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第二章

【六】星夜―来訪者

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「……というわけで、月子ちゃんはもしかしたら、お殿様と婚約しちゃうかもしれないぜ」
「まぁ~、エキサイティングな一日だったのねぇ」

 祖母ちゃんがびっくらこいている。

「星夜、どうして生徒達はイベントを見学したがるのかしら?」
「暇つぶしなのかと思ってたら、無料見学はボランティア活動として成績に残るんだって。今回は株価に影響するから、投資家の生徒が多いって蜂谷さんが言ってたよ」

 祖母ちゃん特製のスペアリブにがぶりつきながら、お見合いイベントに関わる出来事を報告した。腐女子トリオが我が家への訪問を希望していると伝えたら、祖母ちゃんは戸惑っていた。

「漫画じゃないけどいいの? BL小説も好みがあるから……」
「月子ちゃんと海人も一緒に来るから大丈夫だよ。ね、いいでしょ。ルカ叔母さん」
「そうね。イベントの売り子も募集中だし、同志なら、ぜひ会いたいわ」
「初めての本はいつ届くの?」
「市内の印刷屋に持ち込んだから、明日には仕上がって来るわ。仕事帰りに引き取ってくるから、お楽しみに!」
「ルカ、ありがとうね」
「なあに、水くさい。親子でしょ」
「父さんが亡くなって、私が落ち込んでいたせいでアメリカから帰国させてしまって、ずっと申し訳ないと思っていたのよ……」
「母さんのせいじゃないわ。旦那の秘書が婚前契約の違反だって騒ぐから、離婚して戻ってきただけよ」
「婚前契約の違反⁉」

 ガタン!

 俺が勢いよく立ちあがったら、椅子が転がってしまった。

 ルカ叔母さんが何を違反したっていうんだ?

「父さんが亡くなって一時帰国しようとしたら『仕事以外で住居を離れるのは違反だ』って。一ヶ月位で戻ると説明しても『財産目当ての結婚だ』って責めるから、頭にきて離婚したのよ。あっはっはっはっ!」
「秘書ってどんな人? 旦那さんは止めなかったの?」

 俺は真実が知りたいぜ。

「秘書は切れ者の女性よ。旦那は……まあ、忘れちゃったわ」
「ほら、写真だよ」

 ラン祖母ちゃんがスマホを渡してきた。

 金髪マッチョイケメンに腕を絡ませているルカ叔母さんはウエディングドレス姿だった。巨乳をタイトなスーツにねじ込んでいる金髪美女が、ルカ叔母さんの旦那の尻をつねっていた。

「ルカ叔母さん。まんまと追い出されたんじゃ……」
「いいのよ。セフレを秘書にしてる時点でアウトでしょ」
「セフレって……なぜわかったの?」

 血の気が引いた祖母ちゃんの言葉に、ルカ叔母さんが肩をすくめる。

「サプライズでオフィスを覗いたら、鍵もかけずに裸でレスリングしてたのよ。だから写真を撮ってそのまま帰ったわ」
「どうして殴らなかったんだ? 悪いのはそいつらだろ?」
「星夜……彼らは護身用に銃を持ってるわ。逆上して撃ち殺されるのを避けたのよ」
「あなたが無事に帰ってきてよかった。私の作家活動を応援してくれるのは嬉しい。でも、人生は長いわ。あなたが信頼できる人が現れたら、その人と暮らして欲しいの」
「母さん、ありがとう。でも生憎、気の強い私の奴隷になってくれる男性は皆無よ!」

 求める要素が奴隷なのかーい。

「さあ、ご飯が冷めるわ。食べましょう」

 ルカ叔母さんにはぐらかされてしまったぞ。でも痴情のもつれで怪我をせずに済んで、よかったのかもしれない。倒れた椅子を戻して、再び箸を持った。

「変なやつが来たら、俺がやっつけてやるからね!」
「ありがとう、星夜……」
「自慢の孫だわ」

 引っ越しからこの二ヶ月は、あっという間だった。
 一冊目の同人誌がもうすぐ出来上がってくる。月子ちゃんは現在、二冊目の同人誌の表紙を制作中だ。

「商業電子の作業はどうなってるの、お祖母ちゃん」
「セイウチブックスと出版契約を交わして、来月には原稿を提出する予定よ」

 投稿サイトに公開している作品の一部は非公開にした。商業で販売するものはサイトに掲載できない決まりがあるらしい。

 推敲や加筆、校正をしてデータを納めることを入稿と呼ぶそうだ。電子出版社がその原稿を電子ストアに取り次いで配信されれば、商業作家としての初デビュー作品になる。

「デビュー作は何を選んだの?」
「『一番街の星屑ほしくずたち』にしたわ」
「なんちゃってサスペンスBLよ!」

 絶対にルカ叔母さんが選んだに違いない……。

「ルカ叔母さん、J庭インオータムは10月開催だろ。それまで部屋に置いておくの?」
「ふふふふ。通販で売ろうと思ってるのよ。ね、母さん」
「サイトで感想をくれる読者さんが、通販で欲しいってメッセージをくれたのよ。ルカに通販サイトを探してもらったの」
「自家通販って方法があるの。お互いに匿名で発送ができるんですって!」
「へえ……」
「予約販売も。四十冊も注文が入ったのよ!」
「四十冊? 凄いね。ラン祖母ちゃん!」
「明日百冊持ち帰るから、梱包作業お願いね」

 もしかして、俺が奴隷なんじゃ……。

「なんか言った?」
「ナンデモナイデス……」



 食後の太鼓腹をさすりながら、サンダルを履いて庭に出た。

 今夜も星達が高台の我が家に降り注ぐ。祖父ちゃんが作った藤棚の花たちが咲きほころんで、魅惑的な香りを風に乗せて届けてきた。カシオペア座はどこだろう。

 祖父ちゃんはいつも、俺に星にまつわる話をしてくれたっけ。

 祖父ちゃん安心してくれ。俺が祖母ちゃんとルカ叔母さんを守るからね。


 
 ピンポーン。

「あら。宅配便かしら?」

 祖母ちゃんがいそいそと玄関へ向かう。

「母さん、私が出るわ」
「待って、暗いから俺がでるよ」

 最近は押し込み強盗のニュースが続き、この住宅街もパトカーが巡回していた。モニターで確認したらスーツ姿の男性が立っていた。宅配便業者ではなく、なにかの営業か?

 俺の言葉も聞かずに、女性陣が廊下へ出てしまった。慌ててスリッパを鳴らして追いかけた。

 ピンポーン。

「はぁい。ちょっと待って~」

 祖母ちゃんが誰かも分からないのに、ドアを開けてしまった。

 ガチャリ。

「チョリッス……こ、こんばんは。あの、俺は山田っていいます。ルカさんはいますか」

 スーツの青年は、やや長めの金髪が跳ねまくっていた。彼は叔母さんの知り合いなのか。

「チョリッス君……」

 驚きで目を丸くしているルカ叔母さんを認めると、青年が赤い薔薇の花束を差し出した。

「ルカさん。俺と結婚してください!」

 えええええ~⁉
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