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第18話:勇気
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人ではない、ということは人間じゃないってこと。
わたしは人間じゃない?
そんなこと、ありえるの?
「むろん、我はそのような話はまるで信じてはおらぬ」
人ではない、と言ったのは九里くんのくせに、九里くんはあっさりと言った。
「どうしてそう思うのさ」
おばあちゃんが、きびしい声で聞く。
九里くんの答えによっては、ものすごく怒りそうな……。
「ひな子が人でないとしたら、我がひな子と友になって天狗の森を出られたことの説明がつかぬからだ」
「あっ……」
そういえばそうだ。
天狗は人間と友だちになることで、天狗の森を出られるようになるって、言ってたっけ。
九里くんはわたしと友だちになって森を出られて、九遠さんは姫ちゃん先生と友だちになったから森を出られた。
やっぱりわたしが人間じゃないなんて、そんな話あるわけがない。
そう言おうとした時、九里くんがゆるゆると首をふった。
「しかし、兄さまはそうは思っておらぬのだ」
「九遠さんが?」
「うむ。兄さまは、ひな子には人間よりも強い力がそなわっているはずだと申しておった」
「人間よりも、強い力……」
「その力は人よりも、ましてや天狗や狐よりも強い力やもしれぬと、兄さまは思っているようなのだ」
「ちょ、ちょっと待って!」
わたしは九里くんが話つづけるのを、あわてて止めた。
「九遠さんは、わたしが神かくしにあったことを知っていたの?」
そうじゃないと、話がおかしい。
九遠さんはまるで、さいしょからわたしが神かくしにあって、人じゃない力を持っていることを知っていたみたい。
わたしに強い力があることを知っていて、狐をさがすためにわたしの力を使おうとしている……?
九里くんは言いわけをさがすみたいにきょろきょろしていたけれど、やがてしゅんと頭を下げた。
「どうやらそのようなのだ……我も先ほど、兄さまから聞いたばかりだから信じられないことではあるが」
「さっき昔の人の世のことを知らないと言ったのはうそだったのかい」
「すまぬ、おばあさま。兄さまの言っていることが本当か、答え合わせをするためにおばあさまの口からひな子の神かくしについて聞くしかなかったのだ」
わたしは自分の手のひらをじっと見つめた。
学校でいじめられているようなわたしに、そんな力があるはずがない。
だって人間よりも強いのだとしたら、いじめられても平気なはずだから。
わたしは一度だって、みくたちにやり返せたことはない。
先生にも声が小さいとか、元気がないとか、そんなふうに言われてきた。
親がいない、おとなしい子だって。
「我は一度たりとも、ひな子が弱いやつなどと思ったことはないぞ」
九里くんが、まるでわたしの心をのぞいたみたいにはっきりと言った。
この言葉、前にも言われた気がする……。
――僕は君が弱い人間だとは思わないけれどね。
目の前の九里くんと、はじめて会った時の九遠さんの顔が重なる。
「どうして、九里くんも九遠さんも、わたしは弱くないって言うの……?」
わたしは自分で、自分のことを弱いと思う。
一人じゃなんにもできなくて、九里くんに助けられてばかりで、先生やおばあちゃんに怒られるのがこわくて……。
「天狗を恐れぬ、友になろうと言い出す。そんな人間のどこが弱いというのだ?」
九里くんはじっとわたしの顔を見た。
その顔は、本気でわたしが弱くないと思っているみたいだ。
「わたしはそんな、九里くんが思ってるほど強くないよ」
かろうじて、それだけ言う。
本当はすごくうれしかった。
九里くんや九遠さんが、わたしをみとめてくれたみたいで。
九里くんはしばらくやわらかい笑顔をうかべてわたしの顔を見ていたけれど、やがて笑顔を引っこめて、おばあちゃんのほうを見た。
「ひな子と共に、狐をさがしに行きたいと思う」
九里くんの静かな声とは逆に、おばあちゃんは今にも怒り出しそうな顔をして、ふるふるとふるえた。
「あんた……ひな子が外に出て、狐にさらわれてもいいと言うのかい?」
「そのようなことは申しておらぬ」
九里くんは冷静だ。
おばあちゃんも、なんとか怒りそうになる自分を止めているみたいに大きく息をはき出す。
「九萬坊の力をもってしても5年2組の者を見つけられておらぬゆえ、兄さまと相談して、ひな子の力を借りようという話になったのだ」
ひな子が家にいて助かった、と九里くんは小さくつぶやいた。
わたしなんかが、狐を見つけられる……?
