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6章(5)

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 屋敷の中にはまだ煙は充満していなかった。
 寝室の窓から再度、畑を見下ろす。畑に植わっていた葉はすっかり燃え落ちて、所々で小さな火がくすぶっているような状態になっていた。畑とは対照的に、村を取り囲む山の炎は一層勢いを増したように見える。いつ屋敷に燃え移ってもおかしくない。
 熱気が部屋の中まで伝わってくるようで、藍豪ランハオレイに寝台へ押し倒されながら固く目を閉じた。
 まさか自分が、こんな最期を迎えようとは思わなかった。昔の藍豪なら、類のことなど放り出して一目散に麓までの道を駆け下りただろう。火傷をしてもなにをしても、命が助かればいいと思っていたはずだ。
 それが今では抵抗もせず、類の腕に抱かれている。最期の夢を見ると、彼は言った。七年前に瀕死の類を救い、生き永らえさせたのは自分だ。拾った時から、最期まで面倒を見ると決めていた。これが類の望むことなら、藍豪にはつき合ってやる責任がある。

 脚の間に類の膝が滑り込む。寝台がぎしりと音を立て、類は身をかがめて藍豪に口づけた。類の唇は熱かった。それ以上に口内へ潜り込んできた舌はもっと熱い。舌と舌が触れ合った時、藍豪はその熱さに躰を震わせた。
 舌を噛まれ、わずかな痛みとともに快感にも似た痺れが背筋を走る。類の熱にあてられたように、藍豪も無我夢中で類の舌を追い、水音を立てて吸う。気づけば寝台に投げ出していたはずの腕は類の首に絡み、二人はもつれあいながらお互いの唇を貪った。
 最期だと思うと、なにもかもがどうでもよかった。どうせ自分はここで死ぬのだ。屋敷が炎に包まれ、皮膚が焼け爛れて黒焦げの死体になるその瞬間まで、藍豪は類に添い遂げるつもりだった。
 唇を離した類が、熱い指先で藍豪の頬を撫でる。

「藍豪……僕のこと、好きだと言ってください」

 切なさを秘めた類の瞳が、藍豪を射抜く。
 藍豪は類の頭をくしゃくしゃと撫でると、目を逸らした。

「言わなくても、わかるだろ」

 好ましく思っていなければ、金がかかるだけの瀕死の子どもなど拾っていない。きちんと育てるために、指を売り払ったりしていない。藍豪は常に、行動で示してきたはずだ。
 それでも類は、足りないというように首を振った。

「だめです。ちゃんと言ってください」

 やんわりと頬を両手で包まれ、逸らしていた視線が噛み合う。類は藍豪の首筋に顔をうずめると、音を立てて吸いついた。皮膚にぴりっとした痛みが残り、耳元で類の吐息が揺れる。

「お姉さんより好きだって、言って」
 
 押し殺した低い声で囁かれ、ぞくりと皮膚が粟立つ。耳朶じだをゆるく噛まれて、藍豪は息を詰めた。

「っ、好きだ、お前のことが」
「お姉さんよりも?」

 類の手がすうっと服の中に入ってくる。熱い手のひらが直に肌を撫で回し、指先が胸の形をなぞるように蠢く。

「お前は、なにと張り合ってるんだ……?」

 藍豪の姉はとっくに亡くなっている。類は会ったこともなければ、藍豪の話でしか彼女のことを知らないはずだ。今になってなぜ類が姉の話を持ち出してくるのか、藍豪にはまるでわからなかった。

ウー大人ターレンに言われたことがあるんです」

 服の裾をめくり上げられ、年齢のわりに引き締まった躰が外気に晒される。

「僕の目が、藍豪のお姉さんとよく似ているって」

 そう言われて、藍豪はまじまじと類の目を覗き込んだ。阿片を止めた類の目は、綺麗だ。濁りがなくて、漆黒に菫色が混ざっている。黒目がちな目は、類を年齢よりも幼く見せている。いくら覗き込んでも、藍豪はその目に姉との共通点を見い出せなかった。単純に姉の顔を細部までよく覚えていないということもある。類に言われてはじめて似ているかもしれないと思って見つめてみたが、よくわからなかった。
 藍豪を見下ろす類の目が、不安げに揺れている。藍豪が言うべきことは、ひとつしかなかった。

「全然似てないな」
「え……?」
「お前の目のほうがよっぽど綺麗で、俺は好きだ」

 藍豪の言葉が、じわじわと類に染みていっているのがわかる。藍豪が乱れた前髪を梳いてやると、類はすこしだけ頬を上気させ、嬉しそうにはにかんだ。
 窓に真っ赤な炎が反射して揺らめく。外ではあれだけ激しく山が燃えているというのに、屋敷の中は不思議なほどに静かだった。
 どちらからともなく、唇を合わせる。寝台の上でシーツが擦れる音と、舌が絡まり合う水音だけが響いている。飲みきれなかった唾液が唇の端からこぼれ、藍豪の首筋を濡らしていく。

 唇を合わせながら、類は藍豪の躰をまさぐった。外気に晒され、ツンと尖った胸の先端を摘まれる。ころころと指先で転がされ、藍豪の吐き出す息が湿っぽく変化していく。
 類が顔を上げ、その舌が藍豪の締まった腹筋を這う。奥歯を噛み締め、声が漏れ出さないように耐える。
 胸の先に吸いつかれた時、藍豪は思わず腰を浮かした。この屋敷に来てから類の手によって無理やり刻まれた快感が、たしかに藍豪の中に根づいている。意思とは裏腹に、下着の中が張りつめていくのを感じた。

「藍豪、我慢しないでください」
「そこ、でっ、喋んな」

 類のひそやかな笑いさえ、藍豪の肌を掠めて甘い疼きへと変わっていく。
 胸の先を吸ったり舐めたりしながら、類の手はするすると下半身へ下りていく。服の上から張りつめたものを撫でられ、背筋をぞくぞくとした震えが這い上がる。
 どこかに、類に触られることを期待している自分がいる。屋敷へ連れて来られて、類に組み敷かれた時の屈辱を忘れたわけではない。その後の行為も、苦しいばかりでこれが自分に与えられた罰なのだろうと思った。

 けれど、今は違う。類の手つきは驚くほど優しく、心が通い合ったように心地よさしか感じない。類を求めて、躰の奥底が疼く。藍豪ははじめて、心の底から類を受け入れてやりたいと思った。
 類が藍豪の上から身を起こす。藍豪もつられて起き上がった。下着の中では、ずきずきと存在を主張するものがある。しかし、それは類も同じことだった。
 類が慣れた手つきでズボンのベルトを外し、前をくつろげる。下着から飛び出したそれは、固く張りつめて、どくどくと脈を打っていた。類の求めていることが、手に取るようにわかる。
 藍豪は類に命じられるまでもなく、その赤黒くいきり立ったものを口に含んだ。
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