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第二章

閑話【三】スガ―JKシンデレラ

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「アキノリ、さあ選んでちょうだい!」

 お袋が差し出したのは、家紋が箔のしで印字されたお見合い写真の束だった。

「選べって……外見だけじゃ、相性いいのか分からんでしょ」
「会長夫妻のセッティングなんだから、間違いないわよ!」

 会長夫妻とは言うまでもなく、県下一のグループ企業『ブルーレングループ』のトップ、大学廣(だいがくひろし)とその妻(小夜子)を指している。戦後の昭和を支えた地元露天商が起業した会社は、飛ぶ鳥を落とす勢いで全国展開中だ。


 菅(すが)建設社長の次男坊に生まれた俺、菅アキノリ(二十三歳)は武道の腕を買われて、高校卒業後に会長付きの護衛になった。


 引退してからも二代目社長の息子を支えるべく全国行脚を続けている大学廣は、まだ五十代半ば。

 全国行脚=各県の社長連中とゴルフで親交を深めて企業提携を図ることだ。

 俺は菅家とグループ関連企業とのパイプ役としての責任を背負っている。俺としては実家でこき使われるよりは、会長のお供をしてるほうが刺激的な人生だとは思う。だが、結婚だけは好きな相手を選びたいもんだぜ。

「どこかの社長令嬢なら、俺は嫌だぜ。我が儘で贅沢な女はたくさんだ」
「あら、小夜子夫人が選んだ女性にケチつける気?」
「う……」

 チクられたら、たまったもんじゃない。渋々写真を開いたら、キャバ嬢メイクの女が……。
 おい、そのバラクースマイルはどうした。晴れ着が泣いてるぜ。

「それは気合いメイクと呼んでちょうだい。でもまあ、ちょっと濃いわね」

 おっと、心の声が出てたか……。


「可愛いじゃないの。広瀬建設のお嬢さんよ。クロユリ大学の二年生ですって」

 無言で二枚目の写真を手に取る。そこには、ワンピース姿の女性が椅子に座っていた。これ、大人用の椅子だよな?

 推定体重百キロ超のグラマラスボディーが窮屈そうに足を閉じている。カメラマン、ソファーに座らせてやれよ。

「象田(ぞうだ)株式会社の末娘ですって。年齢不詳の家事手伝い……」

 釣書を読み上げるお袋の顔が曇る。年齢不詳……まさか宇宙人じゃないよな。

「見合いより病院に行った方がよさそうだな。まずは健康が第一だろ」
「そうね」

 続く数人も、どこぞの地元企業の令嬢で、紅白歌合戦のトリをやる気満々なメイクと豪華な衣装だった。

「人生の大一番だもの、当たり前よ!」

 お袋が結婚するわけじゃなかろうに。

 俺はもっと自然体な女性がいいんだよな……。なんて逃げ口上を探しながら最後の一枚を受け取った。

「はい。次は萩野グループのお嬢さんよ。なんと高校一年生!」
「ゲッ。わがままJKかよ」

 訳分からんJK語でおっさん扱いされるのは勘弁願いたい。ため息をつきながら写真を開いた。

「おおおお……」

 なんとブレザーの制服姿だった。すらりと伸びた手足は、あやめのように品のある美しさだった。背中に流れる黒檀の髪に、大きな瞳。日本人形もびっくりの愛らしい顔なのに、表情には一切の媚びがない。

『さあ、私を惚れさせてご覧なさい』と言わんばかりの負けん気が、まつ毛の奥に隠されていた。

「唇だけエロいな……」
「キューピットラインの唇よ。整形して手に入れようとする女性もいるんだから!」
「随分と美容情報に詳しいな……」
「山本ビューティークリニックの待合室に写真が載ってたのよね」

 もしや、美容整形する気なのか?

「いやね、更年期の薬をもらいに行ったのよ」
「なるほど」
「それで、どのお嬢さんと会いたいの。ああそう。じゃあ、その写真はアキノリが持ってなさい」
「へ?」

 しまった、JKの写真を膝に置いたままだった。

「相手もあなたが気に入れば席を設けるだろうから、それまで待ってなさい」
「俺の見合い写真なんてあったのか?」
「あら、この前兄さんの結婚式で家族写真を撮ったじゃないの。それを使ったわよ」
「……」
「じゃあ、改めて撮り直す?」
「いや、いい」

 整形でもしない限り、女性受けしそうな優男にはなれまい。割れた顎、盛り上がった上腕二頭筋、発達した大胸筋に割れた腹筋。ボディービルダー……いや、マッチョな軍人か探偵屋のテツさんに匹敵する筋肉と言われる俺に会いたいはずもないさ。


 それでも、優雅な黒猫を連想させる若い女性の釣書を穴が空くまで読み返した。日本舞踊に茶道、英会話に社交ダンス。生け花に料理。どこの名家へ嫁いでも恥ずかしくない女性の趣味は……書いてないぞ。


 プルルルル。
『スガ、久しぶりだな』
『お久しぶりです、テツさん。実は、調べてもらいたい女がいるんです」

 高校の先輩で、探偵事務所を開いているテツさんへ依頼すればいい。

『女? 浮気調査か?』
「違います。見合い相手の趣味や嗜好の調査です」
『ほう……スガもついに本気で堕としたい女に出会ったのか』
「違いますよ。相手は女子高生なんです」
『顔と釣書の画像を送ってくれ』
「よろしくお願いします」
『可愛い後輩のためだ、一肌脱ぐさ』

 やはり持つべき者は、人情味溢れる先輩だ。



 一週間後、法を犯したとしか思えない調査報告書が届いた。

 なんと、萩野嬢はBL大好き人間だったのか。なになに、BLオタクは『腐女子』と呼ばれているって?

 彼女は電子書店で沢山の書籍を買いあさっていた。これ、どうやって調べたのかは、俺は聞かないぞ。ジャンルは哲学書からラノベ、BL小説に漫画と多岐にわたった。県民の宝、武将伊達政宗に関する書籍も読んでいるのか。

 しかし、『危ない幼なじみ~宅飲みしたら、亀甲縛りに会いました!』って、内容が想像できないな。どれ、俺もニャマゾンで購入してみるか……。

 読んでみたが感想は教えないぜ。まあなんだ、ファンタジーって壮大だな。馬鹿だな俺は。こんなことしたって、何も変わるわけじゃないのに……。




 見合い写真を受け取ってから三ヶ月後、季節は初夏を迎えていた。会長のお供でベイエリアリゾートホテルから戻った俺は、小夜子夫人に呼び止められた。

「萩野グループの会長からあなたへ連絡が来たの。孫娘が見合いをする前に、学園まで会いに来て欲しいそうよ。それも今日の放課後ですって」
「随分急ですね」
「候補者は三人いて、お題をクリアした人と見合いをすると令嬢が宣言したらしいの」
「お題?」
「一つ目は、世の女性が羨むロマンチックなシチュエーションの演出。二つ目は、令嬢が心から欲しがっているプレゼントを用意する。ですって。まるでかぐや姫みたいね。無理難題をふっかけて、月に帰るつもりかしら」
「月に帰っても、あの老婦人にまた見合い相手を用意されるだけですよ。それじゃ、いまからお暇をいただいて、プレゼントを用意してきます」
「目星はついているの?」
「だといいのですが。紅葉学園の理事長と、乗馬クラブへも連絡が必要ですね」
「あら、何をする気?」
「ロマンスには白馬が必要でしょう。あともうひとつ。伊達★武将隊も」


 さあ。姫のもとへ、いざ出陣。
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