「わたしはただの、人間だよ……天狗なんかより、ずっと弱いよ」
「ひな子にその気がないのなら、無理にとは言わぬ」
九里くんがわたしのほうを向いて、オオカミみたいな、赤いするどい目でわたしを見る。
「ただ、もし本当にひな子が神かくしにあったことでなにかの力を得たのだとしたら……我らが頼れるのはもう、ひな子しかいないのだ」
九里くんはそこで、わたしとおばあちゃんに向かって深く頭を下げた。
「この杜ノ町を狐にうばわれるわけにはいかぬ……どうか我ら九萬坊に、力を貸してほしい」
九里くんは頭を下げたまま、わたしの答えを待っている。
わたしはちらりとおばあちゃんの顔を見た。
おばあちゃんも、わたしの顔を見ている。
「ひな子、無理しなくていい。まだ狐の仕業と決まったわけじゃないだろう? クラスのみんなだって、そのうちひょっこり帰ってくるかもしれない」
おばあちゃんは、なんとかわたしを家に引きとめようとしているみたい。
それはそうかも……わたしだっておばあちゃんが狐をさがしに行くって言ったら、心配すると思う。
みんなと同じように、さがしに行ったまま帰ってこなくなったらどうしようって。
でも、わたしは九里くんの力になりたい。
わたしが行って、狐を見つけられるか、みんなを助けられるかはわからないけど……。
九里くんのおねがいをことわりたくなかった。
「わたし、行くよ」
「ひな子……」
九里くんが顔を上げ、おばあちゃんがわたしの名前を呼ぶ。
「おばあちゃん、心配しないで。ちゃんと帰ってくるから」
わたしはおばあちゃんに向けて、笑顔でそう言った。
やっと、わたしでも九里くんの力になれることがあるんだ。
いつまでも九里くんやおばあちゃんの後ろにかくれて、小さくなっているままのわたしじゃいけない。
おばあちゃんはわたしを見て、ため息をついてから、こわい顔で九里くんのほうを向いた。
「ひな子になにかあったら、承知しないからね」
九里くんは、もう一度おばあちゃんに向かって頭を下げてから真剣な顔で言った。
「ひな子のことは、我が必ず守る。もしひな子が帰って来なかったら――天狗の森を焼くなり、我を食うなり好きにするがよい」
わたしは人間じゃない?
そんなこと、ありえるの?
「むろん、我はそのような話はまるで信じてはおらぬ」
人ではない、と言ったのは九里くんのくせに、九里くんはあっさりと言った。
「どうしてそう思うのさ」
おばあちゃんが、きびしい声で聞く。
九里くんの答えによっては、ものすごく怒りそうな……。
「ひな子が人でないとしたら、我がひな子と友になって天狗の森を出られたことの説明がつかぬからだ」
「あっ……」
そういえばそうだ。
天狗は人間と友だちになることで、天狗の森を出られるようになるって、言ってたっけ。
九里くんはわたしと友だちになって森を出られて、九遠さんは姫ちゃん先生と友だちになったから森を出られた。
やっぱりわたしが人間じゃないなんて、そんな話あるわけがない。
そう言おうとした時、九里くんがゆるゆると首をふった。
「しかし、兄さまはそうは思っておらぬのだ」
「九遠さんが?」
「うむ。兄さまは、ひな子には人間よりも強い力がそなわっているはずだと申しておった」
「人間よりも、強い力……」
「その力は人よりも、ましてや天狗や狐よりも強い力やもしれぬと、兄さまは思っているようなのだ」
「ちょ、ちょっと待って!」
わたしは九里くんが話つづけるのを、あわてて止めた。
「九遠さんは、わたしが神かくしにあったことを知っていたの?」
そうじゃないと、話がおかしい。
九遠さんはまるで、さいしょからわたしが神かくしにあって、人じゃない力を持っていることを知っていたみたい。
わたしに強い力があることを知っていて、狐をさがすためにわたしの力を使おうとしている……?
