。そして私を愛していながら自信不足で抱けないでいたという〝私の夫〟でもあった。
まるで新婚の夫婦に戻ったみたいに――実際には新婚の時よりはるかに頻繁に。
私たちは今日も二人の寝室で、愛欲にまみれたセックス療法を試してる。
いつか互いのツボを心得て、最高のエクスタシーを得ることを夢みて――
【完】
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