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第13話:妖怪?
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「僕たちの両親ふくめ、九萬坊の一族は天狗の森じゃなくて街の中心部に住んでいたんだ」
九遠さんが静かな声で話し出す。
「杜ノ町の真ん中に大きなお城が建っているだろう? ちょうどあのあたり、お城のそばの森が九萬坊のなわばりだった」
わたしは大きなお城を思いうかべる。
おばあちゃんに何回か連れていってもらったことがある。
白いかべに、黒い屋根。石がたくさん積まれた上に、そのお城は建っていた。
でも、わたしが見た時は近くに森なんかなかった気がする。
お城の前は、ただの広い原っぱだ。そこに、森があったってことなのかな?
九遠さんが、顔を下に向ける。
わたしは麦茶のコップを手に取ると、ちびちびと飲んだ。
かわいたのどに冷たい麦茶がおいしい。
コップを置いたのと同時に、九遠さんも顔を上げる。
「440年前、あのお城に将軍さまが来ることになった。新しい将軍さまは、天狗とか狸とか……とにかく人じゃないものがきらいだったんだ」
「人じゃないもの」
「そう、人間の言葉で言うなら……妖怪かな?」
そう言って、九遠さんは悲しそうに笑う。
「将軍さまはお城の近くの森に天狗が住んでいると、人間に悪さをするって信じてたんだ」
どうしてみんな、天狗は人間の敵だって思うんだろう?
九里くんも、九遠さんも、こんなにやさしいのに。
「話す前からきらいになるなんて、おかしいです……」
「ひな子さんは特別やさしいからそう思うんだろうね」
九遠さんが目を細めて、ちょっとだけ笑う。
けれど、すぐに笑顔は消えて、まゆ毛をぎゅっとしてこわい顔になる。
「天狗をきらった将軍さまは、ある夜……森を焼いたんだ」
森を焼く。
テレビで見たことがある。外国で、夏の暑い日に森の木から勝手に火がついて、コアラが何匹も死んじゃったってやつ。
ごうごうと高く火が燃える木を思い出して、わたしはこわくなる。
もし、天狗がたくさんいる時に、森に火をつけられたら……。
「両親や大人たちは、将軍さまを倒すと言って森を出て行った……まだ小さかった僕は、産まれたばかりの九里をかかえて必死ににげたよ。そしてたどりついたのが、この森だった」
そうしてここは、天狗の森とよばれるようになった。
そう言って、九遠さんは話すのをやめて、重たいため息をついた。
わたしはまよいながらも、話のつづきが気になって九遠さんにたずねる。
「九里くんや九遠さんのお母さんとお父さんは、その後どうなったんですか……?」
「わからない」
「えっ?」
「九萬坊天狗と人間の戦いは三日つづいた。街には強い風がふき、大雨と雷が街の様子を変えた。多くの家が洪水で流されて、人間にも天狗にも死んだ者がたくさんいた」
九遠さんは、昔見たことをそっくりそのまま話しているような調子で、つづける。
「戦いがおわった後、人間たちがこの森に生き残った天狗を連れてきた。天狗がかってに出られないように結界をはって、この森に封印することにしたんだ。連れてこられた天狗の中に、僕たちの両親はいなかった」
「じゃあ、お母さんとお父さんは……」
「僕はあきらめたわけじゃないよ」
九遠さんが、はっきりと言った。
赤い目がきらきらと光る。
「だれも父さまや母さまが死んだところを見ていないんだ。だから、僕や九里は信じる。父さまと母さまは、どこかで絶対に生きてるって」
わたしは九遠さんの強さにおどろいた。
400年以上、九遠さんと九里くんはお父さんやお母さんをさがしているんだ……。
人間と友だちになって、天狗の森を出られるようになるまで、二人は何年待ったんだろう。
おばあちゃんよりもうんと長生きで、長い時間をこの森に閉じこめられてすごして……。
わたしはふと思った。
どうして、人間と友だちになったら天狗はこの森を出られるんだろう?
「狐のしわざだよ」
また、九遠さんがわたしの心を読んだように言った。
「人間のはった結界に、狐がいたずらしたんだ。狐は天狗よりも前から人間とはライバルだからね。ちょっといたずらして人間を困らせようとしたんだろう」
「えっ? じゃあ狐は天狗の味方じゃないんですか?」
狐のおかげで、天狗は条件つきだけど、森から出られるようになったんじゃないのかな?
「九里くんは九遠さんに言われて、狐を退治しなきゃいけないって言ってたけど……」
九遠さんが、困ったような笑いをうかべる。
「狐は人間も天狗も追い出して、杜ノ町を支配しようとしているんだ」
この町が、わたしたちが住んでいる町が、狐のものになる?
「すでに人間に被害が出はじめている。何人か、狐に取りつかれた者もいるみたいだ」
「狐に取りつかれる……」
「取りつかれた人間は、同じ人間にたいして、いたずらしたり、ひどいことをする。そうやって、人間同士がケンカをして、そのケンカが大きくなって災いとなるのを待っているんだ」
ふと、みくの顔がうかんだ。みくは、狐に取りつかれて……?
そんなことないはず。だってみくは、わたし以外にはちゃんとやさしいから。
わたしはきゅうにこわくなって、首にかけているおまもりをにぎりしめた。
おばあちゃんはこれがあれば天狗にさらわれないって言ってたけど、狐にも効果はあるのかな……?
