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第14話:姫ちゃん先生
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天狗の森の入口に着いた時には、夕日が見えていた。
夏だから暗くなるのがおそいけれど、そのぶん家に帰らなくちゃいけない時間もわかりにくいように思う。
早く家に帰らないと、おばあちゃんに怒られちゃう。
そう思うのに、足はぜんぜん動いてくれない。
「九里のことなら、気にしないで」
九遠さんが鳥居の向こうから声をかけてくる。
わかってる、九里くんはわたしみたいに弱虫じゃないから。
わたしが心配しても、どうにもならないこともわかってる。
でも、一度でいいから会って、顔を見て、あやまりたかった。
ここで待っていたら、いつか九里くんが帰ってくるんじゃないか、もう少し待っていたら会えるんじゃないか。
そんなふうに思って、わたしは鳥居を出たところで動けずにいる。
帰ろうとしないわたしを、九遠さんは困ったようなあいまいな笑顔で見ている。
「早く帰らないと、おばあさまが心配するよ」
まるで公園から帰りたくないという小さな子どもに話しかけるお母さんみたいに、九遠さんはわたしにやさしく話しかける。
「家まで、送っていこうか?」
ぽつりと九遠さんが言った。
わたしは下を向きかけていた顔を上げる。
目が合うと、九遠さんは一歩ふみ出し、鳥居をくぐった。
「夕暮れは狐もうろつく時間だから、一人で帰るのは、あぶないかもしれない」
そう言って、九遠さんはわたしの横をすり抜けて森から出ていこうとする。
わたしもおいていかれないように、あわてて後ろについた。
「あ」
九遠さんが、きゅうに立ち止まる。
「まずいな」
「えっ?」
ふり返った九遠さんが、うーんと顔をゆがめる。
「年のはなれた君と僕が二人で歩いていたら、僕がひな子さんを誘拐して連れまわしていると思われるかもしれない」
すごくまじめな顔で、九遠さんは言った。
わたしから見れば、九遠さんは年のはなれたお兄さんって感じだけど……。
たしかになにも知らない人が見たら、九遠さんのことを不審者だと思うかもしれない。
あと二、三歩で森から出るというところで、うーんと頭をなやませていた九遠さんは、なにかをひらめいたのか、ぱっと笑顔になった。
なにやら白衣のポケットをごそごそしている。
なにが出てくるんだろう?
じっと見ていたら、出てきたのはスマートフォンだった。
天狗も、携帯電話とかスマホとか使うんだなあ、とのんきな感想がわたしの頭の中に飛び出す。
九遠さんは「ちょっと待ってて」とわたしに言うと、どこかに電話をかけはじめた。
しばらくして、電話にだれか出たのか、九遠さんの顔が明るくなる。
「もしもし、姫ちゃん? 今からちょっと出てこれる? いや、僕まだ警察に捕まりたくないんだよね。九里と同じクラスの女の子でさ……ね、たのむよ。姫ちゃんしかたのめる人いないんだから」
九遠さんが姫ちゃんと相手を呼ぶたびに、わたしの頭の中には、保健室の先生の姫川先生がうかんでくる。
茶色の長い髪をした、かわいい女の先生で、みんなから姫ちゃん先生って呼ばれてる。
九里くんが来る前、わたしはよく保健室へ行っていたから、姫ちゃん先生ともけっこう仲がいい。
「今、女の人が来てくれるからちょっと待って。彼女が来たら一緒にひな子さんの家まで行こう」
電話をおえた九遠さんが言う。
「だいじょうぶ、きっとひな子さんも知ってる人だから」
わたしが返事をしなかったのが、九遠さんにはこわがってると思われたらしい。
「姫ちゃんって……保健室の姫川先生のことですか?」
姫ちゃん先生の名前を出したとたん、九遠さんがにっこりと笑顔になった。
夕日のオレンジ色の光で、九遠さんの笑顔がきらきらとかがやく。
「うん、姫川先生のこと」
「九遠さんと姫ちゃん先生は、知り合いだったんですね」
「知り合いっていうか……僕が一生その恩を忘れないとちかった人、かな?」
「恩を忘れない?」
前に、どこかで聞いたことがあるような……。
――ひな子、我はこの恩を忘れぬ。我の命つづくかぎり、おまえを守ってやろう。
そうだ、九里くんが言ったんだった。
「もしかして、姫ちゃん先生って……」
九遠さんが夕日の中で、にこにこ笑う。
その笑顔が、とっても九里くんに似ていて、わたしは胸がドキドキした。
「そう、僕を天狗の森から連れ出してくれた……はじめての、人間の友だちだよ」
夏だから暗くなるのがおそいけれど、そのぶん家に帰らなくちゃいけない時間もわかりにくいように思う。
早く家に帰らないと、おばあちゃんに怒られちゃう。
そう思うのに、足はぜんぜん動いてくれない。
「九里のことなら、気にしないで」
九遠さんが鳥居の向こうから声をかけてくる。
わかってる、九里くんはわたしみたいに弱虫じゃないから。
わたしが心配しても、どうにもならないこともわかってる。
でも、一度でいいから会って、顔を見て、あやまりたかった。
ここで待っていたら、いつか九里くんが帰ってくるんじゃないか、もう少し待っていたら会えるんじゃないか。
そんなふうに思って、わたしは鳥居を出たところで動けずにいる。
帰ろうとしないわたしを、九遠さんは困ったようなあいまいな笑顔で見ている。
「早く帰らないと、おばあさまが心配するよ」
まるで公園から帰りたくないという小さな子どもに話しかけるお母さんみたいに、九遠さんはわたしにやさしく話しかける。
「家まで、送っていこうか?」
ぽつりと九遠さんが言った。
わたしは下を向きかけていた顔を上げる。
目が合うと、九遠さんは一歩ふみ出し、鳥居をくぐった。
「夕暮れは狐もうろつく時間だから、一人で帰るのは、あぶないかもしれない」
そう言って、九遠さんはわたしの横をすり抜けて森から出ていこうとする。
わたしもおいていかれないように、あわてて後ろについた。
「あ」
九遠さんが、きゅうに立ち止まる。
「まずいな」
「えっ?」
ふり返った九遠さんが、うーんと顔をゆがめる。
「年のはなれた君と僕が二人で歩いていたら、僕がひな子さんを誘拐して連れまわしていると思われるかもしれない」
すごくまじめな顔で、九遠さんは言った。
わたしから見れば、九遠さんは年のはなれたお兄さんって感じだけど……。
たしかになにも知らない人が見たら、九遠さんのことを不審者だと思うかもしれない。
あと二、三歩で森から出るというところで、うーんと頭をなやませていた九遠さんは、なにかをひらめいたのか、ぱっと笑顔になった。
なにやら白衣のポケットをごそごそしている。
なにが出てくるんだろう?
じっと見ていたら、出てきたのはスマートフォンだった。
天狗も、携帯電話とかスマホとか使うんだなあ、とのんきな感想がわたしの頭の中に飛び出す。
九遠さんは「ちょっと待ってて」とわたしに言うと、どこかに電話をかけはじめた。
しばらくして、電話にだれか出たのか、九遠さんの顔が明るくなる。
「もしもし、姫ちゃん? 今からちょっと出てこれる? いや、僕まだ警察に捕まりたくないんだよね。九里と同じクラスの女の子でさ……ね、たのむよ。姫ちゃんしかたのめる人いないんだから」
九遠さんが姫ちゃんと相手を呼ぶたびに、わたしの頭の中には、保健室の先生の姫川先生がうかんでくる。
茶色の長い髪をした、かわいい女の先生で、みんなから姫ちゃん先生って呼ばれてる。
九里くんが来る前、わたしはよく保健室へ行っていたから、姫ちゃん先生ともけっこう仲がいい。
「今、女の人が来てくれるからちょっと待って。彼女が来たら一緒にひな子さんの家まで行こう」
電話をおえた九遠さんが言う。
「だいじょうぶ、きっとひな子さんも知ってる人だから」
わたしが返事をしなかったのが、九遠さんにはこわがってると思われたらしい。
「姫ちゃんって……保健室の姫川先生のことですか?」
姫ちゃん先生の名前を出したとたん、九遠さんがにっこりと笑顔になった。
夕日のオレンジ色の光で、九遠さんの笑顔がきらきらとかがやく。
「うん、姫川先生のこと」
「九遠さんと姫ちゃん先生は、知り合いだったんですね」
「知り合いっていうか……僕が一生その恩を忘れないとちかった人、かな?」
「恩を忘れない?」
前に、どこかで聞いたことがあるような……。
――ひな子、我はこの恩を忘れぬ。我の命つづくかぎり、おまえを守ってやろう。
そうだ、九里くんが言ったんだった。
「もしかして、姫ちゃん先生って……」
九遠さんが夕日の中で、にこにこ笑う。
その笑顔が、とっても九里くんに似ていて、わたしは胸がドキドキした。
「そう、僕を天狗の森から連れ出してくれた……はじめての、人間の友だちだよ」
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