九里くんは言いわけをさがすみたいにきょろきょろしていたけれど、やがてしゅんと頭を下げた。
「どうやらそのようなのだ……我も先ほど、兄さまから聞いたばかりだから信じられないことではあるが」
「さっき昔の人の世のことを知らないと言ったのはうそだったのかい」
「すまぬ、おばあさま。兄さまの言っていることが本当か、答え合わせをするためにおばあさまの口からひな子の神かくしについて聞くしかなかったのだ」
わたしは自分の手のひらをじっと見つめた。
学校でいじめられているようなわたしに、そんな力があるはずがない。
だって人間よりも強いのだとしたら、いじめられても平気なはずだから。
わたしは一度だって、みくたちにやり返せたことはない。
先生にも声が小さいとか、元気がないとか、そんなふうに言われてきた。
親がいない、おとなしい子だって。
「我は一度たりとも、ひな子が弱いやつなどと思ったことはないぞ」
九里くんが、まるでわたしの心をのぞいたみたいにはっきりと言った。
この言葉、前にも言われた気がする……。
――僕は君が弱い人間だとは思わないけれどね。
目の前の九里くんと、はじめて会った時の九遠さんの顔が重なる。
「どうして、九里くんも九遠さんも、わたしは弱くないって言うの……?」
わたしは自分で、自分のことを弱いと思う。
一人じゃなんにもできなくて、九里くんに助けられてばかりで、先生やおばあちゃんに怒られるのがこわくて……。
「天狗を恐れぬ、友になろうと言い出す。そんな人間のどこが弱いというのだ?」
九里くんはじっとわたしの顔を見た。
その顔は、本気でわたしが弱くないと思っているみたいだ。
「わたしはそんな、九里くんが思ってるほど強くないよ」
かろうじて、それだけ言う。
本当はすごくうれしかった。
九里くんや九遠さんが、わたしをみとめてくれたみたいで。
九里くんはしばらくやわらかい笑顔をうかべてわたしの顔を見ていたけれど、やがて笑顔を引っこめて、おばあちゃんのほうを見た。
「ひな子と共に、狐をさがしに行きたいと思う」
九里くんの静かな声とは逆に、おばあちゃんは今にも怒り出しそうな顔をして、ふるふるとふるえた。
「あんた……ひな子が外に出て、狐にさらわれてもいいと言うのかい?」
「そのようなことは申しておらぬ」
九里くんは冷静だ。
おばあちゃんも、なんとか怒りそうになる自分を止めているみたいに大きく息をはき出す。
「九萬坊の力をもってしても5年2組の者を見つけられておらぬゆえ、兄さまと相談して、ひな子の力を借りようという話になったのだ」
ひな子が家にいて助かった、と九里くんは小さくつぶやいた。
わたしなんかが、狐を見つけられる……?
「わたしはただの、人間だよ……天狗なんかより、ずっと弱いよ」
「ひな子にその気がないのなら、無理にとは言わぬ」
九里くんがわたしのほうを向いて、オオカミみたいな、赤いするどい目でわたしを見る。
「ただ、もし本当にひな子が神かくしにあったことでなにかの力を得たのだとしたら……我らが頼れるのはもう、ひな子しかいないのだ」
九里くんはそこで、わたしとおばあちゃんに向かって深く頭を下げた。
「この杜ノ町を狐にうばわれるわけにはいかぬ……どうか我ら九萬坊に、力を貸してほしい」
九里くんは頭を下げたまま、わたしの答えを待っている。
わたしはちらりとおばあちゃんの顔を見た。
おばあちゃんも、わたしの顔を見ている。
「ひな子、無理しなくていい。まだ狐の仕業と決まったわけじゃないだろう? クラスのみんなだって、そのうちひょっこり帰ってくるかもしれない」
おばあちゃんは、なんとかわたしを家に引きとめようとしているみたい。
それはそうかも……わたしだっておばあちゃんが狐をさがしに行くって言ったら、心配すると思う。
みんなと同じように、さがしに行ったまま帰ってこなくなったらどうしようって。
でも、わたしは九里くんの力になりたい。
わたしが行って、狐を見つけられるか、みんなを助けられるかはわからないけど……。
九里くんのおねがいをことわりたくなかった。
「わたし、行くよ」
「ひな子……」
九里くんが顔を上げ、おばあちゃんがわたしの名前を呼ぶ。
「おばあちゃん、心配しないで。ちゃんと帰ってくるから」
わたしはおばあちゃんに向けて、笑顔でそう言った。
やっと、わたしでも九里くんの力になれることがあるんだ。
いつまでも九里くんやおばあちゃんの後ろにかくれて、小さくなっているままのわたしじゃいけない。
おばあちゃんはわたしを見て、ため息をついてから、こわい顔で九里くんのほうを向いた。
「ひな子になにかあったら、承知しないからね」
九里くんは、もう一度おばあちゃんに向かって頭を下げてから真剣な顔で言った。
「ひな子のことは、我が必ず守る。もしひな子が帰って来なかったら――天狗の森を焼くなり、我を食うなり好きにするがよい」
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