「僕たち九萬坊は別に、杜ノ町を支配しようとか、妖怪が住みやすい場所にしようなんて、これっぽっちも思ってない」
「できれば……」と九遠さんが小さくつぶやく。
「できれば、僕たちは将軍さまが来る前のように、人間となかよくしたい」
九遠さんが小さく笑う。
「きっと九里も、同じきもちで君と友だちになったんだよ」
九遠さんが静かな声で話し出す。
「杜ノ町の真ん中に大きなお城が建っているだろう? ちょうどあのあたり、お城のそばの森が九萬坊のなわばりだった」
わたしは大きなお城を思いうかべる。
おばあちゃんに何回か連れていってもらったことがある。
白いかべに、黒い屋根。石がたくさん積まれた上に、そのお城は建っていた。
でも、わたしが見た時は近くに森なんかなかった気がする。
お城の前は、ただの広い原っぱだ。そこに、森があったってことなのかな?
九遠さんが、顔を下に向ける。
わたしは麦茶のコップを手に取ると、ちびちびと飲んだ。
かわいたのどに冷たい麦茶がおいしい。
コップを置いたのと同時に、九遠さんも顔を上げる。
「440年前、あのお城に将軍さまが来ることになった。新しい将軍さまは、天狗とか狸とか……とにかく人じゃないものがきらいだったんだ」
「人じゃないもの」
「そう、人間の言葉で言うなら……妖怪かな?」
そう言って、九遠さんは悲しそうに笑う。
「将軍さまはお城の近くの森に天狗が住んでいると、人間に悪さをするって信じてたんだ」
どうしてみんな、天狗は人間の敵だって思うんだろう?
九里くんも、九遠さんも、こんなにやさしいのに。
「話す前からきらいになるなんて、おかしいです……」
「ひな子さんは特別やさしいからそう思うんだろうね」
九遠さんが目を細めて、ちょっとだけ笑う。
けれど、すぐに笑顔は消えて、まゆ毛をぎゅっとしてこわい顔になる。
「天狗をきらった将軍さまは、ある夜……森を焼いたんだ」
森を焼く。
テレビで見たことがある。外国で、夏の暑い日に森の木から勝手に火がついて、コアラが何匹も死んじゃったってやつ。
ごうごうと高く火が燃える木を思い出して、わたしはこわくなる。
もし、天狗がたくさんいる時に、森に火をつけられたら……。
「両親や大人たちは、将軍さまを倒すと言って森を出て行った……まだ小さかった僕は、産まれたばかりの九里をかかえて必死ににげたよ。そしてたどりついたのが、この森だった」
そうしてここは、天狗の森とよばれるようになった。
そう言って、九遠さんは話すのをやめて、重たいため息をついた。
わたしはまよいながらも、話のつづきが気になって九遠さんにたずねる。
「九里くんや九遠さんのお母さんとお父さんは、その後どうなったんですか……?」
「わからない」
「えっ?」
「九萬坊天狗と人間の戦いは三日つづいた。街には強い風がふき、大雨と雷が街の様子を変えた。多くの家が洪水で流されて、人間にも天狗にも死んだ者がたくさんいた」
九遠さんは、昔見たことをそっくりそのまま話しているような調子で、つづける。
「戦いがおわった後、人間たちがこの森に生き残った天狗を連れてきた。天狗がかってに出られないように結界をはって、この森に封印することにしたんだ。連れてこられた天狗の中に、僕たちの両親はいなかった」
「じゃあ、お母さんとお父さんは……」
「僕はあきらめたわけじゃないよ」
九遠さんが、はっきりと言った。
赤い目がきらきらと光る。
「だれも父さまや母さまが死んだところを見ていないんだ。だから、僕や九里は信じる。父さまと母さまは、どこかで絶対に生きてるって」
わたしは九遠さんの強さにおどろいた。
400年以上、九遠さんと九里くんはお父さんやお母さんをさがしているんだ……。
人間と友だちになって、天狗の森を出られるようになるまで、二人は何年待ったんだろう。
おばあちゃんよりもうんと長生きで、長い時間をこの森に閉じこめられてすごして……。
わたしはふと思った。
どうして、人間と友だちになったら天狗はこの森を出られるんだろう?
「狐のしわざだよ」
また、九遠さんがわたしの心を読んだように言った。
「人間のはった結界に、狐がいたずらしたんだ。狐は天狗よりも前から人間とはライバルだからね。ちょっといたずらして人間を困らせようとしたんだろう」
「えっ? じゃあ狐は天狗の味方じゃないんですか?」
狐のおかげで、天狗は条件つきだけど、森から出られるようになったんじゃないのかな?
「九里くんは九遠さんに言われて、狐を退治しなきゃいけないって言ってたけど……」
九遠さんが、困ったような笑いをうかべる。
「狐は人間も天狗も追い出して、杜ノ町を支配しようとしているんだ」
この町が、わたしたちが住んでいる町が、狐のものになる?
「すでに人間に被害が出はじめている。何人か、狐に取りつかれた者もいるみたいだ」
「狐に取りつかれる……」
「取りつかれた人間は、同じ人間にたいして、いたずらしたり、ひどいことをする。そうやって、人間同士がケンカをして、そのケンカが大きくなって災いとなるのを待っているんだ」
ふと、みくの顔がうかんだ。みくは、狐に取りつかれて……?
そんなことないはず。だってみくは、わたし以外にはちゃんとやさしいから。
わたしはきゅうにこわくなって、首にかけているおまもりをにぎりしめた。
おばあちゃんはこれがあれば天狗にさらわれないって言ってたけど、狐にも効果はあるのかな……?
「僕たち九萬坊は別に、杜ノ町を支配しようとか、妖怪が住みやすい場所にしようなんて、これっぽっちも思ってない」
「できれば……」と九遠さんが小さくつぶやく。
「できれば、僕たちは将軍さまが来る前のように、人間となかよくしたい」
九遠さんが小さく笑う。
「きっと九里も、同じきもちで君と友だちになったんだよ」
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