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2章(6)

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 球技大会の全日程を終えた後。僕らソフトバレーチームは打ち上げと称して、ファストフード店に来ていた。店内には同じ星海高校の指定ジャージを着た生徒たちの姿もちらほらと見える。皆、考えることは同じだ。
 榊さんは脚の状態がよくならず、二日目の準々決勝には参加しなかった。欠席して家で眠っていてもよかったのに、彼女は律儀に学校までやってきて、試合に望む僕らを応援してくれたのだ。もちろん、僕らはあっさりと準々決勝で負けた。でも悔いはない。彼女がいなければ、一日目の一試合目にして敗退ということも十分あり得たのだから。

「さ、榊さんけっこう食べるんですね……?」

 榊さんの隣に座った吉野さんが、彼女の前に置かれているトレーの上を見ておそるおそる声をかける。期間限定のバーガーが三つに、Lサイズのポテト。ドリンクもLサイズのコーラだ。デザートのアップルパイまである。対して、吉野さんはSサイズのポテトとカップに入ったソフトクリームである。吉野さんから見れば、榊さんはさぞ大食いに見えるだろう。僕もバーガーは二つで十分だ。Lサイズのポテトがあるなら、バーガーはひとつでもいい。
 榊さんは「お腹が空いているから」と実に端的な返答をして、バーガーの包みを剥がした。

「先に乾杯しようよ! ね?」

 冴島くんが烏龍茶の入ったコップを掲げる。榊さんも、冴島くんの提案を無視するほど冷徹な人ではなかった。手に対して明らかに大きいLサイズのコーラを持って、テーブルの真ん中に突き出してくる。冴島くんが、なにかを求めるように僕を見た。
 え、僕が乾杯の音頭を取らなきゃいけない感じ?
 吉野さんも、榊さんも、当然僕がなにかを言うのだと思って僕のほうを見ている。なんで冴島くんはここまできて役割を放棄したんだ……。意味のない咳払いをして、形だけ声の調子を整えるふりをする。

「えーっと……準々決勝進出? 敗退? を祝して――乾杯」

 微妙な音頭に合わせて、紙コップ同士が打ち合わされる鈍い音が響く。
 球技大会のためだけに集まった四人だけれど、なんだか感慨深いものがある。チームが決まった時は榊さんは来ないものと決めつけて、三人でどう頑張ればいいのか落ち込んだりしたものだ。

「ごめんね、せっかく榊さんが頑張ってくれたのに……」

 吉野さんがカップに入ったソフトクリームをスプーンですくいながら、申し訳なさそうに言う。そう、僕たちは榊さんの健闘も虚しく、彼女がチームを離脱した瞬間にあっさり負けた。それはもう、清々しいくらいにあっさり。15対0の歴史的な敗北だ。
 むぐむぐと口いっぱいにバーガーを頬張っていた榊さんが、口のなかのものを飲み下して僕らを見る。

「わたしこそ、ごめん。二日目出られなくて」

 僕らはびっくりして顔を見合わせた。まさか榊さんが謝るなんて! それからふと我に返って、皆で「榊さんのせいじゃない」とか「僕たちがもっと練習するべきだった」とか色々言葉を尽くして、決して彼女のせいで負けたわけではないことを必死にアピールする。そもそも最初から参加する気などまったくなかったのに、当日に来てくれただけでありがたいというものだ。担任の長谷川先生だって、榊さんが本当に球技大会当日に現れたのを見て大喜びしていた。
 榊さんは唇の端についたソースを拭おうともせず、きょとんとして僕らを見つめている。授業中は寝てばかり、昼休みには周りとの会話を避けるように教室から失踪し、一年生の頃から学校行事にはほとんど顔を出さない彼女が、今はクラスメイトと一緒に打ち上げと称した昼食会に参加している。他のクラスメイトが見たら驚くだろう。榊さんにだって、社交性というものはあるのだ。

 会話の中心はほとんど冴島くんと吉野さんだったけれど、打ち上げの時間は和やかに過ぎていった。腹は満ち、店内も混み合ってきて、僕らは誰が言い出すでもなく席を立つ。
 店の前で解散しようとしたところを冴島くんが「あの!」と大きな声で遮った。三人から一斉に見つめられ、冴島くんが緊張を顔に滲ませる。解散するには名残惜しい、そう顔に書いてあるみたいだ。

「も、もし時間があったら、カラオケ行かない? その、ぼく、榊さんに数学教えてもらいたくて……」
「私も! 榊さんいつも小テスト満点だから、勉強教えてもらえたらなって」

 僕はそっと榊さんの様子を窺った。なんと答えるのだろう。榊さんは二人から見つめられ、ジャージのポケットにしまい込んでいた手を出した。

「いいよ」

 素っ気なく言ってから、ちらりと僕のほうを見る。榊さんは冷たいようだが、そうでもない。不機嫌に見えるのは、もしかしたら眠いのかもしれない。
 吉野さんが「森岡くんも来るよね?」とほぼ確定事項のように聞いてくる。母親には後で遅くなるとメッセージを送っておけばいいだろう。色々な事情(主に母親)のせいで入学時から高校に馴染めなかった僕が、久しぶりにクラスメイトと仲良くなれたのだ。もうすこしくらい遊んだって、バチは当たらないはず。
 僕がうなずくと、吉野さんはぱっと顔を輝かせた。この際だから言ってしまうが、僕含めてここにいる四人はきっと大人しいタイプで、クラスのなかでも友達はそう多くない。つまり、「普通の高校生が普通にやること」に憧れがある。放課後に友達とカラオケに行くなんて、まさに陽キャの代表格だろう。榊さんが充実した高校生活を望んでいるかどうかは、いまいちわからないけれど。

「じゃあ隣駅のカラオケでいいよね?」

 冴島くんの一言で、僕たちはぞろぞろと連れ立って歩き出す。いつの間にか隣に並んできていた榊さんが、くいと僕のジャージの裾を引いた。
 顔だけを彼女のほうへ向けると、榊さんは前を歩く二人に聞こえないように声をひそめる。

「帰らなくていいの?」

 僕は現実から目を逸らして、うなずいた。榊さんの視線が、僕の腰あたりに向けられる。
 ズボンのポケットのなかでは、絶えずスマホが震え続けていた。見るまでもない。母親は僕が電話に出るまで、何百件と不在着信を残す。母親からの大量の着信も含めて、これが僕の日常だ。
 普通の高校生が望む、普通の高校生活が、僕には果てしなく遠い。
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