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Ⅳ.初仕事

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「ダサ……」

 四葉は本心が漏れかけた口を慌ててつぐんだ。長身の男――凛月りんげつが青い目を細めて睨みつけてくる。
 二人の間に入ったのは、ミウだった。レースの手袋に包まれた手を凛月のほうへかざしながら、四葉に向かって柔らかい笑みを見せる。

藤倉ふじくら様がそう思うのも無理はありませんわ。この男、きっと頭の出来が中学生で止まってしまっているんですもの」
「悪かったな。小学校も卒業してないようなガキで」
「小学校って、義務教育ですよね……?」

 四葉の問いは、誰にも届くことなく空中で分解した。なんとなく聞いてはいけないことを聞いてしまったような居心地の悪さが漂う。ミウも意味ありげに微笑むだけで手助けをしてくれそうな雰囲気はない。
「凛月の言うことをいちいち真に受ける必要はありませんわ」とミウが締めくくったことで、会話はうやむやになって終わった。
 聞きたいことは山ほどある。バウンティハンターという名称はともかく、凛月は「警察に証拠を売り渡して生活している」と言っていた。外国では逃亡した容疑者を捕まえて警察に突き出すことで、懸賞金を得て生活している人がいると聞く。日本では容疑者に対する警察の許可を得ない私的な懸賞金は認められていないため、海外と違って懸賞金稼ぎで生計を立てるような職種は存在しないはずだ。
 しかし、警察に引き渡すのがではなく、だったら。凛月に対して払われるのは懸賞金ではない、情報料だ。凛月は警察の匿名通報制度を上手く利用して、金銭を得ている。そうとしか思えないが――。

「情報料だけで生活できるとは思えないんですけど」
「そりゃ、匿名通報事業の情報料では無理だろうな」

 匿名通報が元で逮捕に繋がった場合、支払われる情報料は最大100万円。数年前に制度の改正があり、金額が一気に引き上げられたのだ。けれど、100万円の価値のある情報などほぼ存在しない。満額が払われるとしたら、麻薬取引の売人の名前を暴露するとか、拳銃の密輸組織の拠点を明かすとか、そういった社会的にも影響の大きなものに限定される。「友達が大麻をやってるみたいなんです」などという曖昧な情報にはほとんど価値がない。
 凛月は面倒そうに頭をかき回すと、ホワイトボードを指差した。

「あそこに貼ってある事案、わかるか?」

 凛月の指を辿って、ホワイトボードに目を向ける。四葉はさっと内容に目を通し、嫌悪感で顔をゆがめる。

「『派遣型風俗店らぶりぃみん』で、15歳の女の子が働かされています……これ、匿名通報で寄せられた情報ですか?」
「ああ、びっくりだろ。店の名前しかわからん。店の住所は? 女の子の名前は? 店側は未成年だと知っていて雇ったのか? 働いてる奴は本当に15歳なのか?」

 ホワイトボードに書かれている情報は、どれも似たようなものだった。「麻薬の取引現場を見た」「近所の子が虐待されているかもしれない」「銃声のような音が聞こえたから調査してほしい」
 どれもこれも、警察が捜査を開始するには情報が足りなさすぎる。警察の人員だって、無尽蔵ではない。加速度的に進む少子化のせいで、警察は常に人手不足だ。限られた人員では、重要度の高い通報や事故、現行犯で逮捕できる案件からこなしていくしかない。詳細な情報、証拠がなければ警察は動くことすらできないのだ。

「証拠があれば、警察は動く。匿名通報の情報とも呼べないようなネタから証拠を漁るのが、俺たちの仕事だ。人手不足の警察に代わって逮捕までのお膳立てをしてやるんだから、当然金はもらわないとな」
「わたくしたちは警察庁と契約を結んだ上で、成果報酬制で動いているんですの。藤倉様は、わたくしたちと警察を繋ぐ架け橋ですわ。藤倉様が警察にきちんとした報告をしてくれない限り……わたくしたちには一銭も払われませんから」

 凛月とミウが四葉のほうへ視線を向ける。心なしか、二人の期待が肩にのしかかるようだった。警察庁の上司はなぜ自分を匿名通報係に任命したのだろう。二人に見られていると、なにか言わなければならないという気になってくる。
 四葉は重たい頭を叩き起こし、言うべき言葉を絞った。

「それで……私はここでなにをやればいいんですか?」

 そうだ、まずは自分の仕事を確認しなくてはならない。これまでの話を総合すると、四葉に与えられた仕事は二人が調査した結果、得られた証拠などを警察へ提供するということになるが……。

「なにって、さっきも言ったろ。証拠を集めるんだよ」
「え、ちょっと待ってください! 私も、やるんですか? 証拠集め」
「だからそう言ってるだろ」

 凛月が呆れ返ったようにため息を吐くが、そんなことは気にしていられない。話がどんどん思わぬ方向へ転がっていく。本当に、一般人と一緒に証拠集めとやらをやらねばいけないのか? 匿名通報係になったからには、避けては通れない道ということなのだろうか。
 前任者が辞めてから、なかなか後任が見つからなかったという理由も四葉にはわかる気がした。こんな仕事、誰もやりたがるはずがない。捜査がしたいなら警視庁か県警に就職して刑事を目指している。血を吐くような努力の末、警察庁へ入庁して、与えられた仕事が一般人との捜査ごっこ。
 下手をすれば相手から訴えかねられない。なんたって、凛月もミウも、そして四葉にも、捜査権は存在しないからだ。警察手帳を持っていることと、捜査権があることはイコールではない。本来であれば令状に基づいてやるようなことを、一般人がやろうとしている。トラブルにならないはずがない。

「辞めたいなら辞めてもいいぜ。今年の人事評価は最低になるけどな」

 凛月の無慈悲な宣告が突き刺さる。長官官房への異動を願う四葉にとって、人事評価は命よりも重い。ボーナスの額なんかはどうでもいいが、最低評価を付けられたことによって希望部署に異動できなくなるのは困る。
 ここでどうにか、成果を上げなくては。おそらく最短で二年は生活安全局にいることになる。二年のうちに成果を上げ、長官官房へ異動する。それが四葉の思い描く理想のルートだ。
 四葉はぐっと顔を上げると、高すぎる位置にある凛月の顔を決意を持って見上げた。

「早速、仕事に取りかかりましょう。まずはなにをすればいいんです?」

 凛月がにやりと笑う。青色の綺麗な瞳を見た時、嫌な予感で背筋が凍った。
 大きな手のひらが、ぽんと四葉の細い肩に乗せられる。

「お前、今からデリヘルの面接受けてこい」
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