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Ⅴ.面接?

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 待ち合わせ場所のファミレスに5分遅れて現れたのは、小太りの中年男だった。薄毛の兆候で額が広く、ずり下がった眼鏡のレンズにはべったりと指紋が付いている。四葉の前に腰かけると、グラスの中の水を一気に飲み干し、傍らに置いたバッグから書類の挟まったクリアファイルを取り出した。

「遅れてすみませんね……あ、面接だからってスーツ着てこなくてもよかったのに」

 男は四葉がしっかりとしたスーツを着てきたことに驚いているようだ。仕方ない、着替えは持っていなかったし、着替えに一度家に戻るのも面倒だっただけだ。

「まずは、これ。書いてくれる?」

 ボールペンと一緒に一枚の書類が渡される。エントリーシートを題されたその書類は、どうやら履歴書の代わりになるものらしい。凛月りんげつに「面接では免許証を提示することになる」と言われたのを思い出し、不本意だが本名を記入する。
 基本的に公務員は副業禁止だ。まして風俗店の面接を受けるなどもってのほかである。実際に働かないとしても、今この場面を知り合いに見られるだけでもだいぶまずいことになる。絶対に知り合いが通らないように、四葉が公務員であることに気づかれないように願うしかない。
 エントリーシートの記入を終えて書類とボールペンを返すと、男は自身を「らぶりぃみんのオーナー日之出ひので」だと名乗った。四葉の堅苦しい字を目で追っていた日之出が一点で視線を止め、ちらりと四葉の顔を見る。

「身長150センチ? ほんとに?」

 四葉は渋々ながら頷く。派遣型風俗店らぶりぃみんは、いわゆる学生系のコンセプトを得意とする店らしい。店に勤める女の子は皆、高校生のような制服を着て接客するのが売りだという。

「いいね。中学生でもいけそうだね」

 なにが、と言いたいのを四葉はぐっと飲み込み、愛想笑いをする。凛月の「背が低いだけで勝ったも同然」と言った意味が、じわじわと染み込んできた。
 なぜ美人なミウではなく、自分を面接へ向かわせたのか。ずっと疑問だったが、ここで重視されているのは顔の出来ではない。いかに若く、十代の少女に見えるかが重視されているのだ。ミウはたしかに美人だが、背が高かった。160センチ以上はあるだろう。四葉がミウに勝っている点は、ただ単に身長が低いというその一点だけだったのだ。
 日之出は通りかかった店員にホットコーヒーを頼むと、エントリーシートを脇に置いて四葉に向き直った。

「業界経験はないんだよね? ガールズバーとかでの勤務経験もない感じ?」
「はい、全部はじめてです」
「昼の仕事は?」
「コンビニでバイトしてます」

 突貫工事で用意してきた答えを並べる。実は国家公務員です、なんて口が裂けても言えない。どこのコンビニでアルバイトをしているのかなどと聞かれたらどうしようかと思ったが、その心配はなさそうだ。日之出は四葉の身長と、業界未経験であるということだけですっかり満足したらしい。本格的に料金表などを持ち出して、採用後の流れや給料を細かく説明している。
 四葉は日之出の説明を聞くともなしに聞きながら、周囲に目を走らせる。四葉の座る席からだいぶ離れた入り口に近い位置に、ミウが深窓の令嬢のごとく鎮座していた。伏せていた顔が上げられ、目が合う。四葉に対する申し訳なさと、わずかな好奇心が混ざった奇妙な表情で、ミウは四葉に向かって小さくガッツポーズをしてみせた。



◇ ◇ ◇



 ファミレスでの面接を終え、第二ボイラー室へ舞い戻る。ミウは扉の横に備えられた指紋認証の解錠装置に四葉の指紋を登録すると、用事があるといってどこかへ行ってしまった。ドアノブに緑のランプが点ったのを見届けて扉を開けると、ホワイトボードの前に立っていた凛月が振り返る。

「俺の言った通りだったろ」

 自信に満ちた物言いが気に入らない。パイプベッドの上にバッグを放り投げ、四葉もバッグの後を追うように身を投げ出す。まだ終業時間にもなっていないというのに、どっと疲れた。このままここで眠れそうなほどだ。ぶんぶんと脚を振ってパンプスを脱ぎ落とし、解放感を味わう。

「明日の19時に、事務所まで来いって」

 日之出の脂ぎった顔を思い出す。女性として、商品として見られることがあんなに気持ち悪いものだとは思わなかった。込み上げてくる嫌悪感を飲み下す。四葉は難なく面接をクリアし、正式に採用されることになった。だが、実際に働いて接客をするわけではない。ベッドに寝転がったまま、首を横に倒して凛月のほうを向く。

「で、なにやればいいんですか?」
「書類漁り」

 凛月がずかずかと歩み寄ってくる。四葉がベッドの上で身体を起こすと、彼はさも当たり前のように四葉の隣に腰かけた。凛月の重みでマットレスが沈み、四葉の身体が傾く。彼はどこから取り出したのか、四葉の手にオレンジジュースの紙パックを握らせると、後ろに両手をついて天井を仰いだ。

「証拠が必要だ。本当に15歳だってわかっていて雇用してる証拠が」
「面接で身分証明書の提示を求められましたけど……それじゃだめなんですか?」
「別人の身分証で面接通ったってケースも考えられるだろ? そうしたら日之出は『偽の身分証を見せられたから本当の年齢は知らなかった』って言い訳できるわけだ」

 そもそも、と凛月は呟く。

「通報者は15歳が働かされていると言ってるが、本人が望んで身分詐称して働いてるってことも考えられる。本当のところがどうなのかは、現地に行って見てみないことにはわからねぇんだよ」

 きっと匿名通報の情報だけでは、警察はいつまで経っても動かなかっただろう。しかし未成年を故意に風俗店で働かせているという証拠があれば、日之出に捜査の手が伸びる。通報者が「働かされている」と考えている15歳の少女が、救われるかもしれない。
 四葉はこっそりと凛月の横顔を見た。なにを考えているのかわからない、無表情で天井を見上げている凛月の横顔は整いすぎているほどに美しい。なぜ彼は、こんな成果が出るかも、報酬が得られるかどうかもわからない仕事をやっているのだろう。
 青い瞳に残る憂いから目を逸らす。オレンジジュースの紙パックがやけに冷たく、手のひらの体温をことごとく奪っていった。
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