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第二章
【三】星夜ー赤い絨毯と短期留学生④
しおりを挟む遠い、遠い国から海を渡って来た王子様は、日本の田舎でひっそりと生きていた俺が珍獣に見えたらしい。
都会のセレブ学園での俺は確かに、訛りが目立つ珍獣だった。
由緒正しき家柄の子息令嬢たちからすれば、天才CEOの息子は無能な凡人でしかない。
珍獣のレッテルを貼られた俺は教室の片隅で誰にも話しかけられる事なく、ただひたすら勉強をしていた。
誰も来ない最上階の踊り場が、俺のランチルーム。祖父ちゃんにもらった文庫本を読みながら、ひっそりと過ごした。
俺が仙台に戻れたのは、両親に故郷へ帰りたいと訴えたから。
きっかけは、テレビに映った仙台七夕の吹き流しだった。
はち切れんばかりの笑顔で、幼児が金粉を織り込んだ和紙に触れている。
祖父ちゃん達との楽しい思い出が詰まっている祭りが、まるで地球外の出来事に見えた。
俺はあと何年我慢したら、あそこへ戻れるんだろう――。
「仙台に戻りたい。祖父ちゃんの家で暮らしたい」
涙が止まらなかった。俺の見たい景色は、高層ビルや鮨詰めの通勤列車じゃなかった。
東には仙台平野と太平洋、南には雪化粧を施した蔵王連峰が眺められる、あの家が大好きだった。
高みを目指すのが生きがいの父さんには、俺がもどかしく映っていただろう。なぜ飛翔する機会が与えられている学園で、友達と有意義に過ごせないのかと。
『あの子はね、天才ゆえに平凡な人間がわからないの。辛くなったら、いつでも仙台へ戻っておいで』
ラン祖母ちゃんは、転勤を嫌がった俺にそう言って送り出した。祖父ちゃんを亡くした祖母ちゃんに心配かけたくなくて、学校のことは話せなかった。
父さんは大検合格を条件に転校する案を出した。
「クリアしたら、あとは故郷で暮らせばいい」
諦めを滲ませた口調は、俺の心情を理解できていない表れだ。
父さんは悪人じゃない。けれど宇宙の理(ことわり)を幼少期に理解した天才は、経済を回す事に夢中だ。
俺もその一員になることを、父さんは信じて疑わなかった。俺が布団で丸一晩泣き続けている間、母さんが父さんを説得してくれた。
中学三年生の春だった。
俺が運悪くルシアン王子に見つかったのはその頃。階段の踊り場で弁当を食べていたら、散歩中のプリンス一行が通りかかった。
これは母さんが炭火焼グリルで焼いた塩焼き牛タンなんだ。アブダビのご近所さんプリンスにだってやるもんか!
『君は誰だ?』
『ただのモブキャラです』
所望されたって一口も譲らない覚悟でいた俺は、うっかり彼の母国語で返事を返した。
人生で最大の失敗だった――。
父さんは悪気はなくても『これくらいできるだろう。身につけておきなさい』と幼い頃から英語やフランス語、中国語などを団らんの会話に取り込んでスパルタ教育した。
親心ってのは時に残酷だ。子の為によかれと思って熱心になればなるほど、無意識の脅迫にすり替わっていく。
愛情に応えるには耳を澄ませて異国の言葉をオウム返しするしかなく、父さんは俺が面白がっていると勘違いしていた。
『星夜、外国語は音楽みたいだろう。これさえ覚えておけば、世界中を旅しても困らないぞ!』
皮肉なことに異国のイントネーションは何一つ、心の琴線には掠りもしなかったのだ。
アジャール語を話せる珍獣をルシアン王子は側に置きたがった。まさに父さんの思惑通りだ。
ハイソな生徒達は嫉妬して俺を脅迫する者もいれば、態度を豹変させて親友になりたがった。激怒したルシアン王子は俺と特別教室でリモート授業を受け始め、俺はますます孤立した。
あんな生活は、もうこりごりだ。俺はこの街で自由に生きていくんだ!
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