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第一章
【三】星夜―ミッションを遂行せよ
しおりを挟む書斎の机には鍵のついた引き出しがある。
祖父ちゃんの死後、そこを開けた父さんは、祖父ちゃんの通帳や土地の権利書などが入った金庫についての遺言を見つけた。
俺は同じ場所へ年賀状を入れた。
転勤族の俺に返事をくれた律儀な友人は、数名になってしまった。
スマホを持っていなかった俺は自宅の電話番号を印刷していたが、かけてきたのは一名だけ。
引っ越しも落ち着いたことだし、引っ越し直前に買ってもらった最新機種でそいつに電話してみよう。
「まずは連絡先を登録したほうがいいのか?」
「にゃーん」
「ルビー、かわいい返事をありがとう。でも、太腿が痺れてきたよ……」
潤んだ瞳で首をかしげる様は、さながらアイドルだ。
コンコンコン。ガチャリ。
「星夜、ちょっといいかしら」
「うん。どうぞ」
「今日は日勤なの?」
「ええ」
ルカ叔母さんがジーンズにコート姿で現れた。東北は桜が開花するまで厚手の外套が手放せない。叔母さんは隣区の総合病院に勤めるベテラン看護師なのだ。
「母さんが居ないところで話したかったの。星夜のおかげで母さんが明るくなったわ。ありがとう」
「俺は何もしてないよ」
「あなたにお願いがあるのよ。母さんは小説を書くのが楽しいって言ってたでしょ」
「うん」
「母さんの小説を読んだ?」
「う、う~あ~。実は、ネコたんがチューしたところから読んでないんだ……」
「まあ、わかるわ。好みのジャンルじゃなかったでしょ」
「うん、ごめん。でもポイント数すごいね。あれって、たくさん読まれてるって事だよね」
「そうなの。母さんが嬉しそうに写メ見せてくれたんだけど、ほら、これ見てよ」
ルカ叔母さんのスマホへ転送させた写真はランキングのデータだった。
「日刊完結ランキング四位……。こっちの作品も十位以内だ。すごいね、ラン祖母ちゃん」
「私は同人誌の件を本気で考えてるの。一冊でも頒布すれば、もっと母さんが元気になると思うのよね」
「俺も手伝うよ」
「我が甥よ、よくぞ申した。叔母さんは嬉しいぞ!」
「なんだか時代劇みたいだね。それか、舞台女優」
「実は目指してました! なぁんてね」
アラサーのてへペロは今ひとつだった。
「なんだって?」
「いいえ、なんでもございません」
叔母さんの頼みはこうだ。
俺が転入する高校で腐女子(BLを愛する女生徒)を見つけ出し、祖母ちゃんの小説についての生感想をもらう。
「なんだか凄く高難度なミッションの気がするんだけど……」
「星夜が意識してえくぼを作れば、女子はイチコロよ!」
「俺、イケメンでもないし、無理でしょ。都会はレベルの高いイケメンが電車にぎゅうぎゅう詰まってたぜ」
「無自覚って怖いわ……でもそこが星夜の良いところよ。そのままでいてね」
「ちょっと、何言ってんのかわかんない」
「じゃ、報告を待ってるわ」
「いってらっしゃい」
颯爽とした後ろ姿は三十代に見えない。
ひいき目に見ても叔母さんは美人だと思う。
涼しげな一重に白い肌、つやのある黒髪。正統派の日本女性は異国人にモテる。
思い出した。たしか元旦那はデイヴィッドって名前だった。叔母さんと別れるなんて馬鹿な男だ。
もし会ったら、ルカ叔母さんを悲しませた野郎を殴ってやる……なあんてね